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第45話「その宿の主人たち、魔族につき…」


 隣町に憲兵隊が十数人やってきていることが判明したが、コマは落ち着いていた。


「捕まる時は捕まるし、捕まらない時は捕まらないよ」

「そんなのん気なことを言っている場合か?」

 ジーナは荷づくりを始めていた。


「隣町まで随分距離があるんだから、そんなに慌てなくても……」

 トースケも、それほど慌てていない。

「しかし、斥候の冒険者が来てしまうと、どれだけ町の人が隠してもニトクリスさんが討伐されてしまいますよ」

 自身も憲兵だというのにコマに感化されたカロリーナも青い顔をしていた。

「その点は大丈夫よ。腐っても魔族の末裔で研究者だから、意識のあるうちは一介の冒険者になんか討伐されないわ」

 そう言うと、ニトクリスは娘たちに指示を出して、地下室へ準備をすると下りて行ってしまった。


「どうするつもりですか?」

 カロリーナと同じ状況のライラもコマを心配していた。


「どうするのか心配なのはあなたたちの方よ」

「え? 私たち!?」

「憲兵として仲間たちから疑われて、実際に標的と共に暮らし始めてしまった。私やトースケたちと違って、クビを宣告されているんだよ。しかも、犯人の仲間だと思われたら逃亡生活だ」

「それは先生も同じではありませんか!?」

「違うよ。よく考えてみな。私が捕まっても、真実しか話さなければ数年で容疑は晴れるし牢でも研究は持続可能だ。トースケに至っては、憲兵隊が何人来ようが捕まえておく手錠も檻もない。だけど、あなたたちの人生はこれからも続く」

「それは、そうですけど……」

「一番、状況が悪くなったのはカロリーナとライラさ」

「それは自分たちで何とかして見せます!」

「ここは大陸の端だよ。これ以上西には逃げる道筋はない。憲兵たちはどの道にも張っている。裏道にさえ、冒険者たちを配置しているんだろう?」

「そうだね」

 直接、見てきたジーナが答えた。


「だったら、私たちはこの町に潜伏しますよ!」

「あぁ、それは難しいかもね」

 ニトクリスの娘で宿の主人が、作業する手を止めて振り向いた。

「どうしてです? 私たちが町の人になりすますくらいできるのではないですか?」

「ここは魔族の末裔の町だからね」

「では、普通の人は住めないっていうんですか?」

「滞在はできるけど、住むのはどうだろう……」

 ニトクリスの2人の娘たちは渋い顔をしていた。

「でも、トースケさんたちは住んでいるようなものでは……?」

「トースケは冒険者だし、ほとんど化け物だって知られてるからね。考えてもみてよ。あんな大きな岩を手で切り出して運ぶなんて人のできることじゃないよ」

「うちはちょっと特殊な家系だからね」

 コマも笑っているが、トースケはもしかして自分がバカにされてるんじゃないかと思い始めていた。


「では、オレはどうです?」

「獣人はこちら側だろうさ。荷運びだっていくらでもできるし、仕事には困らない」

「憲兵ってのは、要するに警備だろう?」

「ありませんか? 警備の仕事は……」

「ほとんど誰も来ない町だからね」

「泥棒なんてあれば、犯行前に誰かバレるような辺境だよ」

「どうしようかね?」

 コマは、憲兵の教え子を見ながら腕を組んで考え始めた。


「トースケ」

 ジーナがトースケを呼んだ。

「悪いんだけど、私の義足に魔力を込めてみてくれないか?」

「構いませんけど……」

 トースケはジーナの前でかがんで、義足に魔力を込めた。特別変わったことが起こるわけではないが、ジーナはほっと息を吐いていた。


「大丈夫だよ、ジーナ。私の魔道具が信用ならないかい?」

 コマが、振り返ってジーナに聞いていた。

「そう言うんじゃないけどね。私たちも老いたからさ」

 トースケもウィンプスもジーナがそれほど老いているようには見えなかった。


「とにかく今は私たちも仕事をしないと上司に怒られるからさ」

「決めるなら、今のうちの方がいいかもよ」

 宿の主人たちは、カロリーナやライラに注意を促しながら、スコップやつるはしを荷物に括り付けていた。


「いや、もう遅いかもしれない」

 コマが、地下室の扉を開いてつぶやいた。

「え?」

 カロリーナとライラが同時に、コマを見た。

「地下室からニトクリスがいなくなってる。あなたたち、腹を決めな。残念だけど、選択肢は限られてしまったようだよ」

 


 カラァーン! カラァーン! カラァーン!


 町中に鐘の音が鳴り響く。

 ニトクリスの娘たちは持っていた荷物を床に落とした。


「教会はないですよね?」

「どこの鐘が鳴ってるの?」

 ウィンプスもトースケも鐘の音がどこから聞こえているのか気になった。


「ああ、もうダンジョンマスターの言うことだから仕方ないね」

「この姿になるのも何年ぶりだろう」


 ニトクリスの娘たちが首を曲げながら、ボキボキと首の骨を鳴らした。

 次の瞬間には、額に蛾の触角のようなものが生え、背中の服が一気に膨らんだ。


「トースケ、苦しそうだから、服の後ろを切ってやんな」

「え? いいの?」

「ああ、本来の姿に戻っただけさ」


 コマに言われて、トースケはニトクリスの娘たちの持っていたナイフで服を切り裂いた。

 

「あんまり鱗粉を吸っちゃダメよ」

「お姉さん、シノアの一族に言っても仕方ないわ」

「そうだったわね」


 急激に若返ったニトクリスの娘たちはそう言いながら、大きな蛾の羽を開いた。


「この娘たちはマヨイガという魔物の一種でね。生まれた時は羽も生えていない娘たちだったんだよ」


 美しい顔で化粧はすっかり消え、肌も風呂上がりのようにつるつると張りが出ていた。


「緊急事態につき、しばしここでお待ちを……」

「ゆめゆめ、この町から出ようなどと思わぬほうがよろしいかと……」

 

 寒気がするほど美しいマヨイガの二人に、トースケは魔法ではないかと疑った。


「ああ、わかった。ニトクリスには協力できることがあれば、我々も協力するからって言っておいておくれ」

「かしこまりました」



 ガチャリ。


 2人が出ていくと、宿の扉の鍵が閉められてしまった。


「さて、旅の工程でも決めようか?」

「いや、その前にあの鐘の音はどういうこと?」


 ニトクリスの娘で宿の女主人たちがマヨイガという魔物だったことは受け入れるしかないが、なぜあの鐘の音で明かさなくてはならなかったのか、トースケは理由が知りたかった。


「あの町外れにあった壊れた塔は元々ダンジョンだったんだよ。そのダンジョンマスターの妻がニトクリスさ」

「あぁ、そうか。なるほど……、とはならないよ!」

「つまり、この町はダンジョン町だったってことだ」

 ジーナが説明を引き継いでくれた。

「町の人たちは皆、魔族の末裔なんかじゃなく、魔族そのものなんだよ」

「じゃあ、酒屋も漁師も石工も皆、マヨイガってこと?」

「いや、違う種類の魔物さ」

「それがどうして町に住むようになったの?」

 トースケはコマを見た。


「初めから説明しようか。群島に住んでいた魔族が辺境に塔を作り、ダンジョンにした。塔をダンジョンにする方法は王都でも見たからわかるだろう?」

「ああ、そうだね」

 無茶苦茶になったコマの研究室を解体したのはトースケだ。


「ダンジョンに宝があることがわかると、冒険者たちがこぞって集まってくる。ダンジョンの周りには宿ができ、武器を作る鍛冶屋ができ、いつしか町ができ上っていった」

 ウィンプスはコマの説明をメモをして理解していた。


「ただ、ダンジョンの宝だって優秀な冒険者によって盗掘される。ダンジョンの攻略だって進み、群島から持ってきた宝もなくなって運営は衰退していく。冒険者が減れば、町の人だって減る。そこにダンジョンの魔族たちが家を修復して住み始めた。人に姿を変えてね」

「え? じゃあ、ニトクリスは元々グールだったってこと?」

「ニトクリスは魔族の研究者だったんだよ。衰退したダンジョンに入って、マスターと恋に落ちた。双子が生まれ、魔族がこの地に根付いたのを見て、もう一度ダンジョンを再興させようと薬学に目覚め、薬草を採取しているときに亡くなった。崖から転落してね」

「ダンジョンマスターって魔族だったんじゃないの?」

「ドジな骸骨剣士さ。薬草も採れないのに、どうしても回復薬を作ると言ってきかなくてね。この国にはほとんど教会がないから回復薬ならいけると踏んだんだろう」

「じゃあ、ニトクリスが塔を壊したのは……?」

「ダンジョンには頼らず、魔族になって町で生きていこうというニトクリスの意思表示と私は受け取っているよ。その後、ニトクリスは夫の研究を引き継いで、町の者たちが魔族に戻らないように薬を調合して診てあげていた。でも本人は、生まれつきグールじゃないから、力を抑え方が下手で、今回トースケに手伝ってもらったんだよ」


 トースケが海で実験した裏には、町人である魔族たちの過去があった。


「お2人は鐘の音を聞いて、ダンジョンマスターの言うことだから仕方ないと言ってましたけど?」

 ウィンプスはメモを取りながらコマに聞いた。いずれ伝記にしようと思っているらしい。

「あの鐘はニトクリスが壊れた塔から引っ張り出した鐘だろうね。鐘の音が聞こえたということは、この町にとってはダンジョンの復活を告げる合図だよ。今頃、町の人たちにダンジョンに避難するか、町に残るか迫ってるかな。どちらにせよ町に冒険者たちが戻って来ることを説明していると思うよ」

「なるほどね。で、なんで俺たちは宿に閉じ込められてるの?」

 トースケはコマに聞いた。

「それは……、なんでだろうね」


 コマも困ったように返事をして、とりあえずポットでお湯を沸かし始めた。


「話がややこしくなるからだろう! 私たちが冒険者を呼び込んだようなものなんだから!」

 ジーナが説明して、コマは「ああ、そうか」と納得していた。

「まったくこの姉弟は見えているようで見えてないんだから!」

「町の魔族たちがもしダンジョンに避難するとして、憲兵隊も冒険者も、この宿に集まってきてしまいますよね?」

 ウィンプスはジーナに聞いた。

「コマ! どうするんだい!?」

 ジーナはコマに聞いた。

「トースケ! どうしようか!?」

「俺か!?」


 トースケは、コマが入れた茶に映った自分自身を見ながら、逃亡計画を立て始めた。



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