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プロローグ『天使からの贈り物』

最後に俺が涙を流したのは、大好きだった彼女が死んだ時だ。

それが、俺が中学生になる少し前のことだ。

それ以降、俺が涙を流したことは一度もない。

いや、一度だけ流しそうになったことはある。

その時に、涙を流せていたら俺の人生は少しは変わったのだろうか。

もし流せていたら、俺の人生からアイツの姿が消えることはなかったのかもしれない。




その男はとある病院の一室にいた。

男は数ヶ月前にある病名を言い渡され、現在、病院に入院していた。


「中村さん、点滴変えますね」


「ありがとうございます」


男の名前は中村敦、現在67歳。

そして、この物語の主人公でもある。


「ここに入院して、そろそろ三ヶ月経ちますな…」


「そうですね、中村さんもそろそろ家族が恋しいのでは?」


そう看護師に聞かれてしまった。

だが、彼の身内は数年前に他界していた。

その上、彼は独身だったので、孤独だった。


「そうですね、そろそろ家族が恋しいですよ」


そんな会話を交わしていると、主治医の先生が彼の部屋を訪れた。


「中村さん、先日受けていただいた検査の結果が出ました。お伝えしにくいですが、中村さんの病気は現在の医学では治すことは叶いません」


その診断結果を聞いた六時間後、彼は今、病院の近くの公園のベンチに座っていた。

どうせ、死ぬのなら我が家で死にたい、その願いを病院側が聞き入れ、その日の退院を許可したのだ。


「さて、そろそろ我が家に帰るか…」


そして、彼が公園の近くの階段を降りている時だった。

彼は、階段から足を滑らせて、そのまま下まで落ちてしまった。


「い、痛い…お、俺の人生…こんなもんか…」


頭を数回打っており、更に、大量の出血をしていた。

誰が見ても分かる、自分が間もなく死ぬことを。

瞼が閉じようとしていた時、ある声が聞こえた。


「大丈夫ですか!?、直ぐに救急車を呼ぶので」


女の声だった。

十代ぐらいの可愛らしい少女がそこにはいた。

その少女の姿に見覚えがあった。


「お、お前さんは…」


だが、彼の瞼は静かに閉じていった。






「起きてください、中村敦さん」


自分のことを起こそうとする声は、人の声とは思えないほど美しく、身震いするほどだった。

そして、ゆっくりと彼は瞼を開いた。

彼の目の前には、一人の女性が立っていた。

だが、その外見は人の美の範疇を越えていた。

きっと、どれだけ頑張っても人類がこの美貌に到達することはない。そう思わせるほど美しかった。

肩より下まで伸びている、真っ白な髪。

雪のような白い肌。海よりも深い蒼い瞳。

そして、真っ白なドレスの様な衣装と頭の上にわっかを浮かばせていた。


「やっと起きましたね、中村敦さん」


女は、そう言ってゆっくりと自分の方へ近付いて来た。

自分の身に何が起きているのか理解出来ず、混乱していた。


「あ、あんたは何者だ?」


思いきって聞いてみることにした。

この何もない真っ白な空間にいる彼女の正体を。


「あんただなんて、天使に失礼ですよ」


彼女は、自分のことを天使だと言った。

だが、不思議とその事に納得してしまった。

それは多分、彼女の人外の美貌を目の当たりにしているからだ。


「天使ってもしかして、お迎えに来るって言われてるあの天使のことか?」


「それは、あなた方人間の勝手なイメージですよ。実際は、違いますよ。私たちは死んだ人間の願いを叶えるためにあなた方の元へやって来るのですよ」


そう言うと彼女は、自分が死んだことを細かく説明してくれた。

と言っても、一言で纏めるなら事故死だ。


「なるほどね…それで、さっき言ってた死んだ人間の願いを叶えるってどうゆうことだ?」


天使は驚いた表情でこちらを見ていた。


「普通なら自分が死んだことを知ったら大抵の人間は取り乱しますが、あなたは少し変わってますね」


「死ぬことが分かっていたら、死んだとしてもそこまで驚かない。それより、俺はあんたが言ってたことの方が驚く。一体何なのか説明してくれ」


「分かりました…では、あなたの願いを一つだけ叶えます。あなたの願いを教えて下さい」


急にそんなことを聞かれてしまった。

自分は説明を求めたのにと思ったが、彼女の表情を見て確信した。


「あんた、説明する気はないみたいだな」


天使の表情は緩んでおり、笑っていた。

言い方を変えたら、ニヤニヤしていることになる。


「はい!、それに説明することもないですし、私の目的も先程言いましたし」


言われてみればその通りだった。

既に彼女は自身の目的を語っていた。

後は、こちらの願いを言うことだけだ。


「どんな願いでも叶えてくれるのか…」


「はい!、ですが、人を傷付ける願いは駄目ですよ。あいつを殺してくれとか、そうゆう願いは聞けませんので」


最初からそんな願いをするつもりは毛頭なかった。

もし、天使の言うとおり願いが叶うのなら、彼にはどうしても叶えたい願いがあった。

彼の人生には大きな後悔が二つある。

その内の一つは、どれだけ頑張ってもどうしようもないものだが、二つ目は違った。

本来なら生まれることのない、自分自身のせいで生まれた後悔だからだ。

彼の願いは…


「俺の願いは…あの日流せたはずの涙を流したい…それが俺の願いだ」


その願いを聞くと、天使は微笑んだ。

きっと、彼女はこの答えが来ると予想していたのだろう。


「天使は、その人の人生を知ることが出来ます。その人の人生を知って、願いを叶えるかどうかを決めます」


「それで、俺の願いは叶うのか?」


「はい!、あなたの願いを叶えましょう」


だが、ここで彼は一つ大きな過ちを犯していたことに気付いた。

それは、自分の願いがアバウト過ぎることだ。

もっと具体的に言えば良かったと少し後悔しかけていた。

しかし、天使は、こちら側の意図をちゃんと理解してくれていた。


「それでは、今からあなたの意識を五十年前、つまりあなたが高校二年生の時代に、あなたの意識を飛ばします。そこで、あなたは自身の願いを叶えてください」


「分かった…」


天使は、こちら側の意図を理解していたらしい。

その事に感謝を抱いた。


「あなたの意識を飛ばす前に幾つか注意をしておきます。

まず、あなたが飛ばされるのは実際にこの世界で起きた過去の時代です。パラレルワールドの類いではなく、あなた自身が経験してきたことが起こります」


つまり、天使が見せているのものではなく、実際のものだということだ。


「次に、あなたの行動によって、本来あなたがたが体験するはずだった物語とは少し違う展開になるかもしれません、行動には十分ご注意を」


つまり、自身の過去をなぞるか、全く違うことをするかは、自分で決めろと言うことだ。


「最後に、これから始まるのはあなたの第二の人生だと言っても過言ではありません。しかし、あなたの第二の人生はとても短いものです」


「どういうことだ?」


「本来ならあなたの人生は先程終わっていた筈です、その運命を無理やり変えたのですから、それなりの代償は生まれます。その結果、あなたの第二の人生の終わりはあなたが25歳になったらです」


つまり、あと約八年しか生きられないということだ。

だが、自身の後悔を消すことの出来るチャンスを掴むことが出来るならそれでも構わなかった。


「それでも構いませんか?」


迷うことなく、こう答えた。


「それで、構わないよ」


「それでは、あなたの意識を五十年前に飛ばします。それと、もう一つプレゼントをします」


すると、腕にわっかの様なものをつけられた。



「これは、何なんだ?」


「お楽しみです。それでは、第二の人生を楽しんでください」


次の瞬間、足下に大きな穴が突如開いた。

その穴に落ち、時間が逆流する感覚を味わっていた。

そして、出口が見えてきた。


「今度こそ、俺は間違えない…」


そこで、意識が遠退いていった。

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