4話『サンドイッチと王子様』
10月7日午後1時
午前中の授業は全て終わり、今は昼休みだ。
藤崎と昼食をしようとしたら、一人の少女が弁当箱を持ちながらこちらに駆け寄ってきた。
その少女が近付くにつれ、藤崎の表情が輝いていったので、俺は誰が来ているのかすぐに分かった。
「ねぇ、中村君、一緒に食事でもどうかな?」
転校してすぐに学校中の人気者となった天海雫がそう言ってこちらにやって来た。
「え?、何で?」
とりあえず、面倒なことは嫌なので断ろうとしたその瞬間、隣にいた藤崎は鼓膜が破れるほどデカイ声を張り上げた。
「はい!、是非ともご一緒に!」
(お前じゃねぇだろう!)
そんな心の叫びもむなしく、俺と藤崎と天使という謎のメンツで食事をすることになった。
「あの、天海さんは、以前はどちらにいたんですか?」
藤崎の口からは聞いたことがないような敬語が放たれ、少々驚いていた。
すると、天使はにこやかに答えた。
「東京の高校にいました。この学校には父の転勤でやって来ましたの」
(絶対に嘘だな)
それを口に出すことはなく、黙って弁当のおかずを口に入れていた。
「そうなんですね、あの…彼氏はいるんですか?」
初めて話してまだ2分しか経っていないのにそんなことを聞ける藤崎の神経を少し疑った。
(さて、どう答えるんだ)
天使の答えが少し気になり、この会話を聞き入っていると。
「私のよりさ、中村君の方が聞きたいかな。彼女いるの?」
最悪の切り抜け方だった。
まさかの標的をこちらに変えるという、何とも悪質なことをされたものだ。
「悪いな、約束があるから後にしてくれ」
弁当箱の中身を全て平らげ、俺は教室を後にした。
10月7日午後1時12分
俺は神代と大輝のいる1組にいた。
因みに俺と藤崎と天使がいるのは3組だ。
先ほど大輝から、1組に来てほしいと連絡を貰い、昼食を終え、ここにいる訳だ。
教室の中に入ると、大輝は昼食を終えた頃だった。
「急に悪いな呼び出して、さっきはあんまり話す時間なかったからさ」
「別にいいけど、一体何なんだ?」
そして、大輝はあることを俺に頼んできた。
その内容を全て聞き、俺は少しため息を漏らした。
「聞くだけ聞いといてやるよ。いつがいいんだ?」
「なるべく早くお願いしたい」
「分かったよ。サンドイッチとジュース奢れよ」
最後にそれをつけたし、俺は神代の元へ向かった。
神代の席を見つけると、彼女はまだ食事中だった。
昔から食べるのは遅かった方だったのだから、しょうがない。
「なぁ、神代」
肩を叩きながら、神代の名を呼ぶと彼女は何かを口に含んだ状態でこちらに振り向いてきた。
「どしたの中村?、何かあったの?」
俺は、コイツにだけ聞こえるように小声で話した。
その内容を聞くと、彼女はすぐに頷いた。
「私は、今日の放課後の何時でも大丈夫!」
顔を少し赤くしながら、彼女はそう言った。
その事を大輝に伝え、俺は教室を後にした。
(面倒なことにならないことを祈ろう)
そう祈りながら、午後の授業を受けていた。
10月7日午後5時13分
授業も全て終わり、部活も終わり、俺と神代は大輝との約束のパン屋に向かおうとしていた。
「あのさ、私一人じゃ不安だからさ、友達誘ったんだけど、大丈夫かな?」
「多分大丈夫だろ」
そんなことを大輝はいちいち気にしたりしないだろう。
数分後、神代の友達が走りながらやって来た。
(あいつらの内、どっちかだと思ってたけど、まさかこっちとはな)
「ごめん優奈ちゃん、遅くなった」
その少女は、神代より少し身長が低く、顔立ちも幼く、高校生には見えなかった。
髪は、胸の少し下らへんまで伸びておりとても艶やかだった。
顔立ちは幼いが、胸は神代よりあったので神代は彼女の胸の部分を少しだけ睨んでいた。
「全然待ってないよ、まーちゃん。早く行こう!」
その少女の名前は、河村麻衣。
麻衣のまを取って、まーちゃんと呼ばれることが多かった。
(俺は、河村と呼んでたけど)
「え、優奈ちゃん、お店の場所知ってるの?」
この問いかけをされた瞬間、神代の足が止まった。
(知らないのかよ)
「中村…案内よろしく…」
少しだけ、ショックを受けていた。
とにかく、店まで案内することにした。
10月7日午後5時32分
大輝と約束していたパン屋の入口に俺たちは立っていた。
大輝は、手に漫画を数冊入れた袋を持って、現れた。
「ごめんごめん、待った?」
「そんなに待ってねぇよ。追加で一人増えたけど大丈夫だよな?」
河村が来たことを伝えると、嫌そうな顔をすることなく大丈夫だと答えた。
「じゃあ、店に入ろうか。ここのサンドイッチ美味しいのか分かんないけど」
そのまま俺たちは店の中に入った。
店の中はとても清潔で洒落ており、一流のお店のように思えた。
「開店して間もないのにこのクオリティは凄いな」
「うん、確かに、これは味に期待出来そうだ」
男連中がそう感じている間に、女連中は席についていた。
「中村!、早く早く!」
神代が急かしたことにより、店の雰囲気を味わっていたのを一瞬にして現実に引き戻されてしまった。
「大輝、次は二人で来ような」
「はは…そうするか」
少し渋い顔をしながら、俺たちは彼女達が座っている席に向かった。
10月7日午後6時3分
サンドイッチを注文すると、大輝は本題に入った。
「神代さん、今日は来てくれてありがとう。早速だけど、俺のお願いを聞いてほしい。さっき、中村に話した通りなんだけど、絵を描いてほしいんだ」
そう、それが大輝の神代へのお願いだった。
二週間後の投票日には、それぞれの代表者達が行きたいところのプレゼンをするのだが、その際、パソコンを使ってスクリーンにその場所の魅力などを提示するのだが、大輝は、それを神代の絵にしたいと申し出たのだ。
「川島君、何で私の絵が必要何ですか?」
緊張しているのか、顔は少し赤く、言葉もカタコトだった。
「それはね、発表の時さ、みんな調べた画像をそのまま貼り付けるだけでしょ?、それじゃあ面白くないなって思ったからさ、俺は絵でやろうと思ったんだよね」
つまり、斬新性がないのだ。
周りと同じ事をやっていたら、印象が薄くなってしまうのだ。
もし、そうなったら圧倒的に最後の発表者が有利だ。
しかも、その発表者が最悪だった。
「俺たちの発表会の日の最後を飾るのは橘花怜なんだよね」
「え、あの橘さん?、IT企業の社長の娘さんの!?」
「そう、その橘さん。めっちゃくちゃ可愛い女王様が俺の次なんだよね」
と笑いながら大輝は言っていたが、笑い事ではない。
学校の人気者の女王が相手なら王子しか勝ち目はない。
みな、そう思っている、だが、発表の順番によってはどちらが勝つかなど分かってしまう。
だから、大輝は他の人がやらないことで注目を集めるしかないのだ。
「でも、川島君なら何とか勝てるんじゃ…」
「いや、俺がこのままの状態で勝つのは難しいよ。だって、彼女はIT企業の社長の娘ってだけのことはあって、パソコンの扱いが上手いんだよ。前に彼女の発表を見たことあるけど、あれは凄かったからね」
「俺も、橘の発表見たことあるけど、あれは、凄いよな。確かに、あれに勝つのは無理だな」
冷静に見て、そうだった。
そうなるほど橘花怜の発表は凄いものだった。
見ているものを飽きさせず、斬新なプログラムを用いていた見事なものだった。
「だったら、尚更私の絵じゃ駄目なんじゃ…」
相手が女王だと分かってから神代は少し、気を重くしていた。
「そんなことねぇだろ、お前の絵、何回も賞貰ってるだろ?」
それに異を唱えたのは、俺だった。
「でも、私の絵のせいで川島君が敗けたらどうしよ」
「そんなん、敗けた大輝が悪い。しかも、コイツが勝ちたい理由なんて、どうさ、内申点を上げたいからだろうしな」
「あ、バレてた」
遠足の企画をし、それをまとめ、成功させた。
大学への内申点が上がるのは確かなものだった。
だから、負けてもそこまで影響はなかった。
「だからさ神代、そんなに気負うなよ。やりたくないなら拒否ればいいしな」
まぁ、大好きな大輝からのお願いを神代が断ることはなかった。
「やる、私が川島君を勝たせる!」
「よろしくね、神代さん」
そして、話し合いが終わった頃、俺たちのところにサンドイッチがやって来た。
「さて、忙しくなるな」
大輝は、そう呟いた後、サンドイッチを頬張った。
だが、このことが後にとんでもない事件を起こすきっかけとなるのだが、その事を知らない俺たちは目の前にあるサンドイッチを美味しそうに味わっていた。