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第七話 そのいつかを叶えたい

 「……おかしいわ」

 昼間、雲のない晴れ渡った空の下で麗奈は静かにそう呟いた。学校に向かう途中で鳴った腕輪も静まり返り、人気のないその場所には私たちたった五人の魔法少女だけが立っていた。右肩にぽんと音を立てて現れた精霊が私の顔を覗き込んでくるが、昨日のこともあってすこしふくれっ面で顔を逸らした。

「もー! ここに怪人がいるんじゃなかったのー!?」

 ピンクのスカートを揺らしながら騒ぎ立てるひかりを麗奈がなだめていると、ひかりが斜め上を見ながら何やら会話をし始める。それが精霊との会話であることはすぐにわかった。不用意に名前を口にして一般人に聞かれてしまわないように、私たちはお互いの精霊の名前も姿もお互いに言わないようにと忠告を受けている。

「みんな、もうこの付近に怪人の気配はないから、今日は解散だって。ここ遠いから今からじゃ学校間に合わないし、勉強追いついてないし、このまま一緒に勉強しよー! してください!」

 ひかりの言葉にくすくすと笑いながら、指定の場所に怪人がいなかったもやもやは薄れていった。腕輪をそっとなぞって制服と鞄を取り戻すと、鞄につけたミサンガにそっと触れた。鞄の中で震えた携帯を取り出して開くともうお昼休みも終わりかけの時刻になっていて、早苗からノートは心配しないでと優しいメッセージが入ってきていた。

 「そもそもよ、XとかYとか、将来何に使うのよって話!」

 椅子から立ち上がったひかりのレストランに響く声に他の魔法少女が唇に人差し指を当てて笑う。麗奈は無視しながら勉強を進め、それでも騒ぐひかりの服を掴んで無理やり座らせて完璧な笑顔を彼女に向けた。

「……上等ね、勉強に追いつけていないと言った割に自分から突き放すなんて」

「すみませんでした!!」

 本当に同じ歳には見えない大人びた麗奈を見て、小さく笑う。学校を休みがちなことや勉強に追いつかないこと、そういった悩みが自分一人のものではないということにどこか安心した。

 学生らしいその時間を断ち切ったのは、この日二度目の怪人出現の合図だった。レストランの視線が一気に私たちの机へと集まり、周りを見渡してぺこりと頭を下げる。その後目を合わせてから五人で頷いた後、急いで鞄を持ち上げて店を後にした。

 同じ学校の生徒もよく行く中心街に到着した頃には、もうあたりは瓦礫と炎でいっぱいだった。ひかりが麗奈と共に怪人の元へ向かって走っていく中、私はいつもの様に一度止まって街の全体を見渡す。ガラガラと音がして上を見上げると、まさに街角に隠れている人々の上にビルの一角が崩れ落ちてくるところだった。瞬間的に駆け出しながら、頭の中に半球を思い浮かべる。色、直径、高さ、硬さ、頭の中で形作ったイメージを崩さないようにしながら人々の前に出て地面に手をついた。イメージ通りのバリアが生成され、頭上でガラガラと音がする。落石が落ち着いた後に立ち上がって後ろを振り返る。注意を促そうと開いた口は、驚きで一度止まってしまった。

「あなた……」

 私の目の前にいたのは昨日私に向かって両手を合わせた、早苗の友だちだった。腰が抜けているのか倒れ込んでいる彼女の腕を掴んでぐっと起こすと、また背後で瓦礫の崩れる音と人々の悲鳴が聞こえる。私はまた走り出して、イメージを同じくしたバリアを張り、また別のイメージを構築して水を出してはあたりの火を消して回った。住民の避難をある程度行ってからひかりを見ると、もうへとへとになっていた。怪人も動きが鈍っていることが分かり、私の残った体力も少ない中いつものようにひかりの元へと皆で集う。五人の腕輪を向かい合わせながら、強力魔法を詠唱したその数秒後には怪人は木端微塵となっていた。

 一気に削られた体力のせいで、息を切らしながらひかりに駆け寄る。大きな怪我はなかったが、所々血が出てしまっていた。麗奈がひかりの頭を撫でて慰めるも、その手も傷だらけで見ていられない。私の拳は黒いスカートの横に力なく垂れ落ちた。この戦いはいつまで続いて、私たちの痛みはいつなくなるのだろう。

「……あの!」

 聞き覚えのある声に振り返ると、先ほど助けた早苗の友だちが駆け寄ってきていた。近くまで来ると私たち全員に目を向け、勢いよく頭を下げた。

「私たちのために戦ってくれて、守ってくれてありがとうございました!」

 私たちは目を見合わせて、傷だらけの顔でそっと笑った。ひかりが前へと進み、彼女の肩に手を掛ける。ゆっくり顔をあげた彼女と目が合うと、ひかりは精一杯はにかんで言った。

「任せて! 私たち、魔法少女だもん!」

 そう言って背を向けて彼女から離れていくひかりたちの後ろ姿を目で追いながら、私は最後に一人残って彼女を見た。危険な場所にも関わらず私たちにお礼を伝えるために残っていた彼女の無垢さを目の当たりにして、早苗をとられたと嫉妬していた自分が小さく思えた。

「私が傍にいない間の早苗を、よろしくね」

 小さく呟いた言葉は彼女まで届かず、首を傾げられる。そっと微笑んで首を横に振り、まだ煙が立ち込める道をひかりたちを追いかけるように進む。皆と合流して、元の姿に戻るために人気のない場所まで移動をしていると、麗奈が私の顔を覗き込んだ。

「優衣、何かいいことでもあった?」

 私は一人で想像してみた。いつかこの戦いが終わり、いつかこの痛みがなくなるとき。きっとそれは早苗だけでなく早苗の周りの人も恐怖に怯えない世界がやってくるときだ。私が目指した「早苗の世界を守ること」は、あの日麗奈が口にした「みんなの世界を守ること」だったのかもしれない。

「……何でもない」

 綻んで、それでいて泣きそうな表情のまま、人気のない場所へと来た私たちはそっと腕輪を撫でる。今なら胸を張って言えそうだ。私は魔法少女で、命をかけてこの世界を守るのだと。

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