【1-2】春の亜法雀
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金曜のLHRだ。普段は特に話すこともないからさっさと終わらせて早く帰るための時間だけど、今日は違う。議題があるのだ。
「ククク……春雀祭についてだよ今日は。春雀祭の概要については最早いいね?」
含み笑いと共に思念の亜法士にして学級委員、倉庫男三号(本名らしい。はたしてどう役所を通したのか。いや他もあんま変わらんか)が議題を提示。女子の学級委員、ベロム・カイザンボーがストップをかける。
「よくない系だよ。リシャつんが分かってない系だから」
「ああいいよベロム。俺がざっと教えとくから、話進めといてくれよ」
「オッ系。よろしくナオつん」
スリシャスの前の席、という手前、俺が解説を引き受ける。基本的に4×4に配置された座席の五列目のスリシャスの隣は一列空いてしかも倉庫男三号だからしょうがない。
「お主また良い格好をしようと……」
「うるへー!」
最早無視し、後ろを向く。
「で、だスリシャス。春雀祭だ」
「うんっ。春雀祭って?」
「まあお祭りイベントだよな。学長がやたらイベント好きで、学園祭が規模こそ違えど年に四回あるんだ。その春の部が春雀祭で、五月、今月末だな。新しいクラスで協力してなんかやって結束力を高めよう、ってあれだから大したものはやらないぜ。食いモン系が多くて、せいぜい教室でお化け屋敷とか……部活だと『最後の新入生勧誘のチャンス』って躍起になるらしいけどさ」
「お祭りかー。英国ではパーティが多いんだよっ。お国柄だねっ」
全体ではベロムが意見を募っている。
「うちのクラスでは飲食系でいい系かな? はいオトつん?」
「ククク……オトつんとはまた珍妙なあだ名を付けてくれる。そういういきなりまとめる発言をすると、そうでない意見が出しづらくなると思うね。ちなみに自分は冥土喫茶がいいと思うね」
「でもそうでない意見系は出さない系なんだねオトつん。まあやりたい系あったら手挙げてね」
「じゃあ明度喫茶で。意味分からんけど語呂で」
「敢えて素直にメイド喫茶で」
「素直がメイド喫茶やりたいって」
「変換するなー」
「安易安易ー」
「安易と言えども、確実に収益は上がる。あと萌え」
「ホルジャの口から萌えという言葉を聞くとは……今週で三八回目だが」
「メイドなんかの何が萌えなんだ?」
「うるせー貴族! メイドさんは庶民の夢なんだよ、主従関係楽しみたいんだよ!」
「素直にS願望があったとはね。首輪かけたいタイプ?」
「全裸に首輪タイプだ」
「お前は黙ってろ金海! 見ろ、スリシャスヒいてるだろ!」
「そりゃあ、さすがに全裸首輪には付き合えないよねん……首輪単体ならギリだけど」
「くそ、よく見たらうちの女子半分が下ネタ側の人間だ!」
「はい、はい。一旦真面目系な話入りまーす」
いつもの方向に行きかけて、ベロムが修正する。口調以上に真面目に学級委員を務める彼女にとっては、今は真面目な時間、頑張り時だ。
「えーっと、学祭委員系って皆三毛くん系だっけ? 何かある?」
暗闇の亜法士、皆三毛耀践に聞く。
「うーん……とりあえず、教室での火気使用には許可が必要だにゃん。飲食も調理する場合は代表者が保健所の説明会に出なきゃいけにゃいにゃー」
「うん、とりあえずその語尾やめようか? 無理矢理キャラ作ってる感ヤバい系だからね?」
お前が言うなお前が。キャラ付けって大変だなお前ら。
「メイド喫茶かあ……」
後ろから、感嘆とも取れる声がした。
「なんだスリシャス、やりたいのか?」
「ち、ちょっとだけっ。向こうでも『日本のメイドさんは可愛い』って、みんなが話してたからっ」
確かに海外じゃアニメが一番の日本文化、国内じゃマンガが一番の国産産業だからなあ。なおすべて俺調べ。
「はいベロム! ここにメイド喫茶一票!」
「すっ、素直くんっ……気が早いよぅ」
「なんだなんだ恥ずかしいのか? メイドカフェでバイトする方が万倍恥ずかしいぞ。できる機会にやっとけやっとけ」
「つまり素直っち。女子にばっか仕事させたいのかなん?」
蘭花の圧力。しかし予想済みだ。別に女子のメイド姿が見たいから言ったわけじゃないけど俺も恥を掻こう。
「メイド・執事喫茶にすりゃいいだろ? これだけ人数いれば、やってもいいって奴も足りるだろ」
「安易安易ー」
「さっきから安易安易うるせーよチッキー! 反対するなら対案を出せ!」
その通り、とペランドル。野郎は俺に向かってこう提案した。
「リュフカに代わって対案を出してやる。女子がメイド、男子が執事、神斬がホストだ。当然パーティ等の主催者ではなく夜の仕事の方だ」
「何でそうなる!? 俺だけホストで何が楽しいんだ。火南魅、サヤ、女子を代表して何とか言ってやってくれ! 収益の見込めないパフォーマンスは極力やめた方がいいって!」
朱雀の学祭は全部一般の客が入れる。何が悲しゅうて親にホストの真似事してるのを見られにゃならんのだ。いや親が来なくても嫌だけど。
「素直のホスト……」
「ナオがホスト……」
二人は一拍間を置く。何かを想像するような間があって(何かって俺のホスト姿だろう)、
「「プッ………!」」
「失礼だろ! 気持ちは分からんでもないけど!」
「い、いや、良いと思うわ。素直がホスト……」
「うん、うん……ナオがホスト。やだ、見たいッス!」
「お、お前ら……絶対にメイドやらせてやるからな……!」
「決まりだな。じゃあおやすみ諸君」
「待てペランドル。俺の対案を出してない」
「何だと……?」
「俺だってホストなんぞやりたくはない。それを単に呑むんではなく、対案を出すという形で受けてやる」
冥土だけに、道連れにしてやるぜ、ペランドル。
「女子がメイド、男子が執事、神斬がホスト、ペランドルがメイド」
「何だと!? 貴様、俺に女装をしろと吐かすつもりか!?」
「ドラグネイト、いらっしゃ~い」
「黙れ女利! くそ、さっきのはリュフカの立場での対案だ。こうなったら俺様自身の立場で対案を出す! 女子がメイド、男子が執事、神斬がホスト、ペランドルがメイド、チッキーが招き猫でもやってろ!」
「とばっちりじゃないか! しかも招き猫って意味不明だし!」
「元はと言えば貴様が安易安易吐かしているからこうなったんだ。ごちゃごちゃ言うと丸焼きにしてドラゴンに食わすぞ」
「最早ただのコスプレ喫茶だにゃー……」
「まあまあ、まだメイド喫茶系と決まったわけじゃない系だから、現時点での多数決取ろうかね? 女子がメイド、男子が執事、ナオつんがホスト、ペラつんがメイド、チッキーが招き猫、ミハイオが妖艶な色香で男客を惑わす女店主のメイド喫茶系でいい系の人ー?」
「ちょっと待って最後の何!?」
問い掛けを最後まで聞きもせずに先に手を挙げていたミハイオを含め、興味なさそうなフリューゲンスの野郎とペランドルを除く一六人が賛成だった。
「じゃ、決定系でー」
「では来週から準備に取り掛かろうかみんな。ククク……」
「ねえカイザンボーさん最後の何? 何なの!?」
「何はともあれ、決まったな」
「楽しい春雀祭にしようねっ、素直くんっ!」
「勝手にまとめるなー!」
☆☆☆☆☆
「まったくメイド服なんか着なくちゃいけないなんて、それもこれもナオのせいッスよぅ!」
「その割にはあんま嫌そうに聞こえないけどな」
「何だかんだ言って、メイド服って可愛くできるしね。もちろん機能性重視のマジで働くようなのじゃなくて、それこそメイドカフェみたいな見せる為だけのメイド風衣装の場合ね」
右を火南魅、左をサヤに挟まれ、俺は週末土曜日の繁華街を歩いていた。
いつの間にハーレムエンドに? なんて脳味噌幸せな展開ではなく、クラスの用事として、ミハイオ、金海の両人との待ち合わせ場所に向かう途中なだけだ。
出し物として学祭委員会に申請する代表者はベロムと蘭花になったが、ベロムは手続きなど事務的な仕事を引き受け蘭花は部活の出し物もあって忙しいので、内装や衣装、メニューなんかの実務的な責任者(現場監督っての?)を誰かやってくれ、ということになったのだ。
そこでそれこそイイカッコしようと俺が安請け合いしたら火南魅とサヤが『さっきは笑って悪かったから、その分私らも手伝うわ』と言い出し、俺が海老で鯛を釣った心境になってたらミハイオと金海が『じゃあ俺らが軌道修正してやるよ悪い方向へ』と余計な名乗りを挙げ、気付いたら事務or実動の責任者だけでクラスの半分近くを占めるという、カオスな責任者天国になっちまったわけだが、閑話休題。
今は学校から電車で数駅離れた繁華街に来ていて、ファミレスでドリンクバーをかっ食らいながら今後の方針を立て、その後『どんな衣装、雰囲気にしようか?』と思索に耽る為に街をぶらぶら歩く予定。つまり遊ぼうということだが何をするかは話し合いの結果次第、すなわちノリと勢いだ。
「あ、あれ金海じゃん? おーいミハイオー!」
「見つけたのは親指群青でも呼ぶのはミハイオなんッスね……人間性の問題?」
「下ネタの問題だと思うぜ」
とにかく無事男二人と合流できたので、ドリンクバーが一番安いファミレスに入る。
「バカっ金海! 何で俺のトマトジュースにタバスコ入れてんの!?」
「色一緒だからバレないと思った」
「現場見てりゃサルでも分かるよ!」
「でもトマトジュースにタバスコってけっこう合いそうじゃねーか? いや俺は飲まんけど絶対」
「何で男子って必ずドリンクバーで遊ぶかねー…」
「あ、悪い火南魅。金海に遊ばれて最悪の結果になる前に、俺が遊んどいた」
「私の奴で? このアイスティー?」
「あ、江敷さんのは俺が遊んでおいたからね」
「そりゃタバスコ自業自得ッスよ!」
「あっ、アイスティー美味しい! いやほぼアイスティーじゃないけど、何コレ炭酸?」
「サイダー三割入れて色薄くなったのコーラで誤魔化しといた。隠し味にぶどうジュースもお忘れなく」
「でもアイスティーには炭酸要らないからね。ぶどうジュースも」
「……すいません」
さて、十分馬鹿やったところで、本題に移ろう。
「しかし、メイド喫茶って何やりゃいいんだ? 普通の喫茶店と何が違うんだ?」
それなんだけど、とミハイオが挙手。
「メイド服……男子は執事、素直はホストの格好だけど、衣装と接客態度以外は別に普通の喫茶店と同じでいいんじゃないかな? 本当のメイドカフェみたいにオムライスにケチャップで名前書くとか萌え萌えジャンケンとかはやらなくていいと思う。事実メイドなんて給仕と掃除くらいができればいいわけだし、うちのクラスにそこまでの芸達者はいないっしょ。そもそもメイド喫茶をやるからには、少なくとも表に出て給仕をする面子がどれだけご主人様への奉仕の精神を正しく持ち、自らの職務を全うできるかどうかが……」
「十年前から思ってたけど、お前気持ち悪りいなあ」
「最初の部分だけ抽出して意見取り入れると、凝るところは衣装と接客態度だけでいいってわけね? そもそも、学園祭で萌え萌えジャンケンとかするつもりの人いないから」
「イエス。あとは内装もだけど、それは普通の喫茶店だって凝るところだから、素直の質問から考えて省きました」
まとめると、俺達が気合い入れるべきところは衣装と接客態度、内装ってことか。
「俺は衣装に関してはノータッチでいいか? 正直よく分からないし、そっちは女子が色々決めたいだろ?」
「うーん、そうね……」
火南魅が顎を押さえて考える。俺の丸投げ案に対して、
「分かった、任せて。でも、素直も責任持たなきゃダメだかんね? 名乗り上げたのは素直なんだから。途中途中のチェックだけはしてよ。ゴーかノーか」
つまり是か非かの意思決定は俺に丸投げかい。責任重大な上に下手なゴーサイン出したら不評による批判が……!
「私達が作るんだからそんなに女子に嫌がられるデザインにはしないって」
「それもそうか。じゃあ頼むわ火南魅」
「ウチは無視ッスか?」
「じゃあサヤも」
俺は忘れてた自分の分のメロンソーダを一気飲みする。
「じゃ、次は喫茶店のメニューか? 自分達で作るのか、それともデザートとか市販の物仕入れてきて売るのか……」
話し始めた時、俺の腹がごろごろと鳴り始めた。昼飯はもう食べたぞ。いや、この音は……
「なんか、腹の調子が……」
「神斬。お前ので遊んどいた」
「テメーどんだけ被害遭わせてんだ!」
「メロンソーダに下剤を混ぜておいた」
「単純に害意があるだろ……! トイレ行ってくる!」
「いってらっしゃーい」
呑気にミハイオが手を振る。覚えてろよ金海……! いかん、急がねば!
「ったく、金海テメー今度殺す……」
「あ、お帰り素直。今ちょうどサヤコ・エジキのスベらない話が終わったトコだよ」
「面白い話終わった報告するなよ! 気になるだろすごく!」
「で、テメーのいない間に決まったことだが、これからお前と竜越で喫茶店なり服屋なり覗いて、衣装とか内装の参考にしてこい」
「お、おお。俺と火南魅で、ってお前ら三人は?」
「あんま人数いてもしょうがないッスから」
「ゲットホーム」
グッ! と力強く親指を立てるミハイオ。ムカつくけど、お前ナイスパス! さすが俺の気持ちを知っていて『なら俺が恋のピーコックになってあげるよ!』と言っただけはあるぜ。間違ってるけどな。金海は同じ状況で『なら俺は鯉のハーミットになってやるよ』って言ってたが、誰その下手なファンタジー系児童文学にいそうなキャラ。いないけど。
「じゃ、行こっか素直」
「お、おお」
「お気をつけて~」
そう言って見送るゲットホーム組三人。ピーコックとハーミットはともかく、サヤまでニヤニヤしてやがるのは癪に障る。
☆☆☆☆☆☆☆
「おっは素直。今日は遅いじゃん」
「そういう火南魅も遅いけどな俺と並んでる時点で」
結局、街歩きは大した収穫もなく、月曜日である。火南魅と二人で歩くのは個人的には疑似デートのようでかなりドキドキしたんだが、その興奮も週が明ければ落ち着いてしまう。一週間の始まりはかくも憂鬱である。それでも、初っ端に火南魅に逢えたなら、それは良い始まりなりや。
「まー、月曜だからしょうがないっ。また一週間、頑張ろう!」
「オーイエ」
校門の辺りまで来ると、女子が数人で騒いでいた。しかも校舎の方向から走ってきた。始業間もないこの時間に(じゃあもっと急げや俺)、外に何の用だろう。顔を見てみると、高等部一年と分かる。紅の亜法の後輩達だったからだ。上下の繋がりもそれなりにあるのだ。
「おいお前ら、どうしたんだ? 授業始まるぞ。俺が言えることじゃないが」
「あ、素直先輩。おはようございまーす」
「おはようございまーす」
「おはよう。で、何してんだ?」
「えっとですね。あたしのクラスに〝遠眼鏡〟系の子がいるんですけど、その子が『正門に〈創始の亜法士〉が来るヴィジョンが見えた』って言うんです」
「それでミーハーなモンだから、みんなで見に来たんです。でももう行っちゃったかな……」
そ、ありがと、と話を切り上げて、一旦火南魅の所に戻る。
「〈創始の亜法士〉が来るんだと。〈創始の亜法士〉ってメガネ先生が言ってた、神がどうこうて奴だろ? 顔割れてんの? 伝説とか神話みたいなモンだと思ってた」
「うーん……私も興味持って調べてみたんだけど、一七人いるはずのうち、紅、力、大地、銀の四人は今誰か確定してるんだって。なんか〈四天王〉って呼ばれてるらしいわよ」
「四天王ねえ……」
ざっと見渡してみるが、そんな大袈裟な二つ名持ってそうな奴はいない。そもそも、学校なんて閉鎖的空間に用のある外部の人間なんてそうそうは……
「ヘイそこのボーイ。ちょいお尋ねしていいかい?」
……いないけど、たまにはいるよな。
「なんすか」
見ると、なんかすごくホスト然とした風体だった。毛先まで染め上げた金髪、黒スーツの下には開襟の紫Yシャツ、その開いた胸にはキンキラキンのネックレスが三本もぶらさがっている。ポケットに入れていない片手にも最早メリケンサックかってくらい指輪が嵌められてる。あれこれホストじゃねえな? ホストってか、
「むしろヤーさん?」
「なんか言った?」
「いえ何も。で?」
「ミス・オリヴィア・ホプキンスに会いたいんだが……」
「火煙寺和弘さん! ですか!?」
突然、後輩ズが割り込んでくる。火煙寺と呼ばれたホストは舌打ちを一つかまし、
「バレたか」
「わた、わたしファンなんです! サインください!」
「どこにしてほしい? 顔? 胸? 尻?」
「し、尻でっ!」
「金海かアンタは! お前も答えるな!」
一発蹴りかまして沈めてから火南魅に、
「こいつがそうなのか?」
「か、顔は分かんないけど、火煙寺和弘本人なら……紅の〈創始の亜法士〉よ。……でもこの人が創始の亜法士なら……」
後輩の手帳にサインする火煙寺を値踏みするように観察して、火南魅は、
「……どうしよう?」
「俺が知るか」
「だってオリヴィア先生に会いたいんでしょ。だったら素直が案内しなさいよ」
「えー。ヤだよ授業遅刻するもん」
「一時間目、実技でしょ。このまま連れてきなさいよ!」
俺と火南魅が押し付け合いをしていると、一人の女性が現れる。
「あなた達、何してるの? 授業始まるわよ。早く教室行きなさい」
オリヴィアだった。手間が省けた。
「オリヴィア、何かこの人が会いたかったらしいんで」
「ん?」
今気付いたのか。火煙寺の顔を見て、その反応は徐々に変わり、
「あれ? 和弘くんじゃないの」
「ヘイオリヴィア。懐かしいね」
フレンドリーな様子。後輩がオリヴィアに尋ねるのは、
「先生、火煙寺様とお知り合いなんですか?」
「まあね。私も彼も朱雀に通ってたのよ。紅同士だから実技の授業も一緒だし。付き合ってあげてたこともあるのよ」
「ええ!?」
「随分上からの付き合いだな……」
「まあ告白したのも彼からだしキスまで至ってないし。二か月で別れてやったわ」
ホントに上からだな……和弘くん、思い出して打ちひしがれてるぞ。
「とにかく、これから授業あるから、放課後はしばらく空いてるからその時に来て。一年生達は教室、火南魅ちゃんはミスティ先生のトコ、急いで行きなさい。素直くん、私達も急ぎましょう。授業よ」
☆☆☆☆☆☆☆
「へえ、〈創始の亜法士〉の人が……それって、すごいことなんじゃないっ?」
「まあ約四〇億人の亜法士人口に対して一七人の〝神〟だからな……」
昼休み、俺は相変わらず芝生スペースでスリシャスと二人で昼飯を食っている。
転校初日以来、なんだかんだでスリシャスは毎日俺と一緒にメシを食っている。もちろん火南魅やミハイオがいることが多いが、毎日一緒というのは俺だけだ。二人きりで、というのもこれで二回目だ。もう、何の断りもなく隣に腰を下ろすくらいの遠慮のなさだ。
「でもすごいよねっ。『神』なんて呼ばれる亜法が使えたら、人生バラ色だろうねっ……」
「ああ。注目浴びて当然だよな……」
普通の亜法士であるスリシャスと凡骨デュエリストの俺は、感嘆と落胆のため息を漏らす。もしもこんな亜法が使えたら、という理想と、現実の自分はなあ……という残念感がない交ぜに……って、ん?
「そういや、スリシャスの亜法ってどんなんだっけ?」
「えっ?」
よくよく考えると、俺はスリシャスの亜法がどんなものか知らない。スリシャスから聞かれたことはあったが、その時はスリシャス自身の亜法については何も聞かなかった。
「英国の王立って入るの難しいって聞いたことあるからさ。何かすげえ亜法持ってんのかな、みたいなさ。どうなんだ?」
「あ、アタシの亜法は……そ、そんな大したことないよっ。それよりさっ、素直くんって料理できるの? この間、おうちのパン屋さんの手伝いしてるって言ってたよねっ?」
「ん……まあ、な。切る焼く煮る炒める蒸すくらいはできるぞ」
あからさま過ぎる話題の転換。俺はその流れに従って会話を続けてやる。
そんなに自分の亜法に自信がないのか。それとも自分の亜法が嫌いなのか。理由は分からないけど、亜法の話を避けたがる気持ちは分かる。俺も友達と自分の亜法の話なんかしたことないし、したくもない。自分の亜法にものすごく自信がなく、嫌いだから。同じ理由かはわからないけど、話したくない気持ちは分かるし、受け入れてやりたい。
「それだけできれば大丈夫だよっ! アタシは一人暮らしなんだけど、やっぱり問題は料理だよねえ……」
「できないのか?」
「あんまり……飢え死にしないていど……」
言葉の途中、突然スリシャスの瞳が力を失い、俺のあぐらを掻いた足に倒れ込んでくる。
「スリシャス?」
揺すってみても、反応がない。え? 何? 救急車? と思いケータイを探し始めて、しかしそこで俺は思い出す。転校初日に言っていた『持病』のことだ。確か『意識と記憶が途絶える』とか言ってたか……超迷惑な病気のことだ。これがそれか、と理解し、だが、気付いたところで俺に対処できるわけでもなく、やっぱりケータイを探す。
「う~ん……誰に電話する気、素直くぅん……?」
「大人しく待ってろスリシャス。今救急車呼んでやっから……って、スリシャス!?」
「ん~、素直くんの太もも~~」
スリシャスは起きていた。俺の太ももに頬を擦り寄せて。
「起きてたなら早く起きろって。まったく、余計な心配かけさせやがって」
「? 心配って?」
「お前の持病とやらが出てたんだよ、多分。マジでビビったからな、今のは……」
「持病……もう、スリシャスってば、まだそんな説明をしてるのね……」
どうも様子が変だ。
「スリシャスはお前だろ? 一人称改めるのか?」
「もう、ホントにあの子ってば……現状を受け入れたからにはちゃんと周りに説明すべきなのに、まだ迷ってるのね……」
すごく様子が変だ。なんというか、普段のスリシャスとは雰囲気が違う。色っぽいというか艶っぽいというか……
「えーと、説明プリーズ?」
「意識と記憶が途切れるっていうのは半分嘘。アタシに切り替わっていて、その間のことは表のスリシャスは、アタシと記憶を共有しない限り覚えてないというだけ。そして私は、言うなればスリシャスの裏の人格……スリシャス・ニヒトーザ・パルメは、二重人格なのよ」
「…………………………………」
突然聞かされた事実。俺は声も出ない。
「いきなりこんなこと言われても受け入れがたいかもしれないけど……これが事実なのよね。どんなに奇妙に聞こえることでも、世の中広いの。どんなことでも起こり得るんだもの」
「……………バッカじゃねーの? マンガの読みすぎだぞ」
「ええっ!? ちょっ、その反応はないんじゃないの!?」
確かに。ちょっとミハイオや金海に対する反応と同じ冷たいものになっちまった。
「そうだよな、二重人格くらいあるよな……で、お前は幼い時にスリシャスが死の瞬間を目の当たりにしてしまった双子の妹? それとも好きな人の大切な人間になり代わろうとしてる義理の父親?」
「意味はよくわからないけど、まだ疑ってるの? ちゃんと証拠だってあるのよ!」
「ほうほう。じゃあ見せてもらおうじゃねえか。最後までネタ見せには付き合ってやるよ」
あくまでスリシャスの狂言二重人格だと疑わない俺。別にスリシャスが二重人格だからって問題があるわけじゃないんだが、まあやはり、にわかには信じがたい。せっかく証明してくれようというのだから、最後まで付き合おう。
「こういう話は知ってる? 二重人格者は、時に人格や性格だけでなく、それに合わせて、体型や能力まで変わることがあるの」
「ああ、マンガで読んだことあるな」
なら、とスリシャスが俺の手を握り、自分の胸へと近付けていく。
「アタシ今、85あるの……」
ご、5センチアップだと!? いや、まだ火南魅の方が1センチ上だ! そうやって妄想で誘惑を打ち消さなければ勝ち目はない。だったら手ぇ振り払ったらどうだ。
色っぽいスリシャス――そうだこのスリシャスをエロスリシャスと呼ぶことにしよう――エロスリシャスは色っぽく瞳を潤ませて、
「ねえ……触って、確かめて?」
「LiKBaSrCaNaMgAlMn、ZnCrFeCdCoNiSnPb、CuHgAgPtAu……」
「普通煩悩断つ時って周期表とか唱えない? 何で金属のイオン化傾向?」
エロスリシャスは、ンフフ、と笑って、手を離す。か、勝った……!
「やっぱり素直くんって素敵。冗談はさておき、証拠を見せてあげるわ」
スリシャスは立ち上がり、校庭のど真ん中、土のグラウンドを指差す。
「よく見ててね」
「?」
スリシャスがパチンと、指を鳴らす。三秒後、ドグォオオオオン……という凄まじい音と衝撃、揺れと爆風と土しぶきと砂ぼこりと何やらかんやらの飛来物が俺達に襲い掛かってきた。
「危ねえ!」
とっさの反応でスリシャスを押し倒して上から覆いかぶさる。俺の胸の下で顔が赤くなったのが見えたが、生命の危機だ、構うモンか。
散々舞い上がった土だの砂だの石だのがけっこうなスピードで飛んできたが、そこはなんとか気合いで頑張る。耐えて耐えて耐え抜いて、残りが砂ぼこりだけになってから、口を開く。
「……今のがスリシャスの亜法か?」
「リクバストローカなんて独特の覚え方で頑張ってた割には、積極的なのね……アタシ、嬉しい……」
何のこっちゃ? 真っ赤な表情のエロスリシャスが言ってることが俺にはよく分からない。いやウソめっちゃよく分かる。何故なら俺が押し倒したついでにスリシャスの胸に片手を伸ばし、今現在揉んでいるからだ。いや、ファーストタッチはあくまで偶然よ? でもごめん、そのあと触り続けてるのは俺の煩悩だわ……やっぱり誘惑には勝てなかったヨ……『これが胸か……』とか変な感慨抱いてるもん……
「まあ話が進まないから、揉まれながら会話してくれ」
「素直くん、あまり金海くんのこと変態とか言えないわね……」
顔真っ赤で嬉しいとか言ってる奴に言われたく、ごめん、否定できねえわ……とりあえず触るのをやめましょう。はい、やめました。
「で、今の飛来物のオンパレードみたいのが?」
「ええ。と言っても、それは副産物。実際には何が起きたのか、素直くんの目で確かめて」
エロスリシャスは俺の下から抜け出し、俺の首筋に細い指を這わせる。
「これが二つ目の人格、裏のアタシの亜法……表のアタシの亜法は、ンテリウくんにでも聞いてみて。フフ……見れば見るほど素敵ね、素直くん。食べちゃいたい、ううん、食べられちゃいたいかも」
顎をなぞって俺の顔を上げさせる。しばらく見つめられ、頬にキスされた。
「!!」
「!?」
された方も、何故かした方も驚いていた。だが相手の驚きは俺には分かる。俺の亜法だ。ほんのちょっとの接触とはいえ、恐らく能力の一端が発動されたんだろう。
「なに、今の……なんだか、力が吸い取られるような……」
俺は無言を貫く。〝バーニング・フィスト〟だか何だか言った手前、『実は俺の亜法は』とは言いにくい。それに、このスリシャスには言わない方が良い気がする。
それでも裏スリシャスは何かを察したようで、嬉しそうに微笑む。
「ホントに、素直くんって面白いし素敵ね……」
今度は口づけせず、俺の頬を軽く撫でて、スリシャスは行ってしまった。
「またの機会に逢いましょ、素直くん」
呆然とした頭を振って教室に戻ると、スリシャスは平然と座っていた。
「あっ、素直くんっ! ごめんね、急にいなくなったりして……気付いたら教室に戻ってて……アタシ、意識なくなっちゃってた……?」
本当に気付いていないらしい。まあ、俺もいまひとつ理解できてないし、あんなこと覚えてない方がこちらとしてもありがたい(乳揉みとかな)。
「ああ。びっくりしたぜ、急に倒れるんだから」
「ごめんねホントにー…原因が分からないんだよね」
いつも通りのスリシャスだ。良かった。裏のスリシャスだと役得っちゃあ役得あるが、いつものスリシャスの方が過ごしてて楽しい。
俺はンテリウを探した。裏のスリシャスの言う通り、普段のスリシャスの亜法を教えてもらう為だ。
「なあンテリウ」
「パールツイスト!」
「イテテテテ私的に私刑するなボル=サンセンサー!」
「黙れクソ野郎! 出番奪われるならせめて仲良くなっておこうと思っていたのに貴様それすら横取りしようと!!!」
「スリシャスのことでいいんだよな!? でそのスリシャスのことなんだけどイタイイタイすみませんもうしません! 今度ンテリウさんもスリシャスさんとお昼ご一緒どうっすか!?」
ンテリウの関節技がほどける。は、薄情な奴だ……馴染みの男友達より、出会って一週間の女を選ぶとは……俺がンテリウでも俺よりスリシャス選ぶな。
「それで、スリシャスがどうした素直。ようやく告白か」
「また出会って一週間なんですけど!?」
「ホルジャの読んでる『らいとのべる』というのでは異次元からやって来た女の子と一巻のうちに幼馴染みより仲が進展するぞ」
「本題聞いてくれる? スリシャスの亜法って、授業とかで見たことあるか?」
本題の問いに、ンテリウはスキンヘッドを撫でる。
「どうだったか……あまり目立つ亜法ではなかったような気がするが……」
「見たことあるんだな?」
「フンッ、それはな。そうだ確か、鉱物のカッティングを自動でするような亜法だったな。カッティングって分かるか? ダイヤモンドとかの原石を人に見せる為の形に加工することだぞ」
それぐらい分かってる。しかしそれで一つ、俺の中で理解が得られた。
「ちなみに、その時のスリシャスの様子ってどうだった? いつもと変わらん?」
「様子? それは、いつもと変わらんが……『これくらいしかできないんだけどねっ』という感じでな」
「お前が言うとキモいな。あんがとよ」
「どういう礼の仕方だ」
☆☆☆☆☆☆☆
俺は放課後すぐ、オリヴィアの教官室に向かった。恒例の秘密特訓の為だけど、急ぐ理由は別にある。〈創始の亜法士〉火煙寺和弘に会うためだ。
「失礼しまーす、と」
入ると、二人ともいた。紅茶なんか飲んで談笑してる。
「あら素直くん。いつもより早いんじゃない?」
「いつも……? ヘイオリヴィア、君はまさかいつもこの生徒と夜な夜な……」
「放課後の実技特訓よ。和弘くんも菅田先生にやってもらってたでしょ」
「菅田先生は男だろ。君とこいつとは男と女、一歩間違えたら……」
「なんて心配してるのよ。ねえ素直くん?」
「じゃあ何でファーストネームなんだ!」
「甥の友達だからッスけど。それより話聞いてくれって」
ヤベーなこの人達。話進まねえ……和弘くんの嫉妬のせいか。
「ちょっと興味あるんだけど、〈創始の亜法士〉でいるのってどんな感じ?」
「? どんな感じって、質問そのものがフィーリングに過ぎるだろ」
伝わらないか。まあ自分でも漠然としてたとは思う。ただ、どう聞いたモンか……
「何つーの? 〈創始の〉になった経緯とか、実は知られてない〈創始の〉の実情みたいなのとか、ねえの?」
「……何でそんなこと聞く? っつーか略すなよ」
「興味あるから、じゃ駄目ッスかね?」
そんな理由じゃないことは、この火煙寺和弘という男、分かっているだろう。だが説明するのは面倒臭い。
向こうも説明は不要のようだしな。
「……昼間の隕石か? まさか、そっちから転がり込んでくるとはな」
火煙寺は静かに核心を突く。オリヴィアは頭上に『?』マークだ。
「隕石って? 何かあったの?」
「一瞬、すごい揺れがあったろう。あれの原因は恐らく、小型の隕石か何かなんじゃないか?なあ、……何だっけ、助六?」
「神斬だよ! もしくは素直。まあ、その通りだよ。隕石だった」
「そうか。参ったな……第五の神か。探す手間が省けるか?」
火煙寺は面倒臭そうにため息。唯一、話についていけないオリヴィアは、
「あの、二人とも? 私を置いてきぼりにしないでくれる? 説明してちょうだい」
火煙寺だって話の全容は知らないだろうから、事の顛末を教えてやる。もちろん、スリシャスの亜法であるとかはぼかして、昼休みに校庭で起こった事について、だけだ。
「……で、砂埃が収まってから、校庭の方に行ってみたんだ。そしたら、」
「隕石らしき物が落っこちてた、と」
「俺の台詞取るなよ!」
「それで、だ」
俺の説明は終わったのだが、火煙寺が終わらせない。
「今の話にはお前以外の人間が出てこなかったが、一体誰のことを隠してるんだ?」
「隠してるって? どういう理屈でそういう結論が導かれるわけ和弘くん?」
「さっき、この、なんだ? 田吾作?」
「神斬! 脳味噌ニワトリかアンタは!」
「そいつがさっきした質問を思い出せ、オリヴィア。『実は知られていない〈創始の亜法士〉の実情はないか?』だぞ。こんな質問は、〈創始の亜法士〉かそうでないかを見分けたい人間でもなきゃ聞かない」
さすがに鋭い。さすが〈創始の亜法士〉と言っていいのだろうか、いや、馬鹿な〈創始の亜法士〉もいるかもしれんからやめとこ。
「フッ、何のことかな和弘くん。オリヴィアにはさっぱり分からないよ」
「確かに私には分からないけど……」
「つーかテメーがオリヴィアを呼び捨てにするな与作! 俺だってフラれて諦めついてフッ切れてから呼び捨てにできたのに!」
「神斬! アンタの小心者エピソードなんか知るか!」
火煙寺は苛立ちを押さえつけるように長い息を吐く。一拍置いて、首を振った。
「……参考になるか分からんが、俺達四天王が〈創始の亜法士〉になった経緯を教えてやる」
「! いいのか?」
俺は教えてくれるなら何だっていいのだが、少し驚く。この、人の名前もろくに覚えない男がこうも素直に情報をくれるとは。
……この男なりに、企みがあるな。
しかし利用されるとしても、それで俺の狙いが邪魔されなければ構わない。
「いいか、えー」
「生徒Aでも男Bでも覚えやすいのでいいから、早く話を進めてくれよ」
「亜法士C。これからお前とオリヴィアにする話は、俺を含む四人の〈創始の亜法士〉、つまり〝四天王〟の当人しか知らない事実だ。心して聞けよ」
俺はそんなご大層なことを聞くつもりはなかったんだが。まあ聞かせてくれるというなら話の大小は問わない。役に立つならな。むしろ、オリヴィアの方が生唾をゴクリ、と呑み込む。
「今から話すのは、〈創始の亜法士〉のなり方だ」
「なり方?〈創始の亜法士〉って先天性というか、亜法が発現した時に既に決まってるんじゃないの?」
オリヴィアが口を挟む。違う、と火煙寺は否定した。
「考えてもみろ。〈神の亜法〉は亜法誕生の頃からあるとされている。亜法誕生は三十数年前の十代の人間だ。俺がそんな歳に見えるか?
俺が始めて亜法を使ったのは四歳の時だ。当時は火を糸のように伸ばして出せるだけのもの……『指向性』の影響を考えても、将来的にいたって普通の亜法士になるはずだった。だが、転機が六歳の時に訪れた。小学校入学の前だな。
俺の頭の中に突如、声が聞こえた。『お前の亜法を認めてやろう』、と。
『だから、お前の力を貰おう』と。その声が〈神の意思〉、俺達〈創始の亜法士〉を〈創始の亜法士〉たらしめている存在だ。裏を返せば、この〈神の意思〉さえ味方に付ければ、亜法士は誰でも〈創始の亜法士〉になれる」
………………
何だと?
『亜法士の究極』とまで呼ばれる存在に、誰でもなれる、だって? 俺でも?
……危ない危ない。自分の亜法に対するコンプレックスのあまりに関係のない欲が出ちまった。今はスリシャスのことだ。
「何でその〈神の意思〉が味方だと〈創始の亜法士〉になれるんだ?」
「まあ落ち着け。俺の力を貰おうと言った〈神の意思〉は、俺に何をしようとしたか。言うのは簡単、俺の意思を打ち負かし、俺の体を乗っ取ろうとしたんだ。
一つの体に二つの意思。普通に考えれば異常な状況だ。どちらかが生き残ろうと、相手を押し出そうとする。そうやって体の中で意思同士がせめぎ合って、体の支配権を争うんだ。その戦いで〈神の意思〉が勝利すれば体は〈神の意思〉の亜法を身に付けた体になり、体の持ち主の意思が勝利し〈神の意思〉を屈服させれば、体の持ち主は〈神の意思〉という、ゲームバランスを崩しかねない拡張機器を得て、己の亜法を〈創始の亜法士〉と呼ばれるまでに強化させる……」
「つまり、こういうことか? その〈神の意思〉とやらに取り憑かれて、そいつをブチのめした奴が〈創始の亜法士〉ってわけか?」
火煙寺の説明をまとめるとこうなるんだろうか。聞かれた火煙寺は頷く。
「そんなところだな。〈神の意思〉に負けた奴がどうなるかとか、〈神の意思〉が俺のところに来る前の体はどうなったのかとか、俺にも分からない部分はあるが、少なくとも俺達四天王はみんなこのプロセスを経て〈創始の亜法士〉になった。四天王の『紅』、『力』、『大地』、『銀』以外の〈創始の亜法士〉はいるのか、もしかしたら〈神の意思〉に負けて〈神の意思〉の操り人形になってるかもしれない……俺も調べてる最中だがな」
そこまで話してから、おっと、と火煙寺は口を覆う。
「喋りすぎたな。この辺の情報はお前には関係ないことだな」
「いや、ありがとうございます。参考になったッス」
「どういたしまして。礼は要らんが、ホシの目星は付いてるんだろうな?」
「は?」
火煙寺はいけ好かない指輪をジャラジャラ言わせながら、俺をねめつける。
「お前、俺が何でお前に話してやったか分かってんだろうな? お前が五人目の〈創始の亜法士〉を見つけてくれれば、俺の仕事が減るからだよ」
「……さっきから一つ疑問に思ってんだけどよ。アンタ、もしかして〈創始の亜法士〉を探してるのか? 何でそうする必要がある?」
火煙寺は、サングラスの向こうの、意外に冷たい瞳を光らせて呟いた。
「俺が全員ブッ倒す為に決まってんだろ? 他の〈創始の亜法士〉も同じ考えだ」
笑いながら宣言する火煙寺を見ながら、俺の脳裏を『中二病』という現代語がよぎる。中二も高二も考えてることなんか同じだよなあ? エロいことだよエロいこと!
「金海的発想は置いといて、アンタもペランドルチックな思考かよ」
「は? 何だペランドルって?」
「何でもねー」
しかも〈創始の亜法士〉四人揃ってって、むしろそれが〈神の意思〉に操られた結果なんじゃないか? と疑ってしまう。一体どういう思考回路してんだ?
「よく分からんけど、ともかく、ありがとよ。話は参考にさせてもらうぜ」
「おう。ちゃんと見つけたら報告しろよ、ボーイ」
「おう」
それは断る。
スリシャスをブッ倒されても困るしな。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「竜越、貴様裁縫できるのか? 間違えた、貴様に裁縫できるのか?」
「どういう意味よその聞き直し方!」
「助詞一つで意志が伝わる系だねえ……」
「ええいお前ら、朝から楽しそうだな! 俺も混ぜてくださいお願いします!」
登校すると、既に数人がトーキン、俺も加わりたいぜ無性に。
「ククク……何を心中で韻踏んでるのかな。朝からラップとは笑えるね今日び」
「倉庫男! 人の心を勝手に読むな! そしてお前もライミン、しているという不条理!」
「黙れカミキリムシ。貴様はホストの練習でもしてろ」
「懐かしいあだ名出すなペラつん! だったらテメーは『ご主人様お帰りなさいニャン!』って言う練習でもしとけ!」
ペランドルが反論して何かわめくが、気にしない。それより、
「グッモーニン火南魅! 何縫ってんだ?」
「ああっ……! 漢字だから一見分かりにくいけど『なにぬねの』って言うかと思った系だよ……!」
「……ああ。なるほどね。で、無視するけど素直。これ、衣装ね。メイド喫茶の」
「ああ、コスプレ喫茶のか」
確かに、準備期間もそうない。作り始めるのはナイス判断だな。
「そーかそーか。できたら一番に俺に見せてくれね?」
現場監督になったのも忘れてはいない。デザインだのメニューだのは火南魅とサヤに任せた分、シメのところはしっかりやろうと思ってる。
「え、見せなきゃ駄目? 素直に?」
「何言ってんだよ、当たり前だろ。ちゃんとチェック入れなきゃいけないからな」
「衣装チェックの次は体のチェックか。入念じゃねーか」
「金海かテメーは! しかも上手くねえし……ってマジで金海か! 珍しく早いな」
「おはよっ、みんな!」
「今すぐリシャつんから離れて金海!」
「ククク……駄目だねパルメ君、こんな雄と同時に登校しては」
「安心しろ。ズンドーには勃たん」
「黙れよお前!」
変態はともかく、俺はスリシャスの顔を見た。
昨日の見せられた(エロい)スリシャスの亜法。恐らく『隕石を自由に飛来させる』とかそんなモンだろうが、そんな能力、〈神の亜法〉と言わずしてどの亜法を神と呼ぼうか。だって、恐竜絶滅の原因は隕石だぞ? その破壊力たるや、如何に。
「よっ、スリシャス」
「おはよっ、素直くん!」
しかし素知らぬ顔で挨拶を交わす。向こうは自分がどういう存在かどうかも分からないんだから。無理矢理ほじくり返す必要もない。
……待て。本当にそうか? そもそも何だ。火煙寺は『体の支配権を〈神の意思〉と争う』って言ったが、
じゃあ、二つの意思が共存してるスリシャス。その意思が〈神の意思〉だったとしたら、どういう勝敗になったら共存が可能なんだ?
「スリシャス」
呼びかけてみる。確実にこんな平和な状況で聞くことじゃないが、
「なに? 素直くんっ」
「発作?で記憶失ってる時って、自分がどんなだか知ってるか?」
「えっ……ええ~、え~とぉ……」
聞いてはみるが、知ってたらむしろ、人のいる場所では言いにくかろう。一応輪から離れた場所で聞いてはみたけどさ。あとでもいいぜ、と言いかけて、
「っはようスリシャス。なになに素直、スリシャスの発作?見たことあんの?」
「ククク……おはようホプキンス君。発作?というのはあれだね、記憶が飛ぶというヤツだね」
「でも発作?なんてそぶり見たことない系だよ。いつのこと? あ、おはようンテリウ」
「ふぬぁあ―――ー! 問題なのは、スリシャスが発作?でどうなったのかを素直が知っていそうだということだぁ!」
群がってきた。ちょっとでも男女ペアだけで話してるとブチ壊そうと頑張るんだから……だからうちのクラス、誰もカレシカノジョいねーんだよ。
「どうなんだ素直!」
「うーん……記憶の飛んでる時のスリシャスは」
「ふんっ! フンッ!」
ンテリウうるさい。
「―――ああまさかあのスリシャスがこんなにいやらしかったなんて!」
「ええっ!? ちょっ素直くんっ、アタシそんなことしてないよっ!? 多分……」
「俺の下半身に頬すり寄せたり、」
「ぬがぁあ――――!」
「俺に胸揉ませようと試みたり、」
「ヒューヒューだよー!」
「ほっぺにチ」
「「トパーズ・スープレックス!!」」
「ぎぃ――――ミハイオお前ンテリウに技コマンド出すのやめ二発目いや――――――ー!」
教室の床に頭から叩きつけられる俺をよそに、倉庫男三号が肩をすくめる。
「まったく、『ぎぃやー!』の間に台詞を挟むなんて大人げない真似を……」
「大人げないのか!? ってゆーか違げえー! 最初の『ぎぃ────』は『ぎゃー』言おうとしたら一発目喰らって口閉じさせられて、『いや──────』は」
「釈明却下。これだから乙女心の分からない奴は駄目だね。竜越君、君も困ったら自分……は嫌だけど、カイザンボー君か乱咲君に相談するといい。ククク……」
「倉庫男三号に乙女心問われたくないな……」
「ってっ、ってゆーか何で私が出てくるの? 今関係なくない!?」
俺とラブラブになった時、先が思いやられるってことさ! おい倉庫男、心読むなよ?
「ククク……何を言っているんだい、竜越君は春雀祭の実務責任者だろう? メイド喫茶だから女子の立場からの意見があるだろう、それを理解してもらえず大変だねということさ」
「そういう意味か……」
「ウチも実務責任者ッスけど?」
サヤが半目で睨む。待て、何故俺を睨む?
「ククク……そうだったね。江敷君も相談するといい。フリューゲンス君に」
「何でそこでフリューゲンスだ!? 居もしねえのに!」
「居もしないのに、馬鹿みたいな大声で名前を叫ばないでくれるかな。耳が腐る」
「うわ、出た」
ドア近くに立ってたミハイオが俺の気持ちを代弁する。フリューゲンスが入ってきた。
「フリュ──ゲ──ンス──!」
「だ、黙れ神斬! 耳が腐ると言ってるだろう!」
「腐って落ちろォ! 来いミハイオ金海、お前らの声が一番腐ってるからな!」
「おう。死ね神斬───!」
「よし。失恋しろ素直───!」
「フリューゲンスの耳元で叫ぶのはいいけど、やっぱ腐ってるのはお前らの神経だ!」
ズギン!
音が鳴ったのは教室の後方、俺の机だった。見ると、机の横っ腹に親指爪くらいの穴が開いていた。
「コラ、フリューゲンス。テメエ俺に恨みでもあるのか」
「別に。強いて言えば、君は癇に障るというだけさ」
「んだとコラ!? やるか? 殺るのんか?」
我慢も限界に来た。ミハイオの無言の制止も聞かず、野郎の胸ぐらを掴み上げる。相手が学年大会一位だとかなんて知らん、暴力なら負けんぞ(なんて負方向に強気)。
「や、やめろ神斬。自分が何をしてるか、分かってるのか!?」
「ああん? 何だテメエ、意外とイイ声で啼くじゃねえか。表ぇ出ろ。ボコボコに──」
「やめなさいよ素直。春雀祭もあるのよ、問題起こしてる場合じゃないでしょ」
静かに諭される。火南魅だ。強くはなく、しかし芯の通った凛とした声に、俺は正気に戻った。そうだ。今、俺はクラスの責任者なのだぜ。こんな小物に関わってる場合じゃない。せっかくスリシャスという新しい仲間が加わる学園祭だ、楽しめるようにしなきゃな。
「……ったく。すぐに暴力って、子供かよ」
「素直(お前)が言うなよ!」
「……フンッ」
鼻息一つで俺の手を振り払って、フリューゲンスは廊下へと出ていく。その背中に向かってベロムが、
「フリュつん、学校の備品を故意に亜法で壊した場合は弁償系だから、ちゃんと事務室に届けておいてね」
「何でそういうとこはしっかりしてんだ……」
フリューゲンスが去ったあとに、クラスには普段の空気が戻った。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「素直くんっ、お昼食べよっ!」
最早誰もツッコみもしないスリシャスの誘い。まあいいけど、と返事ついでに思い切って清水の舞台から飛び降りるつもりで火南魅も誘おうとする前に、
「駄目。素直、今日からお昼は春雀祭の打ち合わせするわよ」
火南魅本人に止められた。うーん……スリシャスとメシ食うのも、そりゃ美少女だから嬉しいし会話も楽しいけど、まあやっぱり俺は火南魅が一番好きだよね!
「分かった。悪りいスリシャス。というわけで、春雀祭終わるまでは……」
「じ、じゃあっ! アタシも参加するよ、打ち合わせっ!」
「は? スリシャスは別に責任者でも何でもないでしょ?」
「政治は議会だけじゃできないよっ。ちゃんと市民の意見を聞かなきゃっ!」
「いいのよ別に。今から私と素直からのトップダウン方式でいくわ」
おおう……何を言い争ってんだ、この人達。
「見よ素直。これが乙女の争いぞ。君は誰に奪われるのかな……童貞を」
「金海かミハイオ! つーか俺で争ってんの? いいじゃんメシ食いながら打ち合わせすれば!」
「ならん。神斬よ。テメーに性的魅力は何ら無いが、世の中には異常性癖の持ち主もいる。そんな異常な女二人以上が偶然にも廻り逢ってしまった、そんな異常な空間だここは」
「つまり何が言いたいのか金海! おい女子二人! メシ食いながら打ち合わせする! それでいいだろ!」
至極当然、正当な主張をする俺。くそう、俺だってハーレムエンドがいいさ(本音)!
「ったく、モテる奴みたいな台詞吐きやがって……」
「カノジョいない歴イコール寿命のくせして……」
「グォラミハイオ! じゃあなにか? 俺は運命に逆らわなきゃカノジョできないのか!?」
「まあ、素直にカノジョができないのは別にいいけど、素直がそれでいいなら私はいいわよ、もう……」
火南魅が折れてくれた。なぜ残念だか分からんが。
「やったっ! じゃあ食べよ!」
はしゃぎ気味に弁当フロムコンビニを取りに席に戻るスリシャス。なら、とミハイオが、
「俺達もご一緒させてもらおうか、金海?」
「そうだな。神斬、俺今日メシ忘れたからテメー買って来い。三秒な。その間、俺はテメーのメシを食って暇潰しとく」
「じゃー三秒で食えよ! コール振るから! ハイ金海が食うーぞ金海が食うーぞ金海が食うーぞ三秒で食ーうーぞ、ハイ」
「いいから早く座ってよ素直! 始めるわよ打ち合わせ!」
……ハイ。
「とりあえず、衣装に関しては暫定完成品ができるまでは女子に任せてもらっていい? まあ女子のファッションの好みに関しては、朝の倉庫男三号の弁じゃないけど、素直には分からないでしょ? ──あ、今のは女子のメイド服に関してだから、素直のホストとかドラグネイトのメイド服とか──は、駄目か。ドラグネイトのメイド服は他の女子と同じ方が面白いもんね。素直のホストとかミハイオの女主人辺りの衣装には、面白くなる方向に口出ししていいってことね、素直は。ミハイオは駄目よ?」
「そういえばそんな配役あったね……今からでも倉庫男三号に頼んでみんなの記憶消してもらおうかな」
「倉庫男三号にそんなことできねえだろ。まあ衣装のことはホントに分からんからさ。俺はメニューとか内装メインで考える方向でいいか?」
「分かった。でも、設備とかの関係で作れない料理とかやっちゃいけない派手な演出とかもあると思うから、ベロムとか皆三毛にも相談してね」
「俺、そんな無理な企画しそうな人間に見えるか?」
人間性疑われてね? と感じて火南魅に問い質す。しかし、返ってきたのはなぜか優しげな微笑みで、
「素直、たまに無茶するから」
「…………?」
「「ヒューヒューだよー」」
「待て! ヒューヒューなのかコレは!?」
「……素直とセットでヒューヒュー言われても、ねえ?」
……フラれた! 今フラれましたぜ俺!
「く、くそうスリシャス……まさかこのタイミングで火南魅にフラれるとは。こんな俺を慰めてくれえい……」
「え? 素直、別にフッたつもりは……」
「すっ素直くんっ! あ、あの、アタシでよければ……貰ってあげるよ?」
「「ま、マジで!? やめときなってスリシャス!」」
「火南魅はともかく何で本人まで否定するかな? ってか慰めてるだけだって」
そ、そうか……そうだよな。思わず『こんなクソ野郎なんか』って全否定しかけたぞ。スリシャスも照れるようなら、無理して慰めんでくれ。
「しかし、ヒューヒューはともかく、神斬が真面目に話してるとムカつくな」
「お前は俺にどうしてほしいんだよ!」
「あ、真面目に話してるのに申し訳ないんだけどっ……ちょっと関係ない話、聞いてもいいかなっ?」
スリシャスがおずおずと手を挙げる。金海が答えて、
「却下っ」
「何でスリシャス調なんだよっ。……無視していいぞスリシャス。金海は色黒の阿修羅像とでも思っててくれ。で、何を聞きたいんだ?」
「ええっとぉ……」
スリシャスはまず、教室を見回してから、忍ぶにようにして声を潜める。
「フリューゲンスくん、って、みんなと仲悪いの?」
「「「ああ? フリューゲンスだあ?」」」
「ユニゾンしなさんなよ。まあ、そう見えるわよね」
「見える、ってことは……実際はそこまで悪くないんだねっ?」
「どうかしらねー」
火南魅は肩をすくめる。少なくともここの男子三人は悪いけどな。俺達はこっちであいつの悪い所を列挙してるから、火南魅説明お願い。
「フリューゲンスは中等部二年からの転入組なんだよね。うちのクラスではあと鞘子と素直とオルジェが転入組で……そう考えると多いね。中等部では学年大会が四月にあってさ。まだ転入組のことなんかよく知らないうちに大会があって、フリューゲンスはいきなり三位に入ったの。400人超の中ね。それで見た目も男装の麗人みたいなさわやかな感じだから、女子の間でファンみたいな子も生まれかけたんだけど……そこで一発、」
「『君達みたいな「人の亜法を見て喜んでいられるような人達」と同じ学校に通うことになるとはね』だっけ? つまり、今と変わってないってことだよ」
「ああ。『君達のような「人の成功に一喜一憂していられる能天気な人達」ばかりの学校に通うことになるとは、愉快か不愉快か分からないね』だ。正確には」
「……確かにそんなだった気がする。記憶力すごいね素直」
「フリューゲンスマニアかテメーは」
「違ぇーよ! 滅茶苦茶腹立ったから覚えてんだよ!」
クソ、思い出したらはらわた煮えくり返ってきやがった! フリューゲンスの野郎、俺の気持ちも知らないで、
「世の中には、他人の成功を喜ぶしかできない、自分の成功を望むことのできない奴だっているんだよ! それを――」
「お、落ち着きなよ素直。確かにそういう人もいるかもしれないけど、素直がそこまで怒ることないじゃない? 我が事のように、さ」
「あ? 火南魅、何言って――」
我が事だぞ、と言いかけて、踏みとどまる。
そうだった。火南魅ととスリシャス(と、ついでにミハイオ)は、俺の亜法が強いと思ってるんだ。それもフリューゲンスを退かせるくらいに。だったら弱い亜法士の気持ちを語るなんて、他人事のように聞こえるかもな。しかし意外な同意をくれたのは、
「でもっ……素直くんが怒る気持ち、分かるな」
「スリシャス……」
彼女はそれ以上は何も言わない。だからこそ、その感情の奥底がよく伝わってくる。
裏スリシャスの亜法は性能的な点で気になるけど、スリシャス自身の亜法も気になる。スリシャスも俺と同じように、自分の亜法に複雑な感情を抱いているんじゃないだろうか。そんな気がするからだ。
「……もういいか、スリシャス? フリューゲンスの話は」
「あ、最後に一つだけ。今度のお祭り……フリューゲンスくんは、どうなるのかなっ?」
ちょっと心配そうに聞く。何を分かり切ったことを。
「決まってんだろ。バリバリ働かす。せっかくだからメイド服着せて辱めてやろうぜ、金海」
「……あいつ女顔だから、普通に似合っちまうぞ。細いし」
「キモち悪りーこと言うな! 想像したら……ツンデレメイドさんだな! 間違いなく!」
「ヤバい、素直と同レベルだ俺……」
小さく、良かった、とスリシャスが呟くのが聞こえた。
「クラスの一人でも楽しめなかったら、いやだもんねっ……」
たりめーだ。そしてお前も、コンプレックス吹っ飛ぶくらい楽しませてやる。