【1-1】アホ、あるいは亜法士の日常
※この作品には下品な発言が多少なり出てきます。でも男子ってそんなモンだと思います。そう思いながら読んでください。
今から三十数年前、惑星規模の異常気象が発生した。
ある年は半年間も赤道直下と両極の気温が逆転し、次の年には半月ごとに日照りと大雨が繰り返された。
数年だろうか。そんな異常気象が続いた後、気候は何事もなかったかのような平穏を取り戻した。代わりに、異常が齎されたのは人間だった。
ある学者は『異常気象を生き抜く為の人類の進化』という説を唱えた。それが『亜法』あるいは『亜法術』と呼ばれる能力だ。
法則があるように見えて確かでない、法ならざる法、法に準ずるもの。故に亜法という。当時まだ十歳に満たなかった少年少女にその力は現れ、それ以降生まれてくる子供の全てに受け継がれるようになった。
亜法は大きく17の体系に分類された。研究が進められ、『亜法士』と呼ばれるようになった若い亜法使いへの専門の教育も始まった。
日本にも四の亜法術学校が設立された。亜法に関する知識や己の亜法を御する技術などを実技を交えて教えることが主眼とされた。
現在では亜法を専門的に教えるものを亜法術学校と呼び、その数は28に上る。普通科の学校でも、必修科目として取り入れられている。
そんな亜法術学校の一つ、朱雀亜法術学園に一人の少年が通う。
高等部二年に在籍する。服装は、学園推奨の制服はあるものの強制されていないので、TシャツにYシャツを羽織る。背はクラスでこそ目立たないが、176センチはあり、そこそこ高い方だ。焦げ茶の髪に目つきの悪い、
「……って誰が目つき悪いだ~~~! 自分で言ってて萎えるわ!」
何でモノローグで自分の悪口言わにゃならんのだ! いや確かに導入部で解説文だからモノローグとは言い難いけども!
そう、焦げ茶の髪に、訂正させてもらおう、目つきの鋭い(せめてもの抵抗)ナイスガイ! 俺の名前は神斬素直!『目つきが悪い』『半端に熱血でウザい』とか言われ続けてるが、それでもナイスガイと言い張り続けよう!
「だいたい、クラスの女子共が見る目なさすぎなんだよ……」
「おっは素直! 何ブツブツ言ってんの?」
「ぶお!? んー!」
背中を叩かれて、飲んでたジュースを噴きかける。
「しかも火南魅かよ。クッソ、お前のためにファウンテン・ビューを噴いちまうとは不覚…」
竜越火南魅。俺のクラスメイトで、霊の亜法士だ。
そういや、分類の詳しい説明をしてなかったっけか。亜法術は十七の体系に分類されるって話はしたが、詳しくは『盤・紅・白・翠・青・力・暗闇・思念・病・稲妻・蟲獣・風・鉱物・霊・銀・竜・大地』に分かれる。うちの学園は中等部までは基本的に一クラスに各タイプ二人ずつ、高等部では一人ずついる。ちなみに俺は炎を操る紅の亜法士だ。
この分類は『このタイプだからこういうことができる』ってモンじゃなく、『こんな感じだからこのタイプの範囲に入るっぽい』って程度だ。例えば炎を操れば紅っぽい、虫や動物なら蟲獣じゃね?って感じ。紅の亜法士だからってみんなが火を吹くとかじゃなく、熱を操ったり、炎で武器を象ったりと十人十色だ。
「朝から炭酸飲むなってば。背ぇ伸びないぞー?」
「誰がコンプレックス持つか。これ以上伸びんでも構わんわい」
お返しというか、ファウンテン・ビューの恨みで一発どつき返す。
「いたっ! 強すぎっ、そんな強くやってないじゃん!」
「これはファウンテン・ビューの分!」
「知るか! くらえ竜越式・デスロック!」
「いっ……ぎぎぎぎ! く、くび! しめてるだ、け」
しかしまあ、胸こそ当たってないけど、密着してるせいで俺の顔は緩む。赤いのは首が絞まってるせいだけどな!
正直、俺はこの竜越火南魅という女子が好きだ。心の中ではっきり言うけど。
身長一六四センチ、体重は知らんがバスト86だけは知ってる。ライトブルー(つーか水色)のロングヘアー(地毛)が特徴的。別に私服でも構わないのに、彼女は律義に指定の制服のブレザーを着てる。同じクラスになるのは今年が初めてだが、以前に何度か話したことはある。その時のことを覚えてくれていたり(俺は忘れていたが)意外と俺のことを知ってたりと性格的惚れポイントも多いが、ぶっちゃけ見た目が好みだ。もちろん話してると楽しいってのはあるがそれは後からついてきた。今はその比重がデカいけどな。
「………っか、まじ………死、から………………」
「きゃあ!? ご、ごめん素直! 顔笑ってたからタップしてくれなきゃ分かんないって!」
「笑ってねー緩んでただけだ……」
「大丈夫? 保健室行く?」
「じ、人工呼吸を……」
「分かった。ンテリウ呼んでくる」
「何であんな焼き肌マッチョハゲにキスされにゃならんのだ!」
「やっぱり私とキスしたかったのか……」
「なんでやねん! 頼まれなきゃせんわ!」
「じゃあ、して?」
「えっ……?」
突然の要求。さっきまで笑っていた火南魅は、少し潤んだ目で、誘うように俺を見上げ――
「……ぷっ」
「……は」
そして、堰を切ったように吹き出した。
「プハハハ、赤くなってる!」
「な、あっ……う、うるへー! 童貞の初心さナメんな!」
「おい。朝っぱらから童貞とかスカ●ロとか言ってんじゃねー」
せっかく楽しいやりとりに、ヤな奴が割り込んでくる。
「言ってんのはお前だけだっつーの金海」
浅黒い肌、彫りの深さ、髪の色(普通に黒だが)、どことなく異国風な外見を持つ変態サングラス野郎なアイツは、金海群青。力の亜法士だ。『火南魅』は平板なイントネーションだが、『金海』は『か』にアクセントが付く。ややっこしいから改名しろ後者。
学校には金海のような外国人風、あるいは外国人も多い。亜法術学園は数が少ないから、国内在住で亜法を専門的に学ぼうとする人間が集まるからな。その分いろんな奴、端的に言えば金海のような変な奴もたくさんいる。
「じゃあ朝っぱらからイチャイチャすんな」
「イチャイチャはしてないから! 全く! 素直からも言ってよ!」
どうせ同じクラスだから、廊下を歩きながら相手してやる。っていうか火南魅、そこまで否定しなくても……
「ああ。俺達は、ネチャネチャしてたんだ」
「性的な体液みてーな擬音しやがって。現場録画してオカズにするぞ」
「お前さっきから下ネタ率高ぇよ当人比二割増で! そして俺と火南魅のカラみでヌケるのか?」
「いやミハイオが」
「今すごく謂われのない中傷を受けた気がするんだけど気のせいかな!?」
教室ドア手前の金海の発言に、中から当人のツッコミが入る。ミハイオ・ホプキンス、稲妻の亜法士で俺と金海とで三バカトリオだ。主に驚きツッコミ担当。よく考えると三バカトリオって『3』被ってるよな。
「ミハイオおっは」
「おっは火南魅……じゃなくて! 金海何か言った!?」
「謂われのある中傷」
「何だっけ、ミハイオの顔は抽象画って話だっけか?」
「そんな感じだった気もすんな」
「絶対嘘な上にどうでもいい話扱い……! むしろ大々的に扱えよ!」
バカ話を咲かせてると、始業のチャイムが鳴る。俺の席は教室の反対だったが、もう担任が入ってきたので、慌てて手近な席に座る。
やる気なさげな担任、岸木先生が朝の挨拶もろくにせず、話し始めた。
「あー、今日はさっさと授業始めるぞ。今日はお前ら亜法士の『指向性』についてチョロッと話す」
「しっかり話せよ教師」「そんでお前らて、お前も一応亜法士だろ」
さほど人数の多くないクラスからぱらぱらと上がる反応に担任は苛立ちを隠さない。
「黙れガキ共。童貞のくせにガタガタ吐かすな」
「先生、今日はイラついてますね」「俺は童貞じゃねーがな」「先生、オリヴィア先生にフラれ系らしいよ」「お前童貞じゃねーの!?」「聞き捨てならぬ……!」
「お前ら先生様の話をだなあ、」
あ、青筋立ってる。
「だーくそ落ち着け四輝ー俺は大人だー。……神斬、火」
「あ、はい」
指から火を出してやる。岸木はそれにタバコの先端を触れさせ、
「ふぅ~~~落ち着いた~~…」
「って誰がライターじゃ! 何で授業喫煙を助長せにゃならんのだ!」
「受動喫煙と掛けてるつもりか? 失せろ」
「全部やってからノリツッコむなよ。噎せろ」
「お前ら仲間内で厳しいよな。そんでよ。『指向性』ってのはだな」
「始めんのかよ!」
俺のツッコミにも応じず、岸木はさっさと授業を始める。一応、亜法術専門の教員だ。
「亜法には十七のタイプがあるが、同じタイプでもそれぞれ個人にできることは違うな? たとえば俺と女利とは同じ病の亜法士だが、俺は物体を溶かす毒系の亜法、女利はウィルスを撒き散らす病気系の亜法だな」
クラスメイトを例に挙げる。病の亜法怖ぇな……岸木は続ける。
「毒系の中でも体内に作用するものと金属にのみ効くものと、って風に効果は違う。同じ属性でも同じ亜法はないってことだ。これを『亜法の独立性』という。それとは別に、じゃあ自分には何ができるかってのが、『亜法の指向性』だ。例えばフリューゲンス」
今度は中性的な顔立ちの銀髪のさわやか少年風の野郎を呼ぶ。野郎はろくに表情も変えないまま、
「はい?」
「お前の亜法〝銀弾の魔術師〟って名前だったよな」
「ええ。銀でできた弾丸を自在に生み出し、発射する亜法です」
「それ、小さい頃からできたか?」
「いえ。初めて能力を使った時は鉛。BB弾程度の大きさでしたね」
「それから推測できるのがフリューゲンスの亜法の『指向先』、そしてそれを持つ性質ってのが『指向性』だ」
岸木は汚い字で黒板に何かを書き殴る。よ、読めねえ……!
「いいか?『銀』は基本的には金属を扱う亜法だと思えばいい。
で、今のフリューゲンスの話だが、昔に比べて能力が上がったら鉛から銀になった。弾の形もBB弾から普通の弾丸にな。この変化こそが、フリューゲンスの亜法の根底にして究極である『指向先』に進化しようとする『指向性』だ」
「先生。もうちょい分かりやすくお願いねん」
クラスメイトの注文に、岸木は書き連ねる。それは、よ、読めねえ……!
「まず『指向先』は、『亜法士の実力が究極にまで行き着いた時点での亜法の形』、もっと噛み砕いて言えば『己の亜法の理想の形』ってトコだな。フリューゲンスの場合は多分『無から金属の武器を生み出す』って感じだろ。今は鉛のBB弾、銀の弾丸ってレベルアップして、いずれは何の金属でも、どんな武器でも造れるって境地に至るわけだ。この『指向先』の理想形に近付こうとする性質、亜法がレベルアップすることを『亜法の指向性』っつーわけだ」
難しく、駆け足の説明だったが、俺達若造の亜法士を惹きつけるには十分だった。今の能力はまだ未完成、より強く、完成された形がある。
「……なんかそー言われると、目指したくなるな、究極」
「俺は何かな……全身を雷と化す、とか? うわっ、マンガみたい」
「『指向性』ってのは当然亜法士なら誰にでもあるモンだ。例えば」
生徒を一人ひとり指す。竜の亜法士、
「ドラグネイトなら『竜を召喚する』」
霊の亜法士、
「竜越なら『霊界と人界の接続』」
蟲獣の亜法士、
「オルジェンニなら『人界の魔界化』」
蟲獣の亜法ってそんな暗黒界的なヤツだっけ……?
「まあ、実際にそういう『指向先』かどうかは俺は知らん。あくまで現状からの俺の推測だ。自分が実際に成長して確かめろ」
「な、なあ先生。俺の『指向先』ってどうなりそう?」
俺は思い切って聞いてみた。果たして俺の究極の姿、どんなだろうか。
「あ? お前の『指向先』なあ……」
ややあって、
「……………………『指向先』なあ」
「そこ沈黙やめろよ! さっきまでバンバン答えてたじゃん!」
「素直。俺には推測できたよ」
ミハイオが意味ありげに笑む。言うてみ、と俺が促すと、
「ズバリ君の『指向先』は『歩く』、いや『呼べば来るライター』だよ!」
スベった。いや、一人だけ嘲笑で、
「クックックッ」
「テメーフリューゲンス、何がおかしいんだ! 表出ろや!」
ジャック・フリューゲンス。中等部からの転入生で、昨年の実技発表会、学年大会の優勝者だ。つまり能力エリート。何かと俺ら平凡な亜法士生徒を見下した態度を取るので、常に俺から敵視されているのだ。
「まあまあ神斬。実際のところ君は、ライター程度の能力しか持っていないんだから、なかなか似合ってるんじゃないかな」
「ブッコロ!」
「まあ今日の授業はこんなモンだから、後は好きにしてくれ。じゃな」
放任主義な教師は無責任に教室を出ていく。俺も廊下へ出ようとするが、
「馬鹿素直! 亜法使って決闘すんのなんて校則違反だよ!?」
火南魅に止められる。他のクラスメイト達も様子を窺い、事が起これば動ける態勢だが、
「誰が亜法なんか使うか、こんな奴に!」
「それはそうだね。亜法を使わない方が強いかもしれない、君なら」
「ぐっ……」
そう言われると反論できない。さすがにチョロッとした火でもないよりは強かろうが、俺の亜法はある条件下を除けばそんなモンだから。
「お前ら、忘れてた。こんなさっさと授業に入って終わらせた理由があったんだ」
担任が戻ってきた。俺は周りに押さえつけられ、フリューゲンスは悠然と席に戻る。担任は教室を見回して、反応を見るように告げた。
「今から転校生を紹介する」
「忘れんなよ大事なこと!」←俺
「女だろうな。巨乳か?」←金海
「直前どうでもいいけど、授業より優先しろよ!」←ミハイオ
「す、スリシャス・ニヒトーザ・パルメです。神よりの鉱物の祝福…じゃなくってっ、鉱物の亜法士です。よろしくお願いしますっ」
「つーわけだ。良かったな女子増えて。まー次の授業まで質問責めにでもしてくれ。じゃ」
担任は改めて消える。頼まれなくても質問責めにしてやるぜ。
「俺、ミハイオ・ホプキンス。稲妻の亜法士ね。叔母もここで教師やってるんだ。よろしく」
「よろしくっ」
「テメー抜け駆けするな!」
「金海群青だ。前の学校は?」
「お前ら展開速ぇって! 誰だこの馬鹿フリーにしたの!」
「英国の王立にいたの」
「キミタチか……知らん」
「そりゃ知らねえよ! なに国立みたいに言ってんの!?」
こんな感じで一問一ツッコミ一答一ツッコミの結果、転校生スリシャスについて得られたデータはこんな感じ。
・王立出身のエリート学生(イメージ)
・突然意識と記憶がプッツリ途絶える持病(?)持ち(それヤバくないか?)
・それが前回の学期中間試験(向こうでは九月が学年の始まりだから、一年生の終わりの学期だろう)の最中に出て取り返しのつかない点数を叩き出し、『留年』の判定が出る前に転校して逃げてきた
・今の話を笑顔で明るく話せる性格
ものの五分もするとクラスの輪に打ち解けられた。フリューゲンスよりよっぽど仲良いぞ。特に十一対六で少なめだった女子は一瞬でマブダチだ。なぜ女ってすぐ群れを作れるんだろうか……それを考えてるうちはモテないんだろーな。
「リシャ、朱雀の実技の授業スタイルって聞いたん?」
女子では場を仕切ることが多い、姉御タイプの風の亜法士、乱咲蘭花が尋ねる。既に愛称まで。
「うん。クラスとは分かれるんだよね? 英国では同じタイプの亜法士で一クラスだったからクラスで受けてたんだけど……」
「日本じゃ『若い頃から色々な亜法士と接する経験が必要だ』ってクラス内はバラバラなのよねん。ま、乱咲は日本式のが好みかなーん」
「リシャちゃんは鉱物なんですよね? このクラスではンテリウくんが鉱物ですから、ご一緒するといいですですよ~」
翠の亜法士槙原穂並が言い指したのは、スキンヘッドのムキムキ、マチョマン。ンテリウ・ボル=サンセンサーだ。スリシャス(俺はさすがにまだ愛称で呼べる気はない)はそいつに手を差し出し、
「よろしく、ンテリウくん! うわ、すごく鉱物の亜法士っぽい体してるねっ」
「フヌッ、よ、よろしこ……」
「ボルくん震えてるよ? 美少女相手で恥ずかしいのかな?」
「美少女なら僕がいるのに……」
「否。鉱物の亜法士というポジションを乗っ取られることを危惧しておろうな」
好き勝手言う男子陣。俺は最後のホルジャの意見に一票。
「とにかく、次の授業が実技だから、そろそろ行こうかねん」
☆
実技の授業は亜法のタイプごとに分かれる。俺は他のクラスの紅の亜法士と一緒に、紅の亜法士の先生から教わるわけだ。
「おはよー神斬」
「おっす」
「聞いた話だと、C組に転校生来たんだって?」
「ああ。残念ながら鉱物だけどな」
挨拶代わりの会話を交わしてると、先生が到着する。
「はい早く席着いて燃やすわよー」
物騒な女だ。残念なことにこの物騒な若手女教師が俺達の担当の紅の亜法士。オリヴィア・ホプキンスだ。
ミハイオの叔母、ミハイオのかーちゃんの年の離れた妹だ。今年で二五、叔母さんって言うと怒る。ミハイオとの関係性を述べる時でさえ『ミハイオのかーちゃんの妹』って言わないと怒る。そして燃やす。下手に強力な亜法を持ってるから手に負えない。いっそファーストネームで呼んだ方が楽だから、俺とか、ミハイオ経由で仲が良い生徒はそっちで呼んでる。
「じゃあ早速抜き打ちテストやりまーす」
「ええええー」
「はい四の五の言わなーい燃やすわよー。まあ個室で、一人二分、それぞれができることを八〇パーセントくらい出せるかを見る程度の確認用だから、リラックスしてやりなさい。じゃあA組高城さんからー」
クラス順ってことは俺三番目か。実技のテストか……個室とはいえヤだな。
俺の亜法は悲しいほどに貧弱だ。仲間内なら貧弱であること自体は笑いで済ませられるからいいけど、細かい能力のことを理解してる紅同士だと逆に心配すらされるほどで、個室試験を導入してくれたオリヴィアに感謝してる。まあ個室な理由はそれだけでもないけど。
「はい次C組神斬くんー」
あっという間。ああ憂鬱……もしあたしがオリヴィア並みの火力持った亜法が使えたら、試験の前にこの部屋灰にして逃げてしまえるのに……
「神斬くんミハイオのクラスメイトだから落第にしていい?」
「理由おかしい! 公私混同だよ悪い意味で! 今行くから!」
壁のドアで繋がった隣、教官室に入る。オリヴィアの私室に近い部屋には怪しげな亜法アイテムからアイドルのポスター、家電製品まで揃ってる。俺は回転イスに座らされて、
「それじゃあ、始めようか。目、閉じて」
別に目を閉じる意味はない。オリヴィアの気持ちの問題だ。俺の気持ちの問題でもあるか。
オリヴィアの唇が俺の頬に当たる。二秒、三秒と頭の中で数えて七秒目、俺の亜法が発動した。
「ぐっ…………おああああああ!!」
『亜法は環境変化への対応』説は紹介した。だが俺が支持するのは『亜法とは、異常気象に続く人類への罰』とする説だ。理由はこの痛みだ。
亜法はノーリスクハイリターンではない。亜法を使う際、程度は違えど亜法士は痛みを感じる。二〇年も付き合ってると我慢できるとオリヴィアは言うが(結局感じなくなるということはない)、俺の痛がりようはかなりのものらしい。それもこの能力ゆえだろう。
「すごい。十秒切ったね」
タイム更新やったやった! と唇を離し我が事のように喜ぶオリヴィア。こっちはそれどころじゃない。体の中で渦巻くオリヴィアの亜法と格闘しなきゃならない。
「…………どう? 落ち着いた?」
「ああ……ぐっ」
問うてくるオリヴィアに、俺は行動で示す。新たな痛みを堪えながら、指を振る。反対側の壁に火がつき、アイドルポスターを一瞬で灰にする。
「あー私の氷室くんが! ……うん、使いこなせてる。大丈夫だね、合格」
次から次へ打ち寄せる痛みを振り解き、俺はやっと力を抜く。
俺の亜法は〝火受け皿〟と名付けた。他人の亜法を受け取り、自分の亜法として使うことができる。普段の俺ならタバコにつける程度の火しか出せないけど、今のようにオリヴィアの強力な亜法を借りれば、本気を出せば一瞬で家一軒(鉄筋)を炭にすることも可能だ。
他人の亜法を自分の物にできる。単純に考えれば強力な能力だが、大きな欠点がある。
まず、亜法の受け取り方。詳細な記述はわざと避けたけど、さっきみたいに頬にキスしなくちゃならん。しかも、俺もオリヴィアも慣れない頃など一分もしてなきゃ受け取れなかったのだ。オリヴィアだってうちの親と知り合いの学者による説明書(俺は家電か)を読まなけりゃ、試験すらさせてくれなかったろうさ。
次に。受け取ったら何でも使えるわけじゃない、当然。その亜法に慣れ、特訓することが必要だ。つまり何回も練習できる相手じゃないと無理。
そして、痛みの問題だ。
まず受け取る時、つまり俺の亜法として使う時に一回。受け取った、元々他人のものである亜法を使う度に一回。その受け取った亜法を使う時に更に、『受け取った亜法を使う』というカウントが、俺の元々の亜法の側でもあるのか、余計に一回。一回っていうか痛みが激しくなるのだ。そんなに痛いのやってられません。
「使えば使える亜法だから。伸ばせば伸びるわよー。素直くん、才能あるわよ。また放課後、特訓に来てね」
オリヴィアはそう言って個人レッスンまでしてくれるけど、俺は正直使えない亜法だと思うんだ。今まで受け取ったのもお袋とオリヴィアだけだし、キスしなきゃならない亜法って、相当使える状況限られてくるだろ。今後何人いるか……
だからクラスメイトの誰にも、俺の能力の詳細は言ってない。そのせいで『お前の亜法はライター』と冗談交じりに言われるが、半分くらい事実だ。俺もペランドルとかフリューゲンスとか、学年大会上位入賞者みたいにカッコイイ亜法バンバン使いたいけど、
「仕方ない、か。ライターはライターなりに頑張るっきゃねー」
☆
「素直ミハイオー。一緒にお昼食べない?」
火南魅のありがたいお誘いに俺は即、頷く。
「俺はお前が食べたい」
「す、素直? 軽くヒくけど……」
「神斬……俺は重くヒく」
「素直、俺も神ヒくわ」
「じょ、冗談に決まってるけどな! 全ッ然、火南魅なんか食いたくないし!?」
「いや知らねえよ。下ネタとかマジキモいんですけど」
「いや金海に言われたくないけどね」
いや、さすがに今のは自分で言っててヒいたわ。ところで、
「何で金海は誘う内に入らないんだ? やっぱ下ネタキモいから?」
「ううん。まだ日本語不慣れなスリシャスにとって教育上よろしくないから」
「それ『ううん』じゃないでしょ。っていうか、え? 火南魅、お昼休み転校生争奪戦に勝ったんだ?」
ミハイオの疑問。確かに、仕切って世話してた蘭花が持ってくモンだと思ってた。
「ううん、火曜は女子みんな部活とか委員会とかでお昼も出てるんだよね。私は水曜そんな感じなんだけど、今日は空いてるからお鉢が回ってきた感じ」
昼間も忙しいんか。俺部活とか委員会やってないからなあ……しかし部活の集まりがあるからとはいえ、お鉢で回される転校生って可哀想だろ。
「そりゃスリシャスも災難だったな。まあ俺らで良けりゃあご一緒させてもらうけど」
「そうそう。俺達だって仲良くしたいしね。まあ教育上よろしくない人は置いといて」
「安心しろ、胸の薄い奴には興味ない」
「う、薄くないよっ。80あるモン!」
「あー、スリシャス? そこ意地張るトコじゃねーから」
まあ金海は本気で置いとくとして、まずは昼飯だ。
「じゃあ、校庭の芝生で食おうぜ。天気もいいし、俺弁当忘れたし購買まで行ったらせっかく転校生もいるから、案内がてら」
「さんせーい。何だ素直もたまには良いこと言うね」
「アタシもお弁当ないから購買行きたかったんだっ」
「おお俺ナイスパス! 目指せアシスト王!」
「日本のごはん楽しみっ! 早く行こっ」
「スルーされてるよアシスト王」
購買で弁当を買って、校庭の芝生で暇な昼休みの優雅なひと時……毎日暇だけどな俺!
「へえブラスバンド! アタシは楽器ダメなんだよねえ……」
今は部活トークに花が咲いてる。火南魅が吹奏楽部だって話。
「私も六年フルートばっかやってたら、リコーダーできなくなってさあ。鈍るモンだよ」
「いや、それは相当極端だと思う。なあミハイオ?」
「俺は聴く専門だからね、音楽は。素直は何だっけ部活?」
「ああ? 帰宅部だよ帰宅部。日帰り甲子園目指してんだよ」
「帰宅部……家に帰るのがクラブ活動なのっ?」
「部活に入ってない人のことをそう言うのよ。ミハイオは何部だっけ?」
「俺はサッカー部だよ。女マネもいるし、モテようと必死だからね」
「今はテニスの方がモテるぞ」
「ええ!? そーなの?」
「女テニもあるし、女子交流率は高いんじゃない?」
「迂闊だった……! 時代は庭球王子様なのか!?」
「少なくとも主将翼の時代じゃねーだろ」
「どっちも古くない?」
俺は既に大盛り弁当を食べ終わり、一番遅いスリシャスが半分片付いた頃。
「みんなの亜法ってどんなのなの?」
スリシャスの唐突の質問。待ってくれ、その話題はワタシNGアルヨ?
「どんなのって……具体的にってこと? とりあえず、誰がどのタイプっていうのはだいたい聞いたよね?」
「うんっ。せっかくだから詳しく聞きたいな、と思って」
うーん……と火南魅が考え込む。自分の亜法をどう説明するか、悩んでるんだろう。
「……とりあえず私は、幽体離脱」
「ユウタイリダツ……?」
「あ、ごめんね、英語とかだとなんて言うのかな……ゴーストかな? 近いのは。精神を身体から離れさせるっていうのか……説明するの難しいなー」
「俺は体に直接触れてる物に電気を流せる。マンガみたいに火花とかは出ないよ。しかもアウトプットはできるけどインプットされると普通に電撃喰らうし。まあバッテリーとかケータイの充電便利だよね」
自分で言うなよ……ライターが言うことじゃないが。
スリシャスが俺に視線を向ける。ん? と俺は首を傾げるしかない。
「アンタの番でしょ素直! なに怖い目つきのくせに首傾げてるのよ!」
「め、目つきは関係ねーだろ!」
「あるでしょ。それよか、俺も聞きたいなー。よく考えたら素直も中等部からの編入組だからみんなもよく知らないっしょ? オリヴィアも守秘義務とか言って教えてくれないからさあ」
クソ、危ないバトンが回ってくる! むしろ爆弾ゲームか。お前で爆発しろミハイオ!
「……俺の亜法は〝バーニング・フィスト〟、全てを焼き尽くす灼熱の拳だ!」
「じゃあやってみせてくれないか」
物陰から人から出てくる。癪に障る言い方は、フリューゲンスだ。
「いや、購買部から出てきたら面白い話をしているものだからさ。是非見てみたいね」
「何の用だよフリューゲンス。失せろ銀髪とか灰色にしか見えねーんだよ。―――byスリシャス」
「い、言ってないよっ」
「駄目か。なら仕方ないな」
購買のビニール袋にパンをぶら下げて、フリューゲンスはさも残念そうに言う。
「―――余計な言葉であまり僕を怒らせるなよ神斬。命が惜しくなければね」
「意外と沸点低いな彼」
「面白れえ。かかってこいよ」
「ちょ、ちょっと素直! さっきも言ったでしょ、決闘は」
「いや俺も手助けするよ!」
「ありがてえミハイオ!」
「ミハイオ!? アンタまで何言ってるのよ!」
「ケンジも言ってただろ。水に電気がごにょごにょして火が入って、爆発だあ! って」
「誰だケンジって」
「ル○ア爆誕だよ! 知らないの?」
「君達の漫才は滑稽という点では笑えるけど、付き合ってはやらないよ」
こっちが構える隙も与えず、フリューゲンスは指先から弾丸を発射する。〝銀弾の魔術師〟。十分に殺傷能力のある亜法だ。
「おいおい女子もいるんだぞ!」
しかし、言葉とは裏腹に俺は余裕をもって迎え撃つ。
フリューゲンスは去年の学年大会の覇者だ。学年大会は各学年の中で亜法のレベルを競う個人の競技会なんだが、そこで例年優勝者を出す竜、霊、思念、白の亜法士達を抑えて一位になった。俺は参加すらしていない。雲泥の差だ。それでもケンカを買ったのにはそれなりの勝算があるからだ。
実技の時間に受け取ったオリヴィアの亜法を返し忘れてたのだ。
「燃えろ俺の拳! 〝バーニング・フィスト〟!」
俺の右拳を炎が包む。飛来する銀をも溶かす、超高熱の炎だ。
銀の弾丸を殴りつける。じゅわ、と音を立てて融け落ちる。
火南魅、ミハイオは目を剥く。いつも聞く〝ライター〟とはあまりに違いすぎる火力。スリシャスは目を輝かせる。そしてフリューゲンスは、
「へえ……本当だったんだね。うん、実にいい余興になったよ」
用は済んだとばかりに去ろうとする。
「待てや! 俺にも一発攻撃させろ!」
逃がさん。今なら勝てる。日頃のストレス、晴らさいでか!
「よくやった素直! 俺は溜飲が下がったよ」
「安いんだよお前は! 勝手にヒートアップさせて一人でクールダウンするな!」
ホッ、と。火南魅がわざとらしいくらいに胸を撫で下ろす声を聞いて、獲物を逃がしたことに気付く。み、ミハイオの野郎……!
「でも、良かったわよ。大事にならなかったし」
「素直くんの亜法も見られたし。すごいよっ、炎もだけど、弾丸を殴ったパンチも!」
「フリューゲンスにも一泡吹かせたし」
……俺ヒーロー? 今ヒーロー!? やった火南魅にイイトコ見せられた! 後でオリヴィアにお礼言わなきゃ!
「いやあ、中々すごかったんだよ素直。お……オリヴィアの指導の賜物ですな」
今叔母さんって言おうとしたろミハイオ。
放課後、俺がオリヴィアに用事があると言ったらミハイオも遊びに行くというので、来ている。お前同じ家に住んでるだろ家で遊べ、というのが俺の心境。
「へえ……そう。素直くんがフリューゲンスくんの亜法をねえ……」
傍から見たら疑いの視線。ってか『私の亜法を返せ』と脅している。
俺の亜法で自分の亜法を俺に渡すと(つまり今のオリヴィアの状態)、渡した側はまったく亜法の使えない、無防備な状態になる。一時的に亜法士でなくなるのだ。
生まれてこの方付き合ってきた能力が消える。不安に違いない。俺はよく知らんが。普段から能力がないような状況だからな。
「おう。オリヴィアのおかげだ。これからもよろしく」
ポンと肩を叩く。そして亜法を持ち主に返した。
亜法を貰うのに比べて戻すのは超簡単で、相手に触れて『返す』と念じるだけでいい。貰うのもそのくらい簡単にしろ。
「じゃ、今日のところはこれで。また明日、授業で」
言外に『今日の特訓はなしで』と伝える。ミハイオがいちゃあ、秘密の特訓はできるめえ。
「……分かったわ。また授業でね」
「俺は家で。……あれ? 素直、用事は?」
お前のせいで終わったよ。
☆☆
神斬家はパン屋を営んでいる。店主はお袋。従業員は俺、バイト、バイトの苦学生、橋本さん(誰)の計四人。
「じゃ、行ってくる」
厨房で仕込み(違う?)をしてるお袋に声をかける。はいよー、とデカい声が返ってきた。
「ちゃんと勉強するんだよ。アンタはやればできる子なんだから。やればできる子はやらない法則だからね!」
「何で上げ下げしてるんだよ! 褒めて伸ばせ!」
「うるさいねえ。いつまでもくっちゃべってないで早くお行き! まったく、誰に似たのかしら……」
「アンタだアンタ!」
あまり付き合ってると遅刻する。さっさと靴を履いていると、
「素直。いってらのキスは?」
「いってら側が聞くなよ! 俺は夫か! つーか俺の亜法知ってるだろ! 何でお袋の場合は一秒で能力譲渡できちまうんだ!?」
「シンクロ率高いね! 母さんと素直は相性ばっちり! 母、ちゃんとしようよっ!」
「怒るぞ! いや怒られるぞ!」
本気で無視して家を出る。
俺の家から学校までは商店街を通って、歩いて二〇分程度。ぐだぐだ歩いて学校に近付くうちにクラスの誰かと出会うこともザラだ。
「オッスナオー! 逆から読むとオナスリキンシー!」
今日も無駄にテンションの高い奴に遭遇した。基本私服登校で、スカートは小さい頃からめったに履かない。短パンから伸びる太ももがまぶしい。江敷鞘子、俺と同じ中等部からの転入組で、俺の幼馴染みだ。幼馴染みだけどお互いに引っ越して家は近くないから、朝は起こしてくれない。
「……あれ? オナスリキンシって、」
「ちょっと待て、その字面の時点で下ネタが出てくる気しかしないからやめろ!」
「××るのに、」
「だからやめろっつってんだろ!」
「××るって何ですです~?」
「うおお穂並!? いたのかお前! 知らない良い子は知らなくていいことです!」
「それよりナオー」
「お前がそれよりって言うな!」
サヤは、ニッシッシと歯だけで笑い、俺の肩を肘で小突いてくる。
「やりおるのうお主。うりうり~。あ、やるって言っても親指群青の好きなヤるじゃないから」
「知ってるけど。そこだけマジ口調やめろよ。ってか、何がだよ目的語は」
「火南魅にイイトコ見せたんだってー? ご本人から聞きましたぜ旦那!」
「へっ?」
いきなりの報告に面食らう。
火南魅とサヤの仲が良いのは知ってる(うちのクラスの女子はみんな仲良いが)。ヒマな時とか電話してるとも聞くけど、火南魅が自分からわざわざ友達にそんなことを? つまり三段飛ばし解釈すれば、火南魅は俺に惚れてる可能性が!
「昨日火南魅と電話してたら、何でか忘れたけどナオの話になってッスよ」
「ああ、そうなの……」
それだと火南魅から言ったんじゃなさそうだ。サヤは脈絡なく俺の話したりするし。
「そしたらフリューゲンスの旦那をやっつけたってゆーじゃん。どうやったッスか? 魔法?」
「亜法だ亜法。穂並、この阿呆はほっといて行こうぜ」
「んー、ほなみはー、さやちゃんといつも一緒に登校してますですから~」
おーそうかい。じゃあ俺が先行くわ。
「おー。じゃ、また教室でね~」
お互いひらひらと手を振って、俺は先行する。
「おはよー、素直くん……」
「おうチッキー。珍しく元気ねえな」
またクラスメイト、盤の亜法士チッキー・リュフカ。可愛い系男子? だ。
亜法を知らない人間にとって一番イメージが掴みにくいタイプは盤の亜法かと思う。『盤』というのは基盤の盤で、他の亜法の基礎になっていると言われている。その能力を簡単に説明するとRPGの技タイプで言えば無属性。
「素直君、一つ言わせてもらっていい?」
「あ?」
「何で君そんなモテるの!?」
何を言い出すんだこいつは。
「俺のどこがモテてるってコラ?」
「そ、そんな怖い目つきで睨まないでよ! ……モテてるじゃんか! 昨日は朝からカナミデスロックだし転校生とお昼食べてるし今日は江敷さんと親しげだし何なんだし君は!」
「それくらい普通じゃねえか? 身体的接触があったのだって火南魅のドラゴン・デスロックくらいだぞ」
「モテ=身体的接触って金海君かよ! その思考が既にある程度モテる奴の思考だよ! だいたい、クラスの女子全員をファーストかニックネームで呼べるのって素直君だけじゃん!」
ファーストネームで? それでモテるって言うチッキーもどうかと思うけど……火南魅、サヤ、穂並、ベロム、蘭花、オルジェ、そしてスリシャス……
「まあそりゃ、呼べないことはないけどよ」
「うるせー! 素直君なんか年下の攻略対象キャラはみんな妹扱いすればいいんだ!」
「何でだよ。頭おかしいか変態だろそいつ。冗談はエロゲだけにしろよ」
「ま、マジ返しよぅ……! くそー! 江敷さんは渡さないからなー! うわ~~ん!」
泣き叫び走り去るチッキー。俺にも言わせろ。去年まで同じクラスだったからって仲良さそうに火南魅と会話しやがって羨ましいんだよ。っていうかあいつサヤのこと好きだったのか……あんな馬鹿でも人に好かれるんだな(自分のことは棚上げ)。
「確かにリュフカの言う通り、お主は女子に好意を持たれ過ぎである。ラノベかエロゲか」
「うおホルジャ!」
ホルジャ・アセナム、大地の亜法士だ。しかしこいつら、
「何で順番に出てくるんだ!? まとめて来いまとめて!」
「じゃあまとめてにゃん」
「皆三毛! お前らどこに待機してんの!?」
「倉庫男じゃにゃいんだから、物陰には潜まにゃいよ?」
「皆三毛。我は貴様のネコ語尾がヲタク的にウザいゆえ、暫し黙ることを望む」
サヤとは違って、男連中とは本気で付き合ってられん。馬鹿阿呆通り越して人格破綻者だからな。
☆☆
亜法術学校の授業は大きく一般教養、亜法環境学、亜法技術論、実技に分かれる。
一般教養は普通科の学校の授業と変わらない。数学やら国語やらだ。
亜法環境学は亜法の発生からの歴史とか、学校、法律とかの環境整備を学ぶ。亜法社会の歴史・公民って感じ? それに対して技術論はまあ理科や数学に相当して、実際に亜法を使う上での理論的な話だ。こないだ岸木が言ってた指向先の話題とかはこれに当たる。今は環境学、歴史の授業で、
「みんな聞いてください~~。〈創始の亜法士〉ですよ? ロマンがあるじゃないですか~~」
しかしメガネ先生(名前忘れた)の授業は(というか歴史の授業は)退屈で、話など真面目に聞いたことない。クラスは雑談をやめようとしない。雑談っていうか、
「あと『ぱんつくったことある?』ってあったよね?」
「あったあった! まあ小学生がパン作った経験ってあんまないと思うけどね俺は」
「何懐かし小学生トークしてんだよ! あと『ねえちゃんとお風呂入った?』ってのもあったよな! 金海何か言ってやれ!」
「ぱんつくったことなんてある決まってんじゃねーか」
「お主の場合、両方ありそうで怖いが……」
「聞いてください~~~」
「聞いてほしいか? ならはっきり言ってやる」
メガネ先生の訴えに竜の亜法士、ペランドル・ドラグネイトが答える。これも学年大会上位入賞者で名門の家の出だが、フリューゲンスより話は分かる奴だから、
「貴様のつまらん話など聞く耳持たん……!」
「言い切り系はイカン系だよペラつん。ガネつんも一応教師系なんだから」
青の亜法士ベロム・カイザンボーがフォローするが、何一つフォローになってない系だ。ガネつんのガネってメガネのガネだよな?
「まあまあ皆さん。せっかく授業料を払っているのですから、先生のお話を聞きましょ?」
蟲獣の亜法士、オルジェノ・オルジェンニが手を打つ。家が貧乏である事情に見合ったもっともな理由だが、MOTTAINAIの精神は大事だ。
「まあオルジェがそこまで言うなら……」
「お前らー! 俺もそう思ったけど、オルジェはそこまでのことは言ってない!」
「み、みんなっ。これ以上先生の権威を失墜させるのやめよーよっ。えーと……メガネ先生可哀想だよっ!」
「スリシャス、これ以上可哀想にしない為には、先生の名前を覚えてからの方がいいと思うわ」
まあクラスがようやく授業を聞く態勢になって、メガネ先生も権威的草葉の陰で喜んでるだろう。
「……………で、ですね。〈創始の亜法士〉の話です」
「先生。それって一八番目の分類タイプってことですか?」
火南魅の気遣い質問。この子はできる子や……しかし先生は首を横に振る。
「そうではありません。創始の、というのはただの形容です。が……ある意味では分類の一つと言っていいかもしれません」
「それって……?」
「亜法の特性的分類としては一七のそれぞれに含まれます。ただ、創始の亜法は性能的に他の亜法とは一線を画すんです」
それって、
「一七のタイプのそれぞれの中には〈創始の亜法〉と呼ばれる、最も初めにして最も強い亜法が一つずつ存在します。……その能力、影響力、範囲、威力……どれを取っても強大なその亜法を、時に〈神の亜法〉と分類します」
〈創始の亜法士〉〈神の亜法〉……少ない説明でもその意味するところは分かる。岸木の話した『指向先』が亜法士個人の亜法の究極なら〈神の亜法〉は一つの属性の中の究極だ。
それを聞いて強さを求める男、ペランドル・ドラグネイトは言った。
「ハッハッハ! あー愉快愉快。じゃあおやすみ諸君」
「な、何でそうなるんですか~~~! ドラグネイトくんは強くなりたいって聞きましたよ!こういう話に強く興味を示してくれてもいいじゃないですかあ!」
ペランドルはビシッ! とメガネを指差し、断言する。
「少なくとも俺の亜法は神のなんとやらではない。なら俺がすることは一つ、今まで通り目の前の強敵を倒していくだけだ」
立てていた指を親指に替え、自分に向ける。
「俺が強い。神だ最強だとぬかすならこの俺を破ってみろ、というだけだ。――だから俺にはそんな情報は必要ない」
気圧されたメガネを尻目に、ペランドルは席に座った。病の亜法士の男の娘、女利蛍総がうっとり顔になる。
「ドラグネイトかっこいい……ホレ直しちゃった。ねえ火南魅?」
「え? ああ……まあかっこいいこと言うね確かに…」
そう答えた火南魅が、ちらと俺の方を見る。待て、比較されてるのか? というかかっこいいと言われてる時点でドラグネイト、貴様は俺の敵だ! てめーはおれを怒らせた……! しかし対抗するかっこいい台詞が思い浮かばん……! っつーかあいつ、絶対話終わらせて寝たかっただけだぞ!
☆☆
昼休み。今日はちゃんと家から弁当っつーかパンを持って来たので、購買の厄介にはならない。が、水曜は火南魅が部会の日だし、ミハイオや金海と一緒に食うなんて生産性がない上に休日にもやってることはしたくないし、他の女子とは普段一緒にメシ食ったりしないし、男は人格破綻者だから嫌だ。
というわけでパンを持って、昨日と同じ芝生スペースに転がる。
「モガモゴ……」
フランスパンサンドにかぶりつく。何のかんの言ってお袋は料理が上手い。この状況で悪いのは俺で、
「ムッ! ふぐ、ムググフグ!」
寝ながら食うのが悪い。俺が喉にパサパサした物を詰まらせて死にかけてると、
「た、大変だよっ! 大丈夫素直くんっ?」
牛乳を流し込まれる。どうにか流し通し、恩人の顔を見る。
「死ぬかと思ったー……つーか半分死んだ! ありがとうスリシャス!」
「いいよっお礼なんて! それより、隣座ってもいい?」
「おう座れ座れ! 三回座れ!」
言ってて意味不明だけど、断る理由などない。
「じゃあ、失礼するねっ」
そう宣言してから、肩を並べて座る。違う高さでぶつかり合うほど近い互いの肩に、『あれ?これ断る理由あるんじゃね?』と思った。
「スリシャス。女子と食わなくていいのか?」
「うん、誘ってもらったんだっ。でもアタシだけお弁当ないから購買に買いに来て、素直くん見つけたから来ちゃったっ」
理由一。横取りして(向こうから来たんだが)女子(主に蘭花)に殺られる……!
チョンチョンと、俺に近い側、左肩をつついてみる。
「近くね?」
「そう? 英国じゃこれくらい普通だと思うよっ」
「よく分からないけど、もっと日本的な奥ゆかしさをだな……」
ゆうてみるが、左半身は冷や汗ダラダラだ。理由二、純粋に男共の嫉妬が……!
理由三、そして俺には火南魅がいるんだ! スリシャス、君の気持ちには応えられないよ……! いや違うか。ちょっと話したことある男子がいるから寄った、って感じか?
「あーっ、カラアゲがっ」
見ると、スリシャスが弁当のおかずを落としていた。転がった唐揚げは俺の左手側に来たので、取ってやろうかとも思ったが、
「ん~~~、しょ……」
スリシャスが手を伸ばして、身を乗り出している。寝転がる俺の腹の上を。
「お、おいスリシャス?」
「もう少し~~~…」
懸命に伸びるスリシャス。そんな懸命にならず、俺の屍を乗り越えて、一歩前に出てくれ。
互いの胴がクロスする格好で、しかもスリシャスの体は伸び切って俺の身体の至近で可愛い女の子がこんな無防備な、
「イカン! 甘んじて受け入れるな!」
「きゃっ?」
突然立ち上がったせいでスリシャスが横に転がる。違う、誘うお前が悪いんだ!(濡れ衣)
「いたたたた……あーっ! お弁当~~~!」
弁当は引っくり返って、唐揚げやらポテトサラダやらを散乱していた。責任を感じる。90パー俺だが。
「悪い。代わりにこれ食ってくれ。G・S・昼飯」
「あ、ありがとー。……これ購買にないよねっ? まさか、素直くんの手作りっ?」
「んー……これは俺の担当じゃないな。家がパン屋なんだけど、その商品でさ」
「へーっ! 今度行ってもいいっ?」
「ああ。その前に、一歩右に行ってくれね? 精神衛生上悪いから」
対策だけは取って、残りの休み時間を二人で過ごした。
「ダイヤモンド・バックブリーカー!!」
「変な技作るなイデデデデ!」
「ボル君、次僕ね」
「ハッハさすがにチッキーなんかにむざむざやられ、ギブギブギブその前に殺られる!」
対策を取った結果、授業後の教室で俺はリンチを受けていた。
「くそ、迂闊だった……『二人』で過ごした時点で既に不興を買っていた……」
「素直ってば、僕というイイヒトがいながら……」
「うるせー女利女装は黙ってろ! 俺は下に生えてる奴に性的興味はないんだよ!」
「ほうほう、まさかテメーにロリ趣味があったとはな……」
「何でそうなる!?」
「下の毛が生えてる奴に性的興奮は覚えねーんだろ?」
「違うわ! お前微妙に変えるの上手いな!」
「そ、そうだったの素直?」
「ち、違うぞ火南魅! 金海の言ってることは教育上よろしくないから、」
「火南魅、残念だけど自己申告だから全て真実なんだ。だから、剃毛して出直そう……」
「下ネタに女子を巻き込むな!」
「そういえばナオ、小さい頃一緒にお風呂入る時、やたら喜んでたのはそういう性癖だったからッスか……」
「納得するなー! むしろそれフツー! 同年代異性へのフツーの性的好奇心だから!」
「うわあ……」←全員
「確かに今のは言い過ぎたけども!」
ガラガラとドアを開けて、救いの手が帰ってきた。
「ミハイオくんっ? 岸木先生何も用事ないって言ってたけど?」
俺へのフォローが入らないよう排除されてたスリシャスだ。
「スリシャス! 何とか言ってくれ、昼休みの件について!」
「へっ?」
状況を分かっていない彼女だが、少なくとも下ネタは止まるはずだ。
「まずい! ンテリウ、素直にエメラルド・ドライバーだ!」
「ま、待て! ストップザタイムだ!」
ンテリウは話の分かる筋肉ダルマだった。スリシャスの言葉が来るまで待つ。
「んー……素直くん」
「おう!」
「せっかくだから、『スリシャス』じゃなくて、『リシャ』って呼んでほしいかなっ」
「「エメラルド・ドライバー!!」」
続きます。