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黄昏の呼ぶ声

二年後、高等学校を卒業した俺は姉の反対を押し切って警備員になっていた。


姉とともにC6地区の社宅に入ったが、姉は事あるごとに仕事をやめて元の家に戻ろうと言ってくる。

俺は俺で、頑として首を縦に振らなかった。


俺は、あの日の夢を努めて忘れようとした。

あの日以来ちょくちょく見る似たような夢も、その中で聞く歪んだ言葉と断末魔も、そんな中時折鮮明に聞こえる助けてという声も。全ては悪い夢だ。

父さんがそんなことをするわけない。母さんが理由もなく何かを傷つけるわけがない。



考えを振り切るように、練習用の的に向かって訓練用ショットガンのトリガーを絞った。


こんなことを考えるのは、今朝が初めての実戦だったからだ。

あの日のように複数箇所でUSCが発生し、まだ訓練員扱いのハズの俺も現場に駆り出された。

初の実地任務は定番通り近隣住民の避難誘導だったが、運のないことに近くに一体出現した。

迷わず前に出た。

銃器も携帯していたが、警備員は必ず一人以上前に出るように訓示されている。もし逃げ遅れた一般人が近くにいて敵のターゲットがそちらに向いてしまった場合、どうやっても守れないからだ。

大丈夫、一体程度に遅れを取ることはない。

新開発のナックル型戦闘デバイスに見慣れた紫電が閃く。二年前よりも洗練された動きで懐に入り込み、胴に拳を叩き込もうとした時、


USCの体が、ぐにゃりと歪んだ。


夢でよく見る、歪んだ声を発する時のように。


声は聞こえなかった。何かを発する前に折れの拳はまっすぐ歪みに吸い込まれ、


USCは霧散して消えた。



――見間違いだ。


俺はまっすぐ訓練用銃のトリガーを引く。


――あれはただの夢だ。


着弾を確認したあと別のターゲットに銃を向ける。


――初の実戦で、上司もいない中で、少し緊張しただけだ。


狙って、撃つ・狙って、撃つ。狙って、撃つ。


どれだけそうしていただろうか。

恒星はとうに中点を過ぎ、黄昏時が迫っていた。


訓練用の銃を所定の位置に戻し、訓練時着用のハンドデバイスを取り去る。

訓練時と休息時以外常時着用を義務付けられている無手戦闘用デバイスを着用し、腰に実戦銃を提げる。

集合時間まであと幾分もない。訓練していた他の連中はとっくに片付けていなくなっていた。時間が来てるぞくらい言ってくれてもいいだろうに、薄情な奴らだ。


瞬間、背後にぞわりと怖気が広がった。


つい今しがた腰に提げた銃を取り出し、横に飛び退きながら体をひねり、それと相対した。


黒い影が広がっている。

訓練所は訓練に必要な広さを確保するために、USCが発生しないと思われるギリギリの広さになっている。


黒い影が人のような形を作る。


もしかしたら発生するかもしれないから、気を緩めないようにと言われていた。


獅子が軟体動物のようにゆらめき、腕がしなった。


十二力を込める。内部からパチリと音がして、戦闘準備ができたことを伝えた。

敵は一体。民間人乱入の恐れはなし。長距離は無理だが中距離を保つことは可能。遠距離武器の準備よし。救護養成システムの起動を確認。


確認項目を頭の中で復唱する。いける。


有利な位置取りをするためにもう一度飛び退き、牽制と飛距離延長のために一度トリガーを引く。

体は思った通りの場所に着地し、こちらに来ようとしていた敵は足を弾かれ一歩下がった。


USCの、体が、歪んだ。


見間違いでもなんでもなく、体が中心からぐにゃりと歪み、



タ す ケ テ タ ス け テ タ ス ケ テ た ス ケ テ タ ス ケ て タ ス ケ テ た ス ケ テ た タ す ケ テ



頭の中にガンガン響くような、絶叫が轟いた。


「っ――!! ぁんなんだよお前はあああああ!!!!」


こめかみに響く絶叫に必死に抗いながら、再度発砲した。

今度は正確に、あいつの胴体、歪みの中心を狙って。


歪みが突如広がって、弾はUSCを素通りして奥の壁に激突して弾けて消えた。


「な……ん……」


あまりのことに言葉を失う。

敵はふらりと左右に揺れると。()()()()()に走り出した。


「待て!」


慌てて後を追う。

人間から逃げるUSCなんて聞いたことがないが、今はそれどころではない。


複雑に仕切られ迷路のようになった通路を滑るように走り、警備員訓練施設の外へ抜ける。

どうなっているのか知らないが全く人とすれ違わない。

そういえばさっきから敵襲のアラートが鳴りっぱなしだ。出払っているのか。


ソイツのあとを追う。

角を曲がり、階段を降り、廊下を駆け抜け、また角を曲がり。


俺の速度に合わせているのかなんなのか、全く追いつけない代わりに絶対に見失わない絶妙な速度で目の前のUSCは走り続けた。


施設の外に出る。チューブ状に広がる道は、メンテナンスのためにもちろん外に出られる部分が存在している。

そこからするりと外に出たソイツを追って、俺も外へ出た。

室内よりもややGが低くなる。

ぐっと足に力を込めて前に跳躍したが、やはり追いつけない。

ソイツはチューブの道を避けるように、移動し続けている。


――やめろ


走ったせいではない冷たい汗が背中を伝う。

ソイツは複雑なC地区を庭のように駆け抜ける。

するりするりと移動する方向はD地区方面だった。


――それ以上そっちへ行くな。


もう一度発砲するが、生体兵器は距離減衰が激しく、あたったのかあたっていないのかもよくわからない。

見知った道に近づく。社会科見学で通った場所だ。

嫌な汗がどんどん吹き出て、耳の奥で心臓が煩く脈打っている。


――そっちに、あるのは……


ソイツは、C地区を抜けて隔壁の外へ出ると、D地区とのちょうど境目にある巨大な施設の前で立ち止まった。

近くにいた人間が、蜘蛛の子を散らすように逃げる。


「駄目だ! 今中に入るな!」


叫び声虚しく研究員らしき人間が施設の扉を開けて中へ逃げ込む。

その一瞬の隙に、ソイツも施設に入り込んだ。


「クソが!」


後を追う。

ソイツが中に入った混乱で中の人間が再度外に出てきて、もう出入り口はしっちゃかめっちゃかだ。

人の山をかき分けて中に滑り込む。

これ以上奥に行かせてはいけない。周囲に多少人間はいるが、背に腹は代えられずソイツに向かってまた何度か発砲した。

ソイツの腕が体をかばう。

そんな芸当できんのかよ。そんなのナシだろ。心のなかで毒づく。

止めることができないまま、ソイツは結局目的の部屋に辿り着いたようだった。


――お前たちが先に殺した


いつかの夢の言葉が頭に響く。


ソイツは撃てと言わんばかりに体を止め、腕をだらりと下げた。


「コ わ シ テ コ ワ し テ コ ワ シ て コ ワ シ テ こ わ シ テ コ わ し テ こ ワ シ て こ わ し テ コ ワ シ テ」


撃てない。


それにだけは、撃てない。

だって、それは、そこにあるのは、



――お前たちが私を縛って犯して殺して踏みつけた




現役の、地球化装置(テラフォームマシン)だった。




銃を落とす。腕のデバイスに紫電が閃く。


「あああああああ"あ"あ"あ"あ"あ""あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"」



声にならない声を上げ、ソイツに突撃する。


ソイツは最後に一度悲しそうな声を上げて、




紫電に抉られ、霧散した。



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