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第43話「その研究者、教授につき…」


 翌日、トースケは近くの崖から岩を切り出してきて、石工職人の下へ運んだ。

「お! おお……」

 平屋の一軒家くらい大きな岩を見て石工職人たちは驚いてはいたが、平然と持ってきたトースケが汗一つかいていないことに絶句。最近の冒険者はレベルが違うのかと認識を改めた。

「仕事が早いな。こっちに持ってきてくれ」

とりあえず作業場が岩でいっぱいになってしまうため、作業は浜辺で行うことになった。


「それにしてもどうやってこんなに大きな岩を切り出してきたんだい?」

「手を開いて、岩にこう……」

 豆腐を切るように手で切り出したのだが、トースケの説明では職人に伝わらなかった。

「どういう工具を使えばこんな……?」

「気にしないでやって下さい。いちいちトースケの旦那の話を聞いていると作業が止まってしまいやすから」

 戸惑う様子を見ていたウィンプスが、笑ってフォローしていた。

 石工職人たちは首を傾げながらも、大きな岩を一人で運んできたトースケに「あとは任せてくれ」と肩を叩いて作業を始めた。葬儀屋が来たら、ニトクリスを入れる棺のサイズを決めるらしい。


 続いて棺を下ろしたり引っ張り上げたりするためのロープについて、コマが兄弟たちに安くて強力なロープがないか手紙で聞いていた。

「手紙は時間がかかるけど確実だ。まだ満月までは時間があるから、誰かが送ってきてくれるはずさ。トースケたちはニトクリスと一緒に、薬草の採取に行ってきな。魔物除けの薬をつくるからね」

「わかった」


 指示があると楽だとトースケは思っているし、方向さえ決まっていればやることが見えていて楽だとコマは思っている。


 山へ向かうと、すぐにニトクリスと娘たちが薬草を採取していた。

「森の中でジーナが魔物の相手をしてくれてるんだよ。手伝ってあげてくれないかい?」

「了解です」

 トースケとウィンプスが森に入るなり、山道にワイルドベアが転がってきた。大きな熊の魔物には、鉤爪で胸をえぐり取ったような傷跡がついていた。


「お、トースケ。こっちだ! 血の匂いに釣られて、ハーピーの群れがやってくる!」

 ローブを泥だらけに汚したジーナが叫んだ。

 トースケは魔力を展開して、小さな虫を避けながら森の中に入っていく。ウィンプスもナイフを抜いて、後をついていった。

 木々の多い山中は日の光が枝葉で遮られ薄暗く、湿った空気が流れていた。山間部を見れば霧が出ている。

「マスクをした方がいいかもしれん。霧に乗じて毒を撒く魔物もいるから、気をつけろ」

 トースケに毒は効かないが、ウィンプスと一緒に手拭いを口に巻いた。


 キェエエエ!!


 奇声と共にハーピーが襲い掛かる。

 トースケは鋭い鉤爪を握って、ハーピーの頭を引き寄せた。

 黄色い歯が並んだ口から腐臭と胃液が混ざったような臭いがする。汚れて髪が絡まった両耳を掴み、爬虫類のような目を見つめた。

 トースケの殺気を含んだ魔力がハーピーの全身を駆け巡る。震え出して白目を向きそうになるのを、トースケが頬を叩いて止めた。


「人を襲うな」


 腹に響くような声が山間部にこだました。ハーピーの身体にある穴という穴から体液が染み出してきている。

 トースケが耳を離すと、ハーピーはよろよろと足元がおぼつかない様子で山を転げ、飛んで逃げていった。


「やっぱり目を見た方が、魔物には効果あるみたいだな」

「どうかなっ……!」


 ジーナが飛んできた液体を木刀で叩き落とした。


 ジュッ。


 液体がかかった枯れ葉が、葉脈を残して溶けていく。


「毒か」


 トースケは毒が飛んできた方向に狙いを定め、身を沈めた。

 再び毒液が谷の下から飛んできた瞬間に、トースケも跳んでいた。藪に突っ込み、魔物の脚を掴む。

暴れまわる魔物だが、トースケに脚をまとめられてしまい身動きが取れなくなっていった。


「半人半獣で胴体はサソリか。ギルタブルルとは珍しい。コロシアムに売れば、ひと財産できるかもしれないぞ」

 山から下りてきたジーナが魔物の名を教えてくれた。

「人を襲わなければいいよ」

 トースケは相変わらず、殺気を込めた魔力を浴びせてギルタブルルを放してやった。

 ギルタブルルは腰が砕けたように、思うように動かない脚を引きずり森の奥へと消えていった。


「魔物の気配が消えやしたね」

 ウィンプスは周囲を見回しながら、耳を澄ませた。

「霧が晴れた。魔物が逃げていくね」

 ジーナは遠くの藪が揺れ、魔物が群れをなして逃げていくのを確認した。


「一気に魔力を使わなくてもいいことがわかったよ。強そうな魔物に狙いを定めて、追い返すと楽だね」

「何を無邪気に言ってるんだ。魔物がいなくなって、木を食らう鹿が集まってきてしまうかもしれんのだぞ」

 のん気なトースケをジーナが叱った。

「そうかも……。でも鹿なら、町の人でも狩れるんじゃない? それに冒険者も呼ぶって言ってたし」

「そうだなぁ。いや、すまん。トースケの力はいろんなものを変えてしまいそうで、余計な心配をしてしまうのだ」

 ジーナは高い鼻をこすって謝った。

「ああ、それは間違いありません。旦那の力は、いろんな法則や常識を変えちまいますから」

「別に俺だって成り行きでそうなってるだけで……」

 シノアに『パラダイムの転換をしろ』と遺言は託されているが、今のところブルーグリフォンで転換した方がいいパラダイムは見つかっていない。


「おーい! もう魔物はいないのかーい!?」

 山道の方からニトクリスの声が聞こえてきた。

「もう、いいぞー!」

 

 ニトクリス一家とトースケたちは一緒に魔物除けに使う薬草だけでなく、知っている毒草やキノコまで採取することになった。

「シノアの教育がいいんだね。トースケは薬草のことをよく知ってるよ」

「冒険者がいると警戒しなくていいから楽だね」

「トースケたちが優秀なのさ。普通の冒険者じゃ、こうはいかない」

「ご覧、虫までトースケから逃げてるよ」

「これは籠がいくらあっても足りないね」

「摘みたてのお茶でも淹れるかい?」

「まだ、始めたばっかりじゃないか。婆になっちまったね」


 仲のいい宿の一家が談笑している間に、トースケは調味料に使えそうな山椒とジャムにできそうな山ブドウを採っていた。薬草や毒草は目についたものを片っ端からジーナとウィンプスが背負っている籠に入れていく。

 海が豊かなら山も概ね豊かだ。採りつくすということもないだろう。

 昼前には籠がすっかりいっぱいになり、6人は藪をかき分けて山道に出た。


 山の方から荷物を持った二人の旅人が下りてくるところに出くわした。


「おや、もうプリーストを呼んだのかい? 昨日の今日だろう?」

 ニトクリスはグールと覚られないように、香水の浸み込んだケープを首に巻いた。

「プリーストにしては随分身体に武器を隠し持っているようだ。山賊かもしれん」

「山賊にしては身ぎれいじゃないか」

 ジーナとニトクリスの娘が、坂の上にいる旅人の様子を見て予想している。

「あれ? この匂いは……」

 初めに気づいたのはウィンプスだった。

 旅人の中に憲兵のライラとカロリーナの姿を見つけ、トースケはすっと顔を伏せ、身を隠すように藪の中に入ろうとした。


「あ! お前は!」

「憲兵から逃げられると思うなよ!」

 旅人の姿をした憲兵が叫んだ。


「トースケ、何をしたんだい?」

 ニトクリスがトースケを見た。

「俺は何も。追いかけられているのは、コマです。とりあえず皆、宿に帰らない?」

「旦那。あの女憲兵さんたちは走って追いかけてきやすぜ」

「それなら大丈夫だ。あの荷物じゃ走って坂道を下りると危険だから、それほど速度は出ない」

 ジーナの言う通り、ライラとカロリーナは数歩走ったところで転んでいた。

「両手を上げて走ると、意外と安全に下れるよ」

 ニトクリスが両手を上げて、勢いよく坂道を下っていった。トースケたちもやってみると確かに体のバランスが取れて楽だった。


「おい! ちょっと待て!」

「私たちは憲兵だぞ!」

 ライラとカロリーナは背負った荷物が揺れて、走っても何度も転んでいた。


「どうする? 憲兵とはいえ、たった二人だ。山に捨てれば証拠は残らないぞ」

「私と一緒に海に沈んでもらうかい?」

 魔物になった学者と引退した冒険者は、意外に殺伐としている。


「あれだけの美人を殺すとブルーグリフォンの兵士たちから恨まれるんで遠慮しておきます。一旦、宿に戻ってコマに報せましょう」

 転び続けている憲兵を置いて、トースケたちは妙な走り方で宿へと向かった。


「コマ!」

 一番先に宿にたどり着いたのは、トースケだった。扉を開けるなり、コマを呼んだ。


「なんだい? そんなに慌てて」

「憲兵が追いかけて来たよ」

「何人で?」

「二人」

「それならお茶でも沸かして待っていよう」

 コマは憲兵が自分を捕まえに来るというのに、落ち着いていた。


「毒でも盛るの?」

「いや、話を盛る」

 コマはポットをヒートボックスの上に置いて、笑っている。

 慌てて、ジーナとニトクリスたちも宿に駆け込んできたが、あまりにコマが落ち着いているので、拍子抜けしていた。


 バンッ!


 宿の扉が勢いよく開いて、息も絶え絶えになっているライラとカロリーナが剣を抜いて入ってきた。


「ようやく見つけたぞ! 闇の魔道士よ!」

「あなたには国家機密漏洩、公共施設のダンジョン化、臓器が消失する闇魔法の研究、若年化及び記憶喪失病を意図的に拡散した嫌疑がかけられています」

 カロリーナが大声で叫び、ライラが一気にまくし立てた。


「そうかい。とりあえず落ち着いて座ったらどうだい? お茶を用意しているところだ。私は逃げはしないよ」

「そんな誘いには乗らないぞ!」

「両手を上げて、こちらに来なさい!」

 カロリーナもライラも剣を構えて、周囲にいるトースケたちを警戒している。


「想像力が足りない娘たちだね。よく考えてごらんよ。私が本当に闇の魔道士だったら、宿の敷地に入ってきた段階で、罠に嵌めてあなたたちの身体を胸まで地面に埋めている。それからその剣をここで振るうんだったら、梁に引っかかるから気を付けることだ。振り回すにはあなたたちの身長も剣も長すぎるようだよ」

 コマの言葉で、カロリーナもライラも天井の梁を確認していた。

 思わずトースケとジーナが噴き出す。

「何を笑っている!?」

 カロリーナがトースケに迫った。

「剣を握っているのに、敵から視線を外さない方がいいと思いますよ。縄じゃなくても手首は固定できますから」

 そこまで聞いてようやくカロリーナとライラは自分たちの手首を結んだ革ひもに気が付いた。

 二人が視線を梁に向けている間に、トースケが結んだのだ。

「あまりに隙だらけだったので、つい。失礼しました」

 トースケは革ひもをナイフで切り落とした。


「理解できたかい? たった二人の憲兵では、私を逮捕して王都まで連れて行くのは不可能だ。応援を呼んだ方がいい。でもそのためには時間が必要だろ? 手紙を出して、王都から精鋭部隊を連れてくるまで何日もかかる」

 コマは、カロリーナとライラに椅子に座るよう手で促し、お茶を淹れ始めた。

「ちょうどよく時間が必要でね。私もここで町の古い塔を壊し、町の人たちを心配させている魔物を封印しなくちゃならないんだ。満月までの時間がね。逮捕はそれからでもいいじゃないか」

 コマの説得で憲兵二人の剣先が床へ向いた。

「我々はあくまでも憲兵だ! 逃亡しないよう容疑者の見張りをさせてもらう!」

 カロリーナはそう言って、剣を鞘に納めた。

「それでいいよ。少し蒸らしてからお茶を飲むといい」

 憲兵の二人は、トースケたちを警戒するように半身で椅子に座った。


「ほら皆、憲兵さんたちが見張ってるんだから、手を動かしな」

 コマに急かされて、トースケたちは籠の薬草の仕分けをしに中庭へと向かった。


「闇の魔道士よ。あの冒険者のシーフは何者なのです?」

 ライラがトースケを見ながらコマに聞いた。

「我が家の最終兵器だよ。私が持ち出したと言われている研究なんかよりもよほど危険な弟でね。冬の間に起こったネーショニアの政変はあいつがやったことになっている。出会ったことを忘れた方がいい」

「最終兵器? ネーショニアの政変? んん? ちょっと待て。研究は持ちだしてないのか?」

 トースケを見ていたカロリーナがコマの方に振り返った。

「持ち出していたとしたら、研究者たちに被害が出ているはずがないよ。誰かが私の研究室に残っていた研究を意味も分からず勝手に広げているんだ。被害者が実は加害者だったなんてことはよくあることじゃないかい?」

 そう聞かれたカロリーナとライラは同時にお茶を飲んだ。

「素直に上官の話を鵜呑みにしていては見えてこない真実ってのがあるんだよ。お茶うけにクッキー食べるかい? 戸棚に隠してあるのを見つけたんだ」

「いただく」

「いただきます」

 いつの間にか、憲兵二人はコマの生徒のようになっていった。


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