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騒がしい客~社長秘書 ニキータ・ベルク~

 国境にある小さな湖にあるこれまた小さい寂れた土産物屋に電話がかかってきた。店主であるジョージはしばらく電話を鳴るがままに任せていた。相手がはっきりわかっていたからである。だいたい、こんな所に電話する相手などジョージがパッと思いつく人間の他はいない。それでも20コール近く鳴らされると流石のジョージも堪りかねて受話器を上げた。案の定、聞きたくない男の声がおはよう、変わりはないかな?と親しげに問いかけた。

 客がいないからジョージは、ウォルトにも聞こえるよう電話をスピーカに回す。そして、ジョージは男に不機嫌さを隠すことなく、あなたから電話がなければ最高の朝だったと答える。そばで聞いていたウォルトがクスクスと笑いをこらえた。

 男は全く気にも止めずに自分のペースで話を続ける。


「さて、ジョージ君。緊急の指令だがもう間もなくそちら来る青いセダンの客を保護せよ。彼女の持つマイクロチップは我が国の安全保障上、非常に重要だ。では、健闘を祈る。」


 そして電話はジョージの返答を待つことなく一方的に切れた。何が緊急の指令だと悪態をつきたくなるのをこらえて受話器を叩きつけた。

 ジョージの任務のほとんどは緊急性の高い案件である。電話での指示は要は事前準備が必要で面倒くさい指令なのだ。


「ウォルト。お客さんだ。青いセダンの客が来るぞ。」


 双眼鏡を手に2階へ上がったウォルトが叫ぶ。


「店長。狼が3台ついてます。銃撃されてます。」


 ウォルトの報告にジョージは舌打ちした。


「派手にやりやがって、ボート屋に連絡して周辺を封鎖させろ。ウォルト、銃撃戦が始まったら、2階から敵のタイヤを狙撃して足を潰せ。」


「了解しました。」


「ボート屋のやつらも災難だな。周辺の封鎖に、国境警備隊の対応、銃撃戦の後片付けで今日は徹夜だぞ。」


 ジョージは、武器庫から弾をあるだけ出してくると無造作に入り口の脇にある窓の近くに置いた。

 やがて猛スピードの青いセダンが土産物屋の前に滑り込み、頭を低くしながら女が店の中に入ってきた。深い黒のスーツに少しくすんだブロンドの髪をくるりと纏めた中年のキャリアウーマンが、銃撃の中、黒光りする銃を手に走り込んでくる姿は映画や小説を彷彿とさせる光景であった。

 ニキータ・ベルク。

 ルニ最王手の軍需企業、ロンミン重工の社長秘書で、元ミスコン上位者で中年になってからも美貌は衰えておらず、若く見えているが、製品にしては珍しく自分と同じような年齢だったとジョージは記憶していた。


「ようこそ。ロンミン重工の社長秘書、ベルクさん。」


「あら、流石ね。今回はごめんなさい。しくじっちゃって。ロンミン重工お抱えのマフィアなんだけど、しつこい上に数が多くて。」


 と笑いながら、女は弾切れの銃を振った。向かい合うように止まった黒塗りのワゴンからは1台に4人、3台で12人のいかにもマフィアという人相の悪い男達がわらわらと出てきて店に向かって射撃を始める。

 消音器で発砲音こそしないが、弾がセダンや店の外壁に当たる嫌な音が響く。


「アサルトライフル、せめてサブマシンガンくらいない?」


 女は防弾になっている窓を少し開けると、手慣れた様子で即席の銃架を作った。この店の地下の武器庫には、サブマシンガン、アサルトライフルどころか対戦車砲すらあるが、ジョージは首を振りながら、その窓の下に身を隠すと女に替えのマガジンを渡した。


「ここは土産物屋だ。それに後が大変だからな。」


「後って?」


「ここは戦闘行為なんか起きない平和な湖ってことさ。12時間後には車や死体はもちろん、弾も薬莢も一つ残らず拾われて、道路や壁の弾痕も残らず補修される。」


 ジョージは、しゃべりながらも容赦なく敵を撃ち抜き、ウォルトも二階の窓から次々とタイヤを狙撃し、敵が逃げるのを防いでいく。


「そういう事ね。それにしても、あなたもそれから2階の方も上手いのね。現役の製品でも通じるわよ。私はギルシー連邦にいたけど、あの時、あなたがいれば良かったわ。」


 なるほどと思った。ギルシー社会主義民族国は今から5年ほど前、ちょうどジョージがこの店の店長になった頃にクーデターにより消滅した小さな独裁国家であった。そして、ギルシー社会主義民族国最後の1年は、血の1年と呼ばれ、街中だろうが場所を構わず大規模な敵性分子殺戮運動によって、独裁打破を目指す民間人だけでなく、それを支援していた多くの製品たちが犠牲になった。

 思わず、口から出かかった嫌な記憶だという言葉を飲み込む為にジョージは、短い呼吸とともにまた1人撃ち抜いた。


「いや、相手が素人すぎるのさ。それに土産物屋の店長でいい。」


 ジョージの横顔に一抹の寂しさを見えた。

 程なく、周りの音が途絶えた。


「終わったわね。」


 女がほっとしたようにつぶやく横で、ジョージは早速、薬莢を集めながら首を振った。


「いや、俺にとってはこれからが本業だ。」


 そうねと女がキーホルダーの棚に向かい、例のキーホルダーを二つ手に取る。


「Xのキーホルダーを買わなきゃならないかしら。」


 ジョージは笑って手を振った。


「いや。いい。これがパスポートだ。車は裏手に用意してある。」


「ありがと。助かったわ。また、会えたらよろしく。」


 ジョージからキーを受け取った女は子供のようにそれをクルクルと回した。


「こんな店に縁がない方が長生き出来るけどな。」


 そうねと女は笑った。


「せめて、お店だけでも、お掃除をお手伝いしないでごめんなさい。」


「いいさ。うちには掃除が趣味のやつがいるから。」


 階段から顔を出したウォルトがニコリと笑ってみせた。

 その日、土産物屋のある湖周辺の道路は緊急の水道管工事の為、終日に渡って閉鎖され、マフィアの間では分裂騒動による私闘が起こった。また、この日を境に、ある国の戦車研究は大きな進歩を遂げた。

 無論、辺境の土産物屋がこの件について何も知らない。

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