2話『天使からの贈り物その2』
10月4日午前8時24分
事故現場に救急車がやって来て、その中から二名の隊員が神代の元へ駆け寄った。
「患者の容態は?」
「駄目だ。この子はもう…死んでいる…」
隊員の一人から発せられた言葉は俺を絶望に叩き落とした。
「う、嘘でしょ…」
「後頭部を強く打っていて…即死だったんだ…」
それが、神代の死因だった。
神代を跳ねたトラックの運転手は、心臓発作を起こしており、意識不明の重態だった。
これでは、運転手を恨むことも出来ない。
防ぎようのない事故だったのだ。
「それでも…こんなのはあんまりだろ…」
結局、自分の願いは何一つ叶えられず、しかも大切な人を死なせてしまっているのだ。
最悪だった。
「もし、俺があんな願いをしなかったら、こんなことにはならなかったのか…」
神代優奈の死。
こんな結末が待っているのなら、自分の願いなど叶わない方が良かった。
途方に暮れていると、一人の少女がこちらに近付いてきた。
「中村敦君…諦めるのはまだ早いんじゃないかな?」
「お前は、確か昨日転校してきた」
「そう!、天海雫だよ」
そこには、天海雫が立っていた。
彼女の表情はニヤニヤしていた。
どこかの天使と同じ表情をしているなと思っていると、彼女は予想外の事を口にした。
「神代優奈さんはまだ死んでないよ」
彼女はそう言ったのだ。
「ど、どうゆうことだ?」
「君が着けてる時計にさ、ボタンみたいなものがあるでしょ?、それを押してさ『戻れ』って言ってみて、そうしたら彼女は生き返るよ」
「お前、ふざけてんのか?」
彼女が何を言っているか分からず困惑していた。
だが、それでも彼女の表情は崩れることはなかった。
「善は急げだよ!、早くしないと彼女を救えなくなるよ!」
「分かったよ!、やるだけやってやる」
もし、これで何も起こらなかったら一発殴る。
そう決意して、彼は時計のボタンを押した。
「戻れ」
すると、彼の時計の秒針が左へ向かい始めた。
そして、彼の時計が示している時間が午前7時24分になると、時計の秒針は右へ向かい始めた。
「これで、一体何になるだよ?」
時計から目を離すとそこには驚きの光景が広がっていた。
10月4日午前7時24分
彼は今、自分の家の自室にいた。
「ど、どうゆうことだ?」
おかしい。
確かに、俺はさっきまで外にいた筈だ。
なのに、何で俺は今、自分の部屋にいるんだ!?
「い、一体何が起こってるんだ…」
まさかと思い、スマホを見てみると、そこには、10月4日午前7時24分と記されていた。
さっき見たときは午前8時24分だったのだ。
この事から、考えられる結論はただ一つ。
「一時間前に戻ったのか…そうとしか、考えられない」
こんな不思議な現象を彼はつい最近も経験している。
この時計の使い方を知っていた彼女の正体は。
「いや、そんなことは後回しだ。それに考える必要もないしな」
彼は、急いで自宅からコンビニへ向かった。
10月4日午前8時3分
一時間前同様にコンビニで買い物を済ませて、学校に向かっていると神代優奈が声をかけてきた。
「おはよう中村!、珍しいね、こんな時間に会うなんて」
「そうだな」
先程と変わらない言葉を彼女は口にした。
そして、事故現場近くになると、彼女を跳ねた忌まわしいトラックの姿が見えた。
念のために安全なルートを選ぶことにした。
「なぁ神代、左からじゃなくて右から行かねぇか?」
「え、何で?、左からの方が近いでしょ?」
内の高校の通学路は二つあり、先程彼女が事故に遭ったのは左に曲がってすぐのところだった。
つまり、彼女を救うには、右に行かせるしかないということだ。
「実は、右からの方が近いんだよ」
「そうなの!?、私知らなかったよ」
真っ赤な嘘だが、これで神代の命が助かるのなら安いものだ。
嘘つきと後で罵られることを覚悟し、彼らは右に曲がった。
その数秒後、例のトラックが左の道の電柱に衝突していた。
「あ、危なかったね。私たち左に曲がってたら死んでたね」
「そうだな」
後で、救急車を呼んでいたので、運転手は一命をとりとめた。
「さて、今日も一日頑張ろう!」
神代が元気よく手を挙げそう言っていた。
俺も、適当に返したが、既に疲れた。
10月4日午後4時30分
授業も終わり、ホームルームが始まる前。
「なぁ天海、このあと時間あるか?」
「いいよ!、どこでお話しする?」
「じゃあ、屋上で」
「はーい!、もしかして告白かな?」
彼女の冗談は無視し、俺は彼女を屋上に呼ぶことにした。
勿論、告白のために呼び出した訳ではない。
数分後…
誰もいない屋上に二人の男女がいた。
「さて、俺が呼んだ理由は分かるよな?」
単刀直入に聞いてみた。
こっちも部活があるので、話しはなるべく早く終わらせたかったのだ。
「時計のことかな?」
「正解だ、時計のことを聞く前に一つ確認したいことがある。お前の正体は人間じゃなくて、天使だろ?」
一瞬だけ、辺りの空気が冷たくなった気がした。
そして、彼女は隠すことなく答えた。
「正解だよ!、私は君のお願いを叶えた天使です!」
「やっぱりな、薄々そんな気がしてたんだよ」
「どこから私の正体に気付いてたの?」
「昨日の自己紹介の時だな。顔や声が似てたし、何より名前が天海雫だもんな、名字の天海の天と雫のしをくっつけたら天使になるからな」
「正解だよ!、まさかそんなに早くに気付くとはね」
天使は、ため息をつきながら首を振っていた。
正直、そんなことはどうでもいい。
天使がクラスにいるのは、俺の願いが叶うかどうかを見るためのものだと思う。
そんなことより、時計と今日起こったことの方が重要だ。
「あの時計は何だ?」
「あの時計は、着けている人間の意識を一時間前の自分に飛ばすことの出来る時計だよ」
「何で、そんなものが俺の部屋にあったんだ?」
「君の二回目の人生の役に立つようにって思って、私からの二つ目の贈り物だよ」
「どうゆうことだ?」
少し意味の分からない発言を彼女はしており、そこは聞き逃せなかった。
「実はね…言いづらいんだけど、君の二回目の人生は一回目よりもハードなものになってるの、しかも死人が出る位に」
最悪の告白だった。
まだ、一回目よりハードになっているのは構わないが、後半の死人が出るのは勘弁してほしかった。
「何でだ?」
「一人の人間の意識を五十年も前に飛ばしたせいで、本来の時の流れが大きく歪んだの、その歪みは戻ったんだけど、そのせいで君が経験する筈だったことと、少し違う展開になるの」
天使の話しを纏めるとだ、歪みを修復した代償に本来とは少し違う展開になるらしい、しかも死人が出るという最悪のオマケ付きで。
「な、なるほどね」
「だから、君に天使の時計をあげたんだよ」
「そ、そうか…とりあえず聞きたいことは聞けたから今日はもういいよ」
後日、使い方を説明してくれるらしい。
この時計を使わなければならない事態にならないことを心の底から祈った。
だが、この祈りが神様に届いていないことを俺は知ることになる。
「とりあえず、帰って寝るか」
今日起きたことを忘れるために睡眠を取ることにした。
その後、神代からの電話があり、彼女が生きていることの喜びを噛み締めていた。