6
「わざわざ付き合ってもらってごめんね?」
周りの音に自分の声が掻き消されないよう、私はなるべく声を張った。
すると、え?と隣で首を傾げる美音。続けて、ごめん、と手を合わせて顔で訴えかけてくる。どうやら、声を上手く拾えなかったらしい。
今はちょうど放課後で、私達は体育館のギャラリーでバスケ部の見学中だ。
ギャラリー(見学者)による歓声だったり、部員達のシューズが床に擦れる音だったり、バウンドするバスケットボールの音だったり。様々な音が混ざり合い、想像以上に体育館の中をこだましていた。
もう一度、今度は更に大きく先ほどの言葉を繰り返すと、美音はあぁそんなこと?とでも言うような涼しい顔で首を横に振った。
「いいよ、今日は暇やし」
生徒達はそれぞれの部活動に励んでいる時間だ。
新入生(1年生)や転入生である私は、まだ部活動が決定していない為1週間程は部活動見学だが、美音は去年に引き続き合唱部だと決めているらしい。今はバスケ部の見学に来た私に付き添ってくれているけど…
「今日は部活休みなの?」
「あーうん、そんな感じ?」
美音が困ったような顔をする。ちょっと訳アリらしい。
眉を八の字にしたまま自身の長い茶髪を指で軽くすいた。
美音の髪は、腰までの長さがありながら指に絡まる様子もない、天然パーマな私からすれば取り替えてほしいくらいに羨ましいストレートヘアだ。しかも綺麗なほんのりブラウン。
今更だけど、美音はものすごく美人だと思う。
ぴんぴんのストレートヘアもそう思う理由の一つかもしれないが、なにより小顔で目鼻も整っているし、体格も華奢だ。仕草も落ち着いていて品があるし、とりあえずそこに立っているだけでどこぞのお嬢様って感じ。
時々…いやかなりの頻度で雰囲気に似つかわしくない口調が垣間見るのが、見た目とのギャップを感じるところだけれど。
なんか、誰かに似てるんだよなぁ…
「あ」
と、美音が声を上げた。
それと同時に、ギャラリーがわっと盛り上がる。突然倍ほど大きくなった歓声に私はびくりと肩を跳ねさせた。
あれあれ、と指をさして教えてくれる美音。
視線の先には、青いユニフォーム姿のソラちゃんがいる。無邪気な笑顔を浮かべながら、大袈裟なくらい大きく両手を振っていた。
「ファンサ並みじゃね」美音が苦笑する。
確かに、ギャラリーの反応がそのせいだとすれば、ソラちゃんは軽く有名人だ。
そんなことを考えながらぼんやりとながめていると、心做しか不貞腐れたように唇を尖らせるソラちゃん。
その様子を見兼ねたように、同じくユニフォーム姿の嘉宮くんがソラちゃんの後ろへ回り込んで指を指してきた。その指先がこちらに向いているような気がする。
「ねぇ愛華、無視はよくない」にやにやと口角をあげなから美音が言う。
「え、私?」
「どう見たってそうじゃん」
振ってみ?と促されるまま胸元で軽く手を振ると、ソラちゃんはあからさまに嬉しそうな顔をする。確かに、私の反応を待っていた、で間違いなかったらしい。
かわいいやつめ、と心の中で呟き、ソラちゃんのそれに応えるように今度は両手を振った。
すると、ソラちゃんの顔にはぱあぁぁっと花が咲いて、さらに耳と尻尾まで飛び出す……というのは若干(?)フィルタがかかっているが。とにかく、人懐っこい笑顔で大袈裟に手を振る姿はとんでもなく愛らしく見えた。
「犬」
ぼそっと呟いた美音だったが、考えが一致していた私はこの歓声の中でも難無く声を拾えてしまった。
「ゴールデンレトリバー?」
目を細めてソラちゃんをじっと見つめていた美音が、「まさにそれ」と言ってにやりと笑う。美音ビジョンでも耳や尻尾が見えたのかもしれない。
「あの顔は愛華の前だけやと思うわ」
「またそういうこと言う」
「いやホントやし」
体育館中央では、私とソラちゃんのやりとりを見ていたらしい他のバスケ部員達が、ソラちゃんを冷やかすように肩を小突いてみたり何か声を掛けたりしていた。それに応じるソラちゃんは終始笑顔だ。
また噂の種になりそうな気もするが、それこそこんな広い場所なのだから別の人に手を振っていたとでも言い訳ができる。とはいえ、素直過ぎるソラちゃんのことだからあっさりと暴露してしまいそうなものだけど…
「嘉宮くん何か言ってない?」
「え、どこ」
「あれあれ」
私が指さしたのは体育倉庫の扉のすぐ側。ギャラリーからギリギリ見える位置に嘉宮くんが立っている。
他の部員達は、手分けして部活動後の片付けに取り掛かっているところで、嘉宮くんもまたボールを運び終えた後だったようだ。
ギャラリーにいた生徒達もぞろぞろと退出し私達2人と他数名だけになったので、嘉宮くんがどの位置を向いているのかはすぐに分かった。
私達に対し何かを言っているということだけは口の動きからわかるが、残念ながら口パクじゃあ何を言っているのか読み取れない。
だが美音は違ったようだ。嘉宮くんの姿をとらえるなり、あぁ、と涼しい顔をする。そして親指を立て了承のサインを出すと、嘉宮くんは満足そうに頷いて片付けを再開した。
「分かったの?なんて?」
「うん。一緒に帰ろうってさ」