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「ねえ、話を遮って悪いんだけど」
耐えきれなくなったというふうに、ひとりが一帆の話を遮った。
「いつまでも男が話に出てこないんだけど、一帆の初恋の相手って、そのエミって女の子?」
「うん、そうだよ。何がおかしいの?」
何がおかしくないの? という三人の表情。
私の友達はこんなにバカだったかな――一帆は危うくその言葉を奥歯で噛みつぶした。
「じゃあ、一帆はつまり……女の子を好きになる人ってこと?」
もう一回言ってやった。
「そうだよ。何がおかしいの?」
一帆にとっては当たり前でも、身の回りの人にとってはそうではないと、一帆は重々承知している。聞かされる相手にしてみれば、単なる「恋バナ」ではなく「告白」であり、未知との遭遇にも等しい、青天の霹靂なのだ。
それでも当然とする一帆の態度は、呆れや怒り、嘲笑など、雑多に濁った感情の表出である。
「いや、でも」友人は戸惑いの表情を引き締めて、声を張った。酔いから醒めはじめているようだった。「私は気にしない。どんな一帆でも、友達として受け容れる。そういう人がいても普通のことだもの。もう世の中、そういうのは自由でしょ?」
残るふたりの友人も続いた。力強く頷いて、同じようなことをのたまう。
ありがたい話ではあるし、相応に嬉しい。受け容れてくれない人には、何度も出会ったことがある。
しかし、一帆に言わせれば、そういう物言いが出てくるところが「普通」でないと思っている証左であった。もし本当に「普通」ならば気を張って「受け容れる」必要はないし、世の中がどうであるかは関係ない。「自由」の尺度で議論されることでもない。それに、初恋の相手が女子だったことを根拠にレズビアンと推定したようだが、バイセクシュアルやその他の可能性はまったく思い浮かばなかったのだろうか。
一帆は、下戸ながら酒が飲みたい気分だった。
ところで、と口を挟む者がいる。自らの肩を抱くジェスチャー。
「もしかして、私たちも……」
「安心して。わたしにも好みってものがあるの。第一みんなだって、どんな関係の誰とでも、男ってだけでヤリたいと思うわけではないでしょ」
ごめんなさい、と身を小さくする三人を見た一帆は、酔っ払いを相手にきつく言いすぎたと少し反省する。反省するが、間違った発言はしていないと思う。ここで冗談を聞いたときにするような愛想笑いを返していたら、一生の溝になったに違いない。
少し教えてやるくらいの気持ちで話してもいいのかな、と思いはじめていた。
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何度か放課後に会って話していれば、一帆とは自然に親しくなった。
怯えがちだった一帆も、わたしの態度が学校とその外とでまったく異なることを理解してからは、わたしのことをむしろ気に入ったようだった。学校では無視されるのだが、放課後になって、クラスメイトの目に触れないであろうときには、彼女のほうから歩み寄ってくることもあった。
放課後に人目がないことを確認しては、公園でおしゃべりしていた。相変わらず一帆のほうから話題を振ってくれることは少なく、つまらない話のほうが多かったのかもしれないが、いつの間にかその時間を好きになっていた。
そのうちに、お互いが放課後の秘密の仲を特別に思うようになっていた。
「ねえ、わたしたち、秘密のあだ名で呼び合うことにしない?」
わたしからそう提案したのは、卒業式を間近に控えた三月だった。
「秘密のあだ名?」
「そう。特別な友情の証」
その時期に提案した理由は、中学生になっても友情が続くことをはっきりさせたかったからなのかもしれない。
「そんなことして、和佳奈ちゃんに嫌な顔されない?」
和佳奈も同じ公立中学校に進学する予定だった。受験をして落ちたという噂もあった。
「大丈夫、ふたりのときだけそうやって呼ぶの。ほかの誰も呼ばない、わたしたちだけが使えるあだ名。だから、秘密のあだ名。嫌かな?」
そうすることで、和佳奈に睨まれることもなく、特別感も増す。
一帆は白くてキレイな肌を紅潮させて、首を横に振った。
「ううん、そんなことない。特別な呼び方、嬉しいかも」
「よかった、じゃあ、何て呼ぼうかな……『いーちゃん』なんてどう?」
「……どうして?」
「一帆の『かず』は数字の『一』でしょ。だから、いーちゃん」
我ながら安易な発想だ。でも、一帆のことを誰もそうは呼ばない。
「ふうん……」
呼ばれる側はというと、驚いた様子であった。わたしが呼び方を決めるのにさほど悩まず、あまりにも簡単なネーミングをしたものだから、拍子抜けしたのだろう。
「一帆はわたしのこと、何て呼ぶ? 何でもいいよ」
「じゃあ……『さっちゃん』って呼びたい。咲の漢字は『咲く』って字だから」
「うん、わかった。なんだかワクワクするなぁ」
「……そうだね。これは特別、特別だもの」
顔を合わせて、クスクスと笑った。これだけのことが楽しかった。
ふたりの少女の特別な友情は、本当の意味で特別になってしまった。
中学生にもなれば、グループの優劣を決定する方法が変わってくる。小学生のころは、単に他者から評価される「何か」があるだけで勢力図が決まっていたものだが、中学生では違う。小学生のころの残滓がないでもないものの、男子からの視線という物差しが存在感を主張しはじめる。
夏休みに、一帆に告白する男子が現れた。
それが悪いことに、異性の視線――特に和佳奈の――を最も集める男子だった。
「いーちゃんは絶対に悪くない。和佳奈は、昔からああいう子なんだし、諦めてこっちから無視してやればいいんだよ」
ランドセルを背負っていたのが、セーラー服を身に纏うようになっても、公園のベンチにわたしたちは並んで座っていた。
学校の話は滅多にしない。でも、二学期が始まって数日、一帆とベンチに座るのも二学期の最初という日は、その話題しか考えられなかった。学校で過ごしたほんの数日、しかも学期の最初だからまだ午前で帰宅するようなわずかなあいだに、和佳奈を中心としたクラスメイトから一帆に向けられる視線の変化を痛感していた。
「いーちゃん、いつまでくよくよしているのさ。正しい判断だったよ」
「だって、つ、付き合ってダメだったことにしたほうが、波風立たなかったのかなって」
確かに、そのほうが付き合っているという建前が通用するあいだは、和佳奈から攻撃されることはなかっただろう。好きな男子が好きな女子に、意地悪をすることは難しい。しかし、和佳奈のことだ。カップルが成立した時点で怒り狂ったかもしれないし、その後別れることになったら、それはそれで一帆を追い詰める言動をしたに違いない。
「好きでもないのに好きって言うなんて、無理でしょ?」
和佳奈に気に入られている彼も、どちらかと言えば悪ガキに分類されるような男子だ。たぶん一帆の顔しか見ていなかっただろうし、はっきりと拒絶しないと不幸になることは目に見えていた。
「うん……誰かを好きになったことなんて、ないもん」
声は震えていた。彼に好かれたことは、和佳奈に限らず何人かの女子たちの憎しみを買った。隣のクラスにも、気に入らないと思う奴がいるだろう。敵だらけの環境であることを、ほんの数日で察したのだから――怯えないほうがおかしいというものだ。
その敵だらけの状況が生まれた原因には、少しばかり、一帆の失策が含まれている。
「それならどうして『ほかに好きな人がいる』なんて言っちゃったかなぁ」
一帆は彼の申し込みを断るにあたって、そんな嘘を吐いた。そのほうが、きっぱりと諦めてもらえるし、それ以外の理由で断ると彼の人格を否定したことになるから。
しかし、自分の好意を保留してしまったことで、これからも男子の注目を集めることになる。男子からの視線に耐えることもさることながら、女子の反感をますます浴びることになるのは、想像するだけで恐ろしい。
「どうしよう……私、いじめられちゃうのかな?」
たぶん、そうなる。
「そうなったら、わたしも一緒にいじめられるよ。ずっと和佳奈をシメてやりたいとは思っていたから、ぎゃふんと言わせてから潔くいじめられることにする。和佳奈はどうせ、わたしのことを仲間だと思いこんでいるもん、わたしに反撃されたらどんな顔をするか。想像するだけで良い気味だね」
勇気づけるつもりで放った言葉に、一帆は食いついた。
「だ、ダメだよ! さっちゃんがひどい目に遭うなんて耐えられない!」
そうだった、一帆は冗談が通じないタイプだった。学校生活に不安があるだけに、わたしの言葉を、発せられた言葉の通りに受け止めるだけでも精いっぱいなのだ。
「さっちゃんは、いままで通り特別な友達でいてくれれば、それでいいから。私はさっちゃんみたいに強くないから、大切なさっちゃんがいじめられるのは見ていられないの」
「う、うん、もちろん」
縋りついてくる一帆に、今度はわたしが怯んでしまっていた。
「わたしは和佳奈のグループだと思われているから、関係がバレないうちは、陰でできるだけのことはする。それとなく止めようとするし、こっそり助けてあげる。和佳奈に目を付けられないように、いーちゃんを守るから」
「ありがとう……ごめんね」
わたしの胸の中で震えて泣いていた。まだ具体的に何をされたわけでもないのに、恐ろしくて仕方がないのだ。いま、彼女にとって、頼れるのはわたししかいない。日に日に四面楚歌になっていく教室の中では、最も長く続いている友情にしか、救いを求める先がなかった。
わたし以外にいないのだ。
わたしが守らなければならない。




