第46話「その魔法、失敗作につき…」
「鍵をかけたってことは、この宿を任せてもらったってことでいいね!?」
トースケは、落ち着いて海が見える景色を見ていたコマに迫った。
「ああ、い……、いいんじゃないか?」
コマも頷いてしまった。
「……ということで、罠を仕掛けまーす」
トースケは入口の床板をナイフで外し、落とし穴を作り、地下から香炉をありったけ集めてきた。
「ジーナさん、中庭で焚火をしておいてください」
「わかった!」
「ウィンプス、カロリーナたちと一緒に、部屋のドアの隙間を毛布で埋めていって!」
「了解でっす!」
「コマ姉さんは、眠り薬の調合を手伝って!」
「そんなもの魔法陣でどうにかならないの!?」
「できるなら、洗い立てのシーツに描いておいて! ほら、すぐ動く!」
「老人を働かせるねぇ……」
「ただの老人と思ってませんからね!」
トースケは台所から、すり鉢とすりこぎ棒を持ってきて、眠り薬の調合を始めた。痺れ薬に使うキノコも入れておく。燃やして煙を吸わせるだけなので、効果はそれほどないかもしれない。
「できたよ」
コマがあるだけシーツに混乱の魔法陣を描いてくれた。魔法陣が描かれたシーツは天井や床、壁にノリで張り付けておいた。
この時点でトースケは魔力を放出しないように気を付けないといけなくなった。
ウィンプスたちも作業が終了。台所に集まってきた。
「即席のトラップハウスにしては使ってる魔法陣も薬剤も豪華だね」
コマは逃げ延びる時用のお茶を水筒に入れていた。
「さて、あとはニトクリスさんが使った地下通路から脱出するだけです。冒険者や憲兵たちと鉢合うことがないように十分惹きつけてから罠を燃やしていきましょう」
「「「「了解」」」」
きっちり弁当まで作り、窓から町外れに続く坂を見続ける。
程なく冒険者と憲兵隊がやってきたのを確認し、眠り薬に火を点けた。
「マスクして、地下道を進むよ!」
コマを先頭に地下の隠し通路の扉を開けた。薄暗い通路でどこまで続いているのかもわからないが、ニトクリスも使っていたので問題はない。
例え岩で塞がっていても、トースケが殴れば道は開ける。
ボガンッ!
トースケが開けた天井の穴から、這い出すとちょうど塔の真下だった。
周囲を見回すと、ミノタウロスやケンタウロス、ラーミアなどが驚いた顔でコマやトースケを見ていた。おそらく長年化けていた町の人たちだろう。
「やあ、とりあえず憲兵隊は宿で眠ってもらっている」
「他に道を塞いでいる冒険者や憲兵がいたら教えてくれますか? 宿に放り込めば、混乱して眠る罠を仕掛けたんで……」
コマとトースケの登場で、町の人たちはニトクリスの方を向いた。
「この後どうするつもり?」
「憲兵隊と冒険者を縛って、隣町の牢にでも放り込んでおくさ。大丈夫、罪は全部我々が被るよ」
コマが説明したが、トースケも同じ計画だった。
「じゃあ、町の住人として戻ってもいいんですか?」
石工だったミノタウロスが目を見開いて聞いてきた。
「もちろんだ。ただ、ニトクリスは難しいかもしれない。それから、このカロリーナとライラをどうにか隠して生活できないかい?」
「わかった。あんたたちは今日からダンジョンの荷運びだ。どうせ交渉役は必要なんだからちょうどいい。どこかに猫耳があったはずだよ」
ニトクリスは娘であるマヨイガの2人に指示を出し、元憲兵の2人には有無を言わさなかった。マヨイガ2人とも、すぐに巨大な鐘がある塔の上へと飛んでいく。
「ダンジョンを戻したんだね」
「ああ、鐘の中にダンジョンを隠していたからね。掘り出して鳴らせば戻るんだよ」
婆2人はお互いを見て頷いている。
「コマ先生!」
まだ状況を掴めていないカロリーナがコマを頼った。
「この塔のダンジョンで獣人奴隷に変装して潜伏生活だよ。ニトクリスは優秀な薬師だ。しっかり学びな」
「連れていってはくれないんですか!?」
ライラは粘った。
「今はやめときな。落ち着いたら必ず手紙は出すから」
トースケたちは、町の魔族が見つけた道を塞ぐ冒険者たちを捕まえに向かった。
「殺さないようにね」
「加減がわからないのはトースケだろう?」
ジーナもトースケたちと一緒に山道を走っている。義足は問題ないようだ。
「縄は持ってきました?」
「その辺の蔓でいいだろう」
「あ、いたよ」
山道の先には4人の冒険者が暇そうに脇にある石に腰を掛けていた。
「おーい!」
トースケは手を振って声をかけると、全員立ち上がった。
冒険者たちは特に追っているコマではないことを確認し、同業者だと思い込み手を振り返してしまう。
ダッ!
トースケは踏み込み、一気に距離を詰めた。
先頭に立っていた戦士の振っていた手を掴んで背後に回り、蔓で縛り上げる。驚いて振りむいた魔法使いの肩を外し、ナイフを振り上げたシーフの腕を掴んで、立ち尽くしている武道家にぶん投げる。
一瞬で4人は連携を繰り出す間もなく崩壊した。
ジーナとウィンプスは縛って運ぶだけでいい。
「やっぱり人間って持ちにくいよな」
3人抱えたトースケは塔へと走っていった。ジーナとウィンプスが追いかけていく。
「すみませんが葬儀屋さん、荷台を借りていいですか? 持ちづらくて」
「お……、うん。いいよ」
答えたケンタウロスの葬儀屋が戸惑っていた。
町の魔族たちは徐々に人間の姿に戻り、町へと何事もなかったかのように帰っていく。
宿ではまだ眠り薬の煙が立ち上っていた。
もちろん、シノアの子どもであるトースケには耐性があるので効かないので、中に入って魔石のランプを掲げた。
落とし穴に5人。廊下には6人。裏口には7人の憲兵と冒険者が眠っていた。
「どうして誰も引き返さなかったんだ?」
疑問を口にしながら外に出ると、生垣から剣が飛び出し、トースケの鎧を貫いた。
「引き返したさ。犯人が戻ってくることも理解して隠れていたのだ」
憲兵が2人、残っていたらしい。
「あ、まともな人がいてよかった」
トースケは剣の刃を掴んで折り曲げ、憲兵の手首に巻き付けた。もう一人は鉄の槍を持っていたので、柄を曲げて腕ごと体に巻き付けた。
「なんだこれは!?」
「どうなっている!?」
「あまり動かない方がいい。刃で血管が切れると血が噴き出すから」
「この旦那とまともに付き合うとバカを見るよ」
そう言いながら、ウィンプスは転がっている憲兵を荷台に乗せていった。
「起きた奴はどうするんだ?」
ジーナは突如起き上がった憲兵を剣の柄で殴って気絶させていた。
「死なない程度にお願いします。床に落ちてる鱗粉を吸わせてください」
マヨイガの鱗粉が落ちているはずだ。
「そんな量じゃ、効果は出ないよ」
コマとニトクリスが坂から下りてきた。その後ろから猫耳を付けて獣人に変装したカロリーナとライラがついてきている。
「塔の方はもういいんですか?」
「結局、皆、町に下りてきたしね。獣人たち、地下室から緑色の瓶を持ってきておくれ。魔力の回復薬だ」
ニトクリスがカロリーナたちに指示を出していた。
「ニトクリス、臓器がなくなるのに、いいのかい?」
「いいのよ。無くなって困るような臓器はもうないわ。コマたちにはお世話になったんだから、そのくらいさせて」
「コマ姉さん、何をするつもり?」
ニトクリスの臓器を失うなんてただ事ではない。
「憲兵たちの捜査もいよいよ大詰めだ。眠り薬や混乱魔法で朦朧とさせたとしても、自分たちに自白剤を使って記憶を呼び覚まさせるさ。だからね……」
「全員、若返らせるのよ」
そう言ってニトクリスはコマを見た。
「しかも範囲魔法で憲兵全員だ」
コマは回復魔法の範囲魔法で胃を失っているはずだ。
「ニトクリスはグールになって無茶をするようになった」
「そう? 昔からじゃない? 私たちが無茶をしなかったことがある?」
「……言われてみれば、そうだね。まぁ、簡単な魔法だから覚えておくといい。言ってしまえば強化魔法の失敗みたいなものさ。人の脳もタンパク質だろう?」
「じゃ、時魔法の魔道具を使うんじゃないの?」
「魔道具というのは魔法の代替えだよ……」
コマはニトクリスに若返りの魔法を伝授し始めた。
「俺たちは聞かないでおこう」
「方法があるというだけで結構です」
トースケとウィンプスはその場を離れ、他に憲兵が隠れてないか探し回った。2人ともこれ以上若返って記憶をなくなるのは困る。
トースケは葬儀屋から荷台を借りてきた。それから宿に転がっている憲兵たちを集め、町の魔族たちにも手伝ってもらい、憲兵たちの装備を服を脱がせ、ボロ布を着させる。
「装備は全部、復活したダンジョンで使って」
「助かるわ」
マヨイガたちは喜んでいた。復活したダンジョンには宝が足りていない。
「では、眠っている皆さんも起きている皆さんもよくこの杖を見ていてね」
ニトクリスの魔法が始まった。
コマに教えられた魔法の呪文を抑揚をつけて唱え始める。ただ、ところどころ途切れていて大丈夫かと心配したが、コマはうんうんと頷いていた。おそらくこれが正しい方法なのだろう。
「消去!」
緑色の光がニトクリスの持つ杖から放たれたかと思うと、憲兵や冒険者たちの身体に伸びていった。光が触れた者からぶるぶると震え始め、ある者は顔の皺が取れ、骨格が変わるものまでいた。
最後に一瞬まばゆい緑の閃光が辺り一帯を覆い、魔法は終了。
「わっ! 見て! 胃袋が取れちゃった!」
ニトクリスが腐った腹から胃袋を取り出して、コマたちに見せた。
「胃袋採れたら魔力の回復薬、吸収できるかな?」
「大丈夫だよ。内臓にかけておけばいいんだから!」
トースケは「雑!」と心の中で叫んだが口には出さなかった。
「憲兵たちは起きないんですかい?」
ウィンプスがコマに聞いていた。
「ああ、丸1日くらいは眠っているはずだ。今のうちに奴隷商に持って行くか、隣町にでも運んでしまおう」
荷台に憲兵と冒険者たちを無理やり積み込んだ。
「いやぁ、ニトクリスたちには、いろいろと世話になったね」
「ううん。コマたちが来なかったら、この町も危なかったわ」
「また手紙を出すよ。カロリーナとライラも頑張っておくれ」
「「はい!」」
カロリーナとライラはすっかり、ニトクリスの助手になっている。変わり身が早いのか、それともコマに危険なお茶を飲まされたのか。
「まったく……トースケは本当にシノア家の最終兵器だったのね」
「最高傑作と言ってください」
コマとトースケは、ニトクリス達と握手をして別れた。
荷台を牽くのはもちろんトースケだった。おそらく馬でも牽けない。
「それじゃ、また来るよ。魔族たち!」
結局、町の魔族たちが全員、見送りに来てくれた。
一方その頃、ウエストエンドの隣にある港町には、ある魔法使いが街角で大声を上げていた。
「私が来たからにはもう安心よ! 必ず『闇の魔道士』を捕まえて見せるわ!」
背が小さく顔と胸が大きなその女魔法使いは、町行く人を相手に笑っていた。




