チューリップ 愛の告白
暖かい日差しの午後
絵の具の独特な
臭いのする教室
彼等はいた
「いつも見てるね」
時を刻む音を
掻き消すように響いた
低い声
[うん、大好きだから]
髪をなびかせて
窓際に立つ
彼女の視線の先には
真っ赤なチューリップが
真っ直ぐに立っていた
何をするわけでもなく
ただじっと見つめていた
彼女と出会ったのは
窓から見える花壇の側
雨が降り出した暗い外
そこに髪を濡らしながら
座り込んでいたのが彼女だった
「…濡れちゃうよ」
窓からかけられた声に
振り向いて彼女は
にっこりと微笑んだ
[傘忘れちゃったから]
漆黒の髪を顔に貼付けて
彼女はそう呟いた
「雨宿りしないの?」
[だって‥]そう言うと
彼女は花壇に目を向けた
[綺麗なんだよ‥
雨に濡れて]カラスのように
黒く光る髪に心臓が揺れた
彼は静かにその場を離れ
自分の傘を手にとった
バンという音に彼女は
少し肩を揺らし
上を見上げた
少しだけ光を失った視界
窓から自分の上に
伸びていたのは
大きな黒い傘
「こっちにおいで…
綺麗に見えるよ。
ここからでも」首を傾げる彼女に
チューリップと続けた彼は優しい瞳をしていた
――それから毎日
晴れの日も雨の日も
彼女は教室に訪れた
沈黙が続く時間も
彼等にとっては
穏やかな時間
時折聞こえる
カシャリという音は
先日彼女が持ってきたもの
[綺麗だから残しておくの]
そう言って彼女は笑った
オレンジの光が
教室に流れ込む
鉛筆を置く音に気付き
彼女が勢いよく振り向いた
[完成した!?]毎日同じ言葉が
彼女の口から紡がれる
「うんできたよ」
そう言って笑う彼に
彼女は子供のように
目を輝かせた
ゆっくりと手招く彼に
胸を躍らせて駆け寄る彼女
隣に座る彼女に
絵を差し出した
瞳にそっと映し出された
絵に彼女の瞳は
真ん丸く見開いて
驚きを隠せないでいた
[…これ]
彼は柔らかい笑みを浮かべ
彼女を見ていた
[‥私?]
「そうだよ」彼女は瞬きも忘れ
絵を見つめた
彼の瞳に映る景色
窓際で佇む少女と
その視線の先にある
赤いチューリップ
「あげるよ、それ」
どうしてと言いたげな
表情の彼女の頬はほんのり
赤くなっているようだ
「プレゼント」
そう続けた彼に
彼女は勢いよく
首を振り出した
[‥っ!そんな…
もらえないよ!]
「俺がそうしたくても?」
[だって…悪いよ。
私何もしてないのに]俯く彼女に睫毛が影を残す
「じゃあ問題に答えてから
決めてくれる?」
[問題?]
「そう…これ
何かわかる?」
そういって絵を指差すと
彼女の声が
すぐに返ってきた
[チューリップ!]
「正解‥
じゃあ花言葉は?」
[花言葉‥?]
首を傾げてきょとん
としている彼女
[…わかんない]
彼女は力無く首を振る
「じゃあ宿題ね、
もらうかどうかは
その後で」いたずらっぽく笑う彼を
不思議そうに見つめた――
その日の夜
彼は自室で寝転んでいた
「そろそろ気付いたかな」
明日の彼女の反応を
思い浮かべると頬が緩んだ
一方彼女は本を片手に
固まっていた
その頬はチューリップに
負けないほど赤い
彼女の傍に立てかかった
一つの絵
その花はいつものように
真っ赤な顔でまっすぐに
伸びていた
―愛の告白―