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「ボスとラック。」番外編

 「ボスとラック。」http://ncode.syosetu.com/n9753dc/

現代/マフィアボス/女子大生/

本編の後。ちょっと未来。ふたりでデートの筈はずが…?

相変わらず忙しい二人。本編よりはさらっと読めるはず。


リクエストは、さちさん からでした。ちょっと進めましたが、らぶらぶにはなってないかもしれません。リクエスト有難うございました!

 違和感があった。

母親が自分の子供を抱きかかえるように、荷物を持っている男がいた。

両手で持つほど大切な荷物なのか、それとも単純に重いから両手でしか持てないのか。

男に感じた違和感を思案する。そうしている間にも男は停めてあった車に乗り込む。

男の服装と、車の色がオセロみたいだ。


と、後ろから誰かに抱きしめられた。私がよく知っている気配だ。

体に回された腕に、自分の手を重ねて振り返る。

「珍しくふざけてるんですか、若櫻木さん」

 青い瞳と視線が合う。私の言葉に苦笑して彼は体を離した。

「なんだ、驚かないのか」

「誰に入れ知恵されたのか知りませんが、驚かないですよ。近付いて来ることに気付いてましたから」

「やはり、気付いてたのか」

「はい。どれくらいの時間で若櫻木さんが私を見つけるか、数えてました」

「どれくらいだった?」

「十秒もかからなかったですね。すぐに視線を感じました」

「俺で実験するなよ。あと、名前で呼ばないのか」

「いやいや、ボスを名前で呼ぶなんて恐れ多いですよ」

 私は笑いながら冗談を言う。

「俺は小乃果このかのボスになった覚えはない」

 彼も笑いながら返した。

若櫻木慶わかさきけい、若櫻木グループ、別名青のファミリーのボスだ。

そんな人がどうして一般人の私と一緒にいるのかと言うと、答えは単純。デートだからである。



「難しい顔をしてたが、なにかあったか?」

 いまは難しい顔をしているつもりはない。でも、彼が来るまでは考え事をしていた。

 待ち合わせ場所にいた私の表情に気付くことから、彼も他人を観察するのだろう。仕事柄なのかもしれないけど。

「あぁ。推理ごっこをしてたんですよ」

「推理ごっこ?」

「推理小説を読むような感じです」

「読むのか、推理小説」

「読まないですよ。文字を追うのは疲れます。それに推理小説って登場人物が多いじゃないですか。

覚えにくい名前が多いし」

「記憶力はいいのにな」

「文字と映像は別です」

「そういうものか」

「そうです。だから映画やドラマは好きですよ」

「デートに推理映画ってどうなんだ?」

「その人の好みじゃないですか。ちなみに私は大歓迎です」


 ふ、と若櫻木さんが笑った。別に面白いことを言ったつもりは、ないのだけど。

 少々困惑していると、若櫻木さんの手が私の頭を撫でた。

面白そうに笑う彼の顔を見ると、悪い意味で笑ってるということでもないのだろう。

私は大人しく撫でられた。


「それより、若櫻木さん。私達はいつまで立ち話をするんですか?」

「悪い悪い。どこかお店に入ろうか」

「あそこがいいです」

 お腹が空きました。と、私はお店を指差した。



 私達はお昼を食べに、ハンバーガーショップに入った。チェーン店があるよく見かけるお店だ。

メニューを選ぶと窓際の席に座る。二人がけのテーブル席は埋まっていた。窓際でも横並びで座ることができる。

窓からは先程私達がいた駅前の待ち合わせ場所と大通りが見えた。

 駅前周辺には車がぽつり、ぽつりと停まっている。大通りでは車が流れている。


「そういえば、若櫻木さん。平日の昼間から女子大生と会って大丈夫なんですか?」

「随分誤解されそうな言い方だな」

「言い方を変えます。お仕事は大丈夫ですか?」


 若櫻木さんは大きく息を吐いた。

「見てたんだな」

「見えたんです。待ち合わせ場所近くで、電話している姿が見えたんです」

 言葉を区切り、ちらりと彼の表情を窺う。ジュースに口をつけているとことだった。

「てっきり、デートは中止になるかと思いました」

「……急ぎではないんだ」

「そうですか。仕事の電話なんですね」

 私もジュースを一口飲む。

 若櫻木さんはジュースを机の上に置いた。


「小乃果、」

 彼は苦い溜息を吐き、体ごと私の方を向く。

「話していいんですよ。デートが中止になっても仕方のないことです」

 彼も仕方がないことだと分かっている。だから苦い顔をする。

「今日はよく喋るな」

「若櫻木さんと一緒にいれるのが嬉しいんですよ」




 若櫻木さんの持つ、携帯端末に画像が表示されている。防犯カメラの映像を拡大したのか、少々、画像が粗い。

 画面に映る黒い服装の男。

「ひったくり犯だ。この男を見ても関わるなよ」

 念を押すように言われた。

「見たら教えろ、じゃないんですね」


 若櫻木さんの表情が変わる。

「……まさか、関わったのか?」

「見ただけです」

 窓の向こう、大通りの方を指差す。

「大通りの方に走って行きましたよ」

 若櫻木さんの目が僅かに見開かれた。


「私、事件を引き寄せる才能でもあるんですかね」

 わざと戯けて首を傾げる。

「小乃果が気付きやすいだけだろ」

 言いながら、ガタンと立ち上がり私の腕を掴んだ。

「一応聞きますけど、どこに行くんですか?」

「お前を送っていく」





「車を出すように連絡してたんですか?」

 お店を出て道路近くまで歩くと、見覚えのある車が止まっていた。

運転席のドアが開き、中から熊田さんが出てくる。

「丁度近くにいたから、来るように指示しただけだ」

 私達から車まで距離がある。

熊田さんが会釈をした。私にまで挨拶をしてくれたので同じように返す。


「いいんですか?」

 仕事用に使う車なんじゃないだろうか。

「送ったあとに仕事に使う」

「送らないで仕事に向かってもいいですよ」

 冗談のように言い遠慮したら、軽く小突かれた。


「熊田、情報がでた」

 若櫻木さんが運転席に乗り込む。熊田さんは助手席、私は後部座席へ。

 ちなみに、ハンバーガーショップで購入した二人分のお昼ごはんは私の鞄の中。

若櫻木さんのジュースは運転席の近くへ、私のジュースは手で持っている。

 後部座席で大人しくしながら窓の外へと視線を向ける。


「連絡しますか」

 熊田さんが携帯を操作しながら、若櫻木さんに言った。

 そこからは手馴れたもので、犯人を発見した場所を熊田さんが電話で伝える。電話の向こうからスピーカーで、吾妻さんによって最新の情報が車内に伝えられた。

犯人は車で移動中の可能性が高いこと。車のナンバーそして、

「……白のワゴン車」

 耳に入った単語が、私の唇からも零れ落ちた。

 チリッと記憶の欠片が燃えるように光る感覚がする。


 前の席へと身を乗り出し、携帯に言った。

「吾妻さん、××方面の防犯カメラはどうですか?」

『えぇ?! どうして、小乃果ちゃんが……?』


「吾妻」

 いつもより低い若櫻木さんの声がした。

 あぁ、これ私に怒ってるんだろうな。

「小乃果が言ったことを調べてくれないか」

『あ、はーい。了解です。いま調べてるので、ちょっと待ってくださいね』

 暫くして吾妻さんから犯人の場所の正確な情報が伝えられた。

 若櫻木さんと吾妻さんの会話が交わされ通話は終了した。

このまま車で犯人を追うのかと思ったが、車はゆるやかに道路わきへと停車された。

「熊田、車は近くの駐車場でも、第一ビルでもいい停めておいてくれ」

「了解しました。ボスは?」

「近くにいる他のメンバーと合流する」

 若櫻木さんがシートベルトを外し、こちらへ身を乗り出した。


「小乃果」

 若櫻木さんの表情が固い。怒ってる。

「見えちゃうんだから仕方ないじゃないですか」

 言い訳にもならない言葉をもごもごと口にする。

「距離が離れているとこまで普段は気にしないだろ」

 待ち合わせの間、飲食店の窓から、車に乗ったとき、気にかけるようにした。

 広範囲に集中力を使うのは疲れる。だから今回みたいに距離が離れているところまで気にすることはない。普段なら。

「今日は気になったんですよ」

 はじめに違和感を感じてしまえば気になってしまう。それが手助けになるのなら。


 視界を黒で覆われた。

 若櫻木さんの掌で両目を塞がれている。これ以上見るなと言うことだろうか。

 ふわりと彼の匂いがして、近付く気配がした。

彼の息づかいが聞こえて、刹那息が止まる。私にだけ聞こえる声で囁いた。

「いい子だから、待ってろ」

 掌が離れてゆく、暗闇は消え光に目を瞬かせる。

 私が好きな青色だ。


「昼ごはん、食べていていいぞ」

 数度瞬きをするといつもの表情の彼に戻っていた。

「嫌です。あとで一緒に食べます。……早く帰ってきてくださいね」

 彼が仕事をしている顔を潜め、優しく微笑む。

「頑張るよ」 

 


 彼が出て行った車内で、小さく息を吐く。窓の外は見ない。

「上園さん、どうしますか。近くの駐車場にでも……」

 熊田さんの言葉を聞きながら、ぼんやりと手元を見る。

「そうですね」

 若櫻木さんは駐車場か第一ビルって言っていた。

「熊田さん、第一ビルって……」

 運転席に座り直した熊田さんが、ミラー越しに話す。

「若櫻木グループが所有するビルです」

「……いつも、ひったくり犯を捕まえてるんですか?」

「いえ、いつもと言う訳ではないです。今回は現場近くにファミリーがいたので捕まえることになっただけです。犯人は他の事件にも関わっているようですし、……頼られると捨て置けないんですよ、うちのファミリーは」

 熊田さんは表情が大きく変化するタイプではないけど、幾分か声がやわらかい。

自分が所属するグループのことが好きなのだということが、伝わってくる。


「……熊田さん、第一ビルに行ってもらっていいですか?」

 彼に近い場所で待っていていいのなら、若櫻木さんを待ちたい。

「わかりました」


 車を動かそうとしたところで、熊田さんの手が止まった。

「上園さん、窓を開けます」

 唐突にそう言われたので窓へと視線を移すと、走ってくる若櫻木さんが視界に入った。

「若櫻木さん」

「言い忘れたことがあって」と、呼吸を整えながら彼が言う。

「すまない、折角の予定が……」

「そんなこと気にしないでください」


 申し訳なさそうに彼が笑みを浮かべる。

「今度は映画を見に行こう。他に行きたい場所があればそこでもいい。埋め合わせをさせてくれ」


 私は記憶力はよくない方だ。映像以外なら。

 でも、今日の会話は覚えている。

「若櫻木さん、早く帰らなくていいので、気をつけてください。待ってます」

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