8話 『天才プログラマー』
10月9日午後10時30分
音楽が鳴り止み、会場で踊っていた中村敦と神代優奈の動きは音楽と共に止まった。
『以上をもちまして本日のパーティーは終了とさせていただきます。本日はお越しいただきありがとうございます』
そのまま係員の誘導に従いながら、中村敦は会場を後にした。
女子達はドレスを返しに行くことになったので、中村敦は神代優奈を外で待つことにした。
10月9日午後11時5分
少し冷え込む夜、指先が僅かに震えていたが、彼はそんなことは気にしてはいなかった。
「はぁ…今日は疲れた…神代の奴、さっさと来いよ…このままじゃ補導されちまうよ」
彼らはまだ18にもなっていないので、警察に見つかれば少々面倒なことになってしまう。
警察に見つかった時のことを考えていると、後ろから人影が現れた。
「今日はお付き合いいただき、ありがとうございます」
とても綺麗な声でそう言われた。
その声だけで男を虜にする魅力があるが、その声の持ち主はそれに加え完璧な容姿だった。
「こちらこそお招きいただきどうもありがとうございました、天海雫さん」
少し悪態をつきながら、中村敦は目の前にいる天使(本物)に軽く会釈しながらそう言った。
「雫でいいですよ!、何て言ったて私たちは深い関係ですからね」
「誤解を招く言い方は勘弁してくれよ…」
周りに人がいないことに少し安堵していた。
もし仮に藤崎がいたら厄介なことになっていたのは火を見るより明らかだった。
「さて、おふざけはこのぐらいにしておきますね。本題に入りましょう…中村敦さん…貴方、ついさっき時計を使いましたよね?」
「はぁ…やっぱり天使には筒抜けか…」
彼は誤魔化すことも黙ることもせず、素直に事実を認めた。
実際、彼の時計のカウントは11から10に変わっていた。
「別に使い方に文句は言いませんし、貴方が使った理由も知ってますから…」
「なら良かったよ…改めて礼を言うよ。この時計をくれたこと」
「いいえいいえ、それに礼を言うのはまだ早いですよ」
「何でだ?」
「内緒です!、それではまた明日…」
そのまま天使は夜の闇の中に消えていった。
10月9日午後11時15分
彼はある人物に電話をかけていた。
繋がるとは思わなかったが意外なことにその人物は電話に出てくれた。
「もしもし…俺だけど…今どこ?」
『今?、今は会場を出て帰ってる途中だけど…
あ、ごめんな!、あのあと結局帰ってこれなくて』
「いいよいいよ、それに相手があの橘花怜ならしょうがねぇよ。寧ろ俺に相手させてほしかったわ」
『中村と橘さんが踊ってるとこか…端から見たら笑いそう』
「笑うなよ!、ってか大輝が踊ってるとこ見てて、俺、大笑いだったからな」
電話の相手の川島大輝はそう言われても和やかに返事した。
きっと、夢心地なのだろう。
『はいはい…じゃあ、とりあえずまた明日な…』
「また明日な」
そう言い終えると、通話ボタンを切り、通話を終了した。
そして、通話が終わったのとほぼ変わらないタイミングで神代優奈が小走りで彼の元に駆け寄ってきた。
「はぁ…はぁ…はぁ…ごめんね…待たせて…」
かなり急いできたのだろう、彼女の息はかなり上がっていた。
元々あまり身体が丈夫ではなく、運動があまり得意ではない彼女からしたら、短距離でも走るのはかなり辛いらしい。
「そんなに待ってねぇから、お前の息が落ち着いたら帰ろうぜ」
「あ、ありがとう…はぁ…はぁ…もう少し…待ってて…」
暫く待ってから、彼らはゆっくりと歩き出した。後ろに蠢く怪しい影もまた彼らの方へと歩き出した。
10月9日午後11時24分
神代の呼吸も何とか落ち着いてきたので、彼は彼女に話しかけた。
「今日はお疲れ様、収穫はあったか?」
彼女は肩を落としていた。表情は周りが暗くて少し分からないが、恐らく曇っている。
「全然なかったよ…あるとしたら、川島君のかっこいいダンスが見れたぐらいかな…」
「そ、そうか…まぁ、よかったな…」
彼女の雰囲気が暗すぎて明るい方へ舵を切るのは無理だった。
とは言え、このままではこちらまで気分が暗くなってしまいそうだったので、何とか方向を変えようとした時だった。
「橘さん…川島君のこと好きなのかな…もしそうだったら、勝ち目ないよ…」
(このままじゃ更に暗くなる!、何とかしないとヤバい!)
そう思ったのも束の間、すでに彼女は沼の中に沈んでいた。それもかなりの重症だった。
「絶対に勝ち目ないな…だって橘さん、私より胸あるし!、スタイルいいし!、可愛いし!、性格もいいし!、賢いし!、運動も出来るし!、私が勝ってるとこ何もない…」
(手遅れだった…また始まったよ…)
神代優奈は自分にとって恋敵だと思う女子が現れると直ぐにネガティブになるのだ。
とは言え、数日放っておけば多少はマシになるのだが、今回は相手も悪ければ状況も最悪だった。
「それで?、お前は諦めるのか?、大輝のこと橘さんに奪われてもいいのか?」
「嫌だよ…絶対に嫌…ずっと片想いしてきた…想ってきた長さなら他の女子にだって負けない!」
「行動力だと、他の女子に劣るけどな」
「い、痛いところを突かないでよ…」
「それにさ、お前がそうやってアホみたいにネガティブになるけどよ。大体の女子は大輝に好意を寄せてたわけじゃないんだからさ、あんま気にするなよ」
「で、でも好意を寄せてる子もいたよ…もし、橘さんもそのうちの一人だったら…」
「だったら、お前が橘さんより自分の方が相応しいって大輝に見せつけてやればいいんだよ。
それにあいつ結構鉄壁だからなぁ~」
川島大輝は今まで20人を越える女子に告白されてきたが、全員を振り続けていた。
しかも、言われるまで気付かない、かなりの鈍感だった。
「そうだね…ありがと中村!、少し元気出たよ」
「どういたしまして…」
毎回彼女がネガティブになったら、こうしてやる気を出させているのだ。
正直かなり面倒だが…
「そう言えばさ、ずっと気になってたんだけどさ、私があの人達に襲われることどうして気付いたの?」
神代優奈は先程、中村敦に助けられたことを疑問に思っていた。
なぜ、彼らの裏の顔を知っていたのか、それを語るには少々手間がかかる。
「見てきたからな…」
(最悪の未来を…)
一度目の世界はまさに最悪だった。
裏の顔を知れたのだが、あと一歩足らず、部下の男にやられ、気を失い、目が覚めた時に視界に入ってきた光景は最悪の光景だった。
涙と血を流す神代にそれを見て高笑いしている男達、最低最悪の結末だった。
すぐに時計を使い、一時間前に戻れたので、何とか防げたのだ。
だが、これは流石に説明のしようがない。
「ん?、何を見てたの?」
「あいつがそういう奴だって、見ててすぐ分かったよ。それでああいう奴がしそうなことを予想して先回りしてたんだよ」
かなり苦しい言い訳だった。
流石の神代優奈も今回は納得はしなかった。
「いや、それは嘘だよね…中村が動くときって絶対に何かしらの確証を持ったときでしょ!?
それぐらいこの私でも知ってます!、さぁ、吐いてもらいますよ」
上目遣いでそう言われてしまい、男心がかなり揺らいでしまうが、かと言って話すわけにはいかない。
正確に言うと話せないのだが…
「いや…あのな…えっとな…」
今回ばかりは神代優奈の方が上だった。
普段は中村敦が神代優奈の上を取っていたが今回は完全にしてやられてしまった。
何かしらのことを考えていたその時だった。
中村敦のズボンのポケットに入れていた携帯の震えを感じたのは。
「ん…あ、悪い。電話かかってるから出ていいか?」
「いいけど…誰から?」
それは彼も疑問に思っていたので、画面を見ることにした。
画面を見ると、藤崎和馬と表示されていた。
「あ、藤崎からだ…珍しいな…」
「え?、藤崎から?、早く出てよ!、そして、私にも話さしてよ!」
「分かったから、身体を揺らすなよ…」
これ以上揺らされるのは堪ったもんじゃなかったので、急いで応答ボタンを押した。
「もしもし…どうした?」
『どうしたじゃねぇよボケ!』
開始早々辺りに怒声が響き渡った。
理由は何となくは察したが、一応聞いてみることにした。
「何だよ?」
『お前な…神代だけじゃなく、とうとう天海さんにまで手ぇ出すたぁどうゆう了見だコラァ!』
藤崎の声はあまりにも大きく、スピーカーボタンを押す必要が全くなかった。
「何言ってんのお前…」
『お前な!、天海さんに招待されたとき、俺もいただろ!、何で俺も誘わねぇんだよ!、ふざけんな死ね!』
藤崎の言い分を纏めるとこうだ。
神代や天海と一緒にパーティーに行きたかった。以上だ。
「悪かったよ…それに…すっかり忘れてたわ…」
『死ね!』
このままでは埒があかないので、切り札を使うことにした。
「神代からも何か言ってくれ」
「え!?、私が?」
『え!?、神代いるの!?』
「今、横で俺らの会話聞いてるけど」
「藤崎、誘わなくてごめん!、許して!」
藤崎に見えるはずがないのに、彼女は手を合わせて頭を下げていた。
『ま、まぁ…神代がそこまで言うなら許すけど…その代わり次は誘えよな!』
声から怒りが消えていた。
(本当にコイツ分かりやすいな)
藤崎は神代のことが好きなのだ。それは以前の世界でもそうだった。
今回の世界はどうなのか中村敦は分からなかったが、この反応を見て察したのだ。
因みに言っておくと、藤崎の恋が実ることはなかった。
「分かったよ…それで?、要件はなんだ?、まさか怒鳴るための電話じゃねぇよな?」
『半分はそうだけど、もう半分は違うぞ』
「その半分の方を教えてくれ」
『お前らさ、今度橘さんと闘うんだろ?』
「正確に言うと、大輝が闘うんだけどな、俺たちはあくまでサポートだな」
『そのサポートが神代の絵だろ?、けどさやっぱり絵だけじゃ結構キツいだろ?』
確かに絵だけでキツいのは事実だった。
流石に会場でやったような大きな仕掛けはないにしても、橘花怜の発表は見るものの記憶に訴えかけるものなので、かなりの印象を与えるものになるのは目に見えていた。
「確かにキツいな…それに期間がそんなにないからな…神代の精巧な絵だと、多くても三枚ぐらいしか描けないだろうしな…」
実際には一枚描ければ良い方だろう。
神代優奈の絵は賞を取るほど素晴らしい絵なのだが、それはその絵を描き上げるのに充分な時間があるからだ。そして今回はその時間があまりにも少ない。
『そこでだ!、俺は考えたんだよ!、相手がパソコン使いならこっちもパソコン使いをぶつけるしかない!ってな』
「パソコン使いって…何のバトル漫画だよ…」
『そこはいいんだよ!、さてお前と神代に聞きたい!、俺の特技は何だ?』
「可愛い女子を目の前にしたら発狂する」
「え!?、藤崎そうなの!?、えっと…ツッコミが面白いとか?」
『違うわ!、神代の答えはいいけど、中村のはくそ過ぎるわ!』
このままだと話が終わらなさそうだったのだ、単刀直入に聞くことにした。
「で?、答えは?」
『答えはパソコンだよ!、パソコン!』
「そう言えばそうだな」
藤崎和馬は中村敦が経験してきた世界では名の知れたプログラマーになって、かなりの金持ちになる男なのだ。
つまり、パソコンの才能はかなりある男なのだ。
「ってことは、お前が何かしらのサポートをしてくれるのか?」
『いや、残念だけどね、相手が橘さんだと、俺レベルがいても意味ないね』
「じゃあ何で電話してきたんだよ!?」
とんでもないどんでん返しだったので、流石の神代もズッコケていた。
『で、ここからが本題なんだが…確かに俺レベルじゃ太刀打ちできないけど…橘さんレベルのパソコン使いの人なら太刀打ち出来るんじゃないかって思ってさ』
「つまり、どうゆうことだ…」
『俺にさパソコンのプログラミングを教えてくれてる人がいるんだけどさ、その人はパソコン業界じゃ、めちゃくちゃ有名人なんだよ!、その人にさ今回のこと話したら面白そうだなって言ってくれたんだよ!』
「なるほどね…」
『そこでさ、俺、明日その人の家に行くんだけどさ、よかったら中村達も来ないか?、もしかしたら協力してくれるかもだぞ!』
「ちょっとだけ待っててくれ」
携帯の消音ボタンを押し、彼は神代優奈の方に顔を向けた。
「どうする?、行ってみるか?]
「うん!、行こうよ!、それに藤崎の紹介ならイイ人だよ!」
「その判断基準はちょっと微妙だけど、行ってみるか」
消音ボタンを解除し、行くことを伝えると。
『じゃあ、明日の放課後な!』
そう言い、藤崎は通話を終了した。
「さて、大輝にも言わないとな」
「今から電話するの?」
神代は少しそわそわし始めたが、生憎こんな夜中に電話などしない。
「メールするわ」
「そ、そうなんだ…あ…私、メアド知らない…」
「ついでに教えていいか聞いといてやる」
「あ、ありがとう」
メールを送り、神代と歩いていると、両方ともOKのサインが出たので、直ぐに神代に大輝のメアドを教えた。神代の家の前まで無事に到着出来たので、神代と解散することにした。
「そう言えば、明日会う奴の名前聞いてないな…藤崎に聞いてみるか…」
藤崎に聞いてみると、一通のメールが届いた。
『明日会う人の名前は古川総司。調べたら凄かったから、お前も調べてみろよ。じゃあ、また明日な!』
メールの内容は以上だった。
「古川総司か…聞いたことねぇな…」
中村敦は少し冷え込んできたので、急いで帰宅した。
10月10日午後5時5分
学校の授業も終わり、掃除やホームルームも無事に終わったので、彼らは待ち合わせ場所の校門前に集合していた。
「それじゃあ、集まったことだし行くぞ!」
藤崎は中村、神代、川島を見て、そう言った。
今回は大人数で行くのは迷惑になると思い、神代の友達には知らせはしなかった。
「ねぇ、中村。これから会いに行く古川総司さんってどんな人だったの?、調べてたんでしょ?」
横で歩いていた神代にそう聞かれ、彼は彼女にしか聞こえないように小声で、
「大輝のとこに行けよ…」
と言った。
「いやいや無理だよ…緊張するし…それに…今、藤崎と喋ってるからさ、だから…」
「なるほどね…」
(藤崎…後で殺す…)
藤崎は神代の想い人を知らないのでしょうがないのだが正直邪魔なのだ。
だが、彼の案内と仲介が無ければこのままでは勝てないのもまた事実だった。
負けるのが確定してしまえば、大輝は神代に絵を頼まなくなるかもしれない、そうなったら二人の接点が無くなってしまうので、今はこの状況に付き合う他ない。
「ってか、藤崎に聞けよ…古川さんのことは…」
「実は俺、会ったことないんだよね!」
(え?…大丈夫?)
藤崎を除いた三人の考えが揃った瞬間だった。
「何で会ったことないんだ?」
三人の意見を代弁して、中村敦は質問した。
(まぁ、何となくの予想はつくけどな…)
そして、答えは中村敦の予想した通りだった。
「ネットで知り合ったんだよ…俺がプログラミングのことわかんねぇって嘆いてた時にさ、向こうから連絡くれてさ、調べてみたら賞とか取ってる凄い人だって、知ってさ」
「なるほどね…で、何で今日会うことになったんだ?」
もうひとつの疑問をここでぶつけてみた。
「それはな、お互いに話していくうちにさ、実は古川さんが俺らの学校の卒業生でさ、今でも近くに住んでるらしくてさ、それで俺、在校生です!って言ってから話が盛り上がって、今日会おうってなったんだ」
「そうゆうことか…まぁ、だったらいいや…」
そうは言ったものの内心は穏やかではなかった。妙な胸騒ぎが起こっていた。
(何か変な感じなんだよな…偶然なんだろうけど…俺らの学校の卒業生で、藤崎が在校生…妙な偶然だな…)
後々知ることになるのだが、これは偶然ではなく、運命なのだ。
出会うべくして、出会ったのだ。
強大な悪を討ち滅ぼすために…
「あのさ、そう言えば中村は古川さんについて調べてくれたんだろ?、どんなことが出てきたんだ?」
大輝は昼飯用に買っていたメロンパンを食べながら、聞いてきた。
神代が小声で「可愛い…」と言ったような気がしたが、無視することにした。
「まぁな…と言っても、藤崎が言ってたことに補足で説明するだけだけどな」
そこで中村敦は古川総司について語りだした。
「古川総司、年齢は俺らの二個上の19歳。今は大学の一回生みたいだな。通ってる大学は俺らの学校から割りと近い、全国的に有名なとこだな」
「あのさ、一つ疑問に思ったんだけど、古川さんってさ一般人だよな?、何でそんな情報が調べたら出てきたんだ?」
大輝がそう聞いてきた。そう言われ、神代はハッとした表情をしていた。
確かに一般人の情報がネットにそこまで詳しく乗っているのは可笑しい。だが、古川総司の名前がネットに出てきた理由は納得がいくものだった。
「その答えも今から話すよ。古川さんはそのパソコンの腕前を駆使して、何回か警察に協力してるんだよ。警察でも手に負えないサイバー犯罪とか、逃亡してる容疑者とかを見つけたりな。で、その活躍を聞いたどっかのラジオ局が前に古川さんをゲストとして呼んだんだ。それで、ネットに名前が載るようなったんだ」
「なるほど」
中村敦以外の三人が口を揃えて言った。
「それと、古川さんは結構頭がいいらしい。古川さんが通ってる大学の入試を全問完璧に解いて、首席で入学したらしい。あと、日本一の幸運の男だってさ」
「どうゆうこと?」
「宝くじを過去に二回当ててるんだ。一回目は六億、二回目は三億。普通は有り得ねぇけどな」
(ってか、可笑しい…何かヤバそうな気配がするな…)
そうは思いつつも、指定された場所に着いてしまったので、もうどうしようもない。
「さて、どうなるのやら…」
(最悪、一時間前に戻れるしな…)
中村敦は左の手首に付けている時計に目を向けた。
10月10日午後5時42分
藤崎が指定されたという場所は七階建てのマンションだった。外装から見て、そこまで古くはなかったので、十年以内に建てられたものと思われた。外壁は至ってシンプルな白塗りだった。エレベーターに乗り七のボタンを押し、エレベーターから出ると、一番奥に古川と書かれた表札があった。
「着いた…ここだ…」
自分たちが現在立っている場所から見える景色はかなり綺麗なのだが、中村敦と神代優奈は高いところがあまり得意ではなかったので、急いで室内に入りたかった。
「とりあえずさ、チャイム押してみようぜ」
一秒でも早く室内に入りたい!
そんなことを考えながら、中村敦は口を開いた。
「いいけど、誰が押すの?」
神代優奈は「私が押すのは嫌だからね!」と言っているかのような視線をこちらに向けていた。
「俺が押すよ。じゃないとややこしくなるから」
そう言ったのは藤崎だった。
(藤崎…お前が居てくれてよかったよ…)
先程と思っていることが逆になっている中村敦だった。
そんなことを思われてることを露知らずの藤崎は古川と書かれた表札の下に置かれてあるボタンを押した。
「連絡した藤崎です」
少し声が震えていた。
多分、藤崎も藤崎で緊張しているのだなと中村と神代はそんなことを思っていた。
『どうぞ…』
ただ一言そう言われた。
そして、彼らはドアノブに手をかけ、それを捻り、扉を開け中に入っていった。
10月10日午後5時48分
扉を開き、室内に入ると少し長い廊下があった。左側には一つの扉が設置されていたので、恐らく寝室だろう。右側には少し離れた位置に扉が二つ設置されていた。手洗い場と浴室を分けているのだろう。
中村敦達は靴を脱ぎ、それを丁寧に揃えると、廊下の先に見える、明かりの点いた部屋に向かった。
「お、お邪魔します…連絡した藤崎です…」
藤崎を先頭に立たせ、彼らはリビングに足を踏み入れた。
リビングは広く、彼等から見て、左側にキッチンがあり、キッチンの手前には四人の人間が食事を楽しめるテーブルが置かれており、その右には少し大きめのソファーと机、あとテレビが置かれていた。
ソファーの方に視線を向けると一人の男が座って、作業をしていた。
横顔からでも分かるほどの美形だった。
その男は作業を終えると静かにこちらに視線を向けた。
「はじめまして…だな…君が連絡をくれた藤崎和馬君かな?」
「あ、あなたがあの…古川さんですか?」
「どの古川かは分からないけど、俺が古川総司だ…よろしくな…」
そう言うと、目の前にいる男、古川総司は静かに立ち上がった。
「とりあえず…コーヒーでも淹れるから少し待っててくれ…ごめんな…君たちが来ることすっかり忘れてたよ」
と笑いながら言われた。
10月10日午後5時55分
古川総司が中村敦達にコーヒーを出し、彼らを自分のソファーに座らせた。
「お待たせしました…砂糖いる人は?」
すると神代がおそるおそる手を挙げた。
男子勢はブラックでも構わないのだが、神代はあまりコーヒーが得意ではなかった。
「ご、ごめんなさい…砂糖少し貰ってもいいですか?」
「うん…いいよ。持ってくるよ、ちょっと待ってて」
そのまま古川総司はキッチンの方に向かった。
(しっかし、結構イケメンだな…身長何センチあるんだ?)
中村敦がそう思うほど古川総司の身長はかなり高身長だった。髪型も落ち着いた大人の様に軽く前髪を流しているだけなのだが、彼が持つ大人っぽさもあり、かなりはまっていた。
声はかなり低いのだが、アニメ好きの神代は良い声だと言っていたので、良い声らしい。
服装は何故か分からないが今はスーツ姿だった。それと眼が悪いのか、眼鏡をかけていた。
「お待たせ…この中に角砂糖入ってるから好きなだけ取っていいよ」
「あ、ありがとうございます…」
「いや、いいよ。それに俺の方こそ悪かった。コーヒーが苦手な人もいることを忘れてたよ。俺の周りはコーヒー飲む奴多いからさ」
「そ、そうなんですね…」
人見知りの神代優奈なのだが、今は頑張って会話をしようと努力していた。
(神代…お前…成長したな…けど、流石に砂糖七個入れるのはどうかと思うぞ…)
神代と古川総司以外の三人の考えが纏まった瞬間だった。
このまま沈黙が続くのはよろしくないので、藤崎に話し出してもらうことにした。
「あの、古川さん…今日は招待していただき、ありがとうございます…」
「そんなに固くならなくていいよ。俺も仕事の息抜き程度の感覚だからさ。それで?、俺に話があるんでしょ?」
「あ、はい…そうなんです。ごめんなさい…会って間もないのに」
「全然いいよ。それに会って間もない人に無理難題言われるのは慣れてるから」
少し困った表情を浮かべながら、そう言った。
(内容は濁してるみたいだけど、多分警察関連だろうな…)
猫舌の中村敦は冷めるのを待ちながらチビチビコーヒーを飲んでいた。
「実は…古川さんへのお願いがあるのは俺じゃなくて横にいる奴なんです」
藤崎は横で座っている大輝にバトンを渡すことにした。
古川総司は藤崎の横にいる大輝に視線を向けた。
「君が?」
「はい。挨拶がまだでしたね。自分の名前は川島大輝と言います。本日は時間を取っていただき、誠にありがとうございます」
「めちゃくちゃ固いな。肩の力抜いていいよ。
俺もそんなガチガチの高校生と話すのは少ししんどいから。それで?、頼みって何?」
「実は…」
そこで大輝は事のあらましを簡潔に伝えた。
話している最中、古川総司は口を挟むことなく、ただただ静かに話を聞いているだけだった。
「…というわけです。なので、俺は貴方に力を貸してほしいんです」
「なるほどね…橘花怜か…彼女の得意分野で闘うってだいぶ辛いな…」
古川総司はかなり苦い表情をしていた。
「まぁ、このままだと勝てる見込みが生まれないかもなので、貴方にアドバイスしてもらえたらと」
「まぁ、アドバイスする分にはいいけどさ、俺と橘さんはさ、確かにパソコンに精通してるけどさ、はっきり言って分野が違うんだよ」
「え?、そうなんですか?」
大輝は古川総司の発言に少し驚いていた。
中村敦も少しは驚いていたが、大輝程ではなかった。
(だろうな…多分、この人の得意分野は恐らく…)
中村敦が答えを出す前に古川総司が話始めた。
「うん。少し違うんだ。橘さんは発表とかに強いから、プログラミングするとしたら、色彩とかブレの少ない動画とか、そっち系になると思うんだけど、それに対して俺は防犯カメラとかをハッキングしたり、不正アクセスしたユーザーを特定したりするプログラムを作るんだ」
つまりは会社のプレゼンで役に立つか、警察の捜査に役立つかなのだ。
世間的に見れば後者の方が圧倒的にありがたいが、残念ながら今回に限れば前者の方がありがたかったのだ。
(まぁ、出来たら両方とも出来る人がよかったけど…)
とは言え、しょうがない。
人には得意不得意があるのだから。
大輝や神代の瞳に不安が浮かび上がるその直前だった。
「けど…何とか出来なくはないよ」
「え?、どういうことですか?」
「いや、一つ思い付いたんだ。これなら彼女に勝てるかもしれない策をね…」
大輝と神代の瞳に希望が灯った瞬間だった。
横にいた藤崎も少し驚いていた。
中村敦はようやく適温になったコーヒーを喉に流し込んでいた。
「あの…その策ってどんな策なんですか?」
大輝が内容について聞いたその後だった、古川総司の瞳に先程まであった暖かさが一瞬にして消えた。
「その策を教える前に二つ知りたいことがある…まず、一つ…俺がその策を言えば、俺は君たちに力を貸すことになるんだ。多分、藤崎には出来ないだろうから。でさ、一つ気になったんだけど、俺にメリットがない」
「あ…」
古川総司のその一言は甘い考えを持っていた四人を一瞬にして打ち砕いた。
藤崎の紹介だからと思って油断していた。
確かに、藤崎が古川総司の友人ならこの問題はそこまで大きくはなかったのだが、彼らはまだ友人ではない。強いて言うならネットで知り合った関係なのだ。しかも、古川総司は警察に依頼されるほどの凄腕なのだ。
先程はああ言ったが、実際は出来るのだろう。
だが、やらない。理由は明確だった、彼に利点が一つもないからだ。高校生である彼ら(一人は違うが)はプロに依頼するという感覚がなかった。
「ごめんなさい…確かにそう言われればそうでした…」
大輝は言われて初めて気付かされたことに、自分自身に腹をたてていた。
「それとさ、川島君にはさ、やる理由がある。けど、他の人にはないんじゃないかなって、思ってさ」
「え…」
「ごめん言い方が悪かった。俺の悪い癖だ。つまり、俺が言いたいのはモチベーションの違いってことなんだ、川島君は全力で勝ちにいくぞ!ってモチベーションだから、必然的にやる気がある。けど、他の人にそれはないかもしれないと思ってさ。モチベーションの差って結構大きく響くんだよね。俺は勝つ気満々のチームとかだったら応援するけど、勝つ気のないチームには応援しない、時間の無駄だし、意味もない」
「つまりは、他の奴にやる気があるのかってことですか?」
「まぁ、そうなるかな。俺はそれを知りたい」
「なるほど…」
確かに言われてみればそうだった。
大輝はともかく神代や藤崎にはそこまで熱くなる理由がない。
(特に俺…ここにいる意味なくね?)
強いて言うなら、中村敦がここにいる理由は大輝と神代の仲介役なのだが、今はそんなことはどうでもいい。
暗い雰囲気が漂う中、神代が口を開いた。
「あの…こんなときに言うのはどうかと思いますが、私は川島君に勝ってほしいって気持ちが結構あります!」
「か、神代さん?」
流石の大輝も少し動揺していたが、そんなことに構うことなく、神代は続けた。
「それに、川島君はやる気のない人を誘ったりはしません!、私はよく見てたので、分かります!」
最早何を言っているのか、訳が分からなくなり、収拾がつかなくなりそうなので、中村敦は何とかすることにした。
「えっと、古川さん…つまりはやる気があれば協力するってことですよね?」
「そうなるかな、それが一つ目の条件」
「そうですか…だったら、今この場で面接をしてください」
「面接?」
「俺たちを面接してみてください、それでやる気の有無を確かめてください。それに、古川さんは人を観察するのは得意でしょ?、さっきも俺たちが来る前から見てたみたいですから…」
「まさか、気付かれるとはね、俺も詰めが甘い。けど、いいよ。じゃあ、見極めさせてもらうよ、君たちが俺が協力するに値する人間かどうかをね…」
そして、天才プログラマーの面接が始まる。