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【1-3】俺とお前の相性環


  ☆~


 朝起きると、お袋がやけにそわそわしていた。

「どした?」

「あいやあ、美人になったわねと思って……」

 頭が悪くなったかと思った。普段の行動と遺伝的結果すなわち俺からいつも頭悪いことは知ってるが。お袋は俺の表情から思考を読み取ったか、

「……あ、まさかお母さんのことだと思ったぁ? 駄目よぉ母さん若い年齢以上に若いけどこう見えて子持ちだからぁ。いやんそれにしてはプロポーション崩れてなぁい!」

「お袋、ちょっとおはようのキスを頬にプリーズ。受け取った亜法で焼き殺したい人が目の前にいるから」

「それやると一種の嘱託殺人?」

 お袋は売り物のパンを焼きながら、いつもながらの朝の会話を振ってくる。

「朝ごはん、パンでいい? それとも小麦粉?」

「一択!?」

 はて? こんな会話をしてていいんだろうか? もっとツッコむ所があったような……

「――思い出した。お袋がただの頭悪い人になるところだった」

「馬鹿息子、それどういう意味?」

「美人になったって、誰が? 自分のこと美人になったって馬鹿すぎるけど。『美人だ』で現在形ならともかく。で、誰? 玄武(げんぶ)テレビの辻風(つじかぜ)アナ?」

「そうそうあの娘また母さん好みになって母さんより年上のくせに、って違うわよ! サヤちゃんよサヤちゃん! あの子また素直好みになって!」

「どこがだよ?」

「………………胸? あと太もも?」

「く、くそ否定できん! じゃなくて、何で今サヤが出てくるんだ?」

「サヤちゃーん、素直はサヤちゃんの胸が好きなんだってさー」

 玄関の方に向かって叫ぶ。サヤの家はそっちの方角でもないから念を送ってるわけでもなさそうだし、

「まさ、まさかいんのか!? なら否定できる! 否定するからな!」

「なんか用事あって迎えに来たんだって」

「早く言えよ! そして俺は母親におはようのキスを求めるキモい男……!」

「いやいいから早く行きなさい。サヤちゃん待ってるわよ」

 この親は……!


 そんなわけで、なぜかサヤと二人で登校することになった。

「どういう風の吹き回しだ? いつもは穂並と登校してるだろ」

「家近いッスからねー。ま、たまには幼馴染みと一緒に登校してみたい気分にもなる可能性が無きにしも非ずッスよねー」

「そういうモンかねえ……」

 冷めた俺の反応に、何スか何スかと、サヤは頬を膨らませてみせる。

「まったく、せっかくウチが来てあげたっていうのにテンション低すぎッスよ!」

「しょうがねえだろ。低血圧なんだから」

「ああ、だから目つき悪いんッスね」

「低血圧で人生決まるか!」

「いや、人相で人生決まったら嫌ッスけど……」

 こんなノリだよなあ、サヤとは。

 火南魅ともスリシャスとも異なるノリ。気安く、という点では一番心地よく過ごせる相手かもしれない。気安さではミハイオと金海は断トツだけど、あいつらは腹立たしさが先に立つ。

「にしても、何でフリューゲンスだと仲良くできないッスかねー、ナオは」

「まあた蒸し返すかお前は。ってか何でこのタイミング?」

「昨日火南魅と話してふと思ったッスけどね。ナオは倉庫男三号みたいな変人とも、スリシャスみたいに付き合い短い人とも、ペランドルみたいに近寄りがたい人とも誰とでも仲良くなれるじゃないッスか。なのに何でフリューゲンスだけは駄目なんッスか? ウチらが小学校の時、前の学校にもああいう手合いはいたッスよね?」

 確かにいた。人を食ったような物言いで距離を空ける奴。そしてそいつとも、特に仲悪くなかったし休み時間に休み時間に遊ぶ人数少ないと思ったら連れ去ったりもしたさ。だから、

「別にフリューゲンスのことが特別嫌いなわけじゃねえよ。いや嫌いだけど。嫌いだけど、困ってたらクラスメイトとして助けるくらいには、な」

 自分で言ってて、何が『には、な』だと思う。助けたいのかよ。いや、あいつは困っても外には出さないタイプだから助けなくていいだろう。

「困ってたらフォローくらいしてほしいっていうんならしてやるけど、率先して関わりたくはねえだろ。そういう手合いは」

 フリューゲンスがすごくムカつく原因は、スリシャスにも話した学年大会の時の台詞のせいだ。

『君達のような「人の成功に一喜一憂していられる能天気な人達」ばかりの学校に通うことになるとは、愉快か不愉快か分からないね』

 あいつ自身が能力の高い亜法士で、この台詞を聞いた時期が微妙だった。

 中学に入った頃は、多くの若き亜法士が自分の能力の方向性(担任に言わせりゃ『指向先』の一端、とでもなろうか)が見え始める時期だ。そんな時期、俺はといえばまだ能力の一端も見えてなかった。もちろん指向先の見える時期には個人差があるが、早くて一〇歳に満たないくらい、遅くとも一二、三歳でそれを迎える。

 だが俺は当時一四歳。何の能力も見つからず『あれ? このままじゃヤバいんじゃね?』と思い始めた頃だった。

 自分の能力はどんなに成長しても、小さな炎をつけるだけのちっぽけなものなのかもしれない。成長なんてない、残りカスみたいなもの……そう思った。だったらせめて、周りの友達には凄い亜法を身に付けてほしいと、期待のようなものを抱き始めた、そんな時に言われたのがフリューゲンスの言葉だ。

 全ての希望を潰された気がした。能力のない人間はこれ以上自分の力を出せないから他人に望みを託すのに、それすら奪われたら、何をすればいい? 何も残らない。それこそカスも。

「……って、自分から聞いといてケータイいじってんじゃねーよ!」

「あ、ごめんごめん。なんか考え込んでたみたいだったッスから。それに連絡もしなきゃいけなかったッスし」

「連絡? こんな朝っぱらから誰に?」

「いや、ホントに何でもないッスよ!? ほら、もう学校ッスよ!」

 急に焦り出したサヤの言う通り、もう学校だ。校門には朝の挨拶週間的活動をしてる風紀委員と顧問のオリヴィアがいた。

『おはようございまーす!』

「おはよーッス!」

「おお穂並。そうか、穂並が風紀委員で先に行くからサヤは俺ん家まで来たのか」

「おはようですです~すなおくん~」

 ほわほわと穂並が挨拶してくれる。ほんにこの娘は愛玩動物のようだ。

「でもでも~、さやちゃんがすなおくんのお家に行ったのはかなみちゃんにタイミングをれ」

「おはよーほなみ~~~~! ナオと二人っきりで襲われるかと思ったッスよー!」

「ろくに会話もしてなかったけどな……」

「おはよう、素直くん……」

 オリヴィアだ。朝だというのに、もう金曜日の放課後のような疲れ切った顔をしている。

「おはようオリヴィア。どうしたそんなに疲れて」

 あれ、と疲れの原因物質を指差す。それは毛先までの真っ金キンの頭で開襟の今日は赤シャツ、ネックレスと指輪がジャラジャラとうるさい、

「お前が〈創始の亜法士〉か? お前か? お前だな!?」

「……何してんだ、あのオッサン」

「ぶっ飛ばしていいわよね」

 道行く生徒に片っ端から声をかける火煙寺に、ツカツカと歩み寄る。頼んだぞ。そこのクソ社会人をねじ伏せてやってくれ。

「ナオ、あのおじさん誰ッスか?」

「変人」

 オリヴィアの亜法の射程距離内に入った。二人の会話はよく聞こえないが、火煙寺が反発してオリヴィアを更に怒らせたようだ。オリヴィアの亜法の本来の能力は〝バーニング・メフィスト〟という名で、手近な物体に特殊な炎を纏わせ、その物体そのものではなくその炎に触れた他の物体を超高温で燃やし、溶かす能力だ。よく考えたら人間に使う亜法じゃない。俺がいつぞやの昼休みに、フリューゲンスの弾丸を溶かし落としたのもこの能力だ。

「あー、おいオリヴィア! あんま法律に触れるようなことは……!」

 炎を纏ったオリヴィアの拳が火煙寺を殴りつける。うわ、死んだな……

 だがそんなことはなかった。一瞬火煙寺の顔面が燃えてなくなったと思ったら、次の瞬間には何事もなかったかのように復活していた。

「!? 無敵かよ……!?」

 二、三発同じように殴り、一度諦めたと見せかけて普通の蹴りで股間を蹴り上げてオリヴィアが戻ってきた。

「あー、もう腹立つあの子!」

「オリヴィア。あいつ、炎に対して無敵なのか……?」

「ん? あ、亜法の話? そんな直接的な無敵さじゃないけど、タイミングさえ外さなければ火に対しては無敵ね……っていうか今の、見てた? 教育的に良くないから黙っておいてね」

 照れくさそうに言うけど、そこは今は問題じゃない。

 ……なるほど。確かに〈創始の亜法士〉ってのは〝神〟だな。


  ☆~


「まあよく分かんなかったッスけど、気を取り直して教室到着ッス!」

「何を説明くさい。しかし皆の衆おはよーう!」

 意気揚々とドアを開けると、顔を真っ赤に染めたメイドさんが一人、控えていた。

「おかえりなさいませっ、ご、ご主人様……」

 俺は八秒ほどそのメイドさんを凝視し、その後ろにミハイオや蘭花が立っているのを視界に入れたことでここが俺のクラスであることを確認し、とりあえずドアを閉める。ドアの向こうでも沈黙が広がっているのを聞きつつ(変な日本語)、俺はサヤに問い質す。

「誰今の可愛いメイドさん?」

「ぶっ飛ばしたいなあこのバカ二人は……! せっかくタイミング計って連絡したのに」

「キャラ変わってますぜサヤ姉さん!? いや、二人って?」

 ドアの向こうから沈黙以外の音が漏れてきた。

「だから無理だってば! 私無理! 恥ずい! 焼け死にたい!」

「だったら素直に頼めば? ご主人様~(笑)」

「ご主人様の炎で私めに罰を与えてくださいまし~(笑)」

「不できなメイドに罰を~(笑)」

「うあ───!」

 ミハイオとかの明らかにからかう声に、それに悶える一人。いや、視覚の時点で分かっていたんだけど、

「今の……火南魅だよな?」

「分かってたら入ったらいいッス」

 背中をぐいぐい押されて、教室に放り込まれる。改めてメイド服姿の火南魅とご対面させられて、俺も照れくさくなる。だって、好きな子がメイド服着てんだぜ!? しかも平日の学校の、普段の教室で! 罰ゲーム!? あら可哀相! じゃなくて。

「あー、……おはよう、火南魅」

 そうじゃなくて! そうじゃないだろうチキン太郎!

「お、おはよう素直。…………あ、えっと」

「どうしたお前ら青春みたいな絵面して。どうせそのあとはコスプレHにいくだけなんだから早くログをスキップしろ」

「うるせーよ金海かお前は! ……ああ本当に金海かシリーズだったな!」

 でも緊張がほぐれたぜ。

「いやまあ、その、か、火南魅? さん?」

 嘘だった。

「……それで本題なんだけど、衣装。完成したから、見せようと思って……」

 ん? ああ、そういうことか。

「春雀祭の。それが完成したヤツってわけか。へえー、よくできてんじゃん。どれどれ」

 そういえば、衣装が完成したら見せてくれと言った気がする。昨日はまだでき上がりそうだとは聞いてなかったけど、そこからの完成スピードが早いな。

「可愛いデザインだな。本番、誰かこれ着て宣伝に行ってほしいな」

 細部までよくデザインされている。膝が隠れるくらいの、過剰に短くないスカートの裾にまで刺繍か何かで模様が施されているのだ。思わず手に取って見たいほどの出来で、

「ちょ、ちょっと素直! どこをまじまじと見てんのよ! 手に取ってまで!」

「あ? ああ、ごめんごめん。でも頑張ったな、こんなに早くも」

「こ奴、何を冷静に褒めおって……!」

「サラリと言われるの、女の子は弱い系だよね……」

「何!? そうなの!?」

「っていうかもっと他に言うことあるよねん?」

「お前ら何か知らんけど好きなこと言いやがって……」

 他に言うこと? 何がある。デザインは可愛いから問題ないし、露出はむしろ少ないし、男子のなんか適当でも構わないし……あ、

「手が込んでるから大量生産がきかない!」

「チェストォー!」

「ぐほぁ!」

 女利に腹を殴打された。

「ククク……ますます『女心の分からない』という形容が似合うようになっていくね」

「女心……? …………あ」

 あ────! 俺としたことが! 違うんだ、さっきは緊張してたから何も言えなくって、

「似合ってる! だって最初に見た時、誰だか分かんなかったし!」

「それはだいぶ問題あると思いますけど……」

 しかし正解だろう!? だって可愛いとは思ってるんだからいいじゃない!

 俺の回答を聞いた火南魅自身は、もう堪えられないくらい顔を真っ赤にしていた。

「~~~~~~~~~~~~!!!」

「……大丈夫かなん? 火南(かな)? 竜越火南魅さん?」

「きっ、着替えてくる! 暑いし!」

「確かに暑いな」

「お熱い系だね」

「熱源が人であるぞ」

「二人一組ッスよねー」

「く、くそ! 男女二人組となるとすぐにくっつけたがりやがって!」

「さっさと結合しろ男女二人で」

「金海は二度と喋らないでくれる? うん、ちょっとでいいや。たった一生だけ」

 くそ、もう火南魅いなくなっちゃったじゃねーか! 網膜に焼きつけられたかな……

「そういやスリシャスの感想も聞きたいな。あいつ、メイド服着たがってただろ?」

 小さな金髪少女を探せど、教室には、始業直前だというのにスリシャスの姿がなかった。

「あれ、スリシャスは?」

「え? さっきまで一緒に火南魅のメイド服見てたけど」

「君達が女心どうこうと騒いでるうちに、教室を出ていった」

「テメーには聞いてねえよフリューゲンス。どこ行ったんだスリシャスー?」

「ククク……自分達が乙女心どうこうと騒いでるうちに、教室を出ていったよ」

「マジか……どうしたのかな」

 途方に暮れてしまう。

「おい神斬。今のはさすがに何なんだ」

「あ? なんだフリューゲンス。お前もメイド服着たいか? でも駄目」

「僕が言ったことも倉庫男三号が言ったことも同じだろう。それをお前は、」

「おおケンカ売ってくれるのか? 安く買うぞ」

{やめなさいよ素直!}

 火南魅の声が止めに入る。もう着替えたのか残念と思って振り返ると、どこか薄ぼんやりとした、宙に浮く火南魅の姿があった。霊体、火南魅の本当の体はトイレにでもあるはずだ。火南魅の亜法〝分裂する精神ディバイディド・ソウル〟だ。わざわざ幽体離脱して止めに来たってのか。

{フリューゲンスも、素直なんかの挑発に乗らないでよ。もう高校生でしょ?}

「そりゃ何か? 俺は高校生じゃないってか!?」

 じゃないね、とミハイオにつぶやかれて俺は黙る。

「……そんなことより火南魅。スリシャス見なかったか?」

{スリシャス? ついさっきまでここにいたわよ。この階の女子トイレ}

 なら大丈夫か。次の授業の先生は、トイレなら少しくらい遅れても許してくれる。

「ありがとう。それより火南魅、もう授業始まるぞ」

「先生ー、メイド服着替えてたので遅れました! カッコ慌てて」

{うざいミハイオ! 絶対間に合ってやる!}


  ☆~


「う~~ん……」

『ストレート』『レモン』『ミルク』と書かれたルーズリーフを前に、俺は頭を抱えていた。

「どうした神斬、考え事などお主らしくもない。野球か?」

「俺は人権を脅かされた上に思考まで決めつけられたぞ。どういうことだホルジャ?」

「レモンとはかなり新しい球種だな」

「その時点で野球じゃないことに気付けよ! 春雀祭のメニュー考えてんだよ!」

 喫茶店だからとりあえず紅茶、と思い三つ書いたけど、あとが続かない。

「よく考えたらキッチャテンとか入ったことねえしな俺……」

「お主、よく実務責任者なぞ引き受けおったな……」

「ああコーヒー! 忘れてたぜえ」

「……コーヒー思い出して喜んでる喫茶店経営者ってどう思いますです~?」

「ダメダメだな! ダメダメだよ素直くん!」

「穂並にまで言われた! チッキーはホントに語彙貧困だなお前」

「だ、ダメ出ししたはずがダメ出しされた!」

 しかし、俺の貧困な脳味噌ではアイディアはそう簡単に出てきそうにない。今は昼休み、まだ始まったばかりで時間はあることだし、

「河岸を変えるか。蘭花、ちょいと喫茶店まで視察に行こうぜ!」

「ほら、そうやってすぐ女の子引っかける!」

「黙れチッキー。なんならお前が一緒に行くか。そうだそうしよう!」

 まあ誰と行ったっていいんだけど、とりあえず俺はチッキーをひっ捕まえる。

「待つんだ素直! チッキーなんかと行って何が楽しいんだ!?」

「馬鹿ミハイオ。俺が財布を忘れたことを散々飲み食いした後にバラすんだよ。びっくりするだろ?」

「びっくりするけど、サプライズが目的みたいな言い方しないでよ! どう考えても僕にタカるの目的じゃんか!」

「そこまで言うなら仕方ない。火南魅ー、喫茶店に視察に行こうぜー。俺がおごるから」

「しかも財布持ってるし!」

 一か八かで誘ってみたが、火南魅の反応はなかった。

「え、あれ? 火南魅?」

 まさか、いないのに声をかけた俺はマヌケ? が、そこ、とサヤが指差す。自分の席で蘭花やベロムに囲まれて、紙や布を手に解説している。机には今朝火南魅自身が着ていたメイド服がある。

「素直がオーケー出してくれたらすぐみんなの分作るんだって、息巻いてたッスからね。ウチは裁縫下手だからからパスするッスけど、他のみんなは今日から休み時間返上するって」

「へえ……」

 それはスリシャスという転校生がいるからか、このクラスで初めての行事だからか、はたまた他に何か理由があるのか。それは俺には分からない。

 だが、今回の春雀祭に懸ける想い。火南魅のそれは本物のようだ。それで俺が全く視界に入らなくなってるのは残念な部分もあるけど、

「俺も負けてられないな。メニューくらい、良いのをサクッと出さなきゃな」

 責任者になった元々の理由である、火南魅にイイところを見せようというのは置き去りにして、単純に負けず嫌いの血が騒ぐ。

「よし。ドリンクは紅茶とコーヒーをアイスとホットで、ジュース類はオレンジ、アップルジュース、あとサイダーとかくらいか? どう思うサヤ? あ、あとココア的なのがあるといいか」

「どうしたッスか、ナオ? 急に張り切りだして」

「食事はデザートとサンドイッチくらいの軽食は出していいよな。スパゲッティとかライス系の食事は、許可とか設備的に大丈夫かな……皆三毛に聞けば分かるか?」

「おい神斬、貴様どうした?」

「毒でも食べたか? 自分の唾液とか」

「俺は毒ガエルか。皆三毛はどこ行った?」

「それこそ実行委員会に行ったよ」

「そうか……なら、その話し合いを待った方がいいな」

 とりあえず昼飯を食べようとした俺を指差しながら、クラスメイト男子はひそひそと。

「ホントに素直、悪い物でも食べたんじゃないの? 自分ちのパンとか……」

「あそこのパンけっこう美味いぞ。女の為ならここまで人は変わるか……」

「うむ。いつだって主人公が動くのは、愛する女の為であるな……」

 俺、何か悪いことしてるか? 文句ならせめて正面から言ってほしいぞ!


  ☆~


 心配事というか、もう一つの考え事も忘れていない。スリシャスのことだ。

「相性環の話は前回したよな。亜法の属性同士の相性のことだ。復習を兼ねてオルジェンニ、前回言ったことを要約して言ってみろ」

 そういえば、今日はスリシャスと昼飯を食べなかった。スリシャスが転入してきてから初めてだな。

「相性環は亜法の一七属性において、どの属性にどの属性が有効か、あるいは有効でないかを、環状の相関図に表したものです。前回の授業では、一七の亜法が五つの環を構成する、というところまでお話しされましたけど……」

 かといって、メイド服を作る女子の輪にもスリシャスはいなかった。男子どもが一緒に食べたんならもっと騒ぐだろうし、一人で食べたのか。

 ……悪いことしたかな。

 別に一緒に食べる約束をしたわけでもなし、むしろスリシャスに俺以外にも一緒にメシ食う友達がいるなら万々歳だ。

「そうだっけな。じゃあ今日はその具体的なグループの内訳を話すか」

「『そうだったな』っていう確認ならともかく『そうだっけな』って思い出し何だよ……」「好意的に解釈すると、物忘れ系?」「ククク……悪意的に解釈すれば、ボケが進行しているね」

 そうじゃなかったら、スリシャス友達いない? いやいや、何か用事があったんだろう。俺が声かけた時もいなかったし。

「お前ら無視して続けるけどな、一七の属性は四つの属性で一つの環を構成する。四グループできるわけだ」

「あれ? 4×4で、一つ余り?」

「余りは盤の亜法だ。盤は無属性と言い換えられるからな。どの亜法とも優劣関係はないし、力を与え合いもしない。一人で完結してるから、これで一つの環とも考えられる」

 しかし、本人が後ろにいるのにうだうだ悩んでるのも変な話だな。いっそ聞くか。

「スリシャス。ちょっといいか?」

「ふえっ?」

 振り向いて声をかけたら、慌てて顔を上げた。寝てやがったな。意外だな。

「四つの環には名前が付いてる。色環、概念環、自然環、世界環。相性環のトコは暗記モノの上に似たようなヤツ多いからな、全部覚えろ」

 珍しく岸木が真面目に授業してるが俺は無視して振り向きっぱなし。スリシャスはホッとした様子で、胸を撫で下ろす。

「素直くんかあ。……よかったっ、先生じゃなくて」

「やっぱ寝てたのか。意外だな」

「うん……前の学校で習ったなあって思ってたら、油断しちゃって……」

 つまり王立は授業が進んでるってことか。……

「くそ、そこはかとないエリート発言……! この怒りをどこに向ければいい!?」

「な、なんかよく分からないけど、ごめんねっ」

 いやいいんだ。悪いのはスリシャスじゃない、この国の教育だ……!

「色環が一番分かりやすいな。翠が青に強く、青が紅に強く、紅が白に強く、白が翠に強いってな。これで一周、環ができるわけだ」

「で、スリシャス。前に聞きそびれたんだけど」

「? 何をっ?」

「スリシャスの亜法ってどんなの?」

「あっ……」

 途端に口ごもる。前回は話を逸らされたけど、今は『スリシャスの亜法』を主題に会話を始めたばかり。話題を変えにくいはずだ。

「それぞれの環の中で四つの属性は起・承・転・継の性質を持つとされる。まあ完全に起承転結から来てるわけだが、環になるから最後が結じゃなくて継、平たく言えば続くってわけな」

 卑怯なやり方だという自覚はある。でも、スリシャスが自分の亜法について悩んでるのも分かっている。自信がある。

「色環では翠が起性、青が承性、紅が転性、白が継性にあたる。他の環での関係も、起承転継の順になる。こっから表で書くからな」

 俺が分かち合える悩みじゃないかもしれない。けど、悩んでるのは同じだと、悩むことの辛さは共感できる。こんな惨めな亜法の奴もいるんだと、励ましてやりたい。

 俺の自己満足にならなきゃいいけど……

「矢印の始点の方が強くて終点が弱い方な。右肩から矢印の順に起承転継だ。概念環がこんな感じな。

        『 思念 ← 暗闇

          ↓    ↑

          病 →  力  』

 暗闇が発見されるまでは思念には弱点がなかったわけだから、『最強の亜法』とか言われたっけな。思念は起性だが、他の環でも起性はそんな扱いのヤツがいるな」

「スリシャス。お前、何か悩んでるんじゃないか?」

「え……?」

「もしあったら、話してくれよ。いや、出会って数日の俺なんかじゃ駄目かもしれないけど、俺でよければ力になるからさ」

「自然環がこう、世界環はこうな。

        『  風 ← 蟲獣

           ↓   ↑

          鉱物 → 稲妻 』

        『  竜 ← 銀

           ↓   ↑

          大地 → 霊 』

 ちなみに色環を改めて図にするとだな……」

 ややあってからスリシャスは、

「………………そっ、そんなことないよっ! なな、な、悩みなんてな、なっ、ないよ!」

 爆発したかのように紅潮する。NAラップ? それはどうでもいい。悩みを考えて何故顔が赤くなる。

「……はっ! まさか、『なんだかカラダがうずいて、止められないの……! アタシのカラダの火照りを、静めてぇっ!』っていう悩みか!?」

「そうではないよっ! 絶対にそうじゃないからっ!」

「起承転継の性質が、互いに力を与え合う関係だ。起性の属性同士は力を増幅しあい、承性は承性同士で高め合う……そんな感じだな」

「そういう相談はちょっと受けかねるよなあ、俺童貞だし……だって、今まで非モテの代表格だった主人公が、突然現れた攻略対象キャラからだけ『大丈夫ですよ。だって○○さんはこんなにカッコイイじゃないですか』って言われるのは違和感あるじゃん」

「よく分からないけど、アタシはエッチじゃないよっ!」

「それはそれで残念だ……」

 火南魅のことが好きとはいえ、俺だって男の子。スリシャスみたいな可愛い子がエロいことしてくれるなら万々歳なのだが。

「神斬、火くれ」

「あ、はい」

 慌てて親指を差し出す。

「って、うわ! 先生いつの間に!? ってか俺はライターじゃねー!」

「何だっけなあ、なんかパルメと面白そうな話してたな……」

「確か『なんだかオシリがうずいて、止められないの……!』」

「ゲイかよ! っていうか金海黙れよ!」

「スリシャスが棒装着って線もあるだろ」

「スリ×神か……」

「教師までかよ! 最悪だなこのクラス!」

「授業中にくっちゃべってるお前が言うなよ」

「ごめんなさい……」

「ごめんなさいっ……」

「パルメが謝る必要ないだろう」

「どういうことですか岸木先生!?」

 開けただけの俺のノートに大きなペケ印が書かれる。スリシャスのノートは慌てて取り始めた板書が少し。そのまま岸木は教卓へとスタスタ。

「さっきも言ったが、銀と暗闇はあとから発見された亜法だから、見つかるまで思念と竜は最強の亜法だと思われてた……」

 くそう、何か言われるより腹立つ……!

「強いて言えば……」

 岸木が授業に戻ったのを見計らって、スリシャスがひそひそ言う。

「上手く友達ができないことかな……」

 ……それ悩み? リアル悩み!? 俺のせい? 俺が出しゃばってたせい!?

「俺にできることなら何でも言って! いやむしろ何でも言って!? 俺が何でもするから!」

「よし神斬答えたそうだな。問一」

「3x+2y」

「正解」

「いや正解も何も、問一ってどこから出た問題!? 何で素直くんも答えられんの!?」

 チキ太郎がうるさいけど無視。俺は完全に後ろを向いてスリシャスとの会話モード。

「よし、友達だな。まずはクラスからだな。世界征服もまずクラス全員からだもんな。とりあえず俺が友達になろう。オーケー?」

「えっ、あっ、いやっ、素直くんが友達は嫌! ……かな」

「なんかリアルっぽい反応やめろって!」

 まさかあれだけ一緒にメシ食ってて嫌われてはいないよな。でも今の『友達はいや!』は真に迫ってたぞ……

「じゃあアレだ。どっか遊び行こうぜ」

「えっ?」

「みんなでさ。今考えたらこのクラスになってから、まだそういう風に集まって遊んだことないからな。遊園地とか行ってさ、ついでにそこで仲良くなろうぜ。親睦深めるってヤツ?」

「遊園地か。たまにはいいな」

 金海だ。さっきから俺の隣の席で話を聞いてたらしく、本格的に混ざってきた。

「俺も神斬と仲良くなるか」

「き、気持ティ悪い……」

「安心しろ。現在仲良さマイナスだからな」

 まあ金海はどっちでもいい。問題はスリシャス自身と、他のクラスメイトだ。

「どうよスリシャス。今週末、土曜辺りヒマじゃないか?」

「行きたいけど、いいのかな……みんな学園祭の準備とかしたいでしょっ?」

「まだ一週間以上あるぜ。それに、スリシャスを置いて準備するよりは、スリシャスと一緒に遊ぶ方が人集まるって。もしかして用事あるか?」

「ないけど……いいのかな?」

 なぜ遠慮がちかスリシャスよ。遊ぶだけなのに、何を遠慮する必要があるんだ?

「いいよいいよ! とりあえずチェーンメール!」

「おう」

 原始的に手紙を教室内で回す。土曜日に遊ぶ旨と出席者の名前を書くスペースだけ作って、金海に渡す。受け取った金海は自分の名前を書くと紙飛行機にして、

「まずはフリューゲンスに、っと……」

「何でだよ! あー!」

 投げやがった! しかし紙飛行機は失速、一つ前の火南魅の席に落ちる。

「ナイスパス金海!」

「クソ、俺が神斬の利益が生まれる可能性がごくごくわずかながら微小にもしかしたらあるかもしれない気がなきにしもあらずなことをするとは……」

「どんだけ確率低いんだよ俺の利益!」

「あ、開けたよっ!」

 紙飛行機を火南魅が開ける。文面を眺め、ペンが走る。ということは、やった火南魅来る!

「食べろ、食べろ……」

「どういう呪いだよ。火南魅はヤギか」

 書き終わった火南魅は手紙を回した。

「って何でフリューゲンスに──ーッ!?」

「しかしあいつ一秒で流したぞ。カイザンボーは……書いたな」

 授業そっちのけで回る手紙を見ながら(『そっちのけ』は『回る』『見る』両方に係る)、スリシャスが疑問を呟いた。何か、恐る恐るという気弱さで。

「金海くんが素直くんの利益になることをしたって……?」

「スリシャス。こいつを金海くんなんて生ぬるく呼んじゃ駄目だ。妊娠させられるぞ。させられないように『このコン◎ーム野郎』と呼びなさい」

「俺は着けない派だ。知らないのか? 神斬が叶わぬ恋心を抱いてるんだ」

 って何ブチ撒けてんのこのコン◎ーム野郎─────!!!!

「フリューゲンスに」

「っ危ないわ! 好きな子に意地悪て俺は小学生かよ!」

「後ろでもコン◎ームは着けろよ」

「着けるか!」

「なんだ神斬。お前も俺の仲間か」

 くだらないというか低俗な話をしている間も、スリシャスは物憂げな表情だった。


  ☆~☆


 二時間続きの実技の時間。人前でそうそうできない亜法の俺はかなりヒマな時間だが、さっき廊下で会ったオリヴィアによると、今日は特別授業らしい。妙に疲れた顔してたけど、準備でもしてたのか?

「えー、今日の授業は特別講師をお招きしました……」

 疲れの色を隠そうともしないオリヴィア。如何にもメンドそうに教員室に繋がるドアを開ける。

「ヘイボーイズエンガールズ。特別講師の火煙寺だ」

「ぶっ」

 思わず噴いちまった。入ったきたのは火煙寺和弘、〈創始の亜法士〉だった。ざわつく教室の中でやけに冷静な俺は、他クラスの知り合いと顔を見合わす。

「なあ、あいつヒマなのか? つーか職業何だ?」

「失敗したホストかザーヤクの若手組員にしか見えないけど……」

「今日はお前ら相手にトークセッションだ。授業二コマは長いから俺の気分で休憩入れるぞ」

 そして脈絡なくトークを始めた。他の紅の亜法士の生徒達は唖然としたまま身動きすることもできないが、俺はこそこそと席と移動しオリヴィアのそばに行く。俺の存在に気付くと、オリヴィアは軽く手を挙げた。

「お疲れ、素直くん……」

「むしろオリヴィアがお疲れだろ。和弘くんは何? どうしたんだ?」

 はぁー……と、お疲れ吐息のオリヴィア。

「なんか急に『オリヴィアのところの生徒に会わせろ』って言い出して、断ろうとしたんだけど、何故か学長から特別授業の許可が下りてて……私は真面目に授業がしたいだけなのにぃ~~~!」

「うわーもう! 分かったから抱きつくな! 俺達はキョンシーと聖闘士の関係だろ!?」

 火煙寺は話しながらも俺とオリヴィアを見て、額に青筋を浮かばせる。お前、いい加減吹っ切れよ……

「それはともかく、和弘くんは素直くんに会いに来たんだと思うわ。多分」

 俺に? まさか、オリヴィアを取られた(勘違い)仕返しに……!?

「素直くんが〈創始の亜法士〉について聞いてたでしょう? 彼も探してるらしいから…」

 それだ。確かに『〈創始の亜法士〉は倒す』的なことを言ってた。こないだの朝も手当たり次第襲いかからん勢いだったしな。

「…………」

 もしスリシャスが本当に〈創始の亜法士〉だったら、どうする?

 俺が態度を変えるわけじゃない。そりゃあ、凄い能力を持ってるのは少し羨ましいが、だからといって今、ペランドルみたいな学年大会上位者を、それを理由に妬んだり敬ったりはしてない。スリシャスの能力がいくら強力だろうと、今まで通り昼飯を一緒に食べるだろう。

 だが、俺はそうでも、他の人間はどうだろう。うちのクラスの連中は元々マイペースで他人の亜法に興味なんかない(言い過ぎ)から構わないと思うけど、例えば他のクラス、他の学年はどう見るか。教師は? 学校外の一般人だっている。

 ……羨望、尊敬、興味、あるいは嫌悪、嫉妬、悪意……

 直近の問題が〈神の亜法士〉、火煙寺和弘だ。本人に悪意がどこまであるのか知らないが、明らかな攻撃意思を持ってる。

 相手が超強力な亜法を使う以上、危険だ。スリシャスが〈創始の亜法士〉だろうと、火煙寺の勘違いだろうと、火煙寺は間違いなく攻撃を仕掛けてくるだろう。その危険をスリシャス本人に伝えるべきなのか? 俺が事前に止めるべきなのか?

「ここらで休憩にするか。十分な」

 考えてるうちに火煙寺の話が一区切りついたようだ。生徒ズはばらばらと立ち上がって集まったり廊下に出たりする。俺は構わずオリヴィアの横に座っていたら、

「おい山下。首尾はどうなってる」

「……誰が山下だよ」

 火煙寺が近寄ってきた。隣にオリヴィアがいるのも気にせず、真っすぐ俺に。

「しかもシュビって、何のシュビだ? 俺が得意なのはセンターだ」

「〈創始の亜法士〉探しだよ。あれだけ俺に聞いておいて、何も分かりませんってことはねえよな?」

 本当にそれか。思考回路が簡単な奴だな。

「……何でそんなに倒したがるんだよ。マジで〈創始の亜法士〉同士がやり合ったりしたら、被害は計り知れないだろ」

「馬鹿か。俺個人には理由なんてねえよ」

 俺の問いには、すぐに明確な答えが返ってきた。まるで常にそのことばかり考えているような、用意された言葉だ。

「〈神の意志〉が言うのさ。『〈神の亜法〉を一つにしろ』ってな。出逢った時から、主導権争いに俺が勝っても、今この瞬間も、怨嗟の如く叫び続けている! 黙らせるには奴の望む通りに〈神の亜法〉を一つにするしかないのさ、潰し合ってな!」

〈神の意志〉の叫びとやらを代弁するかのように、火煙寺は唸る。その怒号に、休み時間をがやがやと過ごしていた生徒達まで静まり返る。〈創始の亜法士〉の存在意義を体現しているような迫力、存在感だった。

 だが、俺は思い出していた。〈創始の亜法士〉について聞いた時、火煙寺は『精神の主導権争いに勝つことで〈神の亜法〉を手に入れる』と言った。そして火煙寺は〈神の意志〉に勝ったつもりなのだろうが、現実は違うように見える。今の姿からでも分かる。〈神の意志〉は勝敗はどちらでもいいに違いない。勝ったらその体を支配すればいいし、負けても今の火煙寺のように、踊らせてしまえばいいだけのこと。〈創始の亜法士〉は〈神の意志〉のいいように使われているだけに思える。

「改めて言うぞ。〈神の亜法士〉を見つけたら、俺に教えろ。俺が殺す」

 もう確実だ。スリシャスが〈創始の亜法士〉だろうとヘッポコ亜法士だろうと、俺がすべきは、スリシャスをこの勘違い危険人物から守ることだ。


  ☆~☆☆☆


 土曜日。俺は身支度を整えつつ、米をかっ込んでいた。

「あ! この馬鹿息子、うちが何屋か知ってての狼藉か!」

「いやパン屋が白米食ったっていいだろ。お袋が昨日作った夕飯だってエビピラフだぞ」

「あ、あれそういう料理名なの。お母さん知らなかったわー」

「料理名知らなくても使ったのはパンじゃねえだろ。誤魔化しきれてないっての」

「そんなことより、急にめかし込んで、どうしたの素直? パーリィ?」

「朝十時から誰がパーティすんだよ。友達と遊びに行くんだって、昨日言ったろ?」

 あーそんな記憶もないわね、と適当な母親は言う。

「友達ってことは、あれだ。火南魅ちゃん。86・57・83の」

「まあ火南魅もいるけど……って何で俺より詳しい情報知ってんだ!? もっと教えて!」

「あとはサヤちゃんとか、乱咲のお嬢ちゃんとか、オルジェさんとか、……」

「何で俺がハーレムみたいな状況に陥ってんだよお袋の中で! 息子がそんなにモテてると思える理由を教えてほしいわ!」

「だって、素直はこんなに素敵じゃないっ!」

「は、母親相手にフラグ立ちかけてる!?」

「母、ちゃんと」

「二度ネタ! 二度ネタ!」

「二度寝た? 母ちゃんと?」

 金海かこいつは……!

「そんなことより、説明書知らない? 大事なんだけど」

「自分で言っといて……説明書って何の?」

「素直の亜法の」

「家電みたいに言うな、我が息子のことを!」

 説明書ってのは以前オリヴィアに見せたってヤツか。

「オリヴィアに見せたまま、どっかにほっぽってあるんじゃないか?」

「そんなはずないわよ、先生に見せたのはコピーだもの。困ったわあ、使い方とか機密情報とかいっぱい書いてあるのに……」

「ちょっと待て。そんなの書いてあるの!? 本人が使い方いまいち把握してないから見せろよそれ!」

 使い方なんて便利なものがあるなら、是非教えてほしい。もっと効率良く使えさえすれば、この亜法は強いと思う。しかしお袋はニッコリ微笑むだけ。

「機密情報が書いてあるから、だーめ。代わりと言ってはなんだけど。ちゅ」

「不意打ちやめい! あーもう。お袋の亜法入ってきたって」

 〝火受け皿〟が発動した。お袋も紅の亜法士だし、血縁関係のせいもあるのか、オリヴィアに比べて容易く、ほっぺキス一秒足らずで、能力のけっこうな部分が流れ込んでくる。

「それ、今日一日使っていいわよ。何か危ないことがあった時に役立つでしょ」

「まあ……いいのか?」

「お母さんは大丈夫よ。何かあったらパパが用意してくれた罠が発動するから」

「そんな怖い家に住んでたの俺?」

 貸してくれるというなら借りておこう。遊園地だ。他校の不良に絡まれてる女子を助ける好感度上昇イベントがあるかもしれない。その時に丸腰では格好付かないっていうか俺の身が危ない。

「じゃあ、行ってくる。土産は期待すんなよ」

「いってらっしゃーい」


  ☆~☆☆☆


「いやあ、ナオとデートなんて夢のようッスね」

「いやデートじゃねえし」

「悪夢ッスね」

「だからデートじゃねえけどな?」

 デートじゃない。たまたま電車で一緒になったサヤと、目的地の駅で降りたところだ。

 今日は土曜日。クラスの連中と遊園地で騒ぎを起こす日だ。結局ペランドルとフリューゲンスの野郎を除きスリシャスを含む一六人が出席、遊園地の最寄り駅に集合することになっている。

「お、いたいた」

「早いッスねみんな。おーい火南魅ー!」

 集合時間の三〇分前だというのに、改札の外には半分くらいの人数がいた。授業の日は直前五秒に集まるくせに……俺もだけど。

 多くが初めて見る私服姿で、新鮮さを感じる。もちろん制服指定がない学校だから、半分くらいが私服で登校してるわけだが、学校に来てくる服と遊びに出かける時の私服は違うという意味で。ちなみに俺は三日前に学校に行った時と同じ格好だ。

「あ、首謀者も来たよ。おーい素直、鞘子ーっ!」

 特に火南魅だ。学校では制服ブレザーの火南魅。この前、喫茶店を眺めて回った時にも私服は見たが、今日は雰囲気が変わってパンツルック。気温が高いこともあってかTシャツ一枚の薄着で、背中に回ればブラジャーのヒモが透けて見えるかもってくらい、軽快なスタイルだ。いや、下心抜きにしても、

「やっぱ可愛いよなあ……」

「どしたの素直? いきなり気持ち悪いわね……」

 う……挨拶より先に気持ち悪いと言われた俺はどうすればいい、倉庫男三号よ。

「ククク……自分のこともいいけど、主催者である以上、事を進めた方が賢明だと思うね。人数を確認して来てる人の分だけでも入場料金を徴収すれば、効率が良いと思うね」

「だから心を読むな、倉庫男」

 ククク……と含み笑いで誤魔化された。こいつも何考えてんだか分かんねえよな……

 しばらくして。

「おはよっ、みんな! おまたせっ!」

「む。漸くパルメが来たぞ」「おはよーリシャ!」「おはよーにゃー」「はい初私服いただきましたありがとうございまーす!」

 最後にして主賓(俺から見て)、スリシャスが到着した。初めて見る私服は花柄のワンピースだが、なんだか背伸びしてお洒落した感が見てとれる。

「素直くん、おはよっ」

「おうおはよ、スリシャス」

「この服、どうかなっ? 初めて着たんだけど……」

 俺に感想を求められると困る。いや似合うし可愛いと思うんだけど、男子共の嫉妬の視線が痛い。俺自身も恋人じゃあるまいしと思いながら、

「似合ってるんじゃないか? 可愛いし」

 思ったままを言う。男子共の嫉妬の以下略。スリシャスはほんのり頬を染めて、

「可愛い……かなあ。えへへっ……」

 男子共の以下略! 以下略!

「……タラシッスね。火南魅といい、ミハイオといい次々と……」

「な、何で私が出てくるのよ!」

「っていうか俺は何!? いつからカマキャラ定着したの!?」

「うっさいミハイオ。じゃあぼちぼち行こうかねん」


「キャアーーーーッ!!」

「わああーーーー!!」

「ひやあ───っ!?」

「うひゃ───ー!!」

「ひいっ───ー!?」

「いやコーヒーカップでそのリアクションおかしくない?」

 我がクラスの頭脳派担当、倉庫男三号が立てたアトラクション巡りプランのおかげで、奇跡的に一度も並ばずに全員が満喫できている。

「いや、やっぱり『ディストラクション・ウェーブ』二連チャンはキツイね……」

「でもなんと言っても『グランディオス』だねん。肩ベルトだけで時速二八〇キロは下半身吹っ飛ぶよん」

「それよりボルくんがコーヒーカップで時速一三〇出してたのが怖かったな……スリシャスが死んじゃうかと思ったもん」

「半ば死にかけておったが……」

 遅お昼くらいの休憩中。ここ『柏嵐(はくらん)ランド』は学校からも電車一本で行けて遠くないから、来たことがある奴がほとんどで、勝手知ったる遊園地だが、それでも楽しいモンは楽しい。それにスリシャスは初めてだからなおさら。

「どうよスリシャス? そこらの遊園地とは格が……スリシャス?」

 あるのはベンチと露店だけで視界を遮る物はない休憩スペースに、スリシャスの姿がない。

「すっ……すごいねっ……遊園地って……………」

「スリシャス!? どうしたー!?」

 地面にへばりついていた。肩で息をし、顔も上げられずうつ伏せに倒れている。

「スリシャス! 大丈夫!?」

 火南魅や他の連中も駆け寄る。スリシャスはえへへっ、と顔を上げると、小さく笑った。

「ちょっと、疲れちゃった……少し休んでもいいかなっ……?」

「ぬう……少しどころか、すごく疲れてるように見えるぞ」

「確かに休んだ方がいいかもしれないですね……でも」

 まだ昼過ぎ。遊ぶ時間はまだまだあるとはいえ、遊び盛りのクラスメイト達には十分すぎる休憩を過ごした。これ以上ここに留まってると、チッキーとかンテリウ辺りがうずうずして亜法を暴発させかねない。ガキかあいつら。

「オッケー、俺がスリシャス見てるわ」

「素直、いいの?」

「おう。元々俺がスリシャスを連れてきたかったようなモンだから、放ってはおけねえよ。お前らは遊び行っていいぜ」

「やったさすが素直気前いい!」

「お前は素直に受け止めすぎだろミハイオ!」

 いやいや、とミハイオは首を振る。だがそれは俺の提案への否定ではない。

「中々そう言える奴はいないって。俺らの為でもあり、スリシャスの為でもある。あちらを立てつつこちらも立てる。できる男だね!」

「いたるところで勃たせやがって……」

「金海は()ぁーってて! スリシャスはどっちがいい? 俺を選ぶか、素直を選ぶか。究極の二択!」

「決まってるだろ。『両方死ね(Kill you)』。……しまった! youで複数表現すると分かりにくい!」

 ここのアトラクションに漫才ってあったか。俺はバテているスリシャスに確認を取る。

「どうする? 疲れてるっていうか、体調悪そうだけど」

「………みんながそんなに言うなら、素直くんと休んでようかな……」

 なんとかベンチまで這いずってきたスリシャスは、突っ伏しながらも答える。女子共は、

「素直くんと、ねえん」

「二人系で」

「二人きり、ですです~」

「うっさいわお前ら! 早くどこへでもお行き! ……ミハイオ、合流できそうだったら連絡するわ」

「オケー。じゃ、残らない人は早く行こーう!」

 ミハイオが先導して俺とスリシャス以外はバラバラとアトラクションの方へ向かう。何人かは「またあとで」と手を振ってくれた。

「さて……ちょっと横になるか?」

 人もいないし、ベンチには人一人横になるくらいの余裕はある。ずっと地面にしゃがみ込んでるのは可哀相だ。

「うん……でも、ちょっと立ち上がれないかも」

「……何がそんなに疲れたんだ? 人もそこまで多くなかったし、並ばなかったし」

「うーん。一番はコーヒーカップかなっ…」

 ンテリウの仕業か。やっぱコーヒーカップにスリルはいらないか……

「いや、すまん。ただでさえ『朱雀亜法術学園の生徒は遊び方が危ない』って警戒されてるような連中だからさ。ごめん」

 心の底から申し訳ない。スリシャスは俺の謝罪を笑顔一つで受け止め、俺に手を伸ばす。

「?」

「アタシは気にしてないけど、代わりに、だっこしてっ」

「ホワッツ!?」

「まだ足がガクガクいってるから……お願いっ、素直くん」

 マジでおねだりする子供のようだぜスリシャス。

「分かったよ。ほれ」

「ひゃっ」

「何だよ。しろと言ったり悲鳴上げてみたり」

「き、急にだからびっくりしちゃって……どきどきしちゃった」

 俺に抱き上げられてる数秒間、スリシャスの顔は真っ赤だった。

「はあ……なんだか、余計に疲れちゃったわ」

 とか言いながらスリシャスは俺の太ももに頭を乗せてくる。

He() the() MAKURA(マクラ)!? そこまでは許してなくね? 段階がね?」

「ん~、やっぱり素直くんの太ももはいいわあ……」

「太ももフェチかお前は。……まさかお前は!」

 俺はスリシャスの胸元を見る。普段に比べて……こんなゆったりした服で見分けられるわけねーだろ! しかし、胸の大きさを見なくても気付ける。俺は思った名前を叫んだ。

「ス()シャス!」

「それはいつでも同じだと思うけど」

 違う。『素直くん』と『砂男くん』くらい違う。

「ちょっと代わってもらったの。コーヒーカップのあとに」

「自分の……っつーか、お互いの意志で代われるのか」

 ええ、と〈神の意思〉と思われるもう一つのスリシャスの意思、思い付きで付けた名称のス裏シャスが顔を真上、俺に向ける。

「気を抜いてる時とかは強引に代われちゃうけど。今はちゃんと、相談して代わってもらったの。素直くんに会いたかったから」

 パチンと、色っぽくウィンクする。あのスリシャスが、どうしてこんなに色気が出せるんだろうと、思うほどだ。

「ま、まさかの俺モテ期到来か!? 英国じゃイケメンなのか?」

 ふざけて返してみせるが、ス裏シャスの妖艶な笑みにかき消される。

「英国でイケメンかどうかは分からないけど、私は素直くんが大好きよ。顔も、心も」

 何を言ってるんだこの女は。俺の非モテの部分が叫んでる。それくらい、女の子に褒められた経験のない俺は動揺していた。モテるって、

「恥ずかしい……ぽっ」

「そんなに恥ずかしがらないで。三分の二は今の二つが理由だけど、残りの三分の一はカラダが目当てだから」

「ええ!? いきなり肉体関係から? 大人のエレベーター!? 金海を呼ばなきゃ!」

「カラダといっても、能力。亜法のことよ」

「? 俺の亜法は……」

 スリシャスも〝火受け皿〟は知らないはず。そう思ったが、ス裏シャスにはほっぺキスされた時、少し発動してしまったんだった。〈神の意思〉というくらいだ。もしかしたら感づいてるかもしれない。だがカマかけられてる可能性もある以上、まだしらばっくれておこう。

「俺の〝バーニング・フィスト〟が欲しいのか? 何で?」

「ウフフ。確かに表のスリシャスと情報を共有はできるけど、それじゃないの。ここから先は私しか知らない、表のスリシャスとは共有してない話だから、安心して」

「……………〝火受け皿〟を使って何がしたいんだ?〈神の意思〉が」

 こちらもカマをかける。カマと言っても、自信のあるカマだ。しかも、こちらが予想していた以上にあっさりと、正解を示す回答が来た。

「あら。私が〈神の意思〉だって知ってるのね?」

「やっぱりそうか。だったら忠告したいことがあるんだ」

「あら。暗に『利用する』って言ってる相手に忠告までしてくれるの? やっぱり素直くんって、優しい……」

「馬鹿言ってんな。火煙寺和弘って知ってるか? 紅の〈創始の亜法士〉だ」

「聞いたことあるわね。米国の研究機関に協力しつつ、世界を渡り歩いてるんだったかしら」

「それは知らんけどスリシャスを……〈創始の亜法士〉を狙ってるんだ」

「ホント?」

「スリシャスが〈創始の亜法士〉だとは特定できてないけど、俺が〈創始の亜法士〉が誰か特定できてるとあいつは踏んでる。そしてその〈創始の亜法士〉を倒したいと思ってる」

「奇遇だわ。私も倒したいと思ってたところなの」

 冗談づくでもなく、しかし『私もそのアイス食べようと思ったの』ってくらいの軽さで返してくる。もし本気で〈創始の亜法士〉同士が潰し合うつもりなら冗談じゃない、町一つ破壊されちまうんじゃないか。

「でも馬鹿よね、火煙寺和弘って男も。素直くんの存在を知りながら〈私達〉の言葉をそのまま受け入れるなんて」

 私達ってのは〈神の意思〉のことか? ス裏シャスもスリシャスの中で『〈神の亜法〉を一つに』って叫んでいるのだろうか。でもスリシャスは他の〈創始の亜法士〉を倒そうなんて思ってるようには見えないけどな……

「……? 言葉をそのまま、って……潰し合う以外の解釈が正しいっていうのか?」

「さすが素直くん。察しがいいわね」

 ス裏シャスは身を起こし、俺の首筋にしがみついてくる。ムネを押しつけるように。

「スススス裏シャス? この行動に意味がありますか!?」

「ご・ほ・う・び。という名の誘惑」

「分からん!」

「どういう解釈が正しいのか……『一つにする』の手段が何か分かったら、誘惑を一段ステップアップさせてあげる」

 リリ、リアリー!? ステップアップしたらもうただのエロいこと? しかし胸に当たるパイオーツの感触もあって集中なんてできやしない。頭は回らず。

「わ、分からん!」

「……もう。自分のこととなるとにぶい人なんだから。何でも」

「え?」

 呆れたような、寂しそうな、不思議な微笑を見せたス裏シャスの体が、気絶したかのように突然傾いた。

「あ、おい! 大丈夫か!?」

 慌てて抱きとめる。呼吸を聞けばせいぜい寝息で、危険そうなところはない。

「ふう……良かった」

「良かないでしょ、素直~……」

 !!!!

 気を抜いていた。目の前三メートル圏内にいたのは。

「火南魅! 何かあったのか?」

「金海に言われて来てみれば……忠告された通りじゃない」

 忠告? 金海が他人に忠告なんてするだろうか? せいぜい避妊くらい……それはともかく俺は己の姿を省みた。膝の上で寝ている少女を抱いている。しかも呼吸を確認する為に耳を口元に近付けていて、角度によっては胸をのぞき込んでるようにも見える。さて、火南魅の角度からは?

「違う! 違いまくるんだ火南魅! っていうか金海の忠告って何?」

 あからさまに話題を変える。また火南魅が素直に乗ってくれるんだ。俺じゃないぞ。火南魅が俺に乗ってくれたらそれはそれは嬉しいけど……金海か俺は。

「素直とスリシャスを二人きりにしたら危ないって。トンビに油揚げじゃあるまいしとかって……………………………」

「?」

「………………………………」

 だいぶ言い終わってから黙りこくる。しばらく、火南魅はほんのり顔を赤くして、

「す、素直が弱ってるスリシャスに変なことしないかも分からんって言うから見に来たのよ!そしたら案の定……」

「いや誤解だ! 例の持病が、スリシャスの持病が出たんだって!」

 多分ス裏シャスは火南魅が来たことに気付いて、スリシャスと交代したんだろう。意識の切り替わりの副産物というか、入れ替わる隙間の時間が気絶している状態らしい。そういえばス裏シャスが『そんな説明をしているのね』とか言ってたから、本当は病気じゃないのか。

「スリシャス、そんなに調子悪いの?」

 そうとは知らず、態度をがらっと変えて、火南魅がスリシャスの顔をのぞき込む。まだスリシャスを抱きかかえている俺とも必然、距離が近くなる。

 そこで、突然だが、俺は改めて、火南魅のことが好きなんだなと思った。

 だって、火南魅が隣に立つだけで、ス裏シャスが抱きついてきた時よりも心臓が高鳴っているんだから。

「……素直。近いわよ」

「か、火南魅が近寄ってきたんだろ」

「スリシャスに近付いただけじゃない」

「わ、分かったよ。下ろすって」

「起こしちゃ悪いでしょ。そっとしてあげて」

「お、おお……」

 好きな女子の前で他の女子抱えてるってどういう? 俺が思うに夫婦プレイ。スリシャス娘俺夫火南魅妻。

「スリシャスは大丈夫だった?」

 ふおおこの状況で普通に会話続けるか!? 女子の方が男子よりパーソナルスペースが狭い=他人の近くまで寄ってくると聞いたことがあるが、これがそれか!? だから女子同士はしょっちゅう抱きつき合うのか!?

「ま、まあな。ちょっと前まで会話もしてたし」

 ス裏シャスだけど。

「そう。良かった。じゃあ起こしてもいいわね」

「え? あ、ああ」

 火南魅はスリシャスの頭を両手で挟むと、ぐりぐりこね始めた。

「いつまでもタヌキ寝入りこいてんじゃないの、スリシャス~~。いくら素直が……煩悩に忠実だからって~~~」

「何でそこで俺の悪口言ったの!?」

「いっ……痛い痛い痛いよっ~~~!!」

「ようやく起きた、ってことにしてあげるわ。ほら二人とも、行こ」

 火南魅が俺とスリシャスの手を取り、ベンチを立つ。

「行こ、ってどこに?」

「全然遊んでないでしょ? 一緒に回ろうよ」

「………………」

 ……うう。ええ子や。この子はええ子やでえ!

 エセ関西弁になるほどええ子やが、それと同じくらいに俺は、火南魅と一緒に遊園地を回れる事実に感動している。十数人一緒だとそういう感じはしなかったからな。


  ☆~☆☆☆


「遊園地って楽しいんだねっ。また来たいなー」

 散々スリシャスを連れ回したあと、一時休憩。スリシャスの発言だ。

「もしかして、初めてなの? 英国に遊園地ってないの?」

「あるにはあるんだけど、一緒に行くような友達がいなかったから……初めてで素直くんと火南魅ちゃんと一緒に回れて良かったっ」

「そういやスリシャスの向こうでの話とかあんま聞いたことないな」

「あ、うんっ……ちょっと向こうでの話は、嫌かな。友達少なかったから……」

 ……地雷だった。うわ、火南魅から非難の視線……

「よし、俺がアイスでもおごってあげましょう! なんとなく!」

「やったあ! さすが素直、言えば買ってくれると思ってた! 私チョコ!」

 火南魅さん、さっきのは言ったうちに入るんですね……

「ほんとっ? じゃあ、アタシはレモンがいいなっ!」

 ……まあスリシャスが笑顔に変わるなら多少の自腹切るのもやぶさかではない。アイス屋はどこかその辺だったと見回してると、

「………………………どなたか、止めてくださあああい!」

 遊園地に似つかわしくない悲鳴が聞こえてきた。暴れ馬か、初めての空飛ぶ箒にでも乗ってるようなセリフだが、言ってる役者の声には聞き覚えがあるぞ。

「今の悲鳴、まさかコーヒーカップっ……」

「初めてスリシャス無視するけど、オルジェの声じゃなかった?」

「火南魅もそう思うか?」

 クラスメイトの声に聞こえた。オルジェの亜法を考えると、不吉な予感が……

「…………止めてくださ──い!」

 オルジェの悲鳴が近付いて聞こえると共に、異音も聞こえてくる。言葉にしにくい、というかいろいろ発生してるけど、ガウンとかドドドドとか、ズグァンメキャブシャバリバリミシとか、少なくとも日常生活や遊園地では発生しない音だ。あるとしたら工事現場とか工場、あるいは戦場じゃないか。物を壊す音。

 不吉な予感は的中した。

「ブルフフフ!」

「暴れ牛だったか……」

「あれって、牛さんなのっ?」

 スリシャスの疑問ももっともだ。角と鼻輪は牛っぽいが、紫色で鎧を着て二足歩行で斧をブン回しながら店やベンチを壊して闊歩する牛さんはいない。敬称を付けて呼ぶならミノタウロスさんだ。そういえば園内にゲームセンターがあるけど、

「ゲーセンのマスコットの牛のブロンズ像があったからな……それか」

 オルジェの亜法は、無生物に魔力を吹き込み、魔界の生物のようにする〝()スター・オブ・ナマモノ〟。生き物ではなく、あくまで動く無生物なのがミソだが、今あまり関係ないかも。

「ブルルルン!」

「ねえ……あれ、こっちに向かってきてる?」

「火南魅。気にしちゃ駄目だ。目をそらせばイケる」

 チラとだけ、近付いてくるという事実を確認したら、ばっちりミノさんと目が合った。俺は野生動物に出くわした時の対処法『目を合わせたまま後退する』を実践、実践してるのに、

「まっすぐ走ってくるよっ」

「足は速くなくて助かったわね、じゃないでしょ! どうするの!?」

 どうしよう。お、あんな所にオルジェがいるじゃないか! よし、責任取ってもらおう!

「あ、素直さん!」

 オルジェも俺達に気付いた。よーしそのミノさんを止めろ! もはや命令形。

「その子、止めてくださーい!」

「えええお前が頼むの!? お門違いじゃね?」

「火南魅ちゃん素直くん、下がってて」

「スリシャス?」

 スリシャスが前に立つ。だが待て。スリシャスの亜法は石のカッティングじゃなかったか? カッティング以外の応用はできないって聞いたが……

「おい、無茶だ!」

「下がってて、素直くん。一撃で済むから」

「スリ……」

 違う。これはス裏シャスだ。いつ入れ替わったのか、雰囲気が変わっている。

 ならなおさらストップだ。隕石落下は、確かに一撃でミノさんを倒せるかもしれない。いや確実に倒せる。が、確実に火南魅やオルジェにまで被害が及ぶだろう。

「スリシャス。大丈夫だ」

 前へ出ようとするス裏シャスを引き戻し、俺は火南魅とス裏シャスの前で左手に炎を灯す。

「俺がやる」

 愛する人を背に戦う、そんな男の背中……きっとかっこいい! 火南魅から見て! それはさておき、手の平から螺旋状に伸びた、炎の柱を俺はミノタウロス目がけて投げつける。

「うおおお!」

 気合いの声、と言いたいところだけど、ホントは亜法の痛みを紛らわすのが目的。そんな叫びを上げながら放った俺の、俺のお袋の亜法は〝火束縛衣(フレイル)〟。螺旋に伸びた炎を対象に巻きつけて、

「ブルル!? ブルルルル!」

 捕まえる。あるいは束縛すると言った方が近いのか? とにかく、対象に巻きついて身動きをとれなくする。今の状況なら、もちろんミノさんを止めることだ。

「ええ!? 素直の亜法ってそんなのだったっけ……?」

 火南魅がショックを受けたような声を出す。そうか、火南魅は俺の亜法を、いつぞやの昼休みに見せた〝バーニング・フィスト〟だと思ってるのか。

 当然、『捕らえる』亜法だといっても、そこは紅の亜法。ただの縄や鎖ではなく、炎であるには意味がある。

「ブルルヒヒ、ヒ、ひ……」

 炎の拘束衣をブチ破ろうとその巨体を必死に揺らしていたミノタウロスの動きが、徐々に鈍くなっていく。それもそのはず、ミノの体、本来はブロンズだかでできたそれが、拘束衣によって融かされているのだ。部位それぞれがドロドロになって形を成していないせいもあるが、関節部やらから融かされていて、うーん、なんてイヤらしい戦法だ、お袋。

「ブ、ル、r…………」

 断末魔の悲鳴も上げることなく、文字通り崩れ落ちるミノタウロス。

「………………ふう」

 亜法の痛みを耐えた脂汗をぬぐい、火南魅とス裏シャスを振り向く。

「……や、やったの?」

「みたいだな。ふう……」

 ようやく、ホントにようやく、オルジェが、その後ろから追いかけてきたらしい、蘭花他六人。俺達三人以外の約半分のメンツだ。

「…………はあ、ハァっ! ごめんなさい、素直さん……火南魅さん、スリシャスさんも、ご迷惑をおかけしました……」

「とりあえず息整えろよオルジェ。蘭花、どういう状況なわけ?」

「順を追って話すとねん……そろそろ素直(スナ)っち達と合流しようかってなってベンチのトコ戻ってみたら、素直っちもリシャも火南魅もいなくって。『大変どぅわ─!』って錯乱したンテリウが亜法使って暴走し始めちゃってねえん……それをホルジャと乱咲が止めようとしたんだけど、周りもテンパっちゃって。で、オルジェが魔物にした物を自分で操れないのも忘れて銅像をミノタウロスにしちゃったってわけよん。伝わったん?」

「本当に、申し訳ありません……わたくしとしたことが」

「オルジェはドジッ娘だから仕方ないわよ。それに素直のおかげで三人とも無事だったし」

 火南魅がフォローになってないフォローを入れる。

「そう、それよん! 素直っち、あんなすごい亜法持ってたのん? 全然知らなかった!」

 火南魅の言葉に蘭花も同調。見てたのか。

「見てたんなら助けろよ。どいつもこいつも」

「いや、僕にはあんなの倒せる力ないし。でも、ホントにすごかったし素直くん! くそ!」

「そうッスよ! 幼馴染みのウチにも黙ってたとは、秘密特訓とかしてたッスね! くそ!」

「かなり使いこなしてるし、相当自分の能力を知ってないとできない技だにゃー! くそ!」

「皆三毛にまでくそ言われたぞ! 語尾なしで!」

「でも、ほんとにすごかったですですよ~? らんかちゃんでも止められなかった牛さんを、ぼわ~って」

 焼いちゃって、ってか? 穂並にまで褒められるということは、つまり普通に見てすごかったってことだろう。おいおい、もしかしてお袋グッジョブ? 俺グッジョブ?

「ホント……見なおしちゃった。素直ってば、かっこいいなって……」

「マジか! いいだろう、俺には心に決めた人がいるが君の想いも受け止めよう!」

「わ~い、素直ー!」

「って女利じゃねえか! やめだやめだ、茶番はやめだ!」

「とにかくっ。素直くんのおかげでアタシと火南魅ちゃんは助かったのでしたっ」

 俺のTシャツの裾を小さくつまみ、スリシャスが満面の笑みを俺に見せる。

「ありがとっ、素直くん!」

「お。おう。それほどでも」

 うわ。俺はこの子を騙してる。

 いや、俺の亜法はこういう能力だから仕方ない。仕方ないかい? 別に能力を明かすことは俺にもできるだろ? これは他人の亜法を借りてるんだって言えば? なぜ言わない? 簡単だ。今まで得られなかった称賛の嵐を浴びて、チヤホヤされて、気持ちいいからさ。火南魅にかっこよく見られたいからさ。

「こうしちゃいられないよん! 素直、こうなったらンテリウも止めてねん!」

「ちょっと蘭花! 今のミノタウロス見てなかった? ンテリウ融かしてどうするのよ!」

 俺は、火南魅達に連れられるまま、今は流されるままに動いた。


  ☆~☆☆☆☆☆☆


「…………それでそれでっ。素直くんが『俺がやる』って前に出てねっ」

「さっきからパルメさん、その話ばっかりだね」

「相当かっこよかったんだね……もう7ループ目」

「うんっ。だってすごかったんだよっ? みんなあんな牛さんに遭ったことないから分からないかもしれないけど、」

「ええー、これ話まだ続くパターン?」

「っていうかあたしら、その素直くんって知らないんだけど」

「あ、あたし知ってる。前に見たことあるけど、こう、目つきの鋭い人だった。こう」

「うわ、そんな怖い顔なの!? パルメさん食べられちゃうんじゃない?」

「そんなことないよっ。素直くんは優しいしっ、」

「お、いたいた」

 俺がドアを開けると、スリシャスが他のクラスの女子と談笑していた。よかった、ちゃんと友達いたんだな……

 六限目の属性別の授業後、教室に戻ってみたら火南魅に『ちょっとスリシャス連れてきて』と頼まれ、こうしてわざわざ鉱物の授業があった教室にまでスリシャスを探しにきたのだ。

「あっ、素直くん!」

「あ、あれが……」

「確かにミホの言う通り……」

「いや、あたしが見た以上だわ……」

「?」

 よく分からんが、スリシャスは女子の輪から抜け出して俺の方へ来てくれる。

「今ちょうど素直くんの話してたんだっ」

「ああ、それで……って俺の何を話してたんだ? 何か話すようなネタが……いやいいか。なんか火南魅がスリシャス呼んできてくれっていうから。今大丈夫か?」

「うんっ。みんな、じゃあまた明日ねっ」

 じゃねー、またね、と女子達がスリシャスに手を振る。

「で、俺の何を話してたんだ?」

 やっぱ気になる。俺の行動は変人同士(クラスの中)ならネタになるが、他のクラス(一般人の間)では時に奇行と扱われることもある。妙なこと言ってなきゃいいけど。

「一昨日の遊園地の話っ。牛さんを倒したところとか」

「おお、そこか。そこならいいぜ。っていうかそれ、ンテリウ止めてた連中とかペランドルにまで言ってただろ。フリューゲンスは話そうとする度に避けたが。もう五ループくらいしてたじゃん」

 言ってる間に教室。廊下には男達。勢ぞろい。それもフリューゲンスまでもが、だ。

「どーした?」

「おお、全員そろった。なんか火南魅が帰るなって言うから教室で待ってたら、教室から出てけって言われた。理不尽じゃない?」

 というミハイオの弁だが、しかしスリシャスを引き渡すよう言われているから……ノック。

「へい火南魅。スリシャス連れてきたぞ」

 ガララと戸が開く。スリシャスが引っ張り込まれる。ピシャリと閉まる。俺は戸の方を指差しつつ、ミハイオに尋ねる。

「…………理不尽じゃない?」

ガララと戸が開く。火南魅が顔だけ突き出して、俺を見る。

「素直。ちょっと待ってて」

 ピシャリと閉まる。

「……理不じ」

「今隙間から火南魅のナマ足見えたけど大丈夫素直?」

「え、なに!? なんてミハイオ!?」

「否。片足はニーソのままであったが神斬無事か?」

「ホ、ホルジャまでなんてことを言うの! はしたない!」

「生着替えか。好きな男相手に生殺しとは、中々()るようになったな竜越……」

「な何それ金海さん!? 金海さん今までで一番頭悪そうなこと言ってない!?」

「えーと、……『素直の馬鹿、まだ待っててっていったでしょ……』」

「お、女利までそんなこと言って、って今のは金海が言わせただろ!」

「黙れカミキリ! 無音になれ!」

 ペランドルの悲鳴に近い声に、俺達男子は一切の音を消す。ついでに男子全員(フリューゲンス除く)がドアあるいは壁に耳を張りつけると、女子達の話し声と衣擦れの音が聞こえてきた。気がする。

「君達なあ…………」

 呆れたのかフリューゲンスがそんなセリフを漏らすが、ここでのぞかない(お前だってのぞいてはいない)奴こそ、男か、いや漢か疑わしいぞ。

「男子諸君、お待たせッスー!」

「退避ー!」

 ガララとドアが開く。火南魅に代わってサヤだが、

「……何してるッスか? みんなして転がって」

「ち、ちょっと匍匐前進ごっこを……」

「…………まあいいッスけど、もうやめてくれないッスかその態勢? スカートなんで」

「あ、悪い。ん?」

 ほふく前進の姿勢からは確かにサヤのスカートと足が見えるが、何か違和感がある。

「江敷さん、今日は短パンじゃにゃかったっけ?」

 それだ。奴のトレードマークの太もももといナマ足が、少ない。

「何でサヤがスカートなんだ? っていうか五限まで短パンだったろ」

「着替えたからに決まってるじゃないの。っていうか、顔上げれば答えは分かると思うけど」

「おい、江敷から語尾が消えたぞ……!」「顔を上げろ! 殺されるぞ!」

「ウチって男子の中でどういう扱いなんッスか……?」

「…………まあ、お待たせってことは、入っていいんだよな? 失礼しまーす」

 戸を開くと、そこには桃源郷が広がっていた。

「どうッスか、ナオ?」

 どうもこうもない。ここは本当に教室か、と問いたくなるような光景だった。そこにはうちのクラスの女子がメイド服に着替えてチョコンとエプロンドレスの裾をつまんで床に座っている。その中の一人、火南魅が俺を上目遣いに見て、

「かんせーい♪ ……いかがです、ご主人様?」

「素直、固まってどうし……うわ、こりゃすごい」

 他の男子も教室に入った瞬間、俺同様の無言で感想を表現する。

「…………えーっと。衣装が全部完成したから、お披露目しようと思って、ね? せっかくだからびっくりさせようかなー、みたいな? あの、素直?」

 俺からの反応があまりにもないものだから不安に思ったのか、火南魅が現状の説明をする。いや、分かってるよ? 分かってるからこそさ。なんつーの?

「すげーイイ……」

「こりゃあ何だ。何の企画モノのDVDだ?」

「DVDって言葉選んだのは良心の進歩だけど金海お前は黙れ! スリシャスは? あいつ、着たがってただろ?」

「あそこで箒持たされて撮影会中」

「俺も混ぜろー!」

 なるほど、撮りたくなる気持ちも分かる。俺個人のイメージかもしれないけどメイドさんといえば外国だから、金髪西洋、しかも本場のイメージの英国人スリシャスはまさにハマり役。小柄のスリシャスがちまちまと走り回って掃除してる姿も容易に脳内に描けるし、小動物みたいで可愛い。

 転校以来、初めてといってもいいような囲まれよう。そこに俺が割り込んでいって、ブチ壊しというか、いつもの雰囲気にするのもどうよ。というわけで、俺は遠目に見守ることにしよう。

「なんか余裕ぶっこいてるけど、素直? 何か忘れてない?」

「何かな、火南魅さん? 俺は何も忘れては……」

「私は、『衣装が全部完成したから、お披露目しよう』って言ったわよね?」

「あ、そういえばお袋が危篤なんだった。帰らなきゃ」

「させるか! ンテリウ、捕らえろ!」

「ふんぬあ──ー! アメジスト・ロック!」

「うぎぃあああ! お前、ミハイオに操られてるんじゃないのか!?」

「完成したのはメイド服だけじゃないってことよ」

 そして、数分後───、


「うわあー!」「似合わな!」「あははは! 素直っち、最高だねん!」

 ベロムが提出した企画書の通り、俺は白スーツにスパンコールを貼りつけた、マンガに出てくる安っぽいホストみたいな衣装に身を包まされている。そんなことまで企画書に書く必要ってあるか?

「もう殺してくれ……」

「いやいや、そのサングラスがいいッスよー。目つき悪いのが誤魔化せてるッスよ」

「フォローになってねーよ」

「いやあ、これはフォローだけど、ホストにいそうだよ。盛り上げ役っていうの?」

「フォローするなよ! いっそのこと!」

 まあまあ、と嬉しくもないフォローを入れてくれたサヤとミハイオが、デジカメ片手になだめてくる。

「春雀祭を目前にして、完成のメドがついたってことで。どうッスか? 今回一番の苦労人二人で写真撮ってみちゃったりして?」

「そうそう。せっかく衣装に着替えてるわけだしね。ほら、火南魅もこっち来て」

 そう言って俺の隣に火南魅を並ばせる。火南魅も、

「や、何言ってんのよ鞘子、こんなカッコで写真なんて……」

「そっちこそ何言ってるッスか。こんなカッコなんかじゃなきゃ素直なんかと写真なんか撮らないッスよ!」

「それも確かにそうよね……じゃ、たまにはね」

 なんかその納得おかしい気がするけど、サヤグッジョブ! ついでにミハイオもグッジョテメエこっち向いてニヤニヤすんなバレて『素直とは友達でいたいから……ごめんね』とかブッタ斬られたらどうするんだボケナス!

「よっ、主従」

「おやおや、肩に手なんか回しちゃってねえん……」

「ノリだノリ! 祭りのノリ!」

 クソ、蘭花め! ドサクサ紛れの俺の勇気を黙っておいてやれよ!

「まあまあ火南魅ちゃんも受け入れてることだし。ヒューヒュー」

「チック。私は招き猫も忘れてないわよ」

「じゃ撮るッスよー。はい、チーズ……」

 カシャッ、とシャッターを切る音がし、出来映えを確かめに火南魅が離れる。やっぱ可愛いなこいつぅ……とか思いながら、視界の片隅にスリシャスが入る。インメイド服。

 さっき遠巻きにしてた時はじっくり見られなかったけど、やっぱ似合ってるな。持たされた箒を律義に持ちっぱなしなのも可愛いじゃないか。

 実は今回の春雀祭の俺目標は『スリシャスを楽しませる』ことだ。そのためにメイド喫茶を推したわけだし、柄でもない仕切り役に名乗りを挙げたんだ。まあ、結局はいつも仕切ってるくれる奴らと、火南魅の行動力に助けられて何かをした感じはしないんだが。

「スリシャス。どうだ? 本場のメイド服は。本場の素人が作ったヤツだけど」

「すっ、素直くんっ……」

 あれ。反応が鈍い。俺としては『そんなことないよっ! こんなに可愛くできてて、今すぐにでも英国の友達に自慢したいくらいだよっ』って感じではしゃぎまくってるのを『まあまあ落ち着け』と大人の余裕でなだめる予定だったんだが……

「どうした? やっぱメイド服は問題あるか?」

「んっ、ううん……そんなことないよっ。そんなことないと思うんだけど……」

 なんだかモジモジと要領を得ない。フッ、女子ってのは分かんねえぜ……

「あ、どう素直? スリシャス似合ってるでしょ?」

 そこに火南魅到来。うん、会話の流れが分かんないからこのまま乗っかろう。

「おお。想像でも一番似合ってたけど、想像以上だ」

「あっ、ありがとっ素直くんっ!」

 お? 食いついた。ああ、着た自分の感想としては満足だけど、他人から見てどうかが気になってたってことか! 得心がいったぜ。ポンと手を打つ俺。

「…………はあ。鈍すぎ」

「ん?」

「なんでもない。せっかくだからスリシャスも素直と写真撮ったら? 記念にね」

「おおそうだ。ちょい待ってろ、蘭花の背後から低空飛行でシャッターチャンス狙って執拗に追い回してるミハイオからデジカメ奪ってくるから」

「何してんのあいつ……あ、沈んだ」

 沈まされた。あれでいて蘭花もかなり優秀な亜法士だからな。とにかくミハイオからデジカメを救い出し、火南魅に渡す。俺は撮られる気マンマンでスリシャスの隣へ。

「火南魅ちゃんも一緒に撮ろっ。ンテリウくん、カメラお願いしていい?」

「へっ? 私も?」

「うん」

「スリシャス、いいの? 私はさっき撮ったから……」

「だめっ! 火南魅ちゃんも一緒に撮るよっ」

 視線を交わす火南魅とスリシャス。なぜか真剣だ。なに? どーしたの? 急に、わずかながらもシリアスな空気が流れる。え? 状況が掴めないんだけど?

「ま、マジか! まさか両手にメイドとは、ここは天国か!? マイパラダイス!」

 和ませようと適当にブッ込んだ。…………しばらくの沈黙。やめときゃ良かった……?

 しかし、ややあって、火南魅とスリシャスは顔を見合わせて噴き出し、微笑み合った。

「……撮ろっか、一緒に」

「……そうだねっ」

 収まったか。何だったんだ?

「フヌンッ、これはどこを押せば……」

「右端の丸いボタン。頼むぜンテリウ」

「3、2、1、ゴォー……シュートォ!」

「タイミング取りにくいわ! もう一回!」

「ふ、ふあ。よ、よし……1+1は?」

 ンテリウのまともなかけ声に、俺は口の端を横に伸ばす。両隣の女子も笑顔。

 ふと、横から俺を引っ張る感覚に気付く。横目で左の火南魅を見ると、右手が俺の左腕の二の腕辺りを掴んでいる。ホワッツ!? 何この恋人みたいな態勢!? いやいやこれは『女子の方が男子よりパーソナルスペースが狭い』理論で説明できる! 左手ピースだしね! 祭りの雰囲気に当てられてやっちゃっただけだろうね! 別に深い意図はないと思うよ! ここまでの思考およそ0.3秒。

 しかしそれに呼応するようにスリシャスが逆サイドから右腕にくっついてきたんだけどどうしよう? 80センチのふくらみが当たっているぞ。ここまでされると、嬉しいけど何のサービスかと疑わしくなる。本物のメイド喫茶でこういう写真撮るサービスってなかったっけ? こんなにはサービスしないか。ここまでの思考合計およそ0.5秒。

「「「()ィー」」」

 ドキドキ状態の俺を含めた被写体三人が唱和する。俺の笑顔は相当引きつってるだろう。

「……うが。撮れた」

「ありがとンテリウー。見せて見せて!」

 火南魅がまたデジカメをのぞきに行く。スリシャスはまだ俺から離れていない。

「スリシャス? もう撮れたぞ」

「うんっ。ありがとう、素直くん」

「別に礼を言われるほどのことじゃ……」

 言いかけて、ニコニコ笑顔のスリシャスを見たら、それこそ別に言う必要もないかな、と思った。たまには感謝されっぱなしにしとくのもいいか。


  ☆~☆☆☆☆☆☆☆


 水曜日の昼休み。俺はミハイオと金海と三人で昼食を食っている。わざわざ、俺達しか登り方を知らない体育館の屋根の上で、だ。

「とりあえず、コスプレ喫茶の予定メニュー『マダム・ミハイオのサラミとチーズのサンドウィッチ』です。どうぞご賞味あれ」

「試食会ってこと? じゃ、ありがたく」

「毒は入ってないだろうな」

「安心しなよ金海。素直の料理って実はかなり美味いからさ。それよりこのメニューの枕言葉なくせない?」

 だってベロムの企画書にはそういう名前にしろって書いてあるんだもん。

「む……確かに美味いな。腹が立つ」

「で、わざわざ体育館の屋根(ここ)まで来させたってことは、何か話があるんだよね?」

 ミハイオが二つ目の予定メニュー『マダム・ミハイオの和風サラダとチキンのサンドウィッチ』をかじりながら軽く言う。くそ、同じクラスになってわずか三ヶ月の付き合いだが、お見通しというわけか。

「ああ。実は……」

「おい、待て! 食事中にそういう話はやめろ!」

「何よ金海大声出して。まさか素直、ス●トロトーク!?」

「誰がするか! せめて下ネタって言えよ!」

「ただの下ネタなら金海が大声出したりしないかなと思って」

「ス●トロなら美味しくメシを食べるさ」

「やめろ。俺が聞いてほしいのは、」

「テメエが春雀祭で竜越にコクろうなんて話聞きながらメシなんか食えるか!」

「えー!?」

 俺の悲鳴だ。こいつ、読心術でも使えるのか?

「え、ついに素直コクるの? また何で?」

「ま、まあコクる。コクろうと思う。思ってる」

「あー駄目だ。今コクってもお前は竜越のチキンハートのせいでフラれるのがオチだ」

「ふ、フラれねえ。俺はフラれねえぞ! っていうか火南魅の方なのチキンは!?」

 金海は時々、俺が火南魅の話をすると、火南魅に関するよく分からない情報というか嘘を混ぜてくる。邪魔されてるわけではないけど、正直こいつのスタンスがよく分からない。

 ミハイオは単純で、からかいながらも応援、手助けしてくれる。この場も、

「とにかく、本人の決心は着いたわけだ。で、俺達にはどうしてほしいのさ? なんとかして素直と火南魅を二人きりにしてほしいとか?」

「いや、その辺は俺だけでやる。……っていうか、さすがに告白とかは自分の力だけでやったほうが良いと思うしさ。やってもらうことは特にないんだけど」

「じゃあ何で言ったのさ。気持ち悪いな」

「うるせー。何つーか……告白するってことを知っといてもらいたかったからだな。決心が鈍らないようにっていうか、宣言しといて背水の陣を敷いとくっていうか……」

「はいはい。せいぜいセリフ噛まないように祈ってるよ」

「まあ俺も失敗しないように根回しだけはしておくが……」

「だから何なん!? 金海の立ち位置は何なん!?」

「あ」

 サラミとチーズの方の二切れ目を食べ終えた金海が声を漏らす。

「今度は何だよ」

 告白する障害になるかもしれん、と金海は意味深な前置きをして、

「スリシャスはお前のことが好きだぞ」

「ぶっっ────」

 意味深ならぬ意味不明なセリフに俺がコーヒー牛乳を噴いたというのにミハイオは、

「あー。それ俺も思ってた」

「ちょ、ちょっと待ってください二人とも。何を根拠にそんな」

 俺の当然の疑問に馬鹿二人は、マンガなら動きもセリフもないだろう一コマ分の絶妙な静寂のあと、これまたマンガみたいな見事なため息をつきやがった。

「あのさ素直。──逆に何を根拠に好きじゃないと?」

「さも当然みたいな言い方を──」

 根拠一。ほぼ毎日一緒にお昼食べてる←それくらい友達なら……

 根拠二。なんかけっこう距離が近い←それはあれよ、『女子の方が(中略)狭い』理論で……

 根拠三。二人でいる時間けっこう多い←確かに男子の中では多いけど……

 根拠四。遊園地でかっこいいトコ見せた←そういえばアレはス裏シャスが共有したんだ

 根拠五。互いに秘密を共有してる←いやそれはス裏シャス限定でみんな知らんし

「…………」

「否定できないだろ。胸に手ぇ当てて聞いてみな!」

 何故ミハイオが高圧的か知らんが、否定できなくもないが、肯定材料にもなり得る。

「……いや、しかし。そう言われても」

「まあ素直にはどうしようもないかあ。恒常的にモテてない男はモテ期に突入したら戸惑って調子に乗るって定説だからなー」

「なんだその嫌な定説。モテてないのは事実だけど」

 仮にスリシャスに好かれているというのなら、嬉しい。でも事実関係は確かめてないし、確かめるわけにもいかないし、よし。ひとまず聞かなかったことにしておこう。

「なら神斬。告白するのは春雀祭二日目。日曜にしておけ」

「何でお前が決める金海」

「初日に失敗して、実務で中心になってきた二人の関係がこじれたら二日目のクラスの出し物に支障が出るからじゃない? だよね金海」

 その通りだ、と金海が頷く。くそ、いやに冷静な判断下しやがって……っていうか失敗って言うな。

「分かったよ。成功して吠え面かくなよ!」


  ☆~☆☆☆☆☆☆☆☆☆


「あー、じゃあホームルームは以上な。……と、明日か。しかしまあ……」

 担任の岸木は俺達の格好を見て、小さくうめいた。

「…………もうちょっとなんとかならないのか? 一部」

「ひどい先生! 私達頑張ったのに、担任がそんなこと言うんですか!?」

 火南魅が叫ぶ。担任は軽い冗談みたいなつもりだろうが、俺も岸木の言う通りだと思う。

 明日が本番だから、担任にくらい見せておこうとホームルームの前に衣装に着替えておいたのだ。それもどうやったか、嫌がるミハイオをベロムと蘭花がパーティドレスみたいなマダムの衣装に仕上げて(恐らく力ずく)、倉庫男が超能力的な何かでペランドルをメイド服にして、今現在はイスに体を縛りつけられてる。あとチッキーは招き猫。

「………………まあお前らが楽しいんなら俺が止めはしないけどな。俺とオリヴィア先生の邪魔だけはするなよ」

「誰が楽しいかッ、このクソ教師!」

「そ、そうだ! ペランドルの言う通り! カイザンボーさん、放してください!」

「先生、乱咲の見立てではヴィア先生は脈ないかなん」

「えっ、オリヴィア先生って死んでたんッスか?」

 あ、もう帰ってるし担任。クラスメイト達はいつも通り無駄話のループを確立させつつあるし。

 パン、パンと誰かが手を叩く。

 蘭花だ。

「はい、ちゅうもーく。いいかなん? ……じゃ、一応春雀祭前日ということで、準備は終わりだよねん。……まずクラス委員として出し物の申請とか、事務的で裏方の仕事を片付けてくれた、我らが委員長ベロム・カイザンボーに拍手ー!」

 おう、何をやり出すかと思ったら、そういうことか。流れを理解した俺も含めて、クラス全員が惜しみない拍手を送る。拍手と蘭花の招きに応じて、ベロムが前に出てくる。

「な、なにさ乱咲(ミダ)。こんなの急に、照れる系だよ」

「お、戸惑ってるねん」

「ククク、いい演出だね。あと自分も一応クラス委員なんだけど?」

「そうだっけ? まあ仕事してなかったし。花束はないけど、どっかのクラスの食べ物でもおごってあげるからねん。それと、実務の方針やら指揮やら、ありがとさん。火南、素直っち! 前においで」

 パチパチパチとまた拍手が起こり、俺と火南魅も前に出る。

「ヒューヒュー、お似合いだねー! 結婚しちゃいなよ!」

「はいマダム適当なヤジ飛ばさなーい。うん、メイドとホストじゃ身分違うかなん」

「お前も考えるな」

「じゃあ、代表してベロム。明日に向けて、何か一言ちょーだい」

 エアマイクを手渡す仕草に、わざわざ受け取る仕草のベロム。

「えー、テステス。……このマイク壊れてる系?」

「いやもうマイクのくだりいいから」

「あー、じゃあ代表して……今まで練習してきたことを出し切り、……これは夏の竜星祭の挨拶だね。……んー、こういう系慣れてない系なんだよね、パス! 火南つん!」

「え!? えっ、本日はお日柄も良く……す、素直!」

「アドリブ弱わ! あー、一言? まあ俺が何か言ってもみんな聞き入れてくれないと思うからまともなこと言うけど、食中毒だけは出さないように! お客さんに不快な思いはさせないように! 無茶なこと言う悪質な客が来たら、キレたりしないで、責任者呼んできますっつって俺を呼んでください! ケータイは切らないようにしとくんで、困ったら俺呼んで! もし書類関係だったらベロム呼ぶけど、それ以外は対処します! 嫌な役割っていうか配役された人もいるかもしれんけど、せめてキレたり文句を言うのはお客さんに見えないところで聞こえないように! ただしペランドルは仏頂面で接客するのを許可します! お前がメイド服でニコニコしてたら徹底的に気持ち悪い!」

「誰がニコニコするかこのカミキリムシ! 貴様こそ気持ち悪い面で客に甘い言葉でもかけてろ!」

「へへーん、どんな悪態吐こうともお前は今メイドだー! 悔しかったらハイキックでもしてみろー!」

「ああ、長い長いよんこの男は! アドリブ強すぎだよん! まとめて!」

「えー、明日明後日は楽しく! 楽しませましょう! お手を拝借!」

「え!? 三三七拍子やるッスか? もう?」

「三本締めな。確かに早いが、あとは本番のみってことで、とりあえず一丁! 締めたいと思います! お手を拝借!」

 みんな渋々と両手を前に。こんな風に素直なみんな初めて!

「お手を! お手!」

「早よやれよ!」

「痛い! はい、よぉー、お」

  パン

「じゃ解散! 明日、遅刻しないでよねーん!」

 はーい、お疲れー、また明日ねー、と女子はジャージを被って女子更衣室へ着替えに、男子も着替え始める。前に出ていたせいでなんとなく出遅れた俺は、同じように隣に突っ立っていた火南魅に声をかける。

「俺らも帰るか。明日は明日で早いし」

「ん。そだね」

「あ、火南つん。今日一緒に帰らない系?」

 うおおなんてこと言うんだ委員長!!? せっかく火南魅と一緒に帰れるチャンスだったのに!!

「そういうわけだから素直っち。ちょいと火南借りてくねん」

 貴様もかブルータス!

「ああ、ついにフラれちゃったッスねナオ……こんな時に慰めてあげるとか言って心の隙に付け込んで襲っちゃうのが幼馴染みの特権ッスよね。ナオ、ウチが慰めてあげるッスよ」

「ふ、フラれてない! フラれてないぞ!」

 くそう! 俺はこうしてサヤの胸へと帰っていくのか……今日のところはサヤと帰ってやるよ。本番は日曜だ。

「素直くんっ。一緒に帰ろっ?」

「スリシャスか……いいだろう」

「なんだよその上から目線。っていうかいいの?」

 小声でミハイオが後ろからつついてくる。この前の昼休みにした話のことを言っているんだろう。スリシャスが好きとかなんとか。

「サヤ、スリシャス。帰るか」

「いや俺の話聞きなよ!?」


「ナオは」

「素直くんは」

 帰り道。サヤとスリシャスが同時に俺の名前を口にする。

「は?」

「あ、お先にどうぞッス」

「あの、素直くんは春雀祭のあいだ、どうするの? 他のクラス回ったりとか……」

 ああそうそうそうッス、とサヤも頷く。同じ質問だったのか? そんなこと聞いてどーすんだ。サヤは俺にたかろうって魂胆だろうが、スリシャスは……

 …………告白のタイミングとか告白のシチュエーションとか告白とか告白とか!?

 いかんいかん。事実かどうかも分からんのに、あの馬鹿二匹の言葉に惑わされてる。

「そうだな……どっちかっていうと、うちのクラスに付きっきりになると思う。今日の準備の時のみんなの調理見てても、少し不安なところあるし」

「ナオは料理にだけは凝るッスからねー。スリシャス知ってるッスか?」

「うんっ。何回か、素直くんが自分で用意してきたお昼ご飯見せてもらったからっ」

「仮にも飲食店なんだから料理にだけは凝るだろ」

「でも、少し残念だなっ……」

 スリシャスがうつむく。

「素直くんと一緒に回りたかったなっ」

「マジか。まあまったく回らないわけじゃないけど……」

 口では平然を装ってるけど、おいおいおいマジか! 阿呆二人の説が真実味帯びてきたぞ!いやいや俺の決意は揺るぎませんが? ゆるぎないものひとつですが? いやしかしこれドキドキするぞ! いやまだ妄想の域は出てないけど。

「日曜は少し回る予定なんだよ。二日目はさすがにみんな慣れると思うし。ちょっと知り合いのクラス冷やかして、吹奏楽部の演奏会見ようかと思ってる。火南魅とか、紅の友達とか出るらしいし」

「あ、演奏会行くんッスね? 火南魅喜ぶッスよー」

 俺と火南魅、実務の長が二人とも抜けるのはちょっと不安だがな。無理言って蘭花に店番頼んだから大丈夫だとは思う。あいつなら初日一日で仕事は覚えてくれるだろう。まあ物凄いテンションで頼んだから、俺が火南魅を好きなのも気付かれてしまったかもしれないけど、蘭花からバレることはないだろう。あと二日あまりの秘密だしな。

「じゃあっ。演奏会行くまで一緒に回ってもいいかなっ?」

「ああ。一人じゃつまらんとは思ってたしな。でも何で演奏会行くまで?」

「アタシ、知らない曲ずっと聴いてると眠くなっちゃうんだよね……」

「あー、それ俺も気を付けなきゃなー……」

「あっ。アタシ、ここで帰るね。素直くん、サヤちゃん、明日がんばろうねっ!」

「もちッス、メイド服期待してるッスよ!」

「今さらかよ。明日も明後日もな! じゃ!」

 手を振って横断歩道を渡っていくスリシャスを見送り、俺とサヤは歩き出す。

「ナオの料理の話してたら、食べたくなってきたッスねー」

「何がよ」

「ナオの料理ッスよ。小学生の頃はよく食べさせてもらってたッスねー……あれ覚えてるッスか? 台風の日に遊んでて、家に近いからって余裕ブッこいてて風に吹き飛ばされるまで外にいたらウチの両親出掛けてるの忘れてて、ナオん()に避難して……体冷えたからって塩ラーメン半チャーハンセット作ってくれて、あれ美味しかったなあ……」

「思い出した。作ってくれてじゃねえよ、サヤがラーメン作ってって駄々こねたんだろ! 麺がなくなったから俺の分にチャーハン作ったらお前が半分持ってったんじゃねーか!」

「アハハ、そうだったッスねえ。今日ナオん家行っていいッスか? ご飯食べに」

「うちは別にいいけど……何だよ急に。どういう風の吹き回しだ?」

 いやね、とサヤは下を向く。十年振りくらいに見るような暗い表情。

「ナオとの関係も明日までと思ってッスね……」

「な、なに!? なな、なんかあし、明日なんかあんの!?」

 まさか、ホントにまさかサヤにまで明日の告白見透かされてんのかと思ってマジで焦る。落ち着け俺落ち着け。告白は明日じゃない、明後日だ。バレてない。バレてないぞ。

「冗談ッスよ。たとえナオにカノジョができたとしても、あたしはナオの親友ッスよ!」

「や、やっぱなんか企んでるだろ! パスタに自白剤持ってやる!」

「パスタッスか? 何パスタ?」

「結局調理器具とかの関係でメイド喫茶でパスタ出せなかったから、考えてたメニューを出し納めする」

「えー、出し納めと言わず毎日食べさせてくださいッスよーしゃちょー」

「誰が社長だくっつくな! だからくっつくなって、いやん!」

「何がいやんッスか何が」

 この時の俺は知る由もない。

 サヤの弁ではないが、今まで通りの俺が、この日で終わりになることなど。


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