6話『女王の演説』
中村敦には欠点が多いと以前述べたが、その欠点をさらに挙げると以下のことが挙げられる。
人の多いところ、うるさいところ、明るすぎるところ、等が挙げられる。つまり、これらを纏めると、人の多いところは駄目なのだ。
そんな男がこれらの条件、全てが当てはまる所にいたらどうなるか。答えは簡単だ。
「はぁ…溜め息しか出ねぇ…」
こうなる。
10月9日午後6時30分
学校が終わった後、家に帰り、鞄を置き、必要な物をショルダーバッグに詰め、中村敦は指定された場所にいた。
「何で、俺がこんなところに…」
昨日の天使からのお誘い(脅迫)により、彼は今、学校の女王の父親が主催のパーティーに足を運んでいた。今回のパーティーの主旨は聞いてみた所、よく分からなかったので、簡単に言うと、株価の変動の予測をAIにさせる時の長所と短所をみんなで見てみよう!みたいな感じだった。
「もう帰りたいな…」
溜め息の数が10回を越えた時に、隣に立っていた、大輝が肩を叩いてきた。
「そんなこと言うなよ、折角、俺のライバルが招待してくれたんだからさ、楽しまないと」
「そのライバル騒動に俺を巻き込むなよ…」
流石に天使と二人で行くのは少々嫌だったので、招待券に五人までなら可と記載されていたので、大輝に付いてきてもらったのだ。
「とは言え、ここが敵陣だって、自覚して行動しないとな」
「手に持ってる、皿と箸を置いてから言えよ」
大輝は、パーティーの豪華な食事を堪能しており、表情も少し緩かった。
「じゃあ、俺も何か食べるか」
大輝を見てたら、少しお腹も減ってきたので、そこら辺の物を少しつまもうとした時だった。
「ごめん!、お待たせ!」
そう言って、走ってくる女子の姿が眼に写ったのは。
その女子は着なれていない、ドレスを何とか着こなし、汚れないように走ってきた。
そのせいか、いつも以上に気を使ったため、その女子の息は少し切れていた。
「別にそんなに待ってねぇよ。ってか、折角、綺麗なドレス着てるんだから、少しは落ち着けよ、神代」
と、息を切らしている、神代に言うと。
「はぁ…はぁ…、落ち着いてられないよ…だって、橘花怜さんのパーティーにお呼ばれしたんだからさ」
正確には、天使の招待券に記載されていた、人数の中に神代が入っただけなのだが、彼女が緊張するのもしょうがない。
「それに…川島くんに来て欲しいって言われたんだから…緊張するよ…」
大輝は敵陣視察のためと言い、神代に来て欲しいと頼んだのだ。
そのせいで神代はかなり緊張していた。
「まぁ、少し落ち着けよ、大輝は今、食べ物探してるから、俺とは別行動だぞ」
「そ、そうなんだ…ドレス姿、見て欲しいような、見て欲しくないような…」
「どっちだよ!、まぁいいや、俺らも何か食べようぜ」
「そうだね!、お腹も空いてきたし」
そのまま神代は普段食べられないような、ローストビーフ等の肉料理に手を伸ばしていた。
「さて、そろそろ俺も取るか」
先程、神代に邪魔をされたので今度こそと思った次の瞬間だった。
もう一人の邪魔者が姿を現したのは。
「あれ、あっちゃんだ!、こんなところで何してるの!?」
その声の方に視線を向けると、紫色で薔薇の刺繍が入った、綺麗なドレスを着ている一人の少女がいた。
「げ…お前は、宇木田…何で、こんな所にいるんだよ?」
その少女の名前は宇木田阿結、身長は俺より少し低めで、顔立ちは整っており、モデル体型をしている少女だった。
「そんな嫌そうな顔をしなくてもいいのでは?、まぁいいや。私は花怜ちゃんに誘われたの!」
とても嬉しそうにそう報告してきた。
ぶっちゃけ興味ないのだが、その後も長々とパーティーにいる理由を述べていたが、ざっくり纏めると、念願だった女王のグループに入り、そこで橘花怜と仲良くなり、パーティーに来ることが出来た。以上。
「まぁ、何はともあれ、良かったな、女王様とお友達になれて。憧れだったんだろ?」
「まぁね、私の憧れだよ花怜ちゃんは…それでさ、何で、あっちゃんはここにいるの?」
宇木田は先程からそのことを疑問に思っていたらしい、話しても構わないが反応が面倒なことになりそうな気がしたので、一言こう言った。
「招待券もらった」
半分嘘で半分本当のことだ。
宇木田もそれで納得したのか、深くは追及しては来なかった。
「あのさ、良かったら、あれが始まるまで、一緒にパーティー会場回らない?」
「お前の親友はどこにいるんだ?」
「はぐれた…だからさ、見つけるついでに、一緒に回らない?」
特にすることもなかったので、神代を大輝に預けてから、宇木田とパーティー会場の散策をした。今回のパーティー会場はとある大企業の社長の家と周りの敷地が今回の会場だった。
俺たちが今、いるのは敷地でそこは辺り一面が芝生で覆われていた。
今回のパーティーの目玉は先程述べたAIの長所と短所の発表とのことだった。
正直、そんなものをみて何になるのかはさっぱり分からないが、その紹介をするのが、橘花怜とのことなので、見ることにした。
「ねぇ、さっき、あっちゃんの隣にいた女子って、あっちゃんの彼女さんかな?」
料理を食べていると、急に宇木田はこちらにニヤニヤしながら聞いてきた。
「違う…あいつは、ただの友達だ」
「ふーん、あゆの目は誤魔化されないよ!、正直にお姉さんに話してみなよ!、楽になるよ」
「同い年じゃねぇかよ!それに…」
「それに、なに?」
「いや、何でもない」
(色気ねぇじゃん)
流石にこれは言えなかった。
神代と宇木田は胸元が少し寂しい感じだった。
折角のバランスのいいドレスが少し台無しだった。宇木田はそれを誤魔化せていたが、神代は出来ていなかった。
こんなことを考えてると、宇木田が急に脛を蹴ってきた。
「痛い!、ちょ、なに?」
「今、絶対コイツ胸ないなって思ってたでしょ!」
「思ってねぇよ!」
「絶対思ってた!、決めた!、あと一発蹴ってやる!」
「もう勘弁してくれよ!」
宇木田の瞳に怒りが灯った瞬間だった、大きな物音が鳴り響いたのは。
『お待たせいたしました。今回のパーティーのメインを飾る、発表の準備が整いましたので、皆様、ぜひ第一会場にお越しください』
そのまま、その放送は三回流れ、静寂が訪れた。宇木田の怒りが逸れている内に行動することにした。
「とりあえず、行ってみるか!」
「そうだね!、あれ…何か忘れているような…」
こちらの脛を見ながら、そう言ってきたので、急いで第一会場に向かうことにした。
10月9日午後7時
指定された会場へと向かうと、既に人で一杯だった。会場は大学の教室みたいな作りになっており、百人程は座れるらしいのだが、既に席は埋まっており、立ち見しているものが数人いた。結局、大輝や神代と合流することは叶わなかったので、宇木田と一緒に発表を見ることにした。
「楽しみ…、一体、どんな発表になるんだろう…」
目をキラキラさせながら、宇木田は発表が始まるのを心待ちにしていた。
「多分、AIのことを延々と語るだけだろ」
「花怜ちゃんの発表だから、絶対にそんなつまんない発表じゃあない!」
宇木田がそう力説していると、ステージにライトが集まりだした。
そして、そのライトの真ん中には橘花怜が立っていた。
ここから橘花怜の発表は始まった。
後に、この発表を見たものは、この発表のことをこう呼んでいた。
「女王の演説…」
そう言わせるほどの説得力が彼女の発表にはあった。
話しは遡ること数分前、彼女がステージに立った所から始まる。
10月9日午後7時10分
橘花怜にスポットライトが 集中すると、彼女は、ステージの上に置かれた机の備え付けのマイクに手を伸ばした。
『皆様、長らくお待たせいたしましたことを御詫び申し上げます。私の発表の目玉となる仕掛けの準備が予定していた時間より少し多くかかってしまい、このようなことになりました』
橘花怜は頭を数秒間下げ、頭を上げると何事もなかったかのように話を再開した。
『さて、これから発表を始める前に、ここに集まった皆様にお聞きしたいことがございます。皆様は…印象に残る発表とはどんなものだとお考えですか?』
この問いかけをすると、辺りは少しざわつき始めた。それもその通りだ。今の質問は本題であるAIのことと全く関係ない。
だが、彼女はそんな空間の空気など構うことなく話を続けた。
『私が思うに、それは皆様の視覚に如何にして訴えかけるかだと思います』
そう橘花怜は言った。
一体どういうことなのか、と会場にいる全員は思っていた。そのまま橘花怜は続きを話し始めた。
『例えばですね…皆様はレオナルドダ・ビンチが描いたモナリザの絵はご存知ですよね?、それを頭の中で描いてみてください。そしたらこのような絵が浮かんだはずです』
橘花怜は机の上に置いてあったパソコンのキーボードを叩き、画面に有名なモナリザの絵を映し出した。
『これでも何を言っているのかよく分からないかたも大勢いらっしゃると思いますが、つまり私が言いたいことはまさにこれなのです』
横にいる宇木田が耳元に急に囁いてきた。
「あっちゃん、どうゆうこと?、モナリザの絵は良いよねってこと?」
「違う…つまり、女王様が言いたいことは…」
それを遮って、橘花怜は話を進めた。
『そう…私が言いたいのは、人の脳裏に刻むためには視覚に訴えかける他ないということです。それも数回に渡ってではなく、一度でです!、皆様はモナリザの絵を見て忘れたことはありますか?、憶測ですが一度見て、忘れたかたはいないと思います』
宇木田の言っていたことは間違いではないのだ、モナリザは凄い。正確には、それを描いたレオナルドダ・ビンチが凄いのだ。橘花怜はダ・ビンチが何故凄いのかの説明をしているのだ。
『話がかなり脱線してしまいましたが、最終的な結論を述べさせてもらいますが。私はかの有名なレオナルドダ・ビンチのように皆様の記憶に残り続けるような発表をしたいのです。それでは今宵の発表会の本題である、AIと投資についての発表を致しましょう。皆様の視覚を総動員してご覧下さい』
橘花怜はパソコンのenterキーを強く押し、先程言っていた仕掛けを起動させた。
「ま、マジかよ…これ…」
思わず声が漏れてしまう程の光景がそこには広がっていた。
橘花怜がenterキーを押した瞬間、辺りは真っ暗になったが、橘花怜が立っていた所から光の鳥のようなものが羽ばたき、会場の壁を自由に飛び回っていた。その鳥が飛んだ後の軌跡は何本かに枝分かれを始め、そのまま少しずつ少しずつその輪郭が具体的な形を帯びたのだ。
「これ…折れ線グラフか…」
目の前の机に鳥が横切った後、同じようなことが起こったのだ。
その折れ線グラフにはA社とB社と書かれていた。
「確かにこの仕掛けは凄いけど…これ…見辛いだろ…」
無数の鳥が飛び回っているのだ、今は良くともこの後、辺りはグラフだらけになり、見辛くなるのは眼に見えていた。
『皆様、そちらに表示されているグラフは皆様の網膜の動きを感知し、皆様が見ている所にグラフが浮かび上がってくるようにしてあるので、見辛くなることはありません。このシステムもAIが皆様の網膜の動きを感知し、皆様に合ったグラフをAIが導きだして表示しています』
試しに色々な所を向いたが、橘花怜の言った通り、自分の目の前にグラフが浮かび上がりとても見易かった。
『それでは発表を始めます。まず今回、私は父から2つの会社の投資の資金として、それぞれに一万円を貰いました。一万円を元手に幾ら増やせるかの検証を行ったところ、ご覧のような結果になりました』
すると、A社のグラフは右肩上がりだが、B社の方は右肩下がりだった。
『暫く様子を見ましたが、特に変わらなかったのでここでAIを導入してみました。すると、A社よりB社の方に投資するべきだと出てきたので私はA社への投資額を下げ、B社の投資額を少し上げ投資してみるとご覧の結果になりました』
今度はA社の方が右肩下がりになり、B社はA社よりも売り上げが伸びていた。
AIの予測は的中していた。
『AIにA社とB社の経営規模は経営状況や社員の数、前年度の売り上げを入力した結果、ご覧のような結果をAIは導きました。これがAIの長所である、客観的に物事を見ることができるということです。私たちが見ている世界には無駄なものが多く、そして答えに辿り着くまでに時間がかかりますが、AIはその無駄なものを取り除き、人間より早く、的確な答えを算出してくれるのです!』
「ふーん、なるほどね…」
「あっちゃん…何言ってるか全然分からない…」
宇木田は首を傾げ、橘花怜が言っていたことを理解しようとしていたが、最終的には、
「まぁ、そんなものがあるってことか!」
こうなった。
橘花怜は会場の声が静まると、続きを話し始めた。
『そして、最終的な結果がこちらになります』
すると、A社は平行なままだったが、B社の株価は暴落していた。
『B社の方はこのまま何事もなければ右肩上がりを続けているはずでした。ですが、この会社は従業員の不満が高まり、従業員と経営者との争いが起こり、その事が外部に漏れ、株価は暴落しました。つまり、AIは客観的に物事を見ることが可能ですが、人の感情面などは予測が困難だということです。AIが見ていない無駄なもの中には人間の感情という、この世で最も見なくてはならないものが含まれているのです。
このことがAIの短所です』
橘花怜が言い切った後、折れ線グラフは目の前から姿を消した。明かりが見えなくなり、混乱していると、橘花怜にスポットライトが集まった。
『これが私が検証したAIの長所と短所についてです。さて、これで発表は終わりですが、最後に皆様にあるものをお見せしましょう』
橘花怜はパソコンのenterキーを押すと、また会場は暗くなった。暗くなってから数秒経つと、会場の壁にオーロラが現れた。
そのオーロラはとても幻想的で美しく、先程の鳥達にも劣ってはいなかった。
『皆様、このオーロラの光景を眼に焼き付けて下さい』
オーロラは暫くの間、会場を幻想的な空間にしていた。
そして、オーロラは終わり、会場が明るくなると、その異変は現れていた。突然、前方が騒いでいた。
「何か、騒いでるみたいだな…」
その異変の理由に宇木田は気付いていた。
「ねぇ…あっちゃん…花怜ちゃんがステージにいないの…」
「う、嘘だろ…」
言われてみると、ステージにいた筈の橘花怜の姿は何処にもなかった。
「一体どこに…」
会場にいる人間、全員が探していると、橘花怜は自分から名乗り出たのだ。
『皆様、私ならこちらですよ』
会場の一番上の席の真ん中に橘花怜は立っていた。
橘花怜がいたステージからは約30メートル離れており、更に段差が幾つかあり、前の方には人が多数集まっており、誰にも見つからずに移動するのは不可能に近かった。何の音もたてず、誰にも気付かれず、彼女はそこに立っていた。
『皆様が見ている世界と現実に起こっていることは同じではありません。現に今、皆様はそれを体験したはずです。見ているものが真実とは限らないことをお忘れなきことを。ご静聴ありがとうございました。これにて私の発表は終わらせていただきます』
最初は小さな拍手が起こり、そして徐々に徐々にその数が増え、最終的には会場の外に漏れる程の大きな拍手となった。
「良かった!」や「凄かった!」や色々な称賛の声が上がった。
「女王様の演説みたいだな…」
そんな光景を見ていた中村敦はこう呟いた。
その呟きが隣の宇木田に聞こえており、彼女もそれに同意した。
「うん…本当に…何か、花怜ちゃんが民衆の前で演説してたみたいに見えた…」
こう思っていた者は他にも何人かいた。俺の後ろにいた人も「女王の演説…」と呟いていた。
「さて、この会場からそろそろ出るとするか…」
「そうだね!、花怜ちゃんに感想言いたいし!」
そして、この後、今回のパーティーの本当のメインと言っても過言ではないあるものが始まる。