ルミナリエの想い
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私は人類と魔王の戦争で両親を亡くした戦争孤児だった。
今ではあまりないが、二十年前では当たり前の存在だった。
そういった者は大抵が孤児院に預けられるか、スラム街のような場所で生きていくことになる。前者はともかく、後者はロクな人生になることはない。
しかし、私は幸福なことに聖魔法の素質があったが故に教会に引き取られ、聖女見習いとして教育を受けることになった。
当時は魔王軍が猛威を振るい、瘴気を振りまいていたために土地を浄化するための聖女はいくらいても足りないくらいだった。だから、私のような戦争孤児を拾い上げるくらいの窓口の広さがあった。
そんなわけで教会に身を預けることになったが、幼き私がすべてを受け入れることはできなかった。
急に両親がいなくなった新しい環境で五歳に満たない少女が上手くやっていけるはずもない。頼れる肉親はおらず、ずっと独りぼっち。
そんな私の面倒を率先してみてくれたのが聖女ソフィアという少女だった。
彼女は瘴気を宿した魔物や土地の浄化、治癒、付与、結界となんでもこなせる歴代最高と呼ばれる聖女。
各方面から引っ張りだこで忙しいにも関わらず、私のような子供の面倒を見ていた。
妙な言動と変な価値観を持っているちょっと残念――いや、変わった人だったが優しい人柄に私たちのような孤児は随分と救われたと思う。
彼女のような立派な聖女になろうとして多くの者が修行に励んだ。私もその一人である。
しかし、聖魔法を扱うには才能が必要。
浄化、治癒、付与、結界などの分野があるが、私はそのどれも使いこなすことができず、また魔力もあまり伸びることがなかった。
大抵の聖女は一つだけの分野に特化する。多くても二つ。
それは全てを極めるのが恐ろしく難しいからだ。
でも、ソフィアはその全てを完璧にこなしてみせた。歴代最高の聖女だと謳われる理由が初めてわかった思いだった。
聖女への道が難しいと悟った者の多くは教会に仕えるメイドになったり、別の就職先へ移ったりもし
た。
しかし、私はどうしてもソフィアの力になりたくて、とにかくあがいた。
結果として私に才能があったのは聖女ではなく教会騎士だった。
聖女としての才能を何一つ持ち合わせていない私は、聖女の道をすっぱりと諦めて聖騎士としての道を目指すことにした。
聖騎士になれば、聖女の護衛として傍にいることができる。
ソフィアには特定の護衛聖騎士がいないし、いたとしても聖騎士としてならば、どこかの戦場で肩を並べて戦うことができるのではないかと考えたからだ。
魔王との戦いが長引いても、仮に討伐することができても、聖騎士にさえなればずっと一緒にいることができる。
私にとって聖女ソフィアは姉のようなものであり、もっとも尊敬できる人だ。
そんな彼女が魔王を討伐するための勇者パーティーの一員に選ばれ、出立した。
あれほどの実力を誇るソフィアなら当然だと思い、当時の私はとても誇らしく思えた。
悲しかったけど涙を堪えて見送った。
次の戦いに赴く際は、必ず一緒に向かうと心の中で誓って……。
そして、長い年月を経て、勇者パーティーは魔王を討伐することに成功した。
戦いに付いていけず、役に立てなかったことは悔しかったが、それ以上に魔王の討伐という偉業をソフィアがなしたことがとても嬉しかった。
これでもっと平和になった世界でソフィアと一緒にいられる。
だけど、勇者パーティーの中で唯一ソフィアだけが帰ってこなかった。
聞けば、ソフィアは魔王が最期に放った瘴気を抑え込むために、自らを犠牲にしたのだと。
死んではいないが目覚める保証はどこにもない。
ソフィアのことを何も知らない人が英雄、大聖女、救世主などと崇めていたが、そんなものはどうでもよかった。
私はソフィアと一緒にいたかった。面倒をみてくれた恩を返したかった。
しかし、それはもう敵うことがないのだ。
私はまた家族と呼べる存在を失ったのである。
そんな風に絶望していた私だったが、そこに勇者であるアークが訪ねてきた。
彼はソフィアが生きているといった。
彼女は聖魔力の結晶を構築し、今もその中で魔王の瘴気を浄化し続けている。
瘴気の浄化が終われば、きっとソフィアは目覚めるのだと。
「なんの根拠があるの?」
「ソフィアなら、ころっと目覚めてきそうだろ?」
ひねくれた私の問いに勇者は笑って答えた。
その言葉に私は思わず笑ってしまい、だけどスッと胸の中に入ってきた。
勇者の言う通り、ソフィアならころっと起きてきそうだ。いつもそうやって彼女は危機を乗り越えてきた。
だから、今回もきっと同じはず。
私の心に希望の灯がともった瞬間だった。
勇者は言った。
ソフィアが浄化に専念できるように、安全に目覚められるように結晶を厳重に保護して、街を作ると。
私が教会騎士としての修行に励む間に、勇者はその言葉を見事に実行してみせた。
魔王討伐の報償に国王から爵位と領地を貰い、ソフィアが作り出した大きな結晶を守るために街を作った。それを盤石にするために貴族の女性と結婚し、より街を発展させた。
その頃には私も教会でも一端の教会騎士となっており、年齢もソフィアと同じになっておいた。
アブレシアの教会の地下で結晶となり、眠り続けている彼女を眺める日々。
黒い瘴気は年々少なくなっているが、未だに消失することはない。
恐らく、今もソフィアが身をもって浄化しているのだろう。
多分、勇者はソフィアのことが好きだった。
そういうことに疎い私でもソフィアへの想いは強く感じとれたほど。
それでも彼はソフィアを守るために、ソフィアが目覚めて過ごしやすい世界を作るために奮闘していた。
私は彼に負けずと努力を重ねた。魔物の討伐や、遠征、聖女の護衛とできることをこなして実力をつけた。
そして、十八歳を越えた頃に、私は念願の聖騎士になることができた。
しかし、聖騎士になっても守りたかった人はいない。彼女は未だに目覚めることはなかった。
それでも諦めずに修行に邁進し、仕事をこなしていく日々。
時折、聖女に専属の護衛にならないかと誘われることがあった。
揺れ動いた時もあったが、それでも脳裏にチラつくのはソフィアの顔。
結局、私は特定の聖女の護衛になることはなく、ソフィアが目覚めるのを待ち続けた。
そんな私に周囲の者が落胆し、七年が経過した。
ソフィアが眠りについて二十年。
当時、五歳だった私は二十五歳になった。彼女よりも十歳も年上。
気が付けば私はお姉ちゃんであるはずの、ソフィアよりもお姉ちゃんになってしまっていた。
……もう彼女が目覚めることはないのかもしれない。
長い年月を待ち続けたことにより疲弊した私は半ば諦めかけていた。
しかし、そんなある日。
教会を中心とし、街の広場までエリアヒールが広がった。
エリアヒールに包まれた市民の怪我は、骨折から虫歯まであらゆる痛みから解放された。
あまりにバカげた魔力量とその劇的な効果。
アブレシアの教会には数多くの聖女がいるが、こんなバカげた治癒を施せる者は一人もいない。
そして、この淡い魔力の輝きと、温かさは遥か記憶の彼方にあったものと重なった。
『いたいのいたいの飛んでけー!』
間違いなくソフィアだと思った私は、いてもたってもいられず教会へと駆け込んだ。
同じく異常に気付いたエクレールさんと合流し、魔力の発生源である救護室へ。
すると、そこには呆然とした聖女と聖女見習いがおり、患者は怪我が治ったことを泣いて喜んでいた。
「今の魔法は?」
「こ、この子が……」
エクレールさんが聖女に尋ねると、聖女は傍にいる見習いに視線を向ける。
姿勢をシャンと正した見習い聖女は、おずおずとこちらを振り向くと。
「……もしかして、エクレール様ですか?」
その顔と声音を聞いた瞬間、私たちは息を呑んだ。
なぜならば、二十年もの間眠り続けていたソフィアが目の前にいるのだから。
その事実に私は胸の奥が熱くなり、泣き崩れそうになったが堪える。
彼女の姿は二十年前となんら変わりない。
何かを尋ねようとソフィアは口を開いたが、エクレールさんに言われると大人しく従った。
今、ここで伝説の大聖女が目覚めたなどと広まれば大変なことになる。
特にアブレシアには、ソフィアの熱狂的なファンも多い。噂が広まれば、まともに外出はできなくなるだろう。
「私の部屋に連れていきます。あなたは領主様にご報告を」
「承知いたしました」
私はすぐに声をかけたかった。
聖騎士になったことを褒めてもらいたかった。
世界を守ってくれてありがとうと伝えたかった。
しかし、その前にやることがある。
私と同じ、いやそれ以上にソフィアを大切にしてくれた勇者に、彼女の目覚めを伝えるために。
大丈夫。これからはずっと傍にいれる。なにせソフィアは目覚めたのだから。
私は今度こそ恩人である彼女の力になるんだ。
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