第5話「その息吹、竜のものにつき…」
ガイコツ剣士のロングソードが、ロックに振り下ろされ、肩から血しぶきが舞った。
ロックはアドレナリンが放出されたためか、それでもガイコツ剣士に立ち向かおうと、ナイフを構える。
再びガイコツ剣士がロングソードを振り下ろす瞬間、トースケは藪から飛び出していた。
トースケはロックの前に立ちはだかり、ロングソードを片手で受け止めた。
受け止めた拍子にロングソードは真ん中で折れた。
ガイコツ剣士は自分の得物が壊れたからか、新たな敵の出現に驚いたのか、わからないが動きを止めた。
その隙にトースケはロックを抱え、藪の中に走り、そのまま、暗い森のなかに入った。
「傷口を押さえて!」
トースケは鞄の中から、回復薬を取り出した。
ロックはトースケに言われるまま、ロングソードで受けた肩の傷口を押さえた。
トースケは、背中に回り、刺さった矢を引き抜いて、回復薬をぶっかける。
傷口はみるみるうちに塞がったが、赤い斑点のような跡が残った。
「ロックさん、身体に痺れは?」
「ああ、痺れてきた。くそっ!麻痺矢か?」
「ええ、おそらく」
トースケは肩の傷口にも回復薬をかけ、辺りの雑草の中から麻痺治しのための薬草を探した。
暗闇のため、匂いと触感だけで判別したが、世界一の薬師に育てられただけあって、すぐに見つかった。
「とりあえず、これ噛んで。時間はかかりますが麻痺治しです」
「すまんな。それより、村が…!」
見れば、村は白い煙で覆われている。
トースケは風に乗ってやってくる匂いを嗅いだ。
「眠り薬ですか」
「ああ、あの青緑の炎は目眩ましで、眠り薬が本命だったんだ。見ろ!ガイコツたちが娘たちを攫ってる」
白い煙の中、大勢のガイコツの影が眠っている村娘たちを担ぎあげて、どこかへ攫っていくのが見えた。
攫われた中には、あの美しい巫女もいるようだ。
「追います」
「ああ!弓兵に気をつけろ」
トースケは、ロックをその場に置いて、ガイコツたちを追いかけた。
森のなかを見つからないように、走っていると、すぐに先頭のガイコツを見つけ、行き先へと先回りした。
先には、明かりのついた小屋があった。
その前には動物の骨や、供物が捧げられ、地面には緑に光る魔法陣。
魔法陣の中には、いかにも怪しい黒いローブの男が呪文を唱えていた。
死者を操るネクロマンシーか。確か、北方の国にそんな魔法があると、シノアが言っていた。
小屋の中から、男たちの話し声がする。
ロックに矢を射った弓兵が1人。目の前のネクロマンサーと、小屋の中に2人。敵の数は少なくとも4人以上。
小屋の外には馬車が1台止まっている。
攫った娘たちを娼館に売りに行くってところだろうか。
しばらくすると、ガイコツたちが娘を担いで小屋へとやってきた。
二人の男たちが小屋から出てきて、娘たちを受け取り、小屋の中に。
そのまま、馬車に乗せていたら、トースケが馬車ごと盗んで、助けていたが、小屋の中に入ったせいで助けづらくなった。
ネクロマンサーが呪文を唱えるのを止めると、ガイコツたちは力が抜けたように、その場に倒れた。
森の中から弓を担いだ男が現れ、ネクロマンサーとともに、小屋へと入る。
トースケは小屋の裏へと回り、窓の下にしゃがみ、中の声に耳を澄ませた。
「わざわざこんなことする必要があったのか?」
「竜は警戒心が強いからな。ここまでして現れなかったら、次を探すさ」
「そもそも、この村の洞窟に竜なんかいたのか怪しいものだ」
「200年前の戦争で、クレムリンドラゴから逃げ出した竜は必ずどこかに潜んでいるはずだ。この村の歴史も200年前からなんだろ? 可能性があるなら、クレムリン家はどこにでも行くさ。じゃなかったら、こんな下らない誘拐事件に加担しない」
「下らない、か? まぁ、いい。依頼主のお嬢ちゃんたちは眠っているんだからな」
誘拐事件の首謀者は被害者の踊り子たちか。トースケの頭に疑問が浮かんだ。
「依頼主って! ハハハ、都会に夢見させて、その辺の町の娼館に売るんだから、悪党だよな。お前も」
「だからついてきたんだろ?」
「違いねぇ。お前さんは目的はないのか?」
「俺は南へ行く金さえ貰えれば、いつでも死者を動かす」
「よっぽど、寒いのが嫌いらしいな」
「ああ、懲り懲りだ」
誘拐犯たちは一枚岩というわけではなく、それぞれに目的を持っているようだ。ネクロマンサーと弓の男は、小屋にいた男たちとは違うらしい。
「なんだ、ありゃ!」
「嘘だろ! まじかよ」
「来た!」
小屋の中から男たちの声がした。
突然、突風が吹き荒れ、トースケは頭上からプレッシャーを受けた。
グギィイアアアアア!!!!
トースケが空を見上げると、眼と口を真っ赤に染めた竜が雄叫びを上げ、小屋の上を飛んでいた。胃の腑から湧き上がる震えで、トースケは動けなかった。
竜が地面に降り立ち、小屋に向けて、息を吐く。豪風とともに小屋の屋根がめくれ上がり、木の板が空を舞った。
小屋のドアが開いて、弓の男とネクロマンサーが出てきた。
ネクロマンサーが呪文を唱え始めると、周囲に倒れていたガイコツ剣士が起き上がってきた。
竜はガイコツ剣士が態勢を整える前に尻尾で粉々に打ち砕き、「舐めるな!」とでも言うように、再び雄叫びを上げた。
弓の男が矢を放つも、鼻息で竜の体に当たる前に地面に落ちていた。
「グルルルルル」と竜の喉が鳴ったかと思った瞬間、弓の男もネクロマンサーも森の中にふっとばされていた。
「くそっ! 役に立たねぇ奴らだ!」
「早く出せ!」
トースケの耳に男たちの声が聞こえてきた。見れば、小屋に残っていた男たちが馬車で逃げ出そうとしていた。
竜は羽を広げると、飛び上がり、幌馬車の荷台を掴んだ。
「なんだ? おい! 走れよ!」
「おい!……っ!!!!」
馬車の御者台にいた男が振り向いた。男の顔に恐怖が張り付き、声が出ないようだ。
竜は、幌の荷台ごと掴み上げ、そのまま飛び上がり、羽ばたいて夜の闇の中に消えていった。トースケは消えゆく竜の後ろ姿を見て、肩に傷があることに気がついた。
竜が羽ばたく音が消え、トースケは半壊した小屋を覗いた。踊り子の娘たちは床で眠っていた。
トースケは踊り子たちをまとめて縛り、担いで村に戻った。
未だ村人たちも眠ったままだ。
踊り子の娘たちを踊っていた場所に戻し、トースケは洞窟へと向かった。
ロックに習ったしのびあしで進むと、ほとんど魔物に出あわなかった。
洞窟の最深部にロックがいた。荒い息をして、肩を押さえていた。
「痛みますか?」
トースケが声をかけると、ロックが目を見開いて振り返った。
「なんだ。お前か」
「回復薬効きませんでしたか?」
「いや、効いてる。痛みも違和感もない。ただな……後悔が残ってな」
「後悔ですか?」
「また、死にそびれてしまった。あのまま、血を流して倒れていたら……ってな」
「竜が死んだら、この村の祭りがなくなってしまいますよ」
ロックは肩を回し、ため息を吐いた。
「気づいていたのか?」
「いや、カマをかけてみただけです」
「お前、本当に新人か?」
トースケは肩をすくめた。
「食えねぇシーフだ。どうだ? 俺を殺して経験値を手に入れないか?」
「遠慮しておきます。こう見えて、結構強いんですよ。それにレベルを上げるつもりはありません」
「いいじゃねぇか。ちょっとナイフでここ刺してくれるだけでいいんだ」
そう言って、ロックは首筋を指差した。
「どうして、そんなに死にたいんですか? 死にたければ、こっそり自分で死ねばいい」
「それがなかなか出来ねぇのよ。竜の身体ってのは、意外に生命力があってな。自分で刺しても全然傷がつかない。俺が岩の竜だってことも関係してるかもしれねぇけどな」
「だったら、僕も無理ですよ」
「やっぱり、他の竜を見つけて、殺してもらうしかないか。おい、小僧、ちょっと他の竜を探してきてくれないか?」
「別に、竜じゃなくても、その辺の強そうな戦士にでも声をかけたらどうです?」
「人間なんかに殺されたくねぇのよ」
「僕だって人間ですよ」
「そうか? まぁ、どっちでもいい。とにかく、ここに竜を連れてこいよ。お礼なら、俺の死んだ後、この竜の皮も骨も、魔石も全部やるからよ」
「全く、ひねくれてるというか、素直じゃないというか、わかりましたよ! 竜を探せばいいんですね」
結局、竜は僕に他の竜を探させようとしているんだと、トースケは思った。面倒くさいことだが、生きるっていうのはこういうことの連続なのかもしれない。
「死ぬ前に、仲間に会いたいんだよ」
ため息を吐いているトースケにロックが言った。
「それが本音なんじゃないですか? あ!」
下を向いていたトースケがロックを見ると、すでにロックは竜の形をした岩と化していた。徐々に、壁の岩と同化し、ただの壁からつきだした岩のようになってしまった。
「面倒な事に巻き込まれたな」
そう言ったトースケの口元は笑っていた。
面倒事が増えて、何もやることがなかった生活に目的を持つことが出来たからだ。




