3話『女王と王子』
この俺、中村敦には幾つか面倒だと思うことがある。
勉強。
人間関係のイザコザ。
労働。
他にも挙げるとキリがないのだが、一番面倒だと思うことが、説明書を読むことだ。
そして、今、俺は天使から貰った時計の説明書を読もうとしていた。
「本当にめんどくせぇな。でも、読まねぇとな…」
10月5日午前9時
朝起きると机の上に1枚の紙が置かれていた。
表紙は、『時計の使い方』だった。
これだけで、読む必要性が生まれてしまった。
「早速読むとするか」
表紙を開くと、使い方が箇条書きされていた。
・この時計は使用者の意識を一時間前に戻すこと ができます。
・この時計の使用回数は12回です。
・時計を着けていなかった時間には戻ることは出来ません。
・この時計は、1日に2回しか使用出来ません。
・他の人に使用させることも可能です。
・この時計の事を口外してはいけません。
以上六点のことが書かれていた。
最後の文言の意味が理解出来なかった。
五つ目の文言では、他人にも使用出来ると書いているのに、六つ目の文言で口外するなと言ってある。
「どうゆうことだ?」
訳が分からず混乱した。
だが、それ以外は理解出来る内容だったので、気にしないことにした。
「とりあえずもう一回寝るか」
今日は土曜日だったので、彼の二度寝を咎める者はいなかった。
10月6日午前2時38分
その日、事件は起こった。
東北地方のとある県のとある町。
その町は住宅街が多く、夜の散歩やランニングになど適していた町だったが、この時間になると流石に辺りは真っ暗闇だった。
その暗闇の中に二人の男女がいた。
「も、もう止めてください…私が、あなたに何かしましたか?」
女は、身体と声を震わせながら目の前の男にそう言った。
女は、仕事帰りでこの町を通り、たまたま男に会っただけだった。
彼女が震えている理由は、男が刃物を持って自分の前に立ちはだかっていたからだ。
しかも、その刃物には、赤い液体が大量に付いていた。
「いや…何もされていない。だが、お前を…殺す…」
「い、意味が分かりません…け、警察を呼びますよ」
女は鞄の中に入れてある携帯に手を伸ばし直ぐ様警察を呼ぼうとしたが、男は女の手を掴み壁に叩きつけた。
「残念だったな…この俺に出会ったことがお前の不運だったな…」
そして、女の頸動脈を切り裂いた。
女は、最後まで自分が襲われる理由が分からなかった。
いや、理由などなかった。
この男にとって、殺しは趣味みたいなものだった。
10月6日午前4時18分
警視庁の捜査一課の会議室で、とあることが決められた。
そしてそれは、翌日の朝のニュースで流れた。
10月7日午前7時5分
そのニュースは、各チャンネルの朝のニュース番組で放送された。
女性アナウンサーが事件の内容を伝え、犯人が捕まっていないので注意しろと報道していた。
「このニュースどこかで見たような気がする…」
俺は、焼きたてのパンに苺のジャムを塗った物を一口齧った。
確か、50年前のニュースでも見た記憶があった。
そして、頭に電流が流れたかのように、ある一つのことを思い出した。
「思い出したぞ…このニュースは、連続殺人鬼Kの最初の事件だ…」
連続殺人鬼K、そいつは50年前の日本を大きく震撼させた大量殺人鬼だった。
奴に殺された被害者は、報道されただけでも50人は越えていた。
時間や場所などバラバラで、被害者の年齢もバラバラだった。
奴は、事件現場にKという文字を何らかの形で残すので、奴は連続殺人鬼Kと呼ばれていた。
奴は、捕まることはなく、戦後の警察事件の中で一番迷宮入りにしたくなかった事件だと聞いたことがあった。
「しかも、質の悪いことに模倣犯とかも出て来てややこしくなるんだよな」
奴の事件を真似して、殺害現場にKの文字を残す者が増えてしまい、その事件の犯人を捕まえてもKではないので、事件の解決にはならなかった。
「せめて、コイツだけは現れて欲しくなかったな」
願わくは、俺がこの時代に来たことによって生じた変化にコイツが現れないといったことが含まれていればよかったのだが。
「まぁ、しょうがねぇか。俺は、俺に出来ることをするだけだしな」
俺は、鞄を手に取り神代の待つ場所へと向かった。
家を出る前に頭痛薬を飲むのを忘れずに。
10月7日午前7時53分
今日は、神代と近くのコンビニで待ち合わせをして、学校に向かっていた。
神代は、気にした様子はなかったが、俺は違っていた。
(学生時代の頃から思ってたけど、これって)
その言葉の続きは神代が言った。
「何かさ、これってカップルみたいだね」
顔を少し赤くしながら、彼女はそう言った。
(そんなことするから、こっちは舞い上がるんだよな)
とりあえず、今の気持ちを知られるのが怖かったので、いつも通り返すことにした。
「そうか?、俺には仲の良い友達にしか見えないけどな」
「中村と仲良しって拷問よりキツいかも」
「酷い言い様だな」
そんな風にやり取りをしていると、神代の方から話題を変えてきた。
「二週間後だね、投票日」
「そうだな」
「どこになるんだろうね、遠足先」
俺たちの通う高校では、1年生と2年生の時に遠足に行くことになっている。
1年生の時は学校側が決めるが、2年生の時は生徒達が決めることになっている。
各クラスから数名の代表者を出し、それぞれが行きたいところの紹介をし、そして生徒達がどこに行きたいのかを投票する。
こうして遠足先を決めているわけだ。
「と言っても、今回は神代のクラスから王子と女王が出るんだろ?、だったらこの二人の対決になるんだろうな」
「そうだね」
神代のクラスには、学校中にその名が知られている二人の有名人がいた。
二人とも、優れた容姿と頭脳、そして人望があった。
この二人が、それぞれ別の候補地を挙げたことによって、遠足先はこの二人のどちらかの場所になると学校中が予想していた。
「まぁ、アイツは王子って柄じゃないけどな」
俺は、少し笑いながらそう言った。
王子と呼ばれている奴は俺の友達だ。
性格を知っている者からしたら、彼は王子ではない。
確かに優しいが、それでも王子という柄ではない。
彼と接したことがある者は皆そう言うだろう。
「私にとって、川島君は王子様だよ」
「それは、結構嬉しいこと言ってくれるね」
後ろから、声がしたので振り返ってみると、そこには王子が立っていた。
脚は長く、長身で顔もかなり整っており、髪型もぼさついていることもなく、天然パーマでもない。
しかも、立っているだけで独特の存在感を醸し出していた。
「盗み聞きは感心しねぇぞ、大輝」
「いやいや、俺が挨拶しようとしたら聞こえてきただけ。盗み聞きなんてするわけないでしょ」
(コイツ、絶対盗み聞きしてたな)
何故か分からないが、核心めいたものがあった。
まぁ、いいと思っていたら、隣の奴はそうは思っていなかったらしい。
顔が林檎より真っ赤になっていた。
「おはよう神代さん」
大輝は顔が真っ赤になっていた神代に視線を向け挨拶をした。
神代は、少し俯きながら「おはよう」と返した。
このままでは、まずいと思い話題を変えた。
「そう言えば大輝、お前に貸した漫画いつになったら返してくれるんだ?」
「あ、忘れてた。持ってくるのめんどくさいから取りに来てよ家まで」
「いいけど、その代わりお前ん家の近くのパン屋のサンドイッチ奢れよな」
そのことを大輝は了承した。
その後、部活のミーティングがあるとのことで、大輝は学校に走っていった。
大輝が走っていく姿を何度もかっこいいなと隣の真っ赤になっている彼女はそう呟いていた。
「面倒なことになったな」
後々の事を思い出し、俺は、少し胃が痛くなった。