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あやうく始まろうとした異世界転生

作者: 立花豊実

 始めに、死後の意識について疑問を抱いた。


 今しがた俺は死んだはずなのだから意識などあるわけない。 

 なのに、この思考はなんだ。

 じわじわと覚醒していく、この感覚野の端々(はしばし)はなんだ。


 まぶたを開けてみた。

 脳にさしこむ、まぶしいこれは、まさしく眼が捉えたもの。

 指先どうしをこすり合わせたら、ぬるり、とした。

 表面を粘体質の何かがおおっているようだ。

 ちょっと生ぐさい。


 各器官が機能するということは、やっぱり生きているのだろう。

 俺は仰向けに寝ていた。天上は石造り。遺跡めいた神殿の中らしい。


 ぎこちない体を、それでも動かして、のっそ、のっそとぬめぬめの殻をやぶり、外界に出てみる。

 新しい世界の新鮮な空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 立ち上がろうとして、腕を動かすと、ふいに視界が変わった。

 というか何か出てきた。


 得体の知れない文字列が並んでいるのを、なぜかすぐと理解できた。

 訳せばHP・MP・攻撃力・魔力・俊敏力・防御力・スキル等々。

 ……ふつうにみればステータス。

 それも999という黄金の数字が並んでいる。


 俺はやっと自分の置かれた状況を把握した。


「フフッ、ハハハ、ハーハッハッハッハ!」


 やったぞ。これは間違いない。

 ついに手に入れた。

 他者を圧倒する理不尽なチート能力と、蹂躙しても構わない異世界という舞台を。

 ああ、真新しい体。

 羽化したての蝶のようにみずみずしい、転生直後の手のひらをべろべろ舐めたくった。

 ぬめぬめした肌の味が、ニガくてしゃれにならず笑った。

 素っ裸というのもアレなので、その辺の石垣をソースにマントを生み出し、バサッと羽織る。


 今度は試しに魔法を手繰ってみる。

 意識を集中すれば周囲をぼうぼうと大火が呑みこんだ。

 燃え盛る中で、俺はまた高笑いした。

「すごいぞ。これが俺の力――!」


 ついで一発、景気づけに雷の魔法でも打ち轟かせようと思ったが、視界の片隅に何かが介入した。


 ボン!


 上昇しつくしていた俊敏パラメータを駆使して“ソレ”を回避した。

 今しがた俺の存在した場所が、爆発して穿たれる。


「……なんだ、だれだ」


 魔力の放たれた方をみやれば、これは魔法使いとすぐわかる尖がり帽子に、ローブ姿の何者かが杖を構えていた。

 魔法使いは、怪訝そうに俺をじっと見ている。


「勇者を呼び寄せるはずだったのに」


 と何やら、ご不満そう。


「そうか、キミが俺をこの世界に召喚してくれたのか。感謝してもし切れ――」


 ボン!


 言い終えるよりさきに、またしても魔法使いが爆発の魔法を放ってきた。

 俺はそれを避けたが、魔法使いは避けた先をすでに読んでいて魔法を放っていた。

 先読みされていた2発目の魔法がボンと俺を直撃する。


 この世界に生まれてまだ幼い肌や髪のタンパク質が、急激な酸化で茶褐色に焦がされる。

 イラっとした。

 防御力はカンストしているはずなのに、HPがごっそり4分の1も削られたのだ。


 煙がもくもくのぼる。

「……転生したての新品な肉体を……ひどい扱いじゃあないか。何か説明して、この世界での俺の使命を告げるターンじゃあないのか」

「それには及ばない。あなたからは邪悪なオーラを感じる。ただでさえ厄介ごとを抱えているというのに、あなたなんかに登場されたら世界がもたない」

「だからっていきなり殺そうとするとは、もったいない。性急すぎる。たしかに俺は邪悪だ、認めよう。この世界をめちゃくちゃにしてやりたい衝動に駆られているし、そういうオーラもまとっているかもしれない。しかし、だからといってキミの望むものを提供できないとは限らな――」


 ボン!


 言い終えるより先に、みたび魔法使いが爆発の魔法を放ってきた。

 あんまり人の話を聞くタイプじゃないらしい。育ちが悪いのだろうか。

 俺は避けたが、魔法使いは避けた先をすでに読んでいてボンと魔法を放っていた。


 しかし、俺だって経験済みの手を二度も食らったりしない。

 避けた先に魔法を放たれることを読んで2段構えで避けた。


 なのに避けた先に魔法を放つことを読まれるのも読んでいた魔法使いは3発目の魔法をすでに放っていた。

 ボンと爆発の魔法が俺を直撃する。


 さきほど焼かれた転生したてのうるつや肌と髪が再度にわたって猛烈に酸化され黒ずんでしまう。

 カチンときた。

 せっかく手にしたチート能力もなんのその、HPが残り2分の1にまで削り取られているのだ。


「……話を聞く気ないのか」

「問答無用。わたしは邪悪な者の手など借りたりしない。いさぎよく、退場しなさい」

「キミが俺を呼んだのだろう」

「あなたを召喚してしまったのは確かにわたし。けれど、あなたみたいな邪悪な人を召喚しようとは思っていなかった」

「それでも召喚した責任がある」

「ええ、だから悔いている。そして、ちゃんとあなたを“返そう”としている」

「……殺そうとしている、だろう」

「ほぼ同義だもの」


 ボン!


 再三にわたって魔法使いが放ってくる爆発の魔法に嫌気がさし、避けるより手っ取り早い防壁の魔法をガシンと張った。ボンボンボン! と立て続けに繰り出される爆発が、目の前の光の壁に遮られる。

 俺は高笑った。


「どうやら、キミの魔法は俺の防壁魔法を前にしては無力のよ――」


 ボン!


 とつぜん背後が爆発して、食らった。

 生まれたてだった背中のタマゴ肌がすっかり黒こげになってしまった。

 ぷすぷすと煙がたちのぼる。

 怒りを通り越して、げんなりする。

 チートは何だったのかと疑いたくなる。HPが残り4分の1にまで減衰しているのだ。


「……一応言っておく。次にそれ食らったら俺は死にいたるぞ」

「教えてくれてありがとう。あなたが生まれてきて今一番役立った」


 魔法使いが、杖先に煌々と光を宿した。


「やたら滅多に撃ちまくって、人を燃えるゴミとでも思っているんじゃあないか」

「一撃必殺の魔法が効かないのだから人とは思ってない。さすがと褒めてあげる。死ぬはずの魔法を浴びて会話をつづけるあなたを見ているとゾッとする」

「それはよかった。チートが出だしで死んだ理由が一撃必殺の魔法を幾つも受けたってことならまだ腑に落ちる。……本当に、俺を殺すつもりなのか? それでいいのか?」


 ボン! ボン! ボン!


 容赦なく撃ち続けられる爆発の魔法を、俺はすべて防壁の魔法で防いだ。

 今度はぬかりなく、全方位に敷いている。

 いくらかして砲撃がやむと、さすがの魔法使いもMPの急激な消費に息を乱していた。


 魔法使いが脱帽すると、きれいな髪があらわになった。

「なるほど、勇者を求めて召喚しただけのことはあるみたいね。こんなに堅い防壁魔法ははじめて。自慢の魔力も、残り一発で底をついてしまうわ」

「フフフ、だろうな。俺がなぜ自分から“あと一発で死ぬ”宣言をしたかわかるか? 教えよう。それはキミに『あと一発で終わる』と認識させるためだ。人はゴールを目前にすると急くもの。すると自分でも思わぬうちに力を入れてしまう。その魔法、チートな俺にそこそこ効くところをみると大層な魔力を消費するのだろう? そんなものを泡食ってバンバン撃つから窮するのだ。……しかし、この世界に生み落としてくれたよしみ。チャンスをやろうじゃあないか」


 俺は防壁魔法を解いた。


「その一発を当てることができればキミの勝ちだ。失敗すれば俺が勝つ。いさぎよい、だろう?」

「そうね。助かるわ」


 魔法使いは、これが最後の魔法とばかり、杖に強い光を宿した。

 注意していればあの爆発の魔法を避けるのは容易だ。

 それは魔法使いも理解しているのだろう。杖を振るう素振りを見せた。

 俺はとっさに回避行動を取ったが、それを予測していた魔法使いは再度杖を振った。

 安全策を講じて、俺はさらに回避行動を取った。

 しかし、その回避した先でさえ読んでいた魔法使いはさらに杖を振った。

 俺は何度でも回避行動を取る。


「やはり、なかなか撃てないものだな。外すのがそんなに怖いか?」

「ええ。でも大丈夫。もう終わった」

「……終わった?」

「予備動作が必要だったの。杖を振らないといけないから、コレ」


 そういうと、周囲一帯がとつぜん明るくなった。

 なにやら不穏な魔力を感じて、とっさに回避しようとした矢先、


 バーン。


 神殿の建屋そのものを呑み込んで全部ふっとんだ。

 魔法使いの最後の秘策だったのだろう。

 なるほどこれなら回避は不可能だ。

 だが、チートな俺にその手は通じない。

 ただ回避するだけなら間違いなくやられていただろうが、転移魔法で建屋の外に逃れていた。


 瓦礫の山を眺める。

 おそらく魔法使いは自分の命を投げうって俺を殺そうとしたのだろう。

 俺をラスボスの魔王とでも思っていたんじゃなかろうか。


「まったく。自分で転生させておいて殺そうとなんてするから、そんな目にあ――」


 ボン!


 足元が爆発して、宙をくるくるとまわり、やがて、真っ黒に炭焦げた体がばたんと落下する。

 HPバーが真っ赤に染まった。


 ……え。


 目を泳がせていると、魔法使いが近くに寄ってきた。


「魔力が底をつきそうとあえて自分から言ったのは、あなたに『あと一発で終わる』と認識させるため。人は安全域に入ると油断するもの。すると自分でも思わぬうちに力をゆるめてしまう。……っていうセリフをさっき思いついた。あなたに、ぜったい聞かせようと思って」

「……そう」


 がくり、と俺は絶命した。










 死後の意識について疑問を抱いた。

 今しがた俺は死んだはずなのだから意識などあるわけない。 

 なのに、この思考はなんだ。

 じわじわと覚醒していく、この感覚野の端々(はしばし)はなんだ。


 まぶたを開けてみた。

 脳にさしこむ、まぶしいこれは、まさしく眼が捉えたもの。

 つまり、


「……生きて、いる?」

「そのようね」


 つぶやきに応えた聞き覚えのある声は、魔法使いだった。


「キミ……またしても俺を転生させたのか。懲りないな」

「たとえそうだったとしても、わたしがあなたを転生しようとは思ったりしないし、そもそも、もう一度転生なんてさせていない」

「そうなのか。ということは……フフッ、ハハハ。そうか、キミに俺は殺せなかったか。つまりは、俺に情を抱いたか、もしくは俺に不死スキルがあったわけだ。なんてざまだ、ハハハ!」

「どちらでもない。お望みならまた焼き殺すけど」


 杖がひかりだす。


「わかったから、ひとまず杖をおろそうか」

「あなたが生きている理由は二つ。一つは、あなたの『あと一発で死ぬ』という計算がわずかに間違っていたから。もう一つは、わたしの魔力があなたを消せるあと少しのところで『底をついてしまった』から」

「……なるほど理解した。でも同時にわからない。なぜとどめを刺していない」


 魔法使いは、俺をじっとみていたが、やがて目を伏せた。

「反撃してこなかった理由を聞きたかった。知らないまま殺してしまったら、ずっと悔いが残りそうで」

「魔女にも人間の心が残っていたのだな」


 杖がひかりだした。


「冗談だから、杖をおろそうか。……俺が反撃しなかった理由を知りたかったんだな?」

「ええ」

「つまり、それを聞くまでは、キミは夜も眠れない?」

「夜は眠るわ」

「あ、そう。意外とけろっとしているな。しかし、このままじゃ悔いが残るのだろう?」

「ええ」


 フフッ、ハハハ、ハーハッハッハッハ!


「――そうさ、これこそが俺の企み! つまり、キミが『反撃してこなかった理由』について気になって俺を殺せなくなるという、この結果こそが俺の狙いだったのだ。本来、邪悪な俺が取るべき手段は、邪悪であることを隠しつつキミに手を貸す素振りをみせ、頃合いをみてその本懐を遂げること。しかし、そういう愚かな悪役が取る方法ほど、往々にして失敗することが多い。ならば最初から邪悪なオーラなど隠さずにさらけ出し、その上で協力的な関係を築くことができれば、こうして生存確率は格段に高ま――」



 ボン!




























 最後に、死後の意識について疑問を抱いた。

 今しがた俺は死んだはずなのだから意識などあるわけない。 

 なのに、この思考はなんだ。

 じわじわと覚醒していく、この感覚野の端々(はしばし)は……。


「目覚めているなら早く起きなさいよ」

「はい」


 END

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