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迷う客〜輸入業 ジル・シルベリア〜

 国境の湖の寂れた土産物屋は今日も開店休業状態だったが、店主と店員は客足など気にすることもなく、それぞれ昼寝と掃除をしていた。

 中年の男が申し訳なさそうに入ってくる。

 頭頂部が円形に薄くなった頭まるまると肥った顔にお腹のつき出た身体。紺のスーツは少し流行から外れたダブっとした仕立てで、名のあるテーラーのフルオーダー品だとわかった。それでいて、嫌味な感じがなく、どこか人に好かれる上品な感じのする男だった。ジョージは記憶をたどり、ある男の情報を引っ張り出した。

 爪楊枝から高価な美術品まで幅広く扱う中小貿易会社、シルベリア貿易の社長であり、長年情報を流してきた優秀な製品。ジル・シルベリアだった。

 資料によれば、年はジョージと2つ3つしか変わらず、15、6年前にルニで結婚し、遅めの子供は今度、小学校に上がったばかりで公私ともに順調なはずだった。

 しかし、男はXのキーホルダーを2つ置き、それから、軍人のフィギュアと子供に人気のヒーローの絵本を置いた。置かれた商品は最悪の状況を示していた。


「いい湖だな。」


男の声は少し早口だった。それでも規定通りにこなすあたりはさすが長年の製品だとジョージもまた少し早口でそれに応じていく。


「ああ。湖は何でも癒してくれる。傷心旅行かい?」


「まぁ、そんなところだ。つけられていないはずだが。」


 既定のセリフが終わり、男は、ふっと後ろを振り返った。外を確認していたウォルトが、追手がいない事を告げた。

 男は少し安心した顔になったが、次の瞬間にはカウンターに頭をつけた。


「申し訳ない。ジル・シルべリアだ。軍にバレた。とりあえず、書類なんかは処理したが、これから着く荷や地下の武器庫は手付かずだ。」


 ジョージはカウンター脇の古い真空管ラジオのツマミを回した。ルニ人民軍の無線が鮮明に聞こえた。


『……から、各局。敵性スパイは逃亡。駅および国境を封鎖せよ。関係各所を捜索せよ。』


「奴らも派手にやってるな。お宅ごと処理しておきます。」


 ジョージは、どこからともなく出したライターをカウンターの上に足した。男の顔が少し曇った。


「妻と子供はなんとか言い包めて、妻の実家に逃がしたんだが。」


「奥さんの実家というのは。」


 といって、ジョージはある事に気がつき、なるほどと言った。やはり、男は一流の製品だった。


「そうだ。さすが、お見通しか。妻はジュードンファミリーの一人娘だ。軍も手は出しづらいだろう。」


 ジュードンファミリーは、密輸系の裏事業から成り上がった国内第三位のマフィアであり、男の仕事には欠かせない情報源であり、時には利害の一致するパートナーだった。


「人の顔を覚える仕事なんでね。一応、護衛チームを派遣させておこう。」


「それは、助かる。」


「でも、あなたほどの人がなぜ?」


 ふと、ウォルトが当然のことのようにそう聞いた。

 男はふっと自嘲するように笑う。


「子供に地下の武器庫を見られた。息子のヤンセンの通う私立には人民軍の子息もいてな。武器の自慢をされていたらしい。家にも武器くらいあると話したそうだ。製品としては最大のミスだな。」


「さて、どうしますか。国境は厳重警戒か。外交書簡の中に入ってもらうしかないな。」


 外交書簡のコンテナは、あらゆる検閲を受けない安全な脱出手段である。しかし、頻繁な運用が通常の外交書簡の往来に悪影響を与えないように2月に一度しか使えない上に外交特権の為、小細工の出来ないコンテナ内部の環境が半数以上の人間の命を奪う諸刃の剣でもあった。そして、そのことは男も重々にわかっているのか、覚悟を決めたような顔をしていた。


「出たら、二度と会えないだろうね。なぁ、店長さん。これが家族を持った弱みかね。」


 男が呟いた。

 ジョージには家族はいなかったが、黙って頷いた。

 男はゆっくりとタバコをふかし、立ち上る煙を名残惜しそうに見上げた。

 不意に男の視線がジョージに向く。


「なぁ、店長さん。家から武器を運び出して、家を処分することは出来るか?それだけでいい。」


「何か、決まったようだな。もちろん、出来るが。それだけでいいのか。」


「ああ、父親として逃げるわけにも行かないしな。弁護士とマスコミにはいささかの伝手もある。」

 男は力強くそう首を振って踵を返した。ウォルトが慌てて男を止めようとした。


「いいんですか。あなたには、支援が必要です。確かに外交書簡コンテナの環境は過酷ですが、これ以外手はありません。」


「いいんだ。父親として家族を置いて逃げるわけにはいかない。それに製品としてのケリは自分でつけないとな。」


 未だ、釈然としないウォルトをジョージは止めた。


「幸運を。」


 ジョージの言葉を背に男は静かに店を出て行った。

 数時間後、ジル・シルベリアは、有能な弁護士とともに武器輸入をしたマフィアのフロント企業の社長として自首した。

 公判前にシルベリア邸が謎の火事に見舞われ、公判維持に必要な証拠を失ったこともあり、輸出入法違反の単なる経済犯としてジル・シルベリアは逮捕起訴された。

 マスコミは国で有数のマフィアの関連する事件をセンセーショナルに書きたてた。特に、どこかから漏れた貴重な資金洗浄手段であった貿易会社を失ったジュードンファミリーがジル・シルベリアに報復にくるというまことしやかな噂は国民に相当な真実味を感じさせ、軍は国家の威信を賭け、法廷や拘置所をはじめ、厳重な警備体制を引かざるを得なかった。

 ジルべリアを乗せ、裁判所に入る長い車列。

 マスコミはそれを追いかけ、そのパレードは長く、ワイドショーを騒がせた。

 ジルは輸出入法違反で軽い罪となり、すぐに釈放されたが、その後も自ら積極的にメディア露出することで身を守り始めた。

 他方、どこからか莫大な武器を手に入れたジュードンファミリーは闇社会で一気に存在感を増し、勢力を拡大した。


「やはり、一流だったな。」


 テレビから流れるジルべリアの講演を聞きながら、ジョージはそう一言つぶやき、昼寝に戻った。

 無論、この件について辺境の土産物屋が何も知るはずはない。

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