第47話「その行先、群島につき…」
ウエストエンドの隣町には衛兵の詰め所がある。牢にはせいぜい4人しか収容できないため、奴隷商に牢を借りなくてはならない。
「この獣人奴隷たちは、山賊に捕まっていたと?」
「ええ、そうです。自分を冒険者だと偽っている者たちが山賊で、他の獣人は奴隷としてどこかから盗んだ者たちのようですね」
「わかりました。とりあえず、この者たちから事情聴取をしますので、報酬は宿に持って行きます」
「冒険者ギルドの宿にいますので、よろしくお願いいたします」
混乱している奴隷たちを見て、衛兵は奴隷商にすぐさま応援を頼んだ。
衛兵は、運んできた者たちをどこかで見たことがあるような気がしていたが、とにかく大捕り物してきた冒険者たちを歓迎した。
「さぁて、あとはこの町の衛兵たちが気づくまでの勝負だね」
コマは、憲兵隊に獣耳を付ける魔法もそれほど長くは続かないと、トースケたちに説明した。
トースケたちはまっすぐ港に向かっている。もちろん、この町で宿をとるつもりはない。
「倉庫が並んでいるだろう。大陸の南西にあるクリムゾンドラゴからの貨物船だ。おそらく群島の脇を通って帰っていくはずだよ」
「乗り込めって?」
「そうだ。作戦名はシージャックと呼ぼう」
「そりゃ、いささか物騒ですぜ」
「コマはせっかちなんだ」
ウィンプスもジーナもコマの作戦には乗らなかった。
「一回、乗せてくれるか頼んでみよう」
トースケは屋台で酒を飲んでいる船員に、船長の居場所を聞いて4人を乗せてくれないか頼んでみた。
「密航者はお断りだぜ。特に、今のブルーグリフォンじゃ『闇の魔道士』が暗躍しているって噂だからな」
「バカな魔法使いたちが魔道具の利権争いをしているだけさね。そんなことより、クリムゾンドラゴに行き別れた病気の弟がいてね。死ぬ前に一目会いたいんだ」
「姉も年なので陸路だと旅の途中で死んでしまいます。ブルーグリフォンの連中は頭が固くて、他の船には断られてしまいました」
「だろうな」
船長はうんうんと頷いていた。
「報酬は弾みます。姉はたっぷり年金を溜め込んでいましたから」
トースケは膨らんだ財布袋を見せた。
「まぁ、仕方ねぇな。4人分くらい都合は付ける。ただし、船に乗ったら俺のルールに従ってもらうぜ。何か怪しいことでもしたら船から下ろすからそのつもりでな」
「そりゃあ、いい」
コマは途中の群島で下ろしてもらう予定でいる。
「じゃあ、夕方出港だから、それまでに準備をしておいてくれ」
「わかりました!」
トースケとコマは、連れだって倉庫街の商店へ、保存食を見に向かった。
「この姉弟は、息を吐くように嘘をつくね」
「とても高名な魔法使いと最強の冒険者とは思えません。嘘などつかなくてもいいのに……」
ジーナとウィンプスは笑っていた。
「嘘!? あ! ジーナ先生! トースケも! ということは、コマ先生!?」
女魔法使いのアメリアが、すれ違って叫んだ。
「なんでアメリアがここに!?」
「私はブルーキャピタルの魔法学校から使命を請けて参りました。ジーナ先生、すぐに学校にお戻りください」
「それはできない相談だ。運営側には何度も言っていたはずだよ。コマがいないなら私は戻るつもりはない」
「それは闇の魔道士に騙されているんです! 出たな! 闇の魔道士コマ! 手配書にそっくりじゃない! 憲兵は何をやっているんだろう! えーへ~ぃ……」
アメリアが衛兵を呼ぼうと勝手に盛り上がっていたら、声が出なくなった。
「ワンポイントレッスンだ。幻惑魔法に消音という足音を消す魔法があるね。それをね、詠唱を使わないといけないような魔法使いの喉に当てると、簡単に黙らせることができる。この盛り上がっちゃってる娘は誰だい?」
コマが路上で講義を始めてしまった。
「盗賊だ。荷運びをやらせていたことがあるけど……」
「魔法学校の学生じゃなかったのか?」
「ネーショニアでは英雄の一人に勘定されていますけどね」
「じゃあ、まぁ、詐欺師だね。お、ちょうどよく衛兵が来たじゃないか」
騒ぎを聞きつけた衛兵が、やってきた。
「この娘はどうやらいくつもの肩書を使っている異国から来た詐欺師なのだそうだ。弟が見つけたから、連れて行ってもらえないかい?」
トースケは冒険者カードを見せた。
「なるほど、了解した。速やかな協力、感謝する」
衛兵たちは何も言い返せないアメリアが暴れるので信じてしまい、そのまま連行していった。
「振る舞いってのは大事にしなきゃね」
「そうだね。さっき言ってた詠唱を使わなくてもいい魔法使いっているの?」
トースケはコマに聞いていた。
「いっぱいいるさ。武道家なんかは唱えないんじゃないかい? 我が家の長男なんか、たぶん唱えたこともないのに、私より魔法を知っていると思うよ」
「えっと、コールだっけ?」
「そう。つかぬ事を聞くけどトースケは最強を目指してないだろうね?」
「いや、この身体はシノアの研究結果で、そんなものに挑戦したいわけじゃないよ」
「なんだ。よかった。最強はコールだよ。特区には近づかないことだ。ダンジョンに呼ばれると数年を無駄にして大陸が無茶苦茶になると思うから」
「そうなの?」
「うん。たぶんね。いずれ予言のできる兄弟に聞いてみるといい」
トースケはそんな兄弟までいるのかと困惑した。
「最強よりも最高を目指しな。頂きってのは人それぞれ違うからね」
「わかった」
「お二人! いい毛布がありますぜ!」
「鞄も新調したいね!」
ウィンプスとジーナは人ごみの先にある店に行っていた。
「ああ、今行く!」
その後、買い出しを済ませた。
人ごみに紛れていれば見つかることもないだろうと、観光して港町を楽しんだ。
港があるので魚料理が美味しいのかと思ったが、この町は貨物の港なので、山の方にある牧場の大きな肉が売られたりしている。魔道具制作も盛んで、コマが解説してくれていた。
夕方になると、トースケたち一行は貨物船に乗り込んだ。
ボーッ!
蒸気船でもないのに、汽笛が鳴ることにトースケが驚いた。
「少しだけ、魔道具を使っているのさ。風がなくても困らないようにね。トースケの前の世界では違ったのかい?」
コマはシノアからの手紙でトースケが異世界人だと聞いていた。
「ああ、石炭や石油で大きなエンジンを動かしてスクリューを回していたね」
「風の力は使わずに?」
「いや、使うこともあるよ。一人で世界一周をしていた人もいるくらいだ」
「へぇ~、世界か。そりゃあ大きいね」
海原を見ながら、トースケはコマに前の世界の話を聞かせた。
船長は部屋まで用意してくれて、航海は順調に進み、2日目には群島近海まで辿り着いていた。
「ここからは海に魔物も出るし、朝晩の濃霧だってある。岩礁にぶつかる船だってあるから甲板に出る時は気を付けてくれ」
船長に言われて、トースケたちは荷物をまとめ始めた。特にジーナは、毎日朝晩、素振りを欠かさずにやっている。コマも何か座禅のようなことをやっていた。
「仕上がってきたね?」
「仕上げているのさ」
コマとジーナは互いに笑っている。
「過去に何度か群島に挑戦しているが、やっぱりどうしても気が高ぶるね」
老齢だったコマの肌がいつの間にか若返っている。英気を養い、魔力が体を覆っているのがわかった。
ジーナも片足とは思えない俊敏さで動いていた。
「そうか。お二人も冒険者だったんですよね」
「冒険者のカードは返してしまったが、今でも私たちは冒険者で学者だよ」
ジーナは剣を研ぎながら、何かを待っているかのように笑いをかみ殺していた。
3日目の早朝。濃霧が出ている中、緊急警報のようなサイレンを鳴らした船がトースケたちの乗った船に近づいてきた。
「そこの船、止まりなさい! こちらはブルーグリフォンの海上憲兵隊だ! 大罪人がその船に乗っている情報がある! すぐに停泊しなさい!」
大きな声が聞こえてきた。魔道具の拡声器があるらしい。
もちろん船員たちの目は、トースケたちに向かう。
「ようやく憲兵が追い付いてきたか。まぁ、三日もあれば十分だったね」
ジーナは荷物を背負った。
「どうやら闇の魔道士とはお前たちのことのようだな!」
船長が赤いゆでだこのような顔をして、トースケたちに迫った。
「残念だけど、船長、ルートがそれていたみたいだよ」
コマも荷物を背負い、甲板の端に立った。
「なんだと?」
「ほら、ご覧。霧に隠れていたけど、島が見えてる」
コマが指さす方には、確かに島影が見えた。
「マズい! 旋回しろ! 島に近づくな!」
船長が船員たちに怒号を飛ばしている。
「じゃあ先に行くよ!」
「ああ」
ジーナは甲板から飛び出した。水しぶきの上がる音もせずに、ジーナはキリの中へと消えていった。
「ちょっとそこのブラシを貸してくれるかい?」
コマは船員からデッキブラシを借りてまたがり、ふわりと浮かんだ。
「いやぁ、久しぶりの浮遊魔法はどこ行くかわからないね! それじゃあ!」
コマは甲板からはるか上空へと飛んだ。
「そんな魔法があるなら最初から使ってくれればいいのに……」
トースケとウィンプスは苦笑いをするしかなかった。飛べないのは自分たちだけのようだ。
「トースケ! 待ちなさい! よくもやってくれたわね! 闇の魔道士を隠すと極刑になるわよ!」
背後に迫る船の拡声器からアメリアの声が聞こえてくる。
ズゴンッ。
憲兵隊の船が貨物船に突っ込んだらしい。船が大きく傾いた。
船員たちも必死で船体に掴まる。
「それじゃ、皆さま、我々はこれにて下船しますので!」
「しっかり掴まっててくれ!」
トースケはウィンプスを抱えて、傾く甲板を駆け出した。
「揺れるぞ」
トースケは船にそう言い残し、島に向かって跳んだ。
「待ちなさーい! こんなところで魔物が出たらどうすんのよー!」
アメリアの声が霧の中に消えていく。
貨物船は大きく揺れた。




