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7話『恋する乙女と不器用な男のステップ』

10月9日午後8時30分

橘花怜の発表も終わり、残すイベントはあと一つになっていた。


「さて、とりあえず神代達を探すか」


会場を出て宇木田と別れてから、中村敦は神代優奈達を探すことにした。

5分程歩き回っていると、神代と大輝はすぐに見つかった。


「大輝、橘の発表はどうだった?」


「めちゃくちゃ凄かったよ。橘さんに勝つ方法が思い付かない…」


「確かにな…ありゃ天才だな…」


「視覚に訴えかける…か…いいヒントを貰えた気がする…」


何かを思い付いたような顔を大輝はしていた。すると、両手に溢れんばかりの肉が置かれた皿を持ちながら、神代優奈はこちらに走ってきた。


「川島君!、これ食べて元気出して!」


「あ、ありがとう…でも、この量は一人じゃ無理だから、中村も一緒に食べるぞ!」


「俺もかよ!」


「ついでに私も少し食べようかな…」


神代は少し照れくさそうに肉を取って、食べていた。神代が持ってきた大量の肉を食べ終わると、話題は先程の発表のことになった。


「凄かったよね、橘さんの発表。あれに私の絵で勝てるのかな?」


「流石に絵だけじゃ勝てないな…何か考えないとね…中村はどう思った?」


「俺は単純に凄いとしか思わなかったな…けど、最後のマジックみたいなやつは驚いたな」


「あの瞬間移動のやつか?」


「それ何だけどよ…お前らは現れた方法分かったか?」


その問いに神代が先に答えた。


「私は消え方も分かんなかった…私達は一番前にいたのに…」


(お前…どうせ、大輝の横顔ばっか見てただろ…)


そんな視線を投げかけていると、視線の内容に気付き、神代の顔は真っ赤になった。


「大輝はどうだ?」


「俺は消え方の予想はつくけど、現れ方は本当に分かんない…中村も多分、俺と同じだろ?」


「まぁな。俺も消え方の予想はつくけど現れ方はわかんねぇ…ってか、そもそも何であんなことをしたのかがわかんねぇ…」


「俺もそれは気になってた…けど、今は忘れよう…この後、俺たちお待ちかねのイベントがあるんだからさ」


大輝はウキウキしていたが、こちらは(特に神代は)少し嫌そうな表情を浮かべていた。

なぜなら、俺たちは運動の類いがあまり得意ではないのだ。そんな人間が運動する必要があるところに向かえばどうなるか、答えは簡単だ。


「嫌だなぁ~」


「俺もそれに同意だ…」


こうなる。





10月9日午後8時40分

会場にアナウンスが流れた。


『お待たせいたしました。只今よりダンスを踊っていただきます。紳士淑女の皆様、どうぞお楽しみください』


これが女性陣がドレスを着ていた理由だ。

橘花怜の発表が終わったあと、二時間程、会場内に音楽が流れるのだ。その音楽に合わせてダンスをするのだが、最悪なことに、そのダンスは学校の授業で習うようなものではなく、何処かの国の舞踏会のようなダンスだった。


「マジでどうしよ…俺、ダンス踊れねぇよ…」


中村敦はそう言いながら、俯いていた。

そんな彼を見かねて、一人の女がこちらに歩いてきた。


「なら、よければ私と踊りませんか?」


「元はと言えばお前のせいでここにいるんだけどな、天海…」


この時間になるまで、一向に姿を見せなかった天海雫(天使)のことを睨むと彼女は何事もなかったかのような表情でこちらに近付いてきた。


「まぁ、いいじゃないですか…そんなことより踊りませんか?、私、人に教えるの得意ですよ…」


「じゃあ、お願いするわ…」


気晴らしに踊ることにした。

躍り方は全く分からないけど。

数分間踊っていると、少しは足の動き等は覚えれたので、何とか今回のパーティーのダンスは乗りきれると思った。


「私の教え方はどうでしたか?」


「上手でしたよっと、さて…何で俺をここに呼んだんだ?」


橘花怜から招待状を貰ったとき、こちらに天使は微笑んでいたのだ。何かあったのは間違いない。


「強いて言うなら、このイベントは回避したらいけないイベント…だからかな」


「強制イベントかよ…クリア条件は何なんだよ?」


「それは言えません…規則ですからね…まぁ…後々、重要な意味を持つかもしれませんね…」


「お前…まさか、この後起こること全部分かってるのか?」


「どうでしょうね…さて、そろそろこのぐらいにしておきますか。私、色んな男性にダンスのお誘いもらってますから…」


そのまま天使はこちらに微笑み、その場を後にした。


「はぁ…これ以上の面倒は勘弁してくれよ…」


肩を落としながら、中村敦は神代の元へ向かった。





10月9日午後9時

中村敦が天使と踊っているときに事は起こっていた。


「ねぇ、川島君…暇だね…」


神代優奈は顔を少し赤くしながら川島大輝の方を向いていた。


「確かに暇だね…俺もそろそろ踊ろうかな」


「川島君踊れるの?」


「見てたら大体は掴めたから多分踊れるよ」


「そ、そうなんだ…」


(私なんて見てても分かんないよ…やっぱり川島君は凄いな…)


川島大輝の横顔を眺めていると、一人の少女がこちらに近付いてきた。


「私の発表はどうでしたか?、川島君」


「凄い発表だったよ橘さん」


何と、川島大輝の宿敵である橘花怜がそこに立っていたのだ。


(え、な、何しに来たの!?)


神代優奈の頭の中は少しパニックになっていたが、まだ耐えることが出来ていた。橘花怜の次の言葉を聞くまでは。


「それはありがとう…ねぇ、川島君…良かったら私と踊りませんか?」


この言葉を聞いた瞬間、神代の脳内では最大レベルのサイレンが鳴り響いていた。


(え、え、え、何で、何で、何で!?、もしかして橘さんも川島君のことが!?)


「何で俺と?」


「他の男性からのお誘いが多くて…少し疲れているんですよ…だから、他の男性に引いてもらおうかと思いまして…それに…もう少しお話ししてみたいですしね…」


(何それ!?、男にモテモテだったらいいのでは!?、私なんてモテてないのに!、川島君…行かないよね?)


神代優奈はこの時、ある誤解をしているのだが、その誤解が解かれることはない。彼女は鈍感だからだ。


「俺でよければぜひ…それに、俺も橘さんと話してみたいし」


「ありがとうございます。踊れますか?」


「見て覚えたから、多分大丈夫」


神代の方に顔を向けると。


「じゃあ、悪いけど橘さんと少し踊ってくるよ。そろそろ中村も戻ってくるだろうから、ごめんね」


「う、ううん…気にしないで!、二人で楽しんできて!」


「ありがとう…それじゃあ行ってくるよ!」


そのまま川島大輝は橘花怜と共にその場を後にした。

一人取り残された神代優奈の脳内は穏やかではなかった。


(橘さん…羨ましすぎる!、私にも一緒に踊りませんか?って言う度胸があればなぁ~、いやいや、私みたいな地味で可愛くもなければ胸もない女が川島君に相手されるわけないよ!、橘さん…胸あるし!、可愛いし!、性格いいし!、勝てるわけないよ!)


と頭を抱えながら、暴走していた。

端から見たら、奇妙な(気持ち悪い)光景だが、中村敦にとってその光景は見慣れたものだった。


「はぁ…最悪のタイミングで戻ってきちまったよ…」


彼は彼女が頭を抱えだした辺りから彼女の近くに来ていた。

そして、近くに川島大輝がいないことと、彼女が頭を抱えている光景を見て、すぐに勘づいたのだ。


(多分、大輝が橘さんと踊ってるんだろうな…しかも、橘さんからのお誘いで…)


百点満点の答えだが、一応聞いておくことにした。


「神代、大輝はどこだ?」


すると、神代はこちらに哀しそうな表情を向けてきた。


「川島君は…橘さんと踊りに行ったよ…」


「そうか…あの野郎、神代置いて行きやがったか…」


「しょうがないよ…橘さんからのお誘いだったからね…」


少しずつ声は暗くなり、最終的には全身から負のオーラが全開になっていた。


「なるほど…大輝の考えは大体分かったわ」


「え…どうゆうこと?」


「多分、今、ふたりの間で腹の探りあいしてる頃だと思う」


その予想は正しかった。

だが、少しだけ違っていた。




10月9日午後9時5分

川島大輝は橘花怜と音楽に合わせながら踊っていた。川島大輝の動きは初心者の動きではなく、経験者の動きそのものだった。プロと比較すれば目も当てられないが、パーティーのダンスとしてはとても優雅で美しい動きをしていた。大輝はダンスに慣れてくると、橘花怜に話しかけた。


「俺のダンスの腕前はどうかな?」


「初心者とは思えない動きです。私は三年もダンスをやっているのに初心者のあなたが私と同等に踊れているのは少し腹がたちますけどね」


とは言いつつ、彼女の顔は笑っていた。

その微笑みだけで、恋に落ちるほどの可愛い微笑みを彼女は大輝に向けていた。


「それは困るな…発表のコツみたいなものを教わろうと思ったのに」


「川島君は私とのダンスより、そちらの話しの方がお好きですか?」


「純粋な好奇心だよ。話しは変わるけど、あの瞬間移動ってどうやってやったの?」


「それも内緒です。川島君…何でも真っ正面から聞いて答えが返ってくるとは思わない方がいいですよ。特に女性と話すときはもっと工夫しないと…」


「正直な方が橘さんの好みかなって思ってね」


「それにはお答えしましょう。私の好みは一途でぶれない方ですね。一途な方に悪い方はいませんから」


「なるほどね…」


そのまま二人は暫く踊っていた。

時折他のペアとぶつかりそうになったが、二人はそれを難なく避け、華麗に舞い続けていた。

その沈黙を破ったのは橘花怜の方からだった。


「川島君…どうして川島君は発表会に全力で挑むんですか?」


その時の彼女の表情は少し悲しげだった。

この時は分からなかったが、彼女は後に起こる悲劇を既に知ってしまっていたのだ。


「多分、橘さんと同じ理由かな…俺たちの学校ってさ、三年に一度、国公立大学からの指定校推薦が来るでしょ?、しかも今回は俺たちの代で来るからね。俺はその国公立大学に行きたいから…だから、内申点が必要なんだよ…」


「私と同じ理由ですね…私も負けてられません…」


「お互いに頑張ろう!、さて、もう少し踊る?」


「そうですね!、もう少しだけ踊りましょう」


そのまま暫くの間、また沈黙が続いていた。




10月9日午後9時18分

中村敦と神代優奈側では、悲劇とまでは言わないが、ちょっとした面倒事が起こっていた。

事の始まりは三分前に遡る。


「とりあえず何か飲み物でも取ってくるわ、神代、お前何がいい?」


「私はリンゴジュースで」


「じゃあ取ってくるわ」


先程、神代優奈に大輝と橘花怜の踊っている理由を説明し終え、そのことで少し喉が渇いたので、彼は飲み物を取りに神代優奈の側を離れたのだ。それを待っていたかのように一人の男が神代優奈の目の前に現れた。


「ねぇ君…良かったら俺と踊らない?」


神代は一瞬反応が遅れ、唖然としていた。

そして、遅れてきた反応が神代の表情に現れた。


「わ、私とですか!?、い、いや、わ、私踊れませんよ!」


余程自分が誘われたのが嬉しかったらしく、彼女の表情は林檎よりも真っ赤になっていた。

その反応を見て、男は口角を少しだけ上げた。


(やっぱり…遊ぶなら遊びなれてる女より、こういう可愛らしい反応する女の方がいいや…)


男は髪の色が金髪で、両耳にピアスを幾つか着けており、とても長身な男だった。


「ねぇ、名前聞いてもいい?」


「わ、私の名前ですか!?」


神代はまだ動揺が治まっておらず、慌てふためいていた。


「他に誰がいるの?、俺の名前は小村瑞人、大学一年生」


「私は神代優奈…高校二年生です…」


それを聞いた瞬間、小村のテンションはかなり高くなった。


(やった!、JKだ!、しかも高ニって一番いい時期じゃん!、これは何としても今夜中に頂かないと!、しかもこういうタイプだから絶対に処女だろうしな…)


小村は逸る気持ちを抑えながら、紳士に徹していた。


「神代さんみたいな可愛い子とこんなところで出会えるなんてラッキーだよ」


「そ、そんなことないですよ!、私の連れなんていつもブス!とか、まな板!って言いますから!」


神代は怒りを含んだ言い方で小村に訴えかけた。

小村の内心は少しだけ、焦っていた。


(この子連れがいるのか…それは少し厄介だな…なるべく早めに口説いてお持ち帰りしないと…嫌だぜ、こんな所に来て誰とも何も出来ないなんてよ…でも、胸がないのはなぁ~、まぁ、可愛いし、処女だからいいや)


聞く人が聞けばかなりの屑男である。

一方、そんなことが起こっているとは知らない、中村敦は、飲み物を取りに会場の入り口近くのドリンクバーの所に向かっていた。

ドリンクバーに着くと、頼まれていたリンゴジュースをグラスの中に注ぎ、自分の分のオレンジジュースを入れていると、彼は近くに一本の赤い瓶が置いてあるのに気付いた。


「これは…そうだ!、これを使って…」


中身が何なのか直ぐに気付き、その中身の液体を片方のグラスに数滴溢した。


「念のためにこれも持っていっとくか」


赤い瓶を制服のポケットに入れ、神代の元へ戻ろうとした時だった、一人の女性がこちらに声をかけてきたのは。


「ねぇ、そこの君…」


「え、俺ですか?」


急に声をかけられ、ビックリし、手に持っていたグラスを落としかけた。

声をかけられ、暫く沈黙が続いたので、中村敦は口を開くことにした。


「あの…何か用ですか?」


女性は何かを決心したかのような表情を浮かべ、固く閉ざしていた口を開いた。


「あなた、さっき可愛らしい女の子と二人で話してたけど、あの子は貴方の大切な人?」


恐らく神代とのことを言われ、中村敦の表情を少し赤くなってしまった。この場に彼女がいなかったことにホッとすると、聞かれたことの返答をした。


「ただの友達ですよ、ちょっと面倒な奴ですけど…」


「なるほどね…だったら、その子の元に早く戻った方がいいよ…今、面倒な男が絡んでるから…」


「え…どうゆうことですか!?」


急な暴露に思考が追い付かず、落とさないように手に持っていたグラスを近くの机の上に置いた。


「さっき、貴方の連れの子に金髪の派手な男が話しかけてるのを見たの。その男は、この会場を経営している社長の息子なの…だから、ここで起こった面倒事の大半は隠蔽出来るの…」


「面倒事って?」


「そいつ、『処女狩り』って私は呼んでるけど、とにかく名前の通り、処女だけを狙ってナンパして肉体関係を手にいれて、ある程度遊んでから捨てるっていう最低の男なの。噂では避妊具を着けずにしてしまった人の赤ちゃんをおろさせたとか…」


「そいつの特徴は!?」


「金髪で長身…急いで行ってあげて…」


「ありがとうございます!」


中村敦は、机の上に置いていた2つのグラスを手に持ち、急いで神代の元へ走っていった。


(大丈夫だよな…)


焦りながらも、冷静に彼の心は落ち着いていた。

一方、神代側では。

小村が神代に一方的に話しかけていた。


「俺の親父さ、ここの会社の社長だからさ、さっきの手品の仕掛け知ってるんだよね」


「え、本当ですか!?」


(すっごい食い付くなこの子…そうだ!、あの手でいくか…)


口角は緩むのを手で押さえ、こちら側の下心を悟られないように、彼は紳士に振る舞った。


「うん!、教えてあげるからさ、よかったらさっきの会場に行かないかい?」


「分かりました!、みんなに言ってきますね」


(やった!、これで川島君も少しは喜んでくれる!)


神代優奈は中村敦にこの事を言いに行こうとした時だった、自分の進行方向を防ぐかのように一本の腕が勢いよく壁に打ち付けられた。

俗にいう壁ドンである。突然の壁ドンに困惑しながらも神代は言葉を振り絞った。


「あ、あの…こ、これは…」


「俺は神代さんにだけ、見せたいんだ。君の友達じゃなくて、他ならぬ君だけに見せたいんだ…、ダメかい?」


優しく、そして甘く、乙女の心を奪うかのような甘い眼差しで小村は神代を見ていた。

その内側にどす黒い下心を抱えながら、小村は神代優奈を眺めていた。


(あとちょっとだ…最悪、ここから連れ出せば、後は外にいる部下にこいつを気絶させれば、ヤりたい放題だからな!)


神代はこの会場の外に出てはいけないのだ。

外に出てしまえば、後はクモの巣に捕まった蝶のように補食されるだけなのだ。

そのことを全く知らない神代は。


「分かりました!、そこに連れていってください!」


「うん!、さぁ行こうか!」


(イタダキマス…)


神代が小村の手を取ろうとした寸前だった。

神代と小村の手の間に一本の腕が勢いよく割り込み、そのまま壁に打ち付けられた。


「人生初壁ドンだけど、勢いよくやったら、掌痛いなこれ」


と何とも情けない感想を残し、中村敦は神代優奈の元へ戻ってきた。


「な、中村!、遅いよ!、どこ行ってたの?」


「ちょっとな…さて、神代、お前、どこに行くつもりだったんだ?」


「え、私?、あ、そうだ聞いてよ中村!、中村の目の前にいる小村さんがさ、ここの会社の社長の息子らしいからさ、さっき、橘さんがやってた手品のネタ教えてくれるってさ!」


(なるほどな…そういうことね…)


神代の表情と小村の表情を交互に見比べ、大体の事情は把握した。


「さて、小村さんでしたっけ?、俺の友達が随分と迷惑をかけてしまい申し訳ない…ご覧の通り、後は俺が世話するので、もう大丈夫ですよ」


中村敦は小村に向かって、「消えろ!」と言わんばかりの鋭い視線を向けていた。

小村もそれに気付いているのだが、彼は引かなかった。


「いや、そんな訳にはいかないよ!、神代さんに俺は約束したんだ!、手品の種を見せるって」


「だったら、何で神代と二人になることにそんなに固執してるんだ?、別に手品の種明かしなら何人いても困らないだろ?、寧ろ大勢いた方が盛り上がるのによ…」


「そ、それは…」


明らかに動揺してしまっている。そして、中村に言われ、神代も小村の行動が少々強引でそして、かなり怪しいと気付いてしまったのだ。


「まぁ待てよ…なぁ、小村…最後の警告だぜ?、俺が神代の世話するからあんたはもうどっか行っていいぜ」


これが最後の警告。ここで小村は身を引けばまだ最小の傷で終わったのだが、彼の内側に溜め込まれた性欲が彼から身を引くという選択肢を消してしまったのだ。


「いや、俺も男なんでね、レディとした約束は死んでも守るんだ。どうだろう、中村君も神代さんと来ないかい?」


この瞬間、小村瑞人の破滅は確定した。


(舐めやがってクソガキ!、この『処女狩り』がそう簡単に獲物を諦めるわけねぇだろ!、部下に連絡して、お前も気絶させてやる!、そして、お前の目が覚めた瞬間、この女を犯してやる!、目の前で犯されるのを眺めてろ!)


この選択をしたことを小村瑞人は一生後悔することになる。何故なら、格が違うのだ。

中村敦という平凡な男と小村瑞人というボンボンとでは、格が違いすぎたのだ。

この選択を見届けた中村敦はため息を溢した。


「はぁ…まぁ、いいですよ。神代行くか!」


「うん!、やっぱ、中村がいないとね」


「じゃあ、行こうか」


(これで俺の勝ちだ…今度こそ、イタダキマァス)


会場の外に出ようと歩き始めた瞬間、突然、中村敦は歩くのを止めた。


「ん?、どうしたの中村?」


急に足を止めた友人に疑問を思い、神代も止まって後ろを振り向いた。


「はぁ…、まさか、まだ気付かないとはな…小村さん…あんたとことん馬鹿みたいだな」


「な、何の話しをしているんだい?」


(言ってろ!、お前はこの後、リンチなんだよ!、クソガキ!)


満を持して、中村敦は笑みを浮かべながら、こう言った。


「あんたの頼みの綱の、ムキムキの部下は来ねえって言ってんだよ!」


「ん、今、何て言った!?」


「いいから、通信機使ってみろよ、多分、部下の悲鳴が聞こえるぜ」


小村は急いで、通信機を作動させ、二人の部下と繋いだ。


「おい…お前たち…今、どこに…」


小村の声を遮り、部下は騒ぎ始めた。


『た、助けてください!、こ、このままじゃヤバいんです!、助けてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…!』


小村は声を聞き、中村が嘘をついていないことの確認を終えると、邪魔になった、通信機を放り投げた。小村は中村の方を睨んだ。そして、


「お、お前…一体何をした!?、なぜ、俺を狙う!?」


「あんたの裏の顔がクズ過ぎるからな…この性犯罪者がよ!」


突き付けられた自分の悪行を、小村はいつから知られていたのか考えていた。


(な、何故それを!?、一体どこで、漏れた…)


中村敦は小村が考えていることの答えを最初に教えることにした。


「因みに俺にあんたの裏の顔を教えてくれたのはあんたの後ろに立ってる人だよ」


小村は直ぐ様、後ろを振り向き、正体を確認しようとしたが。


「な!、後ろ何て誰もいないじゃないか!」


そう後ろには人は一人もいなかったのだ。

中村は小村が後ろを振り向いている隙を突いて、一気に近寄った。


「いねぇよ、ばぁ~か!」


中村は柔道で学んだ足技を使って小村を転ばせた。そして、


「神代に飲ませようと思ってた、俺、特製ジュースだ。よく味わいな」


手に持っていたグラスを傾け、小村の鼻の穴へと流し込んだ。

小村は最初、鼻の穴に液体が入った時の痛みに顔を歪ませていたが、次第にそれだけが原因ではないことに気付き絶叫した。


「痛ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ…な、何を入れた!?」


小村は起き上がろうとしたが、中村に顔を踏みつけられていたので、起き上がれなかった。


「そんなに俺、特製ジュースが旨かったか。因みに隠し味を特別に教えてやるよ」


中村は先ほどしまっていた赤い瓶の蓋を開け、中に入っている液体の全てを小村に流し込んだ。


「や、やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……」


全て流し込んだ後、鼻の穴を思いっきり踏んづけた。今まで被害にあった女性の分を込めて。

中村敦は踏みまくった。

数分後…

小村の鼻がピエロのように真っ赤に腫れているのを確認すると足を退けて、ある小瓶を小村に渡した。


「それをお前の部下に飲ませろ。そうすりゃ助かる…」


小村は直ぐ様、逃げようとしたが、中村は小村の肩を掴むと、耳元に顔を近付け、声のトーンを落としながら、


「二度と俺たちの前にツラ見せんじゃねぇぞ…次見せたらこんなもんじゃ済まさねぇぞ…」


と軽く脅しておいた。

小村が去った後、事の成り行きを見守っていた神代の不満が爆発した。


「ちょっとやり過ぎだよ!、中村がメールで『俺を信じろ』って言うから見てたけど、まず小村さんに何であんなことしたの!?、通報されたら捕まっちゃうよ!?」


神代には一切の説明を省いていた(説明する時間などなかったが)ので、一から事情を説明した。

数分後…

小村が性犯罪者クズであることを理解した神代は中村が何をしたのか詳しく聞くことにした。


「まずさ、小村さんの部下が来なかった理由は?」


まず、第一の謎がそれだった。

小村の切り札とも言える、部下が駆け付けていたら、神代と中村は無事では済まなかったはずだ。


「それはな…めちゃくちゃゲスな方法だよ」


「え、もしかして金的したとか?」


確かにその手は(男限定で)有効だ。

だが、常日頃鍛えている部下の前でひ弱な高校生が真正面から挑んだところで結果は火を見るより明らかだ。なので、彼は人間が鍛えることの出来ない、内側を攻めることにした。


「まぁ、その手もあるにはあるけど、俺が使った手はよくある下剤を使うっていうゲスな手だ」


中村は部下の飲み物の中に下剤を流し込み、それを部下が飲んだ所を確認していた。


「それと、部下が行きそうなトイレのトイレットペーパーを全部隠しといて、動けなくした」


「ひ、酷いね…因みに下剤はどうやって手に入れたの?」


「便秘してそうな奴の鞄から盗んだ」


「思いっきり犯罪行為だよ!、そもそもどうやってそんなの見分けるの?」


「勘だよ」


「いらない勘だね…ん?、もしかしてさ、さっきの小瓶って?」


神代の女の直感が働き、先ほどの小瓶の正体について聞くと、


「下剤入りだよ、あんなん助けるかよ」


「はぁ…まぁ、いいよ。最後にさ聞きたいんだけど、私が飲むはずだったリンゴジュースに何入れたの?」


「タバスコに決まってるだろ!」


「そんなの入れるな!」


神代は、中村の足に思いっきり蹴りをぶちこんだ。


「そりゃねぇよ!」


そのまま言い争いをしながら、中村と神代はパーティー会場へと向かった。

因みに後日、小村とその部下は警察に今までの悪事が全てバレてしまい、二人仲良くお縄についた。二人の悪事の証拠を警察に流したのは中村に声をかけた女性だった。

その女性はジャーナリストだったらしく、密かに彼ら二人の悪事を追っていたらしい。

それともう一つ、一人の男性が私の下剤がないのだがと落とし物センターに聞きに来たらしいが、結局それは見つからなかったらしい。



10月9日午後10時3分

パーティーもいよいよ終わりに近付いていた。

小村との騒動も一段落したので、神代優奈と中村敦は会場内の椅子に座っていた。


「結局、私は誰とも踊れなかったな…」


「正確には大輝とだろ?」


「う、うるさいな!、はぁ…川島君とも踊りたかったよ」


大輝は結局、戻ってくることはなかったので、橘花怜とのダンスを楽しんでいたに違いない。


「さてと、神代…よかったら、一緒に踊るか?」


中村敦は意を決して、神代優奈をダンスに誘った。本来ならこのパーティーに参加などしていなかったのだが、天海雫(天使)の策略により参加せざるを得なくなったのだが、彼は最初からこうしようと決めていたのだ。


今はもういない君との思い出を作ろうと…


少し涙目になっていたが、それをお互い気付くことはなかった。


「中村って踊れるの?」


「さっき、教えてもらったんだ」


「そ、そうなんだ…で、でもいいよ…私踊れないし。きっと中村に恥かかせちゃう…」


言い終わった後、神代はかなり下を向いていたが、この答えは予想していた。

中村敦は、神代優奈の目の前に手を出した。


「お前となら別にいいよ…」


「え…それって…」


下を向いていた彼女が上を向くと、中村敦は笑っていた。


「お前と一緒にいて、俺が、何回恥かいたと思ってんだよ。今さら数が増えたところで、あんまかわんねぇよ」


と少々、意地悪な答えを返すと、彼女は顔を少し赤くしながら、


「ちょ…どうゆうこと!?、私、そんなに恥ずかしいことしてたの!?」


と返してきた。


「さぁな…いいから踊りにいくぞ!」


彼女の手を強引に掴み、彼はダンスに乱入した。

その光景を見て、天使は笑っていた。


「相変わらず、今も昔も素直じゃないですね。そんなんだと、女は苦労しますよ」


そして、彼らは時間一杯まで、踊り続けた。


「おい神代、足はそっちじゃなくて、こっち!」


「ちょ、もうちょっと分かりやすく教えてよ!」


「今のは回るタイミングじゃねぇ!」


「やっぱり、私、ダンスの才能ないね…」


「落ち込むなよ!」


と言った、会話を交わしながら彼らは不細工なダンスをし続けた。

因みに後日、神代は両足筋肉痛となり、暫くの間、歩くのが困難になった。

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