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第9話「その国、侵略国につき…」


「雪だ」

 パールが遠くの空を見上げてつぶやいた。

 トースケがパールの家にやってきてから、3日後のことだ。

 大木の下でトースケは切り出した木を板に加工していた。パールの家を増築して、トースケの部屋を作ることになったのだ。

大木にはまだ葉がついており、根本には雪が降ってこない。

「ほら、早いところ寝床だけでも作っちゃいな」

「はい」

 トースケは墨で付けた線に沿ってノコギリを引いた。


 3日前、トースケとアメリアはパールの家で一泊。

 冬の間、アメリアは馬鈴薯を届けた教会で住まわせてもらうことになった。

 国境線まで戻る間に雪が降るだろう、と言われ、銀貨3枚で春まで住めないかとシスターに交渉したのだ。

 トースケは、2日間アメリアとは会っていない。しばらく、会うこともないだろうと思っている。


「力の入れ方は知っているようだね」

 パールがトースケの作業を見ながら言った。

 トースケは、ノコギリを丁寧に扱い、木の柱を切り出している。パールの家にあったノコギリは刃渡りが成人男性の身長くらいあり、トースケにとっては扱いやすかった。短いノコギリだとすぐに熱を持ってしまって冷ますのに時間が掛かる。

「金槌や釘ってありますか?」

「そんなもの必要かい? トースケの力なら突き刺せばいいじゃないか」

 トースケは「かなりワイルドな姉だな」と思った。前世の記憶を頼りに、釘を使わない部屋づくりが始まった。

カンナもノミもないので、何度も頭を抱えたが、トースケは柱と梁を作っていった。力任せにナイフを突き刺したりしたので、柱を何本か無駄にした。ナイフが壊れなかったことだけが幸いだった。

「大丈夫だ。森の木なら、何本切っても問題ない」

 そう言って、パールはトースケに斧を渡した。

 

 部屋の壁は石造りにした。板で壁を作るより、森の中の岩場から殴って材料を採ってきたほうが早いと思ったのだ。石を重ね、練った泥を繋ぎにする。

 床は壁と同じように石と泥で高さを調節し、木の板を乗せた簡易的なものにした。

「どうにか形になってきたね。屋根は大樹の葉を使うといい」

 パールは仕事の合間にトースケの様子を見に来た。

「まぁ、でも、今日はその辺にしておきな。このままやってたら日が暮れちまうよ。今夜は物置で寝ればいい。飯も食べないでよくここまで作ったもんだ」

 パールに言われて、始めてトースケは空腹を感じた。

空を見上げれば、覆っていた雪雲はすっかり消え、日が傾き始めていた。

 

 飯はパールが作った森のキノコや山菜が入ったスープだった。色味はグロテスクだったが、味は普通で、トースケは残さず食べた。

「シノアの食育は恐ろしいね。私の料理を全部食べたのはトースケが始めてだよ」

 そう言ったパールは嬉しそうだ。

「『残さず食べる』がルールでしたから。でも、うちで食べていた料理と変わらないですよ。毒草の隠し味が効いてる」

「トースケにはその方が合ってると思ってね。まさにおふくろの味だろ?」

「そうですね」

 トースケは、シノアがエリサに毒草を使った料理を教えている光景を思い出した。

 パールが皿を片付けようとするのをトースケが止め、

「俺がやりますよ。それくらいやらせてください」

と皿洗いを買ってでた。

「トースケは変わってるな。本当にシノアの息子かい?」

 パールは皿洗いをするトースケの背中を見ながら聞いた。

「ええ、『悪魔の子』と呼ばれてました。前世の記憶を持っていたので、赤子の頃から話せていたんです。礼儀は前世の記憶によるものです」

 トースケはちらっとパールの方を窺った。

「そうかぁ、転生者か。それ、他の奴に言うんじゃないよ」

「知っているのはシノアとエリサって乳母だけです。エリサは城に連れて行かれちゃいましたけど」

「ゴールドローズの城か。嫌な奴がいるところだねぇ……トースケ、今、私を試したね?」

 トースケは皿を洗い流しながら、「フフ」と笑った。

「転生者であることをバラして、どういう反応をするか試したね?」

「すみません。秘密を打ち明けることで、どうにか仲良くなろうかと」

「仲良くも何も、どうせ姉弟だ。血がつながってなくても関わることになる。そんなに気を使う必要はないさ」

「前にシノアの息子という人をぶっ飛ばしたことがあったんでね」

 トースケは敬語を使わず、普通に話し始めた。

「そいつはどんな奴だった?」

「エルフの青年で弓を使うシェイスとかいう奴。あとは取り巻きが1人いたかな」

「それは、よく似た偽物だね。大方、城にいるシノアの次男が母親の様子を見に行かせたってところだろう」

「よくわかるね」

「伊達に年とってないからね。シノアは追い返さなかったかい?」

「追い返していた」

「そらね。本物のシェイスなら追い返させない方法を取る。それに取り巻きを連れてくるなら軍隊ごと動かす」

「ふーん、シェイスが次男なら、長男はどこにいるの?」

 皿を布巾で拭いて棚に並べながらトースケが聞いた。

「そうか。そうだったね。トースケは何も知らされてなかったんだね」

 パールの言葉通り、トースケは生き残る方法や研究以外、ほとんどシノアから教えもらっていなかった。昨晩、今いる場所が大陸で6つの国があることをパールから教わったばかり。

「トースケ、お前さんには5人の兄と4人の姉がいる。長女が私で、私には双子の兄がいる」

「双子なの?」

「ああ、エルフでは非常に珍しいことだけどね。顔は似てない。300年前から特区ルーツのダンジョンに入ったきり出てこない」

「死んだの?」

「さぁね。竜と戦って勝つような兄だ。報せもないし私は死んじゃいないと思う」

「長男の名前は?」

「コール。全員の名前を書いて教えてやるよ」

 そう言うと、パールは羊皮紙とペンを持ってきて、シノアの家系図を書いた。

 パールは名前を指しながら、何をしているのかを口頭でトースケに教えた。

コールとパールの下の兄たちと姉たちは以下のとおりだ。

次男のシェイスはゴールドローズで大臣をしていて、次女のコマはブルーグリフォンの魔法学校で研究職に就いている。三男のジョーイはクリムゾンドラゴでアサシンをやっていたが今は行方不明。三女のエールはプラチナランパンドで軍の教官。四女のクリシナは大陸六国を股にかける詐欺師で最後に連絡をとった時はある国の銀行を乗っ取ろうとしていたらしい。四男のゴンゾは冒険家で、グリーンディアのジャングルに入っているらしく、ほとんど連絡は取れないそうだ。五男のモリキタはプラチナランパンドで鍛冶屋をやっているドワーフらしい。

シノアは、捨て子だろうが奴隷の子だろうが、気に入ったら拾って育てて自分の子供にしていたらしく、種族もバラバラ。血のつながりがあるのはコールとパール、それに三女のエールだけ。

トースケはまるで覚えられなかったので、姉と兄の名前を書いた羊皮紙をもらうことにした。

「全員、変人だと思って構わない。むしろ変人でもなく、シノアの子どもを名乗ったなら、お前さんを騙そうとしている奴だ。気をつけな」

「わかった。でも、どうしてパールは家族のことを知ってるの? 遠くに住んでたら、なかなか連絡とるのも難しいんじゃない?」

「私は霊媒師だよ。知りたくなくても死んだ奴らが伝えてくるんだよ」

「じゃあ、俺のことも知ってた?」

「いや、シノアは薬臭いからね。霊が寄り付かないんだよ。薬剤師や僧侶の周辺にいる奴のことは途端に情報が入らなくなるね」

 パールはそう言って立ち上がり、椅子やテーブルを片付け始めた。

「何かするの?」

「何って仕事だよ。お前さんにも手伝ってもらうからね」

「仕事? 霊を呼び出すの?」

「なんで、そんな金にもならないようなことしなくちゃならないんだい?」

「じゃ、何を?」

「決まってるじゃないか。お守りだよ。指輪に腕輪、ピアスや首飾り。筆頭霊媒師の品というだけで、かなり高値で取引されるんだ。じゃなかったら、面倒な役職になってないだろ? 冬の間はよっぽどのことがない限り、基本的に内職さ。さ、黙って見てないで手伝っておくれ」

 トースケはパールに言われるがまま、居間を片付けて、倉庫から木やカラフルな石、水晶、魔石などを運びだした。

 細い糸に穴の空いた石を通してネックレスやブレスレットを作る。石や魔石にはパールがまじないをかけていた。


 ココココン。


突然、扉を叩くような音が鳴った。なにかと思って立ち上がったトースケをパールが止めた。

「叩き方が人じゃない。動物霊かなにかだろう。放っておけ」


ココココココン。

 扉を叩くような音は鳴り止まず、その後断続的に鳴り響いた。

「うるさいねぇ。森で何かあったかい?」

 パールが扉に近づくと、目を閉じて手を扉にかざした。

「ふむ。獣人奴隷の逃亡か? いや、まさか……面倒くさいことになるよ」

 トースケには誰に話しているのかわからないが、パールは誰かと交信しているようだった。

「どちらにせよ。暗くて見えないね。その功を焦った誰かを捕まえるのが先だね。トースケ!」

 突然、パールに呼ばれてトースケは立ち上がった。

「外に小さな鳥の霊がいるから、そいつに案内してもらって、『森のなかを走っている獣人』を捕まえてきておくれ」

「は?」

 トースケはパールが何を言っているのかわからなかった。

「物分りが悪いね。ほら、そこにある紐を持って行っていいから! 早くしな!」

「はい!」

 トースケは言われるがまま、ネックレス用の紐を持って扉を開けた。

 扉の外にはパールの言うとおり、薄く積もった雪の上に白い小鳥の霊がトースケを見上げていた。

「殺すんじゃないよ! あ~寒いね!」

 トースケが外に出るとパールは勢い良く扉を閉めた。


「それじゃ、悪いんだけど案内してくれる?」

 トースケが頼むと、小鳥の霊はトースケの頭上を旋回して、真っ暗な森に向かって飛んでいった。暗い中でも小鳥は白く発光しているように見え、見失うことがなかった。

 小鳥の霊は結構なスピードで飛んでいるが、トースケが障害物に当たらないところを選んで飛んでいるようで、かなり走りやすかった。

 しばらく走っていると仄かに磯の香りを感じた。

「海か?」

トースケにとって前世の記憶にしかない海を思い出した。

 『森のなかを走っている獣人』は海辺近くの森を、松明の灯を頼りに走っていた。息を切らせて、全速力で走っているようだが、トースケの基準で言えば、とても遅い相手だった。

「あれを捕まえればいいの?」

 小鳥の霊に聞くと、「ピヨ」と鳴くように口を開いた。鳴き声はトースケには聞こえなかった。

 獣人は特に魔法を使っている動きも見られないし、周囲に仲間の気配や罠があるようにも思えなかったので、トースケはネックレス用の紐をポケットから取り出して、獣人に近づいた。

 「ギョッ」とした獣人を無視してトースケは、獣人の両手を後ろに回し、親指の付け根を紐で縛った。

 その間、2秒もかかっていなかった。何が起こったのかわからぬまま親指を縛られた獣人はバランスを崩して地面に転がった。

 トースケは、獣人と言っても人間と作りはそんなに変わらないだろうと、獣人の首筋を触って頸動脈を探す。暴れる獣人だが、手は後ろで縛られ、首も押さえつけられて足をバタつかせるのがせいぜいだった。

 頸動脈を探し当てたトースケは、キュッと2本の指で絞めた。

「7秒数えて」

 1・2・3・4・5、とカウントしていたところ、5秒で獣人の目が白目になった。

 トースケは絞めていた指を離し、息と心音を確かめた。うまくいったようだ。肩に獣人を担ぎあげて、小鳥の霊を呼ぶ。

「おーい。帰りも道案内を頼むよ」

 小鳥の霊はトースケの周囲を飛び回ったあと、パールの家まで道案内をした。


コンコン


 パールの家の扉をトースケが叩いた。

家を出てから5分も経っていないので、パールはなにか忘れ物でもしたのかとうんざりしたように扉を開けた。

「なにか忘れ物でも……もう捕まえてきたのかい?」

 獣人を肩に担いだトースケを見て、パールが驚いていた。

「うん。気付け薬でもあれば、起きるよ。あ、小鳥がいなくなった」

 トースケは自分の周りを飛んでいた小鳥の霊がいなくなったのに気がついた。

「役割を終えたから、消えたのさ。しっかし臭うね。身体も大きいし。そっちの倉庫の方に転がしておいてくれ」

 パールは担がれている獣人を側で観察してから、トースケに指示を出した。

 トースケは言われたとおりに、倉庫の中に獣人を転がした。

「あんなに大きいと、縛るのはロープの方がいいね。そこの戸棚の下に入っているはずだ」

 玄関口に戻ってきたトースケにパールが言った。

「うん」

 トースケは黙ってパールの指示に従う。パールが指示を出しながら、トースケにこの家のどこに何があるのか覚えさせようとしているのが、わかっているので不満はない。

「あ、それから、あのトースケが出て行ったあと、すぐにね。あのなんてったっけ? あの女魔法使いの娘が……」

「トースケ~」

 奥のダイニングの方からアメリアが現れた。

「なにしに来たの?」

 トースケは不機嫌そうに聞いた。

「あの教会肉が出ないのよ。肉を食べさせて~」

 アメリアは酒の匂いを撒き散らしながら、トースケに近づいた。

「肉なんかないよ。森に行って自分で獲ってきな。俺は今忙しいから、帰れよ」

「ひっどーい。それが、こんな辺鄙な場所まで連れてきた仲間にいう言い草?」

 トースケは持っていたロープを床に落とした。

「まず、俺とアメリアは仲間じゃない。タンパク質が欲しければ豆を食べればいい。どうしても肉が欲しければ、自分で森の魔物でも狩ってくればいい。俺は魔物を殺す気はないから、一人で行ってくれ。特にこれ以上関わる気はないから、出てけ」

 トースケはアメリアを家の外まで押し出すと、ピシャリと扉を閉めた。

「次、あの女魔法使いが来たら、裸にひん剥いて獣脂を塗ったくったあと、森に捨てていいから」

 一気にトースケが喋ると、パールは「案外、トースケも口が回るんだね」と感心していた。

 



「それで、あんたどこから来たんだい?」

 ロープで縛られた獣人にパールが聞いた。

倉庫は石の床のため、かなり冷えていた。獣人はその冷えた床に座らされている。

「……」

 パールはヒュンッとナイフを獣人の頬に滑らせた。獣人の毛深い頬から血が染み出してきた。

 拷問でもするのだろうと思っていたトースケは「骨、折る?」とパールに聞いた。

「いや、水甕と銀の刺繍が入った袋、持ってきておくれ」

 トースケは心得たと倉庫を出て、ダイニングの戸棚から水甕と袋を取り出し、水甕に水を入れて戻ってきた。

「水入れてきたけど、いらなかった?」

「いやいる。まったく可愛げがないくらい出来が良い弟だね」

 水の入った水瓶に、袋から銀の粉を取り出して入れた。トースケがパールの家に来た時に行った、人読みのまじないだ。

 パールは獣人の血がついたナイフを水瓶に浸した。

 水瓶の中の水が揺れ動き、銀色のミミズが這った跡のような文字列が浮かび上がった。

 パールは吸っていた煙草の煙を水瓶に吹きかけると、文字列が整然と並んだ。

 獣人のステータスやスキルなどがまるわかりだ。

「ふーん。なるほどね。思った通りか。あんたネーショニアの王子だね?」

「……っ!」

 目を見開いた獣人は悔しそうに下を向いた。

「よくわかるね?」

 隣で聞いていたトースケが聞いた。

「見てごらん、剣のスキルが多くてレベルも20を超えている。靴もしっかりした靴を履いているから、逃亡奴隷なんてことはない。雪が降るのを見計らって、北方からスノウレオパルドに攻めてくる奴らなんか、群島国家のネーショニアぐらいしかない。しかも、ネーショニアの国王が病に臥せっていると噂されているとなれば、世継ぎ争いで功を焦った王子が攻めてくることぐらい予想できる。ただ、本人がやってくるとは思わなかったんだけど、このやけに高い統率スキルだ。年齢も低く、統率スキルを持った獣人で、周囲の言うことも聞かずに、敵地に乗り込むバカは、王子しかいないだろ?」

「なるほど」

 トースケは感心して何度も頷いた。

「それで、王子。なにをしにここまで?」

「わかりきったことだ! 奪われた土地を取り返すため!」

 噛みつくように獣人の王子は叫んだ。

「奪われた?」

 トースケがパールに聞く。

「あー、そうか。歴史を知らないんだったね。このスノウレオパルドって国は300年前にネーショニアから国土を奪って出来た国なんだ。いわゆる侵略国ってことだね」

「そうだったのか。じゃあ、この獣人の王子が言ってることは正しいんだ」

「ただ、ネーショニアにこの国を治める力はない。そもそも、スノウレオパルドから奪い返すことも出来ないだろう」

 パールの説明にトースケが「なぜ?」と聞く前に、獣人の王子が口を開いた。

「くそっ! 貴様さえいなければ! 西の森の魔女め!」

 魔女と呼ばれたパールはニヤリと笑った。

 トースケは「魔女と縁の多い人生だなぁ」と自分の人生を思った。



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