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手合わせ


「それにしても、リーナはまだ現役の聖女なんだね。すごいや」


 リビングのイスに座るなり、私はずっと気になっていた話題を振った。


 同僚だったサレンは既に引退して教会本部の職員、シャーロットは引退して貴族家に嫁入り、後輩のリリスは指導員と皆が前線を退いた位置に収まっている。


 今でも現役の聖女として活動していることを素直に尊敬する。


「獣人は人間種に比べて身体の全盛期が長えからな。同じようにハーフエルフのミューザなんかも現役だぜ」


「そうなんだ!」


 だから、リーナの見た目も若々しいのだろう。それはかなり羨ましくもある。


「気が付けば色々な奴が引退していったなぁ。サレンのように後方に回ったり、リリスみたいに育成に回ったり。シャーロットみたいに結婚した奴もいれば、任務で死んじまった奴もいた」


 この二十年でリーナは色々な経験をしたのだろう。


 遠い目をしながら呟くリーナの言葉には、様々な感情が込められているようだった。


「二十年……だもんね」


「ちびっこだったルミナリエが、こんなにデカくなるくらいだもんな」


 突然、注目されたルーちゃんは困ったような顔をしてコーン茶に口をつけた。


「二人っきりの時は今でもソフィアお姉ちゃんって呼んでるのか?」


 からかうようなリーナの言葉にコーン茶を飲んでいたルーちゃんが咽た。


「がはっ、ごほっ……呼びません」


「そうなんだよ。お願いしても呼んでくれないんだよねぇ」


「二十五歳でそんな呼び方をしていたら痛いですよ」


 そんなことはないと思う。


 普段キリッとしているルーちゃんが、二人っきりになった瞬間に甘えてくると私的にはすごく萌えるんだけど。


「あたしたちと違ってソフィアは本当に変わってねえな? なんでだ?」


「結晶化した聖魔力の中で眠っていたから、時の流れが止まっていたみたい」


「結晶化するって、どれだけ濃密なんだよ。無害そうな顔して、相変わらずの聖魔力お化けだな」


「そんなこと言って、リーナも結構聖魔力多かったよね?」


 確かに同年代の中でも私がずば抜けて多かったが、リーナも十分に多い方だった。


「あたしはダメだ。多くても瞬間的にぶっ放すことしかできねえからな。ソフィアみてえに色々できねえ」


「今でも戦闘スタイルは変わっていないの?」


「ああ、あたしの武器はこの身体だ!」


 拳を打ち鳴らして誇らしげに言うリーナ。


 リーナは後方で援護する一般的な聖女とは違い、自ら前方で戦う異端の聖女だ。


 魔力を使った肉体強化と聖魔法を駆使する。


 さらには聖魔法の礼賛系を得意としており、かつての英雄の魂を憑依させて戦うことができる。


 聖女でありながら護衛の聖騎士を必要としない、異端の聖女なのだ。


「すごいね。私にはそんな戦い方はできないよ」


「ソフィアはもうちょっと身体を鍛えろよな」


 多少、鍛えたところで私はリーナやルーちゃんのように前衛で戦える気がまったくしない。


 後方で聖魔法を使いながら自分の身を守るので精一杯だ。


 そんな風にリーナと話し合っていると、屋敷のベルが鳴った。


「少し見てきますね」


 ルーちゃんがスッと立ち上がってリビングから出ていく。


 程なくしてルーちゃんはミオとフリードを連れて入ってきた。


「……任務が落ち着いたから遊びにきた」


「おおっ、ミオじゃねえか! 元気してたかー!?」


「……ふえっ!?」


 私が挨拶するより前にリーナが勢い飛び込み、ミオはソファーへと押し倒された。


 獣人である彼女は昔から情熱的なスキンシップが大好きだ。


「……リーナ!? どうしてここに?」


 目を丸くしているミオ。


 どうやらミオとフリードもリーナがいるとは知らなかったらしい。


「使節団の護衛でやってきた!」


「護衛ならここにいるのはマズいのでは?」


「こっちにはたくさん聖女や聖騎士がいるから問題ないだろ」


 フリードの冷静な指摘が飛んでこようとも、リーナはお構いなしだ。


「ははっ、ミオは相変わらず小さいな!」


「……小さくない。少しだけ身長伸びた」


「何センチだよ?」


 真正面からリーナに問われ、ミオはすっと視線を横に逸らしながら。


「…………一ミリ」


「ぷはは、それ誤差だろ」


 センチ単位ではなく、まさかのミリ単位。


 ふくれっ面になったミオの顔をリーナが爆笑しながらこねくり回した。


 ああ、可愛らしいミオのお顔がとんでもないことに……。


 散々もみくちゃにすると満足したのか、リーナはミオを解放し、今度はフリードに絡み始める。


「フリードはどうだ? ちょっとくらい強くなったか?」


「つい最近、眷属のザガンを討伐しましたよ」


「その時のメンバーは?」


「ミオにルミナリエ、それにソフィアもいた」


「なんだ。ソフィアもいたのか。それじゃあ、戦果にならねえな」


「ちゃんと俺だってパーティーとして貢献しました」


 リーナの言葉にフリードがムッとした顔で言い返す。


「へえ、そこまで言うならちょっくら手合わせでもしてみるか。ちょうどいい感じの中庭もあることだしな」


「いいですよ」


 家主の許可なく中庭での手合わせが決まってしまった。


 まあ、別にそれはいいんだけど。


「ルミナリエも来い。どれくらい成長したか見てやるぜ」


「お願いします」


 リーナの言葉にこくりと頷き、ルーちゃんも二人の後ろをついていく。


「あの三人って、手合わせとかするんだ」


「……リーナがふらっとやって来た時にやってる」


 落ち着いた様子で答えてくれるミオ。


 どうやら恒例行事のようで安心した。


 手合わせを観戦するために私とミオも移動することにした。




 ●




 中庭が見える縁側に陣取ると、エステルが座布団を持ってきてくれた


『座布団どうぞ』


「ありがとう、エステル」


 礼を言って受け取り、ミオと共にちょこんとお尻を乗せて座る。


 中庭ではリーナ、フリード、ルーちゃんが向かい合って立っている。


 リーナは動きやすい聖女服のままだが、腕には分厚いナックルダスターが装着されている。


 アダマンタイトや聖石を加工して作ったもので、瘴気持ちの魔物でも撃ち抜ける代物だ。


 対するフリードやルーちゃんはいつもの金属鎧だ。


 夏の強い日差しが金属鎧に反射して少し眩しい。


 目を細めつつ視線を下に卸すと、二人の腰には稽古用の木剣ではなく聖剣が握られていた。


「えっと、木剣じゃなくて大丈夫なの?」


「平気平気! こいつらの攻撃なんて当たらねえから!」


 思わず心配になって声をかけると、リーナからあっけからんとした回答が。


 二人とも文句を言わない様子からそうなのだろう。


 フリードやルーちゃんでも敵わないって、リーナはどれだけ強くなっているのだろう。


 想像がつかないけど、純粋に観戦する側の私は楽しみだ。


「二人一緒にかかってきていいぜ。ソフィア、合図を頼む」


「うん、わかった」


 リーナに頼まれて、私は聖弾を空に打ち上げた。


 翡翠色の球体が宙でパンッと弾けた瞬間、フリードとルーちゃんが駆け出した。


 対するリーナは動き出す様子はなく口元に笑みを浮かべたまま観察している。


 最初に到達したのはフリードだ。


 手元が動いた。と、思った頃には既に聖剣が薙ぎ払われた。


 リーナは小さな身体の動きで躱すと、間髪入れずにやってきたルーちゃんが鋭い突きを放つ。


 身体の中央を捉えた避けずらい一撃だが、リーナは身体を器用に折り曲げて回避。


「うわっ、すごい動き!」


 しなやかなで強靭な筋肉を持つ獣人だからこそできる回避運動だろう。


 私たち人間が真似をしたら腰が大変なことになるに違いない。


「おいおい、お前らそんなもんかよ?」


 わかりやすい挑発ではあるが、フリードとルーちゃんはムッとしながら突撃していく。


 相手をしてくれる大先輩とはいえ、さすがにここまで馬鹿にされるとイラっとするようだ。


 フリードとルーちゃんは顔を見合わせると二人で連携して果敢に斬りかかる。


「おお! 見たことねえ連携だな!」


 などと感心した声を上げるリーナだが、振るわれる刃が当たる様子はまったくない。


 躱し、時に拳で剣を弾き、華麗に流される。


 中庭ではリーナだけが華麗な動きで舞っており、フリードやルーちゃんはそれに振り回される哀れな引き立て役のようだ。


 聖騎士でも屈指の実力者であるフリードとルーちゃんが、一太刀も当てられない。


 二十年前からリーナは聖騎士に引けを取らないくらいに強かったが、この二十年でとんでもない実力者になっているようだ。


 跳躍したリーナ目がけてフリードが剣を振るう。


 人は空中に上がると身動きがとれない。そこを狙っての一撃。


 しかし、リーナは宙で身を捻ると、トンと尻尾だけで体重を支えて着地。


 そのまま尻尾の力を利用してフリードを蹴り飛ばした。


 すかさずカバーするルーちゃんだが、しゅるりと伸びたリーナの尻尾に足元をすくわれ転ばされた。


「わははっ! いつまで人間種を相手の気分なんだよ! あたしは獣人だぞ?」


 豪快な笑い声をあげて余裕な様子のリーナ。


 獣人があんな器用に尻尾を使うところなんて見たことがないが、魔物の中には尻尾を持つものだっているのでやってこないとも限らない。


 それにしても、本当に遊ばれている。


 フリードとルーちゃんはあんなに必死なのにリーナな余裕な上にまだまだ余力を残している。


 最初に放ったリーナの言葉は傲慢なんかじゃなく事実のようだ。


「よし、様子見は十分だな。そろそろこっちも攻めるぞ?」


 リーナの口元から笑みが消え、視線が鋭くなる。


 研ぎ澄まされた戦意で中庭の空気が冷たくなった気がした。


 リーナがそう告げた瞬間、彼女の姿が掻き消えた。


 気が付けばリーナはフリードの懐に接近。


 慌てて牽制するように振るわれた水平斬りを大きくのけ反ることで躱した。かと思いきや、リーナはそのまま後転しながらの、サマーソルトキック。


 完全に意識外からの攻撃だったのかフリードの顎にクリーンヒット。


 バタリと倒れたフリードに一瞥すらせず、リーナはルーちゃんへと一直線に詰める。


 上段から斬りかかるルーちゃんの剣を身をよじって回避。


 裂帛の声と共にすれ違い様に剣の腹を殴り付けた。


「おらぁっ!」


 横殴りの一撃にルーちゃんの手に収まっていた聖剣が飛んでいく。


 ルーちゃんはすぐに態勢を整えて、無手で相手しようと構えるが、その頃にはリーナが目の前にいた。


「おせえ」


「ぐっ……!」


 ルーちゃんの鳩尾に突き刺さるリーナの拳。


 堪らずうめき声を上げて倒れ込むルーちゃん。


「フリードとルーちゃんが二人がかりでも敵わないなんて……」


「……リーナの強さは底なし」


 リーナが強いのは知っていたけど、まさかここまでだなんて。


 私が眠っている二十年間、リーナは現役の聖女として戦い続けてきた。


 冷静に考えれば、そんなリーナに衰えなどあるはずがない。


 もしかしたら、アークやランダンとも真正面から戦えるんじゃないかな?


「おいおい、聖騎士二人が聖女一人に負けてどうする?」


「ぐっ、リーナは普通の聖女じゃないだろ」


「うっせ。屁理屈言うな」


 意識が戻ったフリードが反論するが、ピシャリと跳ね除けられる。


「いいか。聖騎士が先に倒れるなんてあっちゃいけないことだ。お前たちが先に倒れたら誰がソフィアやミオを守ってやるって言うんだ!」


 基本的に無茶苦茶なことを言うリーナだが、その言葉には重みがあった。


 フリードやミオが痛みに顔をしかめながら、私たちの方へ視線をやる。


 それからゆっくりと身体を持ち上げた。


「「もう一度お願いします」」


「いくらでも相手してやるからかかってこい」


 聖剣を構えるフリードとルーちゃんを見て、リーナは満足げな笑みを浮かべた。






お陰様で日間総合ランキング2位です。応援よろしくお願いします。


【魔物喰らいの冒険者】

https://ncode.syosetu.com/n7036id/


冒険者のルードが【状態異常無効化】スキルを駆使して、魔物を喰らって、スキルを手に入れて、強くなる物語です。


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こちら新作になります。よろしければ下記タイトルからどうぞ↓

『異世界ではじめるキャンピングカー生活~固有スキル【車両召喚】は有用だった~』

― 新着の感想 ―
[一言] 初見だけならルーちゃんがあのスーパー反則聖剣で素振りと見せかけてリーナに向かって振れば真っ二つになるかと・・・ 振ったら魔物の後方の魔物もまっぷたちゅになってたし。
[一言]  久しぶりに最初から読み直しました。 楽しい物語をありがとうございます。
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