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いつでもそばにいるよ。  作者: 大和麻也
いつかキレイになったとき
8/33

3/4

…Age: 17 (2) …


 開校記念日には両親が出かけていたので、昼食はもらった五百円でコンビニ弁当を買うことになっていた。

 珍しくも平日の道を歩くのは気分が良かった。住宅街には自分以外に同年代の人が見当たらない。主婦と思しき人か、すでに仕事を引退したような高齢な人のほかには、近所の保育園の子どもたちが散歩して歩く列とすれ違っただけだった。中には高校生が平日の昼間にふらふら歩いているのを不思議そうに見る人もいたが、気にしなかった。

 魔が差したのは、めんの太いカルボナーラを手にして歩く帰り道だった。

 きのう彼との別れ際に話した、行政代執行――お母さんから聞いた執行の時間は、そろそろだったはずだ。

 興味本位で、歩かないことに決めていた一本道を進む。ここを歩くのは二年、いや、三年ぶりだろうか。だれが見ているわけでもないし、ほんの少しなら洋服に臭いがついてしまうこともないだろう。

 いま、おじいさんの城に近づいていくと、悪臭もさることながら、いままでにない異様な雰囲気をかなり手前から感じとれた。清掃業者と思しき大きなトラックや、市役所の人が乗ってきたのであろうライトバンが家の前に停められているのと、その周囲にできた人だかりとで、二重の囲いが道を塞いでいた。囲いの隙間を見つけて、背伸びして覗きこんでみると、まず青色のつなぎを着た人たちが見えて、その向こうに件の家が見える。

 その有様は、わたしが中学生のころに見て記憶しているよりもずっと悪い状況に陥っていた。

 ゴミ屋敷がますます汚くなっていることは、年々強くなる悪臭から想像できたのだが、しばらく間近で見なかったうちに、想像をはるかに上回って悪化していたらしい。ゴミが明らかに増えている。悪臭がひどくなるのも当然だ、遠目に見ていても腐ったものが転がっているとわかる。数年前までは、家の中でガラクタが溢れていたから、それこそ「ゴミ屋敷」で済んでいたのに、いまやそれらは城塞を築き上げていた。ゴミ袋やガラクタが表の道路にまで広がっていて、迷惑の度合いが増している。崩落の危険から規制線が張られていたのか、つなぎを着た男の人たちは市の名前が書かれたパイロンを回収しているところだった。

 汚れているなどという程度では済まない、破壊されているというべきだろうか。住むべき場所としての家屋がもはや機能を果たせないように破壊されているのだ。かつては玄関の脇に洞穴のような居住スペースがあったはずだが、玄関はゴミが作る斜面の下に隠れてしまっているから、もうそこで生活することも叶わないだろう。このような場所で、おじいさんにどのような生きる術があったのか、まったく想像できない。この山のどこかに風雨や寒暖をしのげる場所を見つけて、拾ってきた段ボールや毛布を布団にして寝食を過ごしてきたのだろうか。

 ギャラリーたちはにぎやかだ。うわさ好きなオバサンたちがおじいさんの悪口、もとい、評判を口々に並べている。「近所の人が何人も引っ越した」とか、「学校の先生もこの道を通らないように指導するようになった」とか。わたしも耳にしたことのある評判も繰り返し聞かれた――ゴミ屋敷を作る前から変な人だった、独り身になってから余計に頭をおかしくした、ゴミを盗んでいるらしかった、天涯孤独で誰も処理できなかった、などなど。

 そして「ようやくキレイになる」とは、数分おきに聞かれたのだった。

 まもなく、観衆が「おお」と声を上げた。いよいよ代執行が始まったらしい。道路に転がったガラクタを皮切りに、ガタイのいい男の人たちが次々とトラックの荷台にゴミを移動させていく。

 そのとき、市や業者の人ではない男の人の声が聞こえてきた。

 やめてくれ、まだ使えるじゃないか、それはゴミじゃない、捨てないでくれ、大切なものなんだ、片づけなら自分でできる、人のモノを勝手に取るな――ひ弱なそれらの声は、おじいさんの悲鳴だとすぐにわかった。

 その嘆きが妙に耳に付くものだから、声の主はすぐに見つけられた。ゴミ屋敷が巨大化するのとは反比例に、おじいさんは以前にも増してみすぼらしい姿になっていた。ハゲた頭に、真っ白な頭髪がホコリのように散らかっている。洋服からのぞく首や手首は皮と骨だけのようにさえ見える。頬はこけて、縮こまる肩幅が体を小さく見せる。糸のほつれたベストや穴の開いたズボンは、ひょっとするとわたしの記憶にあるおじいさんが着ていたのと同じものかもしれない。

 ついおじいさんの姿を見つめてしまっていると、おじいさんの視線がわたしのほうを向いた。はっとして目を逸らすが、相手に気づかれたかもしれない。しばらく顔を合わせなかったとはいえ、わたしの顔には覚えがあるはずだ。どうか、わたしに気がついていないようにと祈る。

 でも、真っ暗な空洞のように落ちくぼんだ目は、間違いなくわたしをとらえて吸いこもうとしていた。あの人は、わたしがここにいると認識してしまった。

 ここを離れよう。カルボナーラに臭いがついたら大変だ。

 一本道をコンビニのほうへと戻って、隣の道へ逸れるまで、騒ぎに気づいて門を開いた人たちのひそひそ話を聞くことになる。どの人も、ついにこの日が来たと待ち遠しかったかのように言う。無理やりにでも片づけないと、どうにもならなかったのだと。

 こうなる前に、自分でどうにかできていればよかったのだ。それができなかったから、有無を言わさない人たちに踏み込まれて、どうすることもできずわめくしかなくなってしまった。そう、こうなってしまったのは、おじいさん自身の責任なのだ。

 自業自得である。

 そうだろうか。

 わたしのせいかもしれない。



…Age: 9…


 最近あいつがゲームばっかりで遊んでくれない。

 わたしは、ゲームは好きではない。画面にうつっているキャラクターを動かすよりも、自分の手で紙飛行機や竹とんぼを飛ばしているほうがずっと面白い。ゲームでキャラクターが動いているのは、機械がそうしているだけで、本当に自分の手で動かしているわけではないと、どうしてだれも気がつかないのだろう。

 もちろん、ゲーム機を買ってもらえない負けおしみではない。

 その日も、あいつと遊ぼうとして断られた。男は男、女は女で遊ぶものなのだそうだ。どうやらゲームの性別は男らしい。それで放課後の用事がなくなったから、わたしはゆっくりと、小学校から家までの真っ直ぐな道を歩いていた。

「やあ、こんにちは」

 のろのろと歩くわたしに声をかけたのは、真っ黒になった毛布を引きずるおじいさんだった。おじいさんはいつも、わたしを見かけると声をかけてくれる。わたしが低学年のころ、いっしょに遊んだことがあるのだ。

「こんにちは。おじいさんは、それ、何持ってるの?」

「これ? また何かの役に立つと思って。河原で見つけてきたんだ」

「ふうん」

 おじいさんは工作が得意だ。きっとその毛布からも、何かを作ってくれるのだろう。おじいさんの家にかかげられている、かたむきかけて文字もかすれてしまった看板には、読めなくなってしまったが「ナントカ工務店」と書かれている。

「久しぶりに顔を見た気がするね、いい友達ができたのかい?」

 おじいさんはにこやかに問いかけてくる。言われてみれば、行事などのときにおじいさんを見かけることが少なくなった気がする。お母さんは、おじいさんは学校にめいわくをかけるから困ると、友達のお母さんといっしょに話していた。

 わたしもわたしで、あいつといっしょに公園に出かけることが減ったので、おじいさんの家の前を通るのも登下校のときくらいになっていて、ますますおじいさんと会わなくなっていた。

「友達はわたしよりゲームのほうが好きみたいだけど」

「ああ、そうなのか。仕方ないかもね、ゲームは面白いから。私はゲームなんてやったことはないし、面白そうとも思ったことはない。紙飛行機や竹とんぼで十分さ」

 わたしもそう思う。

 おじいさんは、持っていた毛布を家の中に投げ入れると、表におかれていたベンチにこしかけた。低学年のころは、木でできたボロボロのそれに、わたしもならんですわっておじいさんとお話しすることがあったけれど、きょうはそうしない。しばらくそうしていなかったし、きょうのスカートはお気に入りなのだ。

「たいくつだったら、ランドセルを置いてうちに来ればいい。いっしょに何か作って遊ぼう」

 少し考えた。

「やめとく。おじいさんのうち、汚いから」

 スカートが汚れてしまう。それに男は男同士、女は女同士で遊ぶものだ。

「そうかい……また来てね」

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