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第4話「その竜、行方知れずにつき…」

 シノアの遺体は、庭で盛大に焼いた。

 葬式はトースケとエリサだけ。

 遺灰を集めて壺に入れ、地下室のいつもいた作業台の上に置いた。


 王都から兵士が来たのは、シノアが亡くなって3日後のことだ。

 シェイスというエルフと、王の見張り役だったという剣士も森の入口でちょろちょろしていた。

トースケがゆっくりと近づき、二人共空高く殴り飛ばした。

 レベルアップの音は聞こえなかったので、死んではいないだろう。

「よろしく頼む」

 トースケは王都の兵士にそう言って、エリサを馬車にのせた。

 エリサは馬車の中から手を振っていた。

 エリサと恋仲だったという貧乏な木こりがしばらく馬車を追っていたが、転んで、そのまま動かなくなった。



「一人暮らし、か…悪くない」

 家に帰ったトースケは普通の生活をしようとした。

 朝起きて、庭の畑の水やりをして、町に行き仕事をする。

 帰ってきて、夕食を食べ、掃除と水浴びをして眠る。

 一週間もしないうちに、その生活を続けられないことがわかった。

なにか、満たされなかったのだ。

 それに、このままでは「世界を変える」ことなど出来そうになかった。

 魔物を殺してみよう、とも思ったが、意味が無い。


 トースケは家に帰っても、夕飯を作ってくれる人間もいないので、ギルドの飲み屋で、定食を食べていた。

 そこへギースがやってきた。

「珍しいな。トースケがこんなところで飯食ってるなんて」

「ええ、家に誰もいませんからね」

「ああ、聞いたよ。…飲むか?おごるぞ」

「いえ、酒は飲まないんです。それよりも何か変わったことはありませんか?」

「ないな。いつもどおりだ。新しく冒険者がやってきて、ほどほどに消えていく。どこかのパーティーに馴染む奴、馴染まない奴。相変わらず、俺は誰にも馴染めてないけどな」

 ワインをグビッと飲んで、ギースは笑った。

「ギースさんは王都には行かないんですか?強い奴がいるかもしれませんよ」

「都会の人は強いけど、強さを笠に着るだろ。どうもな、偉そうにするってのが性に合わないんだよ」

「そうですか」

「…トースケは祭りに参加するのか?」

 この辺りでは、秋に畑の実りに感謝して収穫祭が行われる。

 窓の外を見ると地面には茶色い木の葉が舞っている。

 祭りが過ぎれば、渡り鳥がやってくる季節だ。

「いえ、特には」

「薬師としてはかき入れ時じゃないのか?」

 毎年、収穫祭の時にはシノアが出店を出していた。

「僕は薬師を継いでませんからね」

「そうか…」

「他の町や村も祭りってやるんですかね?」

「ああ、西のガリ谷じゃ毎年、竜のお祭りがあるな。何十年かに一度、竜がやってくるそうだが、実際は何年も行方知れずだって村人は話している」

「竜ですか?」

「ああ、本当にいりゃ、俺が挑んでるところだけどな。竜の住処だって言うダンジョンに行っても何もなかった。行っても無駄だぞ」


 トースケは暇を持て余していた。

 行っても無駄と聞いた場所に行ってみるぐらいに暇だったのだ。

 ガリ谷の村はすでに祭りの準備で忙しそうだった。

 村人に竜が住むというダンジョンの場所を聞き、ダンジョンに潜る。

 魔物と罠をやり過ごし、どんどん進んでいく。

 最下層と思われる部屋に辿り着くと、コンコンと何かを叩く音が聞こえる。

 

 ザッ


 トースケが部屋にはいると、壁を小さなツルハシで削っていた男が振り返った。

 男の風貌は岩のように大きな顔と頑丈そうな胸当てと、革のブーツ。

 武器は腰のナイフだけらしく、トースケは冒険者の中でも盗賊だろうと当たりをつけた。

「悪いが、俺が先だよ」

「ええ、わかってます」

 冒険者の不文律「早い者勝ち」。

 トースケが部屋を調べるのは、男が終わった後だ。

「ちっ」

 男は削りだした石を見て、放り捨てた。

 トースケは、入り口で石に腰掛けてじっと男の様子を見ていた。

「ヤメだ。もう好きに探していいぞ。何も出ねぇから」

 男がトースケに言った。

 トースケは壁を叩いてみたが、特に変わったところはなかった。

 男はつるはしを袋にしまって、袋をリュックのように背負い、たばこを吸い始めた。

「お前、何年目だ?」

「盗賊ですか?3年目ですかね?」

「このダンジョンはなにもないって言われなかったか?」

「言われました」

「それでも、来たのか?」

「ええ、自分の目で確かめないと」

「お前、見込みあるよ。俺は30年やってるが、一番儲かったのは、なにもないって言われてたダンジョンで見つけたお宝だ」

「そういうもんですかね」

 トースケは男が30年も盗賊をやってると聞いて、少し驚いていた。

 男はせいぜい30代後半にしか見えなかったからだ。

 トースケはお宝はなくとも、ダンジョンマスターの部屋がないか、床や壁の隙間を調べ始めた。

 ダンジョンマスターが死んでいたとしても、何か金に換えられるようなものがあるはずだ。

「ダンジョンマスターの部屋を探してるなら、無駄だ。たぶん、この部屋がダンジョンマスターの部屋だ」

「そうっすか。じゃ、俺は帰ります」

「案外素直だな」

「先人の言うことは聞くことにしてるんです」

「変な奴だな。お前名前は?」

「トースケです」

「ロックだ」

 トースケは先輩の盗賊・ロックと握手をした。

「しのびあしって知ってるか?」

「いえ、聞いたことがあるだけです」

「外まで、しのびあしで行こう。音を立てないだけで、かなり魔物に遭いにくくなる」

 ロックはトースケの前を音も立てずに歩き始めた。

 トースケも見習って、なるべく音を立てないようについて行った。


 魔物に一度も遭うことなく、外に出ると祭りの音楽が聞こえてきた。

 人々の喧騒も聞こえてくる。

 村が一望できるところまで来ると、村に大勢、人が集まっているのがわかった。

「今年は、ずいぶん人が多いな」

「ロックさんは毎年来てるんですか?」

「いや、何年かに一度かな。ここ最近、来てなかったけど、こんなに村人が増えてたのか?」

 村の中に入ると、出店が通りに並んでいた。


「いらっしゃい!いらっしゃい!今年の巫女はべっぴんだから本当に竜が来るぞぉ!」

「アンちゃん。この村の人かい?」

 ロックが店番の青年に聞いた。

「いやいや、裏に馬車があるだろ?遠出してきたんだよ。どうだい蒸し芋、今なら安くしておくよ!」

「じゃ、2つ」

 ロックが、蒸し芋を買い、一つトースケに渡した。

「ありがとうございます」

「いいよ。このくらい」

 2人同時に蒸し芋にかぶりつき、互いに見合わせた。

「美味しいですね。ただ、奢ってもらっといてなんですが隠し味が…」

 蒸し芋はほんの少しだけ眠り薬の味がした。

「わかるのか?3年目でそれがわかりゃ、大したもんだよ」

「ま、僕は問題無いですけどね」

 トースケは蒸し芋を全て平らげた。

「えれぇ新人が現れたな。で、どう思う?」

 出店の兄ちゃんが蒸し芋に眠り薬を入れて、眠っている隙に金銭でも奪おうとしているのか。

 それにしてはおおっぴらに商売しているし、眠り薬の量も足りない。

 無意識にやっていることだとしたら、原因は芋か?それとも水?もしくは塩?

「まぁ、とりあえずこの程度じゃ、誰も眠りませんよ。焼き鳥と、汁物も食べてみませんか?金は俺が出しますから」

「いやいや、馬鹿にするな。こういうのは必要経費って言ってな。先輩が出すもんだ」

 そういう流れになってしまった。


 トースケとロックは出店で買い食いを繰り返し、ある結論に至った。

 出店で使っている水に眠り薬が入ってる。

 焼き鳥には入っていなく、汁物には入っている。

 とはゆえ、眠り薬は微量で、たくさん食べなければ、そこまで眠りを誘うようなものではない。

 出店の店員にどこの水を使っているのか聞くと、沢の水を使っているという。

 村人が出している店も、他のところから来た店も沢の水を使っていた。

「誰かが、沢に眠り薬を落としちゃったってところじゃないですか?」

「眠り薬を落として平気な冒険者ってずいぶん羽振りがいいな。しかも同業者臭い」

 眠り薬は薬草よりもはるかに高い。

冒険者の中でも、剣士や魔法使いは眠り薬なんか使わない。

 使うとすれば、弓を使う者か、盗賊。

 弓を担いでいる冒険者は周りを見回しても、ほとんどいない。

 ロックの予測は妥当だ。


 聴きこみをしていると、やけに人が集まっているところがあった。

 旅芸人の一座が芸を披露しているようだ。

 スリをするなら狙い目であるが、特に不審な行動をするような人はいなかった。


「考え過ぎか…そもそも、もし自分が犯人だったら、何を盗む?」

「さあ、僕はこの村に今日はじめて来ましたからね。でも、そうだなぁ…僕が犯人だったら、竜でも盗むんじゃないですか?」

「竜?…フッハハハハ!」

「いや、他に特産品があれば別ですけどね。盗むんだったらデカく行きたいじゃないですか。村人の財布から、小銭かき集めてもしょうがないですよ」

「そりゃ、たしかにそうだ」

 

 山に日が沈み、篝火が焚かれ、村の広場では、木がキャンプファイヤーのように組まれ、儀式が行われようとしていた。

 ロックが言うには、巫女がキャンプファイヤーの前で踊り、火を入れ、ダンジョン近くの小屋に一晩泊まるのだそうだ。

 村の楽隊が、キャンプファイヤーを囲み、太鼓や笛で特有の音楽を奏で始めた。

 自然と観客が割れ、巫女が登場した。

 民族衣装に身を包んだ、美しい巫女が舞い踊り始めた。


「狙いはこれか」

 ロックがつぶやいた。

 トースケも納得だった。

 それほど巫女は見目麗しく、澄んだ肌をしていた。

 巫女を見るうちに、自分が夢の世界にいるような気分になる魅惑的で幻想的な舞いだった。

 舞いの最期に、キャンプファイヤーに巫女が火をつけると、青緑の炎が柱のように上った。

 楽隊の音楽が止まり、巫女が震えるようにたじろいだ。


 遠くの篝火の炎も青緑に変わり、悲鳴が上がる。

 篝火の側に、何か細身の黒い影がいるのが見えた。

 

 キャンプファイヤーの中にドクロの黒い影が見えたと思った、次の瞬間には炎の中から皮膚も肉もない、ただの骨と化した剣士がキャンプファイヤーを突き破るようにして出てきた。

 ガイコツ剣士はロングソードを振り回しながら、トースケの方に近づいてきた。

「逃げろ!」

 ロックの叫ぶ声が聞こえる。

 ロックは叫びながら、口元をスカーフで覆った。

 見れば、村人たちは立ったまま眠りに落ちたように倒れていく。

 トースケはロックに押され、ヤブの中に転がった。

 ロックは迫り来るガイコツ剣士の振り下ろされる一撃をナイフで受け止め、地面へと受け流す。

 再び、ロングソードを構えるガイコツ剣士とナイフを構えるロック。

 風を切るような音がしたと思った時にはロックの背中に矢が突き刺さっていた。

 振り返ると篝火の側の闇の中に弓矢を構えた冒険者の姿が見えた。



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