第40話「その山道、要警戒につき…」
山道を進んでいると、麓で憲兵が検問をやっている姿が見えた。
見えたら道を引き返して別の道へ進むが、なかなか山から下りられない。
「魔物も多いのに、しっかりしてますね」
ウィンプスが、コマとジーナを見て言った。2人とも「疲れた」など弱音を吐く素振りすら見せない。
「これでも元冒険者だぞ。研究ばかりしているコマとは違う」
「都会でジーナもだいぶ鈍っているようだから、山に住んでいた私が先を行かないとね」
お互い対抗意識があるらしい。
「それにしても、また憲兵だな」
ジーナが山道の先を指した。
憲兵が数人、山から下りてくる行商人や冒険者を調べていた。
「トースケが倒しちまえばいい」
「余計、騒ぎになって居場所がバレるよ」
「まったく面倒だね。このままだったら大陸の西の端まで行っちゃうよ……。行っちゃうか?」
コマが唐突に提案してきた。
「え? 最西端に?」
「うん、たしか元冒険者の姉妹がやってる宿があったはずだ。小舟くらいだったら貸してくれるんじゃないかな……」
「小舟で群島に渡るつもりかい? 無茶を言うなよ。トースケだって困っているだろう」
そう言われたトースケだが、小舟でスノウレオパルドからネーショニアまで渡ったことがあるので、何とも言えない。
「大型船を盗めばいいんじゃないの?」
トースケはまたマストでも折って、漁師を脅せばどうにかなるかと思っている。
「旦那方、発想が物騒ですぜ。変装して密航すればよろしいじゃありませんか。それより、まずは港に出る方法を考えないと」
「ウィンプスの言う通りだ! 2人に任せていたら、どうやっても憲兵に捕まりそうだから、計画はこっちで考えるよ」
ジーナは地図を広げて、ウィンプスと相談し始めた。
「はぁ~あ、面倒なことばかりだ」
コマは自分で持ってきた荷物を開けて、折り畳み式の椅子を取り出して座り、ヒートボードというコンロのような魔道具の板でお湯を沸かし始めた。
「どうせ長くかかるだろうから、お茶にしよう。トースケも椅子を持ってきな」
「うん」
トースケはその辺の切り株を引っこ抜いて、根をナイフで切り落としコマの側に座った。
「シノアの最期はどうだった?」
コマは自然を装ってトースケに聞いた。
「安らかに死んでいったよ」
「そっか……。別に何十年も会ってなかったけど、死んだって聞くと寂しいもんだね」
「ただ、パールを訪ねて行ったとき、化けて皿割ったりしていたみたいだった」
「フフフ。シノアらしいね。パールの様子は? 村も出たし、そろそろ手紙でも送らないとって思ってるんだけど……」
「相変わらず、スノウレオパルドの筆頭霊媒師で、僻地の森で偏屈に暮らしていると思うよ。どこかで見てるかも。動物霊でも飛ばしてくれたら、連絡取れるんだけど」
「空でも飛んでいけたら楽なんだけどね。あ、空でも飛ぶかい?」
「そんな魔道具あるの?」
前世の記憶だと物語の中で空飛ぶ箒や絨毯はあったはずだが、こちらの世界ではどうなんだろう。
「空飛ぶ靴を魔族が使ってたって記録はあるから、なくはないと思うんだけど、今のところ見つけてないね。開発しようとしたこともあるんだけど、土人形が地面に落下して粉微塵になってから止めてしまった。トースケなら、大丈夫そうだけど……」
「ああ、それでもいいかもね……」
「いざとなれば、ジーナが……」
ぼんやり姉弟が会話をして、お茶を飲んでいたら、ようやくジーナたちが計画を立て終わったようだ。
「旦那が、魔物を山から追い立てて、混乱に乗じて山道を一気に抜けましょう」
「港町に着いたら?」
「たぶん、大きな港町なら、小さい帆船も売ってるだろうからそれを買おう」
ジーナが説明した。
「お金はどうするの?」
「コロシアムくらいあるだろうからね。トースケが稼ぐよ」
「俺が? 殺さないように倒すのは難しいんだけどな」
とりあえず、山にいる魔物を探し出して追い立てることに。
トースケは山道を逸れて、魔力を展開。小さな動物や魔物を倒さないようにしながら、大型の魔物を探す。何頭か襲い掛かってこようとするも、目の前に来ると山の峰の方へ逃げ出してしまう。
「なかなか上手くいかないな」
仕方がないので、魔力の範囲を広げてちょっと殺気を込めてみた。
周りから同心円状に魔物が逃げ出していくのがわかる。どれか麓まで駆けだしていっただろう。
「トースケ、また何をやったんだい? 計器がぶっ壊れそうだったよ」
山道に戻ると、コマがぷりぷりと怒っていた。
「でも、麓にいる憲兵は混乱したんじゃない?」
「それどころか集まってきてしまった。魔力を測定する計器を持っているんだ」
ジーナの言う通り、じっと待機していると憲兵たちが山道を登ってきて、先ほどトースケが魔力を使った場所を捜索し始めた。周囲は厳戒態勢になり、トースケたちは山の峰をひたすら西へと向かうことになった。
結局、そのまま最西端の岬まで5日もかけて向かい、ガルーダという鷲の魔物やハーピー、グリフォンなどに襲われる毎日だった。魔物はすべてトースケが捕まえて説教をしてから逃がすという奇行に走っていた。
「言葉がわからなくても、目を見ればわかる気がするんだけどなぁ」
コマの「倒せないなら仲間にしてしまえばいい」という一言でトースケは盗賊ではなく魔物使いになる訓練を始めていたが、ジーナとウィンプスにはあまり伝わっていなかった。
最西端の岬の近くには、ウエストエンドという町があり、憲兵もそこまでは追ってこなかった。
強風が吹き荒れる岬で、白波が立っている。砂浜の近くには防風林の松などが植えられていて、皆、コートかローブを羽織っている。
宿の女主人たちは春になっても寒い夜が続いていると言っていた。
「魔族の末裔だから、2人とも魔法が得意なんだよ」
コマは女主人の姉妹を古くから知っているらしい。
「コマ先生に取り上げられたからね」
「古くからって言うか生まれた時からの知り合いさ」
2人とも50代くらいで額と頬に独特な化粧をしている。
「助産師もしてたの?」
「いや、この娘たちの母親が、魔族の血が濃かったから、しばらく滞在して研究していただけさ。たまたま魔道具やら薬がいるっていうから作ってあげたりしてね」
「あ、そうだ。先生。また、ヒートボックスが壊れちゃったんだ」
「古いのはもう経年劣化じゃないか。新しいヒートボードを上げるから、こっち使いな」
「でも、これじゃあパイが焼けないじゃない?」
ヒートボードを手にした女主人が文句を言うので、コマは窯作りを手伝うことに。
「まったく老人遣いが荒いんだから……」
そう言いつつも、コマは「何かを作っている時が一番楽しいね」と喜んではいた。
「トースケたちはその辺、観光してきな。少しは魔族についてわかるかもしれないから」
コマに宿を追い出され、トースケたち3人はウエストエンドの町を散策することにした。
海では海藻を取る漁師たちが小舟に乗って作業をしていて、浜に面した商店街ではトド肉の燻製やカニの瓶詰、鮭、イクラなどが売られている。海産物が名産のようだ。
と、思っていたら、裏通りには魔道具を売る店が並んでいて『魔族の横丁』などと看板が掛けられている。
「コマ先生のお陰で、王都からも魔道具が届くし、魔族由来の独特な魔法陣もあるから研究者もよく訪ねてくるんだ」
魔道具屋の主人が、「冒険者なんて珍しいな」と言って話しかけてきた。
「冒険者はいないんですか?」
そういえば町を歩いていても、あまり見かけない。
「冒険者は久しく見てないね。冒険者ギルドはあるけど、週末だけしか開いてないよ。これ以上、西を冒険しても仕方ないと思ってるんじゃないかな」
西にいくら船で行っても、海の真ん中に出るだけだそうだ。
「ほら、あそこに灯台が見えるだろ。裏の崖の上にも似たような塔があるんだけど、この町で見るものと言ったらそのくらいなもんだ」
ウエストエンドで見るところは決まっているらしい。
「結局、なんのために作られたのかわからないし半壊しているんだけど、気になるんなら見に行ったらいいよ」
「ありがとうございます」
崖の上に行ってみると、確かに大きな塔が半分建っていた。上半分は崖の下に転がっていて、蔓に覆われている。
「群島にはこれと同じような塔がいくつも建っているんだ。王都の魔法学校と同じようにダンジョン化しているものも多くてなかなか近づけない。文字はいくつか解読されているから、時間をかければ踏破できるってコマは思ってる」
ジーナが説明してくれた。
「魔族の文字を解読できれば、不老不死になれるって思ってるんですか? そういう研究をしてるんですよね?」
「あぁ、いや、不老不死というか生命に関する研究を続けてるってだけだと本人は思ってるはずだよ。魔族の歴史で、死んだはずの王様が、経済改革をして国を復興させたっていう逸話があるんだ。それを信じているんだろうね」
「死んで、生きるですか……。なにか大事業をなさろうとしているんですかねぇ。コマの姐さんは」
「それはわからないけど、研究者ってのはたいてい傍から見るとわからないことばかりしているよ。王都ではそうだった」
ジーナは疲れたように、首を回した。
宿に帰るとミートパイができていた。
「トド肉のミートパイは魔族料理だから、癖があって美味しいんだ」
コマは胃がないので、ゆっくり噛んでから食べている。
「美味いね!」
「そりゃあ、よかった」
ミートパイを作った女主人たちはそう言って笑っていた。宿にはトースケたち4人だけ。
旅の話やトースケの武勇伝を話しながら、夜が更けていった。




