第8話「その霊媒師、長女につき…」
「アメリア、火」
トースケは何かとアメリアの火魔法に頼ることにした。暗くなった街道での明かりや、焚き火に火をつけるのも非常に楽になった。これで温かい飲み物も焼けた肉も食べられる。
ただ、アメリアの魔力量はそれほど多くなく、5回連続で使うと魔力切れを起こすし、詠唱もとても長い。正直戦闘では役に立たないな、というのがトースケの感想だ。
初めはトースケに反発していたアメリアだったが、街道を進む途中で何度もトースケが、ワイルドベアやグリーンタイガーなど強い魔物が現れても、撫で回してから森へ返す姿を見て、反抗する気はなくなっていった。
「トースケは今、どのくらいのレベルなんだ?」
「1」
アメリアが何度聞いても、トースケの答えは1。はぐらかされていると思ったアメリアはその背中を、怒りを込めて追いかけた。
地図を見ながら進み、北の国境線に着いたのはセビアと別れてから7日目のことだった。
ゴールドローズからスノウレオパルドの国境線は山脈で、山の上には万年雪が降り積もっている。
入国するには標高5000メートル級の山を越えるか、遥か古の昔、巨大な蛇の魔物が通ったとされるトンネルを抜けるか、のどちらかだ。基本的に犯罪者でもない限り、山越えはせず、トンネルを選ぶ。トンネルの入口と出口では出入国の審査があり、目的などを聞かれた。
「馬鈴薯の輸送です。僕は冒険者で依頼を受けてきました」
トースケはセビアから受け取った手紙や行き先の地図などを見せながら、審査官に説明し、最期に冒険者カードを見せると、普通に通してくれた。
アメリアは、おどおどしていたためか、かなり疑われたが、最後には通してくれた。
トンネルの壁に松明が設置されており明るく地面を照らしている。
襲ってくるような魔物も出ず、1時間ほどゆっくりトンネルを進むと出口に着いた。
出口にも審査官がいて、目的と冒険者カードの提示をした。審査官の後ろには白いヒョウの紋章が掲げられていた。
「ここからスノウレオパルドだ。引き返すなら、今のうちだぞ。雪が降れば、このトンネルも通行止めになる。3ヶ月は足止めを食うことになるからな」
「親切にどうも」
審査官の言葉を記憶して、トースケはスノウレオパルドに入った。
針葉樹林の森。雪をかぶる山々。毛皮を着た人々。獣人奴隷。肌寒い風が、違う国に来たことを思わせる。
トースケにとって初めての外国の風景は新鮮で、否が応でもテンションが上がった。
「知りたい!」
「何を?」
「何もかもさ!」
好奇心が溢れ出ているトースケに引きながら、アメリアは服屋を探した。ローブ一つでは寒すぎる。
アメリアが「寒くないのか?」とトースケに聞いたが、「そういえば、寒いね」くらいの反応しかなかった。
国境線から伸びる街道にはいくつかの屋台があり、飲食店の他に雑貨屋や土産物屋なんかもあったが、暖かそうな服を売っている店はなかった。
「近くで防寒着が売っている店ってありますか?」
「ああ、それなら街道の先にチルステップって村があるから、そこで買うと良い」
アメリアの質問に、屋台のおっさんが答えた。
一先ず、チルステップという村まで進み、地図を確認しながら目的地を確認することに。
チルステップまでは2キロほどで、すぐ着いた。
雪が降るためか、三角屋根の家しかない。
服屋は看板を見て探し、適当なフード付きのコートをトースケとアメリアは銅貨3枚で買った。
「2着で銅貨3枚って安かったね」
アメリアはコートの裾を翻しながら言った。
トースケは服や帽子の値札を見ながら、物価の安さに驚いていた。ほとんどの商品が石貨、あっても銅貨。銀貨の商品が一つもなかった。
田舎だからだろうか、とトースケは思っていたが服屋の店員は、
「こんなキレイな銅貨は久しぶりに見たねぇ」
と、支払った銅貨をまじまじと見ていた。
スノウレオパルドの国自体が貧乏なのかもしれない。トースケは、チルステップの他の店を見て歩いた。
ゴールドローズに比べると、食品以外はかなり安かった。食品はゴールドローズと同じくらいだ。
冬に雪が降ると言っていたので、職人が多いのかもしれない、とトースケは予想した。食品は植物のあるところなら採って食べればよかったので、いらないと思っていたが、アメリアのために多少は買っておくことにした。
コートも手に入ったので、セビアが描いた地図が示す場所へと向かう。
チルステップの遥か西。途中から街道のない道も通るようだ。
雪が降ると、国境を通れないらしいので、トースケたちは急いだ。
街道には魔物も出たが、相変わらずトースケはスルー。冒険者たちが果敢に挑む横を通り過ぎて行った。
セビアが言っていたように実態のないゴースト系や腐敗したアンデッド系の魔物が多かった。コートが厚手だったため噛まれても問題はなかったし、回復薬を身体に振りかけて走れば、そもそもあまり近づいて来なかった。
トースケはアメリアの疲労の様子を見て進んだ。アメリアは重い荷物をこれだけ長い間、運んだことがないため、靴ずれを起こしたと文句を言っていたが、靴ずれなど回復薬を少し塗ればすぐに治るので、「文句が出ているうちは急ぐ」と宣言。それ以降は、あまり話さなくなった。
一応、飯休憩などは取っている。夜もアメリアが眠たくなったら、街道脇で野宿。
トースケは、体力が有り余っているので、少しの睡眠で問題はなかったが、アメリアは日増しに痩せていった。大きかった顔も少し縮んだ気がする。
チルステップから西に進んで3日目の昼。アメリアがとうとうキレた。
「もう、無理。もう無理……こんな同じ風景ばっかりで走ってらんない!」
アメリアの目の下には隈が出来ていた。声に力強さがない。
「アメリアってレベルどのくらい?」
「え? 15だけど……」
「ふーん」
アメリアは、初めてトースケが自分に質問してきたことに気がついた。
トースケは、このくらいで限界が来る冒険者のレベルが知りたかっただけだ。
街道には二人だけ。
殺ってしまうなら、今かな? ただなぁ……。
トースケは迷っていた。
「アメリア、直接人を殺したことある? 強盗やってた時でもいいんだけど」
「ないわよ」
アメリアを殺して捨てて行くことを考えたトースケだったが、人を殺して経験値が入ってしまうことを恐れた。シノアが言っていた「レベル上げが全てではない」ということを証明するために、トースケはレベルを上げたくなかった。
「ん~……まぁ、いいか」
トースケはアメリアの荷物を抱えて、歩き出した。
「ちょ、ちょっと!」
「もうすぐ、最後の町だから、そこまでは行こうよ。あとは好きにすればいい」
トースケは振り向かずに町へと向かう。
アメリアは、バカにされた気分になった。
自分の限界をつきつけられた上に、初心者であろう年下の冒険者に助けられているということに、腹の底からムカついてきた。
確かに、トースケは腕っ節も体力も底抜けで、実力は自分よりも上なのかもしれない。
だからと言って、自分だって、それなりに冒険者としてやってきた経験もある。
ただ荷物を運ぶような簡単な仕事で、遅れを取っている現実が、どうしても受け入れられなかった。
「最後まで、やるわよ! 私の荷物を返して!」
怒りによって奮起したアメリアは、トースケから自分の荷物を奪い取り歩き出した。
足の筋肉はプルプル状態で、速度は遅かったが一歩一歩確実に前へと進んでいた。
トースケは何度も振り返って、アメリアを待ちながら、「本当にレベルなんて信用ならないな」と実感した。
町に着いた時には、すでに日が暮れていた。
街道の終着点の町・チルウエスト。相変わらず、三角屋根の家しかない町だった。
一泊、二人で銅貨1枚という破格の宿を取った。
大部屋で他にも冒険者や行商人もいたが、アメリアはベッドにダイブしてそのまま眠っていた。
「スノウレオパルドに竜がいるって本当ですか?」
トースケは、隣のベッドの品物を整理している行商人に聞いてみた。
「はぁ? おらはそったらこと聞いたことねぇど」
「俺は聞いたことがある」
行商人の向かい側のベッドにいた冒険者が言った。
「どこにいるかわかります?」
「わかるよ。天国さ。300年前にやたら強えエルフに殺されたってよ」
「ああ、じゃあ、死んでるんですね」
「なんだ、坊主。竜に挑戦しようと思って、ここまで来たのか?」
「いやぁ、ここには荷運びで来たんですよ。ただ、竜がいるって聞いたから、話だけでも聞いてみたいな、と思って」
「話聞きたけりゃ、ここから西に行った森に1人で住んでる霊媒師の婆さんがいるから、その婆さんに聞いてみな」
冒険者は含み笑いをしながら言った。誂われているかもしれない。
「ありがとうございます。地図だとどの辺の森かわかります?」
トースケは地図を広げて聞いた。
冒険者は「ここだ。ここ」と、割りと目的地に近い場所を指差した。
「わかりました。明日行ってみます」
「本当に、あんなとこに行くだか?」
隣で聞いていた商人が聞いてきた。
「何かマズいことでもあるんですか?」
「マズいというか……」
「おい! おっさん、ちょっと飲みに行こうぜ」
冒険者が行商人を誘って、大部屋を出て行った。
どうやら騙されていることくらいはトースケにもわかったが、地図上に指し示した場所に何があるのか気になった。
「行ってみれば、わかるか」
トースケはそうつぶやいて眠った。
翌日、宿では朝食が出ないので、トースケたちはとっとと出発した。
アメリアは筋肉痛で、始めは辛そうだったが、すぐに脳内物質が出たようで、トースケについて行った。
チルウエストの町を出て、山道に入る。
街道と違い、道幅は狭く、馬車が行き交うことは出来ない。
トースケたちと同じように荷運びの人たちも多く、ほとんどが獣人奴隷だった。
なるべく早く行きたいトースケだったが、道幅が狭く追い抜けず、獣人奴隷たちのスピードに合わせるしかなかった。
獣人奴隷たちが休憩に入ると、トースケたちは一気に歩くスピードを上げた。飯も歩きながら、少しずつ補給した。
峠で休憩を取ったあとは、ずっと歩き通しだった。
西の山脈に日が落ちる直前に、目的地である教会に辿り着いた。
後半は疲労した筋肉に回復薬を直接かけて、筋繊維を修復した。
トースケがセビアのことを説明すると、
「よく来てくださった。どうぞ、こちらでお休みください」
と、年老いたシスターが部屋を用意してくれた。
教会は小さな湖の畔にあり、周囲には民家もなにもない。
届けた馬鈴薯は、半分以上は冬を越すための食料となり、残りは春に植える種芋になるとシスターが説明してくれた。
年老いたシスター以外にもシスターが5人ほどいて、いずれも顔以外の肌を露出させないように、布を巻いている。獣人やエルフなど人種も様々だ。
部屋に通されると、アメリアは靴を脱いでベッドに潜り込んだ。
トースケは自分の荷物を置いて、急いで教会を出る。
「おや、どうなさいました?」
出てきたトースケに、井戸で水を汲んでいたシスターが声をかけた。
山に日が落ちたとはいえ、まだ空は仄明るい。マジックアワーというやつだ。
「ちょっと、確かめたいことがあって。すぐに戻ります。こう見えて冒険者ですから!」
そう言って、トースケは走って教会の敷地を出て、針葉樹林の森へと入っていった。
森はすでに暗闇に近く、地面に何があるかも判然としなかった。
トースケが、やっぱり魔石灯も持ってくればよかった、と思った時、背後が明るくなった。
「何やってるのよ」
アメリアが火魔法で周囲を照らしながら、近づいてきた。
「アメリアは寝てていいよ。関係ないんだから」
「それが、一緒に長旅してきた仲間に言う言葉?」
「仲間?」
トースケは「マジか、こいつ」と眉をひそめた。トースケに仲間意識は、ない。ここまで来る途中で見たアメリアへの印象は、荷物を運べるマッチ程度というくらいだ。
「まぁ、いいけど。竜の話を知ってる婆さんがこの森にいるらしいんだ」
「そんなもの、明日にすればいいじゃない」
アメリアが文句を言う。
「いや、だから、アメリアは寝てろよ。俺が知りたいだけなんだから」
「まったく、世話が焼けるガキだなぁ。トースケは」
アメリアはトースケの話を聞かずに、森の中を進んだ。アメリアは年上の冒険者である自分が実力を見せてやろう、と考えていた。
そして、前方不注意によりアメリアは崖から滑落した。
暗い森の中でトースケは、「放置しようか」と本気で迷った。
「助けてー! 足が折れたー! 痛いよートースケー! あ! 灯り!」
崖の下から聞こえてくるアメリアの声をうんざりしながら聞いていたトースケは、しぶしぶ崖を下りた。
アメリアの足首は曲がってはいけない方向に曲がっていた。
「せっかくだから、もう片方の足も折っておく?」
「はぁ!? 何言ってんの? 冗談はいいから、回復薬出してよ」
「ないよ。荷物は教会に置いてきたから」
「なにそれ! ぜんっぜん使えない!」
トースケは「このまま埋めてしまおう」と考えた。
「ちょっと、肩貸して。向こうに灯りが見えたのよ。私、この足で崖を登れないから」
つまり、灯りがある方に行けば誰かがいるので、そちらに助けを求めようというのだ。
アメリアの指差す方を見ると、確かに灯りが遠くに見える。
トースケはアメリアを肩に担ぐと、灯りの方に向かった。「肩がお腹に刺さる!」というアメリアの抗議は無視した。
灯りの方に行くと巨木の下に家があった。
外観はかなりボロく、中は騒がしい。
皿が割れる音がして「なんだって言うのよぉお!」という老婆らしき人物の金切り声がしている。
トースケはうっすら苔の生えた木のドアをノックした。
中の喧騒がピタッと止まり、足音が近づいてくる。
ゆっくりと開いたドアから、玉ねぎヘアーのエルフが顔を出した。顔は細長い。老婆といわれれば老婆だが、エルフなので年齢がわからない。
「何か用かい?」
かなり機嫌が悪いらしい。
「すみません。知り合いがケガをしてしまい、お邪魔とは思いますが少し休ませてもらえないでしょうか?」
「ああ、邪魔だねぇ」
そう言ったエルフの後ろで、陶器が割れる音がした。
「今、割れたのは私が一番気に入っていたカップだ」
エルフは口端をピクピクとさせながら言った。
「す、すみません。失礼しました!」
トースケが慌てて、立ち去ろうとすると、
「待ちな!」
と、エルフが声をかけ、トースケに顔を近づけた。
エルフはトースケの目を覗きこむように見てから、
「入りな!」
と、ドアを開けて中へ招いた。
家の中はオレンジ色の魔石灯の灯りに照らされて、木のぬくもりが感じられる品の良い玄関だった。
トースケが思っていたより広く、床に割れた皿やカップがあるのを除けば、とても清潔だった。
ただ、棚には、何かの骨や装飾品のような用途がわからないものが並んでいた。
「止まった?」
エルフは自分の家の中を睨みつけながら言った。
「すみません、大丈夫ですかね? 見知らぬ俺なんかが入ってきて同居人の方に迷惑じゃなかったですか?」
「同居人はいないよ。一人暮らしだからね」
「え!?」
「私は霊媒師なんだ。時々、黄泉の世界から招かれざる客が来るのさ」
エルフはそう言って、割れたカップを箒で掃いて、部屋の隅に寄せた。
「使っていいよ」
エルフはソファーを指しながら言った。
トースケがアメリアをソファーに寝かせると、
「足が折れてるね。薬草くらいしかうちにはないよ」
と、後ろから声をかけられた。
「すみません、ありがとうございます」
「ありがとうございます!」
空気に気圧されていたアメリアが初めて口を開いた。
「トースケ、薬草があるなら、回復薬作れるんじゃないの?」
アメリアが小声でトースケに聞いた。教会までの道のりで、トースケは回復薬を自分で作っていることをアメリアに言っていた。
「台所を使うなら、そっちだよ」
エルフが棚から、乾燥した薬草を取り出して、トースケに渡した。
「すみません、借ります」
トースケは台所に行って、鍋で湯を沸かし、薬草を入れた。
竈は魔道具で出来ていて、魔力を込めると着火したのにはトースケも驚いた。
「ブルーグリフォンにいる妹が、ぎっくり腰になった時に送ってきたんだ。」
エルフが説明した。魔道具は高価なもので、めったに見ることは出来ない。
トースケは火加減を見ながらかき混ぜ、タイミングよく火を消して鍋を冷ます。
「へぇ、スキルを使ってないのに、上手いもんだね。誰に習った?」
「母親が薬師だったんです」
トースケは出来上がった回復薬に布を浸し、アメリアの足首を通常の位置に戻してから巻いた。何度かアメリアが叫び声を上げたが、気にしなかった。
エルフは細長い巻きタバコを吸いながら、治療の様子を見ていた。
「慣れたもんだね」
「これくらい、冒険者なら誰だって出来ますよ」
「ただの冒険者なら、回復薬をかけて終わりさ。布で縛って骨を固定するなんて教育が良かったんだねぇ。お前さんの母親はエルフから薬学を習ったのかい?」
「母親がエルフです」
「拾い子か。エルフねぇ、エルフ……一応聞いておくけど、シノアってエルフじゃないだろうね?」
「……母を知ってるんですか?」
トースケは目を見開いて、振り返った。
「はっ! 生きてたか、あのクソババア」
「死にましたよ。俺が最期の息子です」
トースケが「死にましたよ」と言った瞬間、少しだけエルフが止まった。
「血もつながってないのにかい?」
「それでも生まれてから15年育ててくれましたから」
「お前さん、今、いくつだい?」
「15です」
「シノアが亡くなったのは最近かい?」
「ええ、ついこの間です」
エルフはゆっくりとタバコを吸って吐き出した。
「そうかい……最期の息子か。なら私は最初の娘だよ。まったく、呼ばれてきたのかなんなのか、因果なもんだね。トースケと言ったね? どうしてここへ?」
「荷運びです。馬鈴薯の」
「そうかい。何か、あのクソババアから託されたものはあるかい?」
「いえ、特には。シノアの研究は完成してましたから」
「完成? 男を好きになる薬でも開発したのかい? それとも能力値を……お前、レベルは?」
トースケは黙って聞いていたアメリアを見た。アメリアは二人の会話を興味深そうに聞いていた。シノアの薬を多くの者に知られると、争奪戦が始まるだろう。ゴールドローズにある家や墓を暴かれる可能性もある。
「お嬢ちゃん。悪いけど、こっから家族の話をしなくちゃならないんだ。少しの間、出てってくれるかい? あとで寝床は用意してやるからさ」
アメリアは黙って頷いて、外に出た。
エルフはドアを閉めて、トースケに向き直った。
「それで?」
「俺のレベルは1です」
トースケは冒険者カードを取り出し、レベルの欄を見せて言った。
「一度も魔物を倒したことはないのかい?」
「ええ、大抵は押さえつければおとなしくなりますし、毒はシノアの食育で」
「確かめてもいいかい?」
「どうぞ」
エルフは水が張った甕に銀色の粉を入れて、トースケの前に置いた。
「血を一滴貰うよ」
エルフは針でトースケの手の平を刺し、水甕に針ごと放り投げた。
水甕の中の水が、ぐねぐねと動き出し光り輝いたかと思うと弾けて、水甕の外に飛び散った。
「なんて子だ。トースケ。お前は私の一番下の弟だ。シノアが死んでどういうきっかけでここまで導かれてきたのかは知らないが、私と出会ったのは意味がある。この国では先祖の導きを大切にしているし、私も大切にしている。ただ、今のところ、私はどうすれば良いのかわからない。本当に託されたものはないんだね?」
「世界を変えちまえ、としか」
「はっ! シノアらしい言葉だ」
エルフは目をつぶってゆっくりとタバコを吸って吐き出した。
「トースケ、この先の予定は?」
「竜を探そうと思ってますけど……」
「わかった。冬の間、ここで過ごしな。竜のいるところには春になったら、私が連れて行く」
突然の提案にトースケは戸惑ったが、シノアにどことなく似ているエルフを信用しよう、と思った。どちらにせよ、竜に会えなければ、やることもなくなる。
「わかりました。姉さん、質問して良いですか?」
「なんだい?」
「お名前は?」
「ああ、言ってなかったね。パールだ。この国では筆頭霊媒師のパルロイって言われているが、パールでいい」
「では、よろしくお願いします。パール姉さん」
「よろしく」
パールがドアを開け、アメリアを呼んだ。
ドアから、急に寒い風が部屋に吹き込んできた。
トースケとパールの冬の始まりだった。




