5話『女王のグループ』
10月7日午後8時12分
パン屋での話し合いも終わり、それぞれが帰ろとしていた。
「さて、これから忙しくなるぞ。神代さん、よろしく」
大輝は笑顔で神代の方に向いた。
対する神代はぎこちない表情を浮かべていた。
恐らく照れ隠しをしているのだろう。
「は、はい!、こちらこそ、よろしくお願いします!」
元気よく返していたが、やはり顔が少し赤くなっていた。
「じゃあ、そろそろ帰るか」
会計を済ませ、店を後にした。
「じゃあ、俺は、こっちだから」
そう言って、大輝は俺たちの逆方向に行こうとしていたが、そうはさせなかった。
「大輝、発表まで時間ないんだろ?」
「ないけど、どうしたんだ?」
昔から、大輝は少し抜けているところがあった。
なんと言うか、とにかく少し残念な奴だった。
自分に向けられている好意に全く気付かないのだ。
「だったらさ、有効活用しようぜ。お前、神代を家まで送れよ。送ってる間に絵の話しを進めとけよ」
すると、神代と大輝がそれぞれ違う反応をした。
「いやいや、川島君に迷惑でしょ!」
「確かに、その方がいいかも。神代さん、迷惑じゃなかったら送っていってもいい?」
「は、はい!、大丈夫です!」
その後、少しゴタゴタしたが最終的に俺が河村、大輝が神代を送るということになり、話しは終わった。
先に歩き出した神代達を見送った後、俺は河村を家まで送ることにした。
「ねぇ、中村。川島君はさ、優奈ちゃんのこと好きだよね?」
河村は突如そんなことを口にした。
少し驚いていると、河村が先に言葉の続きを口にした。
「だってさ、優奈ちゃんに絵を頼んでるし、家まで送ってるしさ、絶対に優奈ちゃんのことが好きなんだよ!」
「そ、そうかな?」
「そうだよ!、川島君頑張って!、優奈ちゃんの好きな人は誰なんだろうね?」
(逆だな…)
まぁ、そっとしておこう。
あまり他人に広める内容でもない。
そう思い、俺は何も言わず河村と適当に会話をし、家に返した。
「あいつ、やっぱ抜けてるな」
誰に対して思ったのかは分からないが、これを言ったあと、これに該当する者はくしゃみをしたらしい。
10月8日午後1時5分
いつも通り、昼休みの時間だ。
今日も藤崎と一緒に昼食を摂ることにした。
今日は、天使が絡んで来ないので藤崎は少しテンションが下がっていた。
こっちとしては、かなり有難い。
「なぁ、中村。お前さ天海さんとどんな関係なんだ?」
「急にどうした?」
危うく、口に入れていた米を吹きかけたが辛うじて堪えた。
「惚けるのはやめろ、お前…もしかして…天海さんと…付き合ってるのか?」
散々溜めておいて結局そうなった。
最早、ため息しか出てこない。
(こんなにアホとはな…)
それは、流石に口には出さなかった。
「付き合ってない」
「じゃあ、何で天海さんはお前に絡んで来るんだよ?」
それはこちらが聞きたい。
だが、大体は予想がつく。
恐らく、観察(監視)だろう。
俺が、何をするのかを見届けるのと、俺が、妙なことを口走らないようにするための監視だ。
「分からん」
とりあえずは、疑いは晴れ、穏やかなな昼休みを過ごしていたが、それを最後まで、味わうことは出来なかった。
「何か、廊下の方が少し騒がしくないか?」
箸を手に持った藤崎が廊下の方に目を向けながら聞いてきた。
確かに、廊下の方が少しざわついていた。
「確かにな、何かあったのか?」
数秒後、そのざわつきの正体が教室の中に入って来た。
「お食事中に失礼します」
教室の扉の近くにその女は立っていた。
身長は女子にしては、少し高めで天使といい勝負をしており、脚はかなり長くとても細い。
髪型はショートボブをしており、少しくせっ毛が目立っていたが、それすらも女の魅力の一つになっていた。
顔はかなり愛らしく幼さを残しているが、それでも大人っぽさの方が勝っていた。
この学校で一番可愛い少女がそこに立っていた。
「橘花怜…」
教室にいる誰かがそう言い放った。
何故かは分からないが、学校の女王が今、3組の教室に足を踏み入れていた。
橘花怜の後ろには何人かの女子の姿があった。
橘花怜との距離が近かったので、橘のグループの者だと皆理解した。
「お食事中にすみません。騒がせてしまって」
橘花怜は軽くお辞儀をしたあと、自分の目当ての人物の元へ向かった。
「天海雫さん、初めまして、私は橘花怜って言います」
「初めまして、天海雫です」
どうやら彼女の目的はうちのクラスの天使だった。
現在、クラス中の男女がこのやり取りを見ていた。
学校の美女が二人揃っているところなんて滅多に拝めるものではない。
俺も、少し気になったので見ていることにした。
橘花怜の方から本題に入った。
「天海雫さん、私たちのグループに入りませんか?」
クラス中の男女が騒ぎだした。
橘花怜のグループに入る、これはこの学校の女子からしたら、アイドルグループに入るのと同じくらい名誉あることなのだ。
橘花怜のグループは女子しか入れず、しかもかなり顔が整っていないと無理だった。
女王本人ではなく、周りにいる者が反対したりするので、なかなか入るのは難しい。
橘花怜のグループにいる女子は皆かなりレベルが高く、それぞれが読モをした経験があるらしい。
つまり、そうとう可愛くなければ、入れないのだ。
男子達が勝手に行っていた付き合いたい女子ランキングの上位全てを橘花怜のグループが占めていた。
また、こういったグループは他のグループからかなり反感を買うものだが、彼女達は違っていた。
積極的に他のグループの人と関わったり、クラスの行事等も進んで自分達からやっていくので、評判はかなり良かった。
纏めると、この学校の女子の憧れのグループに天海雫は誘われたのだ。
これは、他の女子からしたら名誉あることだった。
「橘さんのグループにですか?」
「はい!、私たち一度あなたとお話ししてみたいなと思っていたの」
「そうですか…」
天使は、一瞬こちらの方に視線を向け少し微笑んだ。
(ん?、何だ?)
だが、その疑問の答えは分からなかった。
数秒後、天使は答えを返した。
「やめておきます。私、大勢で騒ぐの苦手なので」
この答えにクラス中がかなり騒いだ。
「女王の怒りを買ったな」「明日から虐められるかもね」「私なら、絶対入るのに」等々、様々なことが言われていた。
俺も、この答えに少しハラハラしていたが、心配のし過ぎだったことがすぐに分かった。
「そうですか、でしたらしょうがないですね」
「すみません。誘っていただいたのに」
「いいんですよ。もし、気が変わりましたらいつでも言ってください。それと、困ったことがあったら頼ってください」
「はい」
そして、最後に橘花怜は一枚のカードを天使に渡した。
そこには、住所と時間が記載されていた。
「これは?」
「それは、明日我が家で行うパーティーの招待状です、よろしかったら来ませんか?」
どうやら女王は天使を仲間にしたいようだった。
パーティーの招待状には、5名まで招待可能と書いていた。
その一文を読むと、天使は少し笑った。
「はい!、ぜひ行かせてください」
すると、橘花怜は目を輝かせ、天使の手を握っていた。
「ありがとう!、きっと楽しいパーティーになるわ」
「この5名までなら招待可能って誰でもいいの?」
「ええ、誰でもいいわよ」
それを聞いた瞬間、天使はこちらの方を向き、微笑んだ。
(まさか…)
そのまさかが当たってしまった。
天使はこちらの方にゆっくりと歩いてきた。
そして、招待状を差し出し、俺に向かってゆっくりとこういった。
「私とパーティーに行ってくれませんか?」
「う、嘘でしょ」
「いいえ、嘘ではありませんし。それにあなたは私のお願いを断れない…でしょ?」
時計の方を見ながら彼女はそう言った。
恐らく、彼女は「神代さんの命を救えたのは誰のおかげ?」と視線で訴えていた。
借りを作るのは昔から嫌いなので、諦めることにした。
「俺でよければ…」
逃げ場はなかった。