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第44話「その春の海、実験日和につき…」


 丈夫なロープが届いたのは1週間後のことだった。


「やっぱり家族に頼むのが一番早いね」


 四男のゴンゾが、ジャングルで取れたという全く切れない蔓で作ったロープを送ってくれた。見た目は普通の茶色のロープに見えるが、トースケがどれだけ引っ張っても、鉈で切ろうとしても切れなかった。

 ただし、スライムの胃液で溶かしてから切断すると切れるのだとか。


「スライムは中身が溶液で満たされているけど、食べ物を取り込んで溶かすときにしか胃液は取れないから難しいんだよ」

 コマは説明しながら、適当な長さにロープを切っていた。


 すでに海底には、ニトクリスの棺が収まるように、くりぬかれた岩が沈んでいる。トースケは魚も殺せないので、石工と漁師たちが海に運んで沈めた。


 棺に金具でロープを固定。ロープの端同士を結んで、ウキを付ければ完成だ。


「滑車が必要だったんじゃないか?」

「岩が波に流されるかもしれないか?」

「棺が壊れないか?」

 などと町人の心配の声はあった。


「とりあえず、やってみてダメならまた違う方法を考えるよ」

「大丈夫、実験はうちの弟がやるんだから」


 張本人であるニトクリスと、闇の魔道士であるコマが言うので、とにかく実験をすることになった。


「もう、満月まで時間もないからね」

「何でも試してみないと!」

 年を取っても研究者たちは実験が好きなようだ。


 棺と研究者の婆さん2人を小舟に乗せ、トースケがオールを漕いで沖まで向かった。

ウィンプスやニトクリスの娘たちも漁船に乗せてもらってついてきている。


「あいつ、帆船と同じスピードで漕いでいるぞ。波もあるんじゃないのか?」

「トースケの旦那を常識でとらえてはいけません。できることはできるんですぜ」

 漁師の操舵手にウィンプスが説明していた。


 春の晴れた空を下、長閑な波をかき分けて小舟は進み、岩を沈めた地点に到着。トースケはすぐに服を脱いで、ふんどし一丁になり、ロープと防水性の小さな魔石灯を持って海に飛び込んだ。


 ザップン!


「トースケ! 大丈夫かい?」

 コマは一応、弟に無茶させたかと心配した。

「冬よりか冷たくはないね」

 厳冬の北方で海に飛び込んだ経験が生きた。

 身体の周りに魔力を展開し、ほんのり温めていくと、海中の冷たさは感じなかった。

 耳に綿を詰めているが、水圧も魔力で弾き返せば問題はなさそうではある。

 

「じゃ、ちょっと行ってくる」


 トースケは大きく息を吸い込み、一気に海底へと潜っていった。


「海底まで海女さんでも行けない場所だぜ」

「こんなことあの人にしかできないよ」

「岩もあんな大きなのを一人で担いできたって言ってたけど、最近の冒険者ってのは無茶なことをしてレベルを上げてるんだな」

 見ていた漁師たちは口々に話していた。

「あの旦那はレベル1なんですぜ」

 ウィンプスが苦笑いで教えた。

「「「へ?」」」

「嘘言っちゃあいけねぇよ」

「それが本当なんです。信じなくても構わないですけどね」

「「「……」」」

 


 トースケは小魚を避けつつ、海底へと向かっている。魔石灯もあるので、特に暗いことはないが、サメが寄ってくるのが難点だ。

 近づいてきたサメも鼻をそっと掴むだけで逃げていく。噛んできてもサメの歯が折れる程度だ。またすぐに生えてくるだろう。


 海底に沈む岩は多いが、色も違うし、くり抜かれているのでわかりやすい。岩に空いた穴が縦になっているので、持ち上げて穴の位置を横に変える。

 ロープを穴に通して、浮上する。水圧を感じるかと思っていたが、やはり魔力で耳が守られているのか一気に浮上しても問題はなかった。


 プハッ。


「少しは魔力を使えるようになったかな」

「早かったね!」

 コマがトースケからロープの端を受け取って、ウキに括り付けていた。

「ああ、岩の穴の位置を横にしただけだからね」

「十分さ」

 ニトクリスもロープと棺を固定する金具を取り付け始めた。


「やっぱりロープ一本だと回転するかな?」

「そのために棺の形を変えたんだろう?」


 棺の上下は丸みを帯びていて、回転しても穴に入りやすいようになっている。ただ、それだと穴を通り抜けてしまう。そのため、穴には凹みがあり、棺には凸を作っている。

 ニトクリスが中から棺を回転させれば、嵌るようになっているが、果たしてうまくいくかどうか。


「ロープは魔力をよく通す素材だから、何かあればロープのある板に魔力を流すんだよ」

 ウキには魔力測定器がひっかけられていて、たくさん魔力が流されると針が振れるようになっていた。

「わかったわ」

「じゃあ、いってらっしゃい!」

「いってきまーす」


 壮年女性の研究者たちは明るい。死んでも蘇らせてくれるだろうくらいにしか思っていないのだ。事実、ニトクリスの身体はほとんど腐っている。


 棺に蓋をして、接着剤で中に海水が入らないように固定した。そのうえでネジを締める。

 トースケは前世で見た小さな潜水艦を思い出した。


「おーい! 沈めるから手伝っておくれー!」


 コマは漁船を呼んで、人手を借りた。トースケは潜ってアクシデントに備える。


 ドプンッ。


 棺が海に落とされ、そのまま海面に浮いた。中に空気が十分に入っていることを確認。ニトクリスにはほとんど肺がないため、空気はなくても構わないらしいが、海水に浸り過ぎると残っている肉も剥がれ落ちてしまうという。


 ウィンプスが棺に砂袋の重りをいくつもつけて、ロープを引いて沈めていった。

 海中ではロープに海の小さな魔物が群がっている。美味しそうな匂いがしているのかもしれないが、全くほころぶようなこともない。


 棺はゆっくり沈んでいく。ふんどし姿のトースケは魔石灯をつけて、じっと様子を見ていた。海流に多少流されることもあるが、ロープがしっかりしているのでどこか遠くに流れていくようなことはなく、岩の穴まで到着。サメも棺を襲ってはこなかった。


 ガツンガツン。


 棺と岩がぶつかったので、中のニトクリスにもわかったようだ。そもそも体が真横になるから、わかるのかもしれない。あとは凹みに突起が嵌ればいいだけなのだが、まるで嵌らない。

 仕方がないので、トースケが岩を回転させて、窪みを斜め上にして嵌りやすい位置に変える。棺がガンガン穴の壁面に当たっていたけど、しっかり棺は密閉されていた。


 棺が穴に嵌ったのを確認して、トースケは浮上。息継ぎをしてから、再び潜る。

 穴から棺が外れると、ふっとロープが青白くほんのり光った。ニトクリスが魔力を込めたのだろう。同時に砂袋が海底に落下し、棺が浮上していった。


 ウィンプスと漁師たちによって、棺は漁船に引き上げられた。棺のネジが外され、はがし液で接着剤がはがれると、ニトクリスが蓋を開けて出てきた。


「結構、スリリングだったわ」

「でしょうね」

 トースケはニトクリスの身体から肉が剥がれていないか確かめてあげた。

「改良の余地があるわね!」

「ええ、棺の四方八方に突起を作ろうかしら?」

「磁石っていう手もあるわよ!」

 危うく海の藻屑になりそうだったのに、やはり研究者たちは元気だ。


「トースケは、どうすればいいと思う?」

「へ?」

 トースケは体を拭いて、服を着ている最中だった。

「簡単に棺を固定する方法よ」

「ああ、氷魔法で棺の周りを固めればいいんじゃないですか。ニトクリスさんは、魔法は使えます? もし、使えなかったらコマ姉さんが棺に魔法陣を描いてあげればいいんですよ」

「そりゃあ、いいね!」

「一番簡単じゃない? グールになる前に魔封じの手錠でも付けておけばいいんだから」

 

 研究者2人は、もう出来たと思っている。実際、棺に魔法陣の細工を施せばいいだけなので、出来たも同然だ。


「あとは、ウィンプス、滑車は付けた方が引きやすいよね?」

「沈める時は重りもあるし、浮上してくるときは浮力があるので、そこまで気にならなかったですけどね」

「だったらいいか」

「必要だったら海面のウキ側だけつければいいよ」


 ニトクリスの娘たちも、実験の成功を喜んだ。


「次の満月が楽しみだな」

「冒険者のお陰だ」


 漁師たちもすっかり安心している。

 トースケは何か忘れているような気がしてならなかった。


 港に帰り、漁師たちにお礼を言って、ニトクリスの娘たちは「満月にはよろしく」と酒まで用意していた。通りを歩けば、協力してくれた町の人たちから拍手が送られた。


「今日は祝杯とミートパイでも作ろうか」

「とっておきのお酒がまだ残っているんだよ」

 宿の主人たちが笑顔を見せていた。


 その町はずれの宿の前では、ジーナと憲兵の2人が難しい顔をして待っていた。すでにカロリーナとライラは事情を知っているし、町の人たちからも話を聞いて、ニトクリスの実験には賛同してくれている。


「コマ、マズいことになった」

 ジーナが口を開いた。

「なにが?」

「憲兵隊がやってくる」

 ジーナは短く告げた。

「申し訳ありません」

「私たちは味方に泳がされていたみたいで……」

 カロリーナとライラの顔には悔しさが滲んでいた。


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