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いつでもそばにいるよ。  作者: 大和麻也
闘うハートはできているか?
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   #No.7


 球技大会の前日でも、トップチームの練習には関係がない。

 きょうも六時限目の終了を知らせるチャイムとともに、いつも通り、荷物をまとめて練習へと向かう。

 トップでの練習が続いているが、環境の変化はさほど感じられなかった。ユース出身のトップの選手もいるし、練習試合で顔を合わせることも多いから、心理的な障害はさほど大きくないのだ。

 しばらく練習を続けて手ごたえを感じはじめた今週末は、リーグ戦の日程がない。休み節のまとまった時間を利用して、練習は戦術の見直しも含めたハードなものになった。おかげで頭の中はチームのことでいっぱいだ。

 翌日に高校生活を彩るイベントが開催される実感がまるで湧かない。それ以上に特別な、リーグ戦デビューのほうが現実味を感じられるほどに。

 練習に向かう足取りは、いつになく軽快だった。教室後方のドアを、鍛えたステップを活かして潜り抜ける。エナメルバッグは鳥の羽よりも軽い。飛び降りるように階段を下り、滑るように廊下を駆けた。下駄箱の蓋を開く前から、室内履きを脱いだ。

「涼香、一緒に帰らない?」

 絶好調の下校時間、呼び止めてきたのは果音だった。

「珍しいね。いつもは、お互いひとりで帰っているのに」

 彼女は特定の友人と必要以上に仲良くしようとしない。教室では人気者でも、放課後や休日に遊ぶ友人はいないのではないか。そのおかげで人気を保っている面もある。

「話したいことがあってさ」

 大急ぎで靴を履き替えながら、重ねて珍しいことを言う。

「いいけど、ゆっくり話したりはしないよ?」

「うん。バスに乗ったら、少しだけ話そう」



   #No.8


 クラブハウスへ向かうのと同じバスで、果音が通学しているとは知らなかった。三年もクラスメイトをやってきたのに、シークレットにされている部分がまだまだ多いようだ。全部を知っているとしたら、きょう「話したいことがある」なんて事件は起きなかったのだろう。

 エナメルバッグを抱えながら、狭い座席にふたりで並ぶのは窮屈だった。

 話は何かと切り出すと、果音はじっとこちらを見つめてきた。

「島倉が辞めた理由、わかった」

「…………」

 あいつが退部届を提出したのは、もう一か月も前のことだ。

 わざわざ調べてくれたのか、と訊きかけてやめた。どうせ、果音の新しい彼氏がサッカー部の人間か、それと仲の良い誰かなのだろう。公哉以外の。

 果音には、話すのを躊躇う様子があった。髪をいじるとか、指先を見つめるとか、常ではない彼女の仕草を見ていると、理由を聞くのはきょうでないといけないのかと感じてしまう。おそらく彼女のほうは、球技大会直前に話すのが良いと思っているのだろう。

 面白がって焚きつけてしまったから。


「どうやら、島倉がほかの部員を殴りかけたらしいんだ」


 果音は努めて目を合わせないようにしながら、ゆっくりと語りはじめた。

「実際に殴ったわけではなくて、もう少しのところで止めてもらったらしいけれどね。とにかく、それくらい腹を立てて、諍いを起こしちゃったらしいの」

 彼は以前から、チームメイトに不満があると言っていた。ロッカールームが気に入らなかった、と。

 しかし、部活動で組まれるチームなら、一年ごとに卒業生と新入生とが入れ替わる。相性の悪い部員がいても、それが先輩であれば、いつかはいなくなる。三年も積もり積もった感情があったとなると、同級生に反りの合わない相手がいたのだろうか。

 それにしたって、彼が怒り狂うことがあるとは思えない。

「いったい何があったの? あいつはプレーで熱くなる奴ではないし、グラウンドの外でも感情的になるとは考えにくい」

「それが……話していいのかな」

「教えてよ。いまさら本人の口から聞き出そうなんて思わない」

 ふう、と彼女は息を吐いた。

「男だらけのロッカールームって、どういう話題になるか想像つくでしょ? 島倉は、それがどうしても受け入れられなかったみたい。『気持ち悪い』って言って」

「エロい話が耐えられなかったってこと?」

「……あんたも遠慮がないね」

「だって」

 理解できないわけではない。

 相容れないという直感は、自分も共通して持っているはずだ。視線の向かう先とか、親身に感じる相手とか、無意識のうちに処理されてしまい自力ではどうにもならないところに、核心的な差異が隠れていることもある。

 しかし、やり過ごすことも不可能ではないと感じてしまう。「気持ち悪い」感覚は確かに普通ではないけれど、防衛本能らしきものがはたらきそうなものだ。自分がそうしてきたように、己に麻酔をかけてやり過ごす方法を選べなかったものか。

 少なくとも、あの公哉の話だ。人に殴りかかるほど頭に血が上るなんて、よっぽどのことである。「気持ち悪い」対象からは逃げ出すこともできるのに、向かっていった。何か直接のきっかけがあったと考えるほうが自然だ。

「何か許せないことを言われたの?」

 果音はこくりと頷いた。

 そのとき、バスが停留所に到着し、ブレーキのために身体を揺さぶられる。乗り降りする人々が気になったのか、一時、果音は口を閉ざす。乗降が終わってバスが再び発車してから、眉を歪める悲壮な表情で、耳打ちしてきた。


「『汐入ともヤれるか?』ってちょっかいをかけられたんだって」



   #No.9


 突然顔を真っ赤にして仲間に飛びつく公哉を目の当たりにして、サッカー部員たちは、驚いて唖然としてしまったという。まさかそんなに興奮するとは思ってもみなかったのだ。公哉の寡黙な人格はよく知っていたし、男子だけのロッカールームで下ネタを話題にするのも当たり前だったから。

 チームメイトに殴りかかった公哉に対しては、反感を抱くというより、反省をしたという。楽しいつもりで嫌がる話をしてしまっていたこと、決定的にまずいからかい方をしてしまったこと、大切な仲間の表情をろくに見ていなかったこと。退部直前には謝罪して慰留する部員もいたという。

 相手が実力のある中心選手だっただけに、チームメイトも紳士的に事件を解決しようとしたのだろう。

 でも、胸の奥に居座るナーバスな自分が、公哉のエピソードを自身に置きかえて考えてしまおうとする。

 トップチームでの居心地が悪くなったら、どうなるだろう? 先輩たちと喧嘩をしてしまったら、どうなるだろう? 自分がこのチームではやっていられないと言い出したら、どうなるだろう?

 それに、公哉が自分のために怒ってくれた理由にも「?」が浮かぶ。その真意がどうしても知りたくて、気が気でない。もう少し我慢の利かない性格だったら、いますぐに電車を降りて、走って公哉の家に押しかけただろう。

 頭の中はもう滅茶苦茶になってしまった。

 浮かれて練習に向かっていた数時間前の気分を、取り戻す方法がわからない。

 気がついたら日が沈んでいて、気がついたらトレーニングが終わっていて、気がついたら帰りの電車をホームで待っていた。

 帰宅時に利用する上りの各駅停車は、金曜日の夜でもさほど混雑しない。時には座席を独占して、ちょっとした王様気分を味わえることもある。クラブハウスから帰宅するときは、学校からクラブハウスに向かったのとは逆の方角へ向かい、学校の最寄り駅を通り過ぎる恰好になる。

 車両の連結部に最も近い座席に身を沈め、何の気なしに隣の車両の様子を見つめていると、自分と同じ制服を身に纏った生徒が乗り込んでくる。部活動はあまり遅くまで活動できないから、この時間に部活帰りということはありえない。カラオケなりファミレスなりで長々と遊んでいた生徒だろうか。

 その生徒に興味があったわけではないが、つい、知っている人ではないかと思って凝視してしまう。

「あ……水崎さんだ」

 ぽつりと名前を呟いてから、はっとして周囲を振り返る。自分の声を聴きとれる範囲に人はいないとわかって、ほっと一息。隣の車両の本人にも、当然聞こえていないはず。自分が乗っていることにも気がつかれていないようだ。

 座席により深く腰掛け、窓枠に身体が隠れるように構える。こそこそする必要はないのだけれど、水崎さんが男子生徒を連れていることに気がついて、そうせずにはいられなかった。

 彼は間違いない、クラスのもうひとりの球技大会実行委員だ。とはいえ、まさか実行委員の仕事がこんなに遅くまで続いていたとは思えない。

 隅に置けない、と評してもいいのだろうか。見た目には穏やかで気弱そうな、奥手な印象のある彼女が、夜遅くの電車に異性と乗り込んでくるとは。しかも、実行委員として特別な日を迎える前の日に。

 ふたりは、ちらちらと周囲を窺っている。当然、隣の車両にも乗客は少ない。身体を縮こませる自分のことも見えていないらしい。警戒が薄れていき、憚るような仕草は、だんだんと見えなくなっていく。公の場の中に、ぽつんと、ふたりの世界が形成される。

 悪意はないのだろう。でも周りは見えていないし、見てもいない。

 そうしてついに、見せつけてくるのだった。


 ああ、もう。

 ちくしょう。

 こっちはこんな気持ちだっていうのに。




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