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第6話「その旅の道連れ、荷物持ちにつき…」

 トースケは一旦、生まれ故郷の辺境の町に戻り、冒険者ギルドで竜についての情報を探すことにした。

 いつも孤独なギースに竜について聞いてみると、

「んん? どうした急に。西の村に行って興味でも湧いたか?」

「いや、知らないのなら他を当たりますけど」

「ちょっと待て。竜と言えば、大陸の南、クリムゾンドラゴが有名だがなぁ。ただ、先の大戦では竜を出さなかったらしくて、すでに南では絶滅したと言われているはずだ」

 先の大戦の歴史や地理的な知識についてトースケはまるで知らない。この村が結構大きな国の辺境にあることくらいしか知らず、シノアもあまりトースケに教えていなかった。基本的に一人で生きていける力や死なないステータスや耐性のほうが大事だと思っていたし、トースケが生きていた15年間は少なくとも辺境の町周辺は平和だったので、それで十分だった。

「じゃあ、どこにいるんですか?」

「竜種か……ガリ谷の他で竜について聞いたのは北方の国だな。俺も詳しくは知らないんだが、白い竜が降り立った山があると聞いたことがある」

「北方の国?」

「ああ、俺は国の名前も覚えちゃいない。最近どこかで北方の国に関する依頼を見たような……」

「私の依頼だ」

 トースケとギースが話しているテーブルに大柄な女が近づいてきた。

 エラが張った四角い顔で短髪の金髪を後ろで束ねている。服装は革のコートに黒いブーツ。見た目はほとんど女性らしさを感じられないが、声音は女性のそれだった。年は30近いだろうか。

「セビアという。何度もギースに依頼を出しているんだが、受けてくれなくてね」

 セビアと名乗った女はトースケに笑いかけた。

「はじめまして、トースケです」

「トースケ、この女はやめておけ。金に汚い上に、一緒に旅をしても何の得にもならないぞ」

 ギースはうんざりしたように言った。どうやらギースの知人らしいが、ギースには嫌われているようだ。つまり中途半端に強い冒険者ということだ。

「ギース、私はもう冒険者は辞めたと言っただろ?今はスノウレオパルドから馬鈴薯の買い付けに来ているだけだ」

「スノウレオパルド?」

 トースケが聞いた。

「北方の国の名だ。お前さんはこの辺境の町から出たことはあるのか?」

「この前までガリ谷まで行ってましたけど」

「そんなのは眼と鼻の先じゃないか。そうじゃなくて、他の国や大陸に行ったことは?」

「ないです。生まれてから国を出たという経験はないですね」

「どうだ?私の荷物持ちとして、一緒に北方の国に行ってみないか?」

「報酬は?」

「銀貨2枚と竜についての情報ではどうだろう?」

 セビアは、トースケとギースの会話を聞いていたらしい。

「はっ!北の国境線まで何日かかると思っている?銀貨2枚じゃ割に合わないぞ」

 ギースがトースケに忠告するように人差し指を向けた。

 忠告を受けたが、トースケには他にやることがないので受けることにした。金に困っているわけではないが竜の情報は欲しい。

「やります。その荷物持ち、僕が引き受けますよ」

 ギースは額に手を当てて、忠告を聞かなかったトースケに「なぜだ?」と無言で聞いた。

「いや、ここを離れるにはいい時期かと思いましてね。親もいなくなって、未練もありませんし。これ以上、こんな辺境でグズグズしてても仕方がないかと」

「こまっしゃくれた小僧だと思っていたが、そんなことも考えていたか」

「ええ。ギースさんも町を離れてみては?このまま孤独にここで生きていくつもりですか?」

「ふん……確かに、この町を出るのもいいだろう。ここではないどこか、か。居場所を探す旅は幾度もしたがな……」

 ギースは酒を呷り、いつものように自分の思考に没入してった。

「旅の予定は?」

 自分の思考の中を旅するギースを放っておいて、トースケはセビアに現実の旅について聞いた。

「トースケの準備ができ次第、いつでも」

「なら、準備はできてます。持ち物はこの肩掛けカバンくらいですから」

 トースケは肩掛けカバンを叩いて言った。着替えと生活用品と財布が入ってるくらいだ。

「わかった。宿まで来てくれ」


 セビアは自分が泊まっている宿まで案内した。

 大きなリュックを「持ってみろ」とトースケに渡した。特に重くはないが、リュックいっぱいに馬鈴薯が詰まっていることはわかった。

トースケはリュックを背負い、

「他には?」

と、聞いた。

「それだけでいい。力は強いようだな」

「3年冒険者をやってますから、これくらいは」

「そうか」

「あ、ただ、レベルは1なので戦闘面で期待はしないでください」

「レベル1!?」

 セビアはあからさまに嫌な顔をしたが、すぐに、

「はっははは、そうか危険手当は別ということか。まぁ、いいだろう。特に旅の途中で強い魔物に出会うことはないだろうからな。聖水だけは途中の村で用意しておけ、アンデッドはいるからな」

と、トースケの言葉を勘違いしたようだ。

「トースケ。北方の国に行ったら、あまり、冗談は言わないようにな。スノウレオパルドの連中は頭が固いから、通じないことが多い」

 トースケはただ頷いた。


 大きなリュックを背負ったセビアとトースケが町を出たのは昼を過ぎた頃だった。

 街道を歩く速度はセビアに合わせた。セビアはいくら急いでもついてくるトースケに満足していた。

 馬車や冒険者のパーティーと出会ったのは始めの数時間くらいで、日が落ちてきた頃には誰にも出会わなくなっていた。

「疲れたか?」

「いや、大丈夫です」

 セビアは何時間も歩いているというのに、汗一つかいていないトースケの体力に内心驚いていた。ゴールドローズの辺境の町にギース以外にも実力者がいるとは思っていなかったのだ。それにしては装備が普通以下というのはどういうことだろう、とセビアは思った。

「装備はそれしか持ってないのか?」

「これだけです」

 トースケがセビアに「何かマズいのか?」という表情で見た。

「なら、ゴールドローズにいるうちに、毛皮を用意しておこう」

「ゴールドローズ?」

「なんだ?自分の出身国の名前も知らなかったのか?」

 トースケは知らなかった。辺境の町と森の中の自宅との往復くらいで、あとは周辺の洞窟くらいしか知らない。

 トースケは笑った。旅に出ると自分が知らないことだらけであることを知ることが出来て楽しい。

「なににやけているんだ?」

「知らないことが多くて……」

「あの辺境の町をほとんど出たことがないというのは本当だったのか?」

「ええ。これから少しずつ勉強していこうと思います」

 トースケは、シノアとの約束であるパラダイムの転換をするにしても知識がなくてはどうにもならないことを悟った。

「日も落ちてきた。ここら辺で野宿するか?」

「はい」

 街道脇の原っぱで野宿。

 野宿といってもトースケが出来ることは森で薪集めするくらいだ。寝床代わりの毛皮もない。食事は保存の利くパンをセビアから貰った。

「肉が欲しければ、魔物でも狩ってくればいい」

 セビアが言った。トースケは魔物を狩ってしまうとレベルが上がってしまうので「殺さず」を通すことにしている。肉が欲しければ買えばいい。腹が減れば、雑草を食べればいい。伊達に15年も腹を鍛え続けていたわけではない。腹をこわすことも毒にあたることもないだろう。


 火の番はセビアが最初に寝て、夜中に交代することになった。

 セビアが眠ってから数時間が過ぎた頃、街道の反対側の森に魔石の明かりが見えた。魔石灯というランタンの中に魔石を入れた物だろう。

 その魔石灯の明かりがトースケたちの方に近づいてきている。

 強盗だろうか。

 トースケにとっては面倒な相手だった。焚き火を消されると、何のスキルも持っていないトースケはひたすら枝をこすって、火をつけないといけなくなる。


「こんばんは。こんなところで野宿かな?」

 森から出てきたのは、籠を背負った老人だった。

「ええ。北方の国へ向かう途中です」

「そうか。いやはや、ワシも焚き火に寄せてもらえるだろうか?森でキノコ狩りをしていたら、迷うてしもうてな」

「どうぞ」

 老人は焚き火を挟んでトースケの向かい側に腰を下ろした。老人が背負っていた籠にはキノコが大量に入っている。トースケがちらりと見ただけでも、毒キノコも食用キノコもなんでも入っているようだった。

「失礼ですけど、ご職業は?」

 トースケが聞いた。

「今は隠居している身だが、以前は遥か南の砂漠で商人をしていた」

「なるほど。それで種類もわからないキノコを採っていたと?」

「君はわかるか?妻に食料を取って来いと言われたんだが、どうも砂漠にはないものが多くてな」

「見せていただければ、食用とそうでないものとは分けられますよ」

「頼む。謝礼はするぞ」

 老人は籠をトースケに渡した。重そうな籠を老人はいとも簡単に持ち上げている。体幹がしっかりしていて、腕には刃物で出来たような傷も複数付いている。元商人というより、元軍人といったほうが、しっくり来る。

 トースケは布を敷いて籠の中身を広げ、焚き火の明かりの下、食べられるキノコと毒キノコに分けていった。だいたい、食用キノコと毒キノコの割合は半々くらいだった。

 トースケがキノコを分けている最中、老人は砂漠について語った。

「砂漠は過酷だ。昼は灼熱、夜は凍えるほど寒く、雨が降れば鉄砲水が襲ってくる。魔物も毒を持っているやつがほとんどだった。年を取ってからこちらに引っ越してきて、随分生活が楽で驚いているよ」

「砂漠に行くなら、若い時に行ったほうがいいですかね?」

「ああ、年を取れば取るほどキツくなるな。君は冒険者か?」

「ええ、駆け出しのシーフです。ほとんど鍵を開ける仕事ばかりしてたんですけど、旅をしたくなりましてね。今は荷物持ちをやって旅をしています」

 竜については話すのが面倒だった。

「そうか。人それぞれ、旅に出る理由があるからなぁ」

「はい、半分くらい食べられるキノコです」

 トースケは食用のキノコを籠に戻し、老人に渡した。

「ありがとう。手持ちが銭貨しかないがいいか?」

「ええ、構いませんよ」

 トースケは老人から銭貨を1枚貰った。

「この毒キノコの方は頂いても構いませんか?」

「ん?ああ。だが何をするつもりだ?」

 老人がトースケに少しだけ凄んだ。悪いことに使うつもりか?と尋問しているようだった。

「毒を作って、冒険者ギルドに売れば、少しは金になるんですよ。弓を使う者は多いですから」

「なるほどな。捨てられる物にも使い道はあるか。持って行ってくれ」

 トースケは敷いた布を風呂敷のように結び、毒キノコを包んだ。

 その後、しばらく老人と会話していると、老人が座ったまま眠ってしまった。

 セビアが起きて、事情を説明し、火の番を代わる。


 早朝、霧が立ち込める中、出発。

 老人も一人だと危険なので、街道先の町まで送っていくことになった。

 セビアはしきりに「老人は堅気の人間じゃない」と小声で言っていたが、トースケにはよくわからなかった。

 町まで着く頃には日も差してきて、霧も晴れた。

 町で老人と別れ、日用品を補充し、町を出て北の街道を進む。


「お前ら、あの爺さんの知り合いか!?」

 街道に出てきたのはわかりやすい姿をした強盗だった。

「いや、昨晩知り合った」

「まぁ、なんでもいい。運がなかったと思って有り金全部置いていけ!」

 トースケは黙って立っていた。セビアが振り返ってトースケを見たが、

「俺は荷物持ちだから」

とだけ、告げた。セビアはトースケに自分の荷物を預け、強盗と戦い始めた。強盗は口程にもなく、セビアも中途半端には強いので、いい勝負をしていたが、最終的にセビアが勝ち、トースケがロープで強盗を縛った。

 縛って放っておいても良かったのだが、衛兵に突き出せば路銀の足しになるかもしれないので、セビアは強盗を連れて行く事にした。

 セビアが強盗の尻を蹴り上げながら歩いていると、同じ方向に向かう馬車が近づいてきて止まった。

「強盗の輸送か。分前をくれるなら乗せて行ってもいいぞ」

 御者台に乗った商人がセビアに声をかけた。

「……わかった」

 セビアは商人を値踏みするように見てから言った。

 馬車の荷台にはセビアと強盗が乗り込み、トースケは走らされることとなった。

 理由は荷台のスペースがないということだったが、ただの嫌がらせだとトースケは思った。荷台には空きがあったし、セビアも特に抗議することもなくリュックも背負わされたままだった。

「荷物持ちだろ?」

 強盗との戦闘でトースケが助太刀しなかったことをセビアは根に持っているらしい。

 馬車についていくくらい訳ないので、トースケは一言も文句は言わなかった。


 しばらく進むと、街道を倒木が塞いでいた。

 周囲を警戒しつつ、トースケが倒木を見に行くと、根本は斧の切り口があった。

「強盗だ!」

 トースケが叫ぶと同時に風上から煙が立ち込めてきた。

 荷台のセビアも飛び出してきて、剣を構えた。

 森から口を布で塞いだ強盗たちが現れた。


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