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第38話「その獣人の村、隠れ里につき…」


 王都付近の山道は、まだ道幅も広く行商人も多いからか、歩きやすい。

「緑が多いと落ち着くな」

片足が義足のジーナにはキツイ道のりかと思ったが、そんなことはなかった。大きな荷物を背負っているのに、行商人たちよりも早いペースで移動している。

峠には宿場もあるし、旅をするのに不自由はしない。


 魔物も時々出てくるが、王都近くだからか襲ってくることはなかった。途中の茶屋で休んでいると、行商人たちが宿場で談笑しているのをよく見る。木陰では獣人の荷運びたちが地面に座って汗を拭っている。

 ウィンプスはそんな荷運びの獣人たちに近づいて行って、ネーショニアの現状を話していた。獣人奴隷たちは半信半疑で聞いていたようで、トースケに軽く会釈をするくらいだった。

「なかなか信じてもらえませんね。皆、ピンときてないみたいです。すみません」

 ウィンプスはトースケに謝った。

「まぁ、こんな見た目で信用しろって言う方が難しいから、気にしなくていいよ」

 普通の冒険者が突然、祖国を変えてしまいましたと言われても戸惑うだけだろう。


「力を見せてないからだろう」

 ジーナがそう言ってお茶を飲んでいた。

 無理に力を見せる必要もないので、休憩を終え、再び山道を歩き始めた。

 徐々に山道は険しくなり、道幅も狭くなっていく。

 後ろからついてきていた憲兵の姿も露わになってきた。どうやらカロリーナ、ライラのコンビが黒いコートを着たままついてきているらしい。


「あれは脱水症状になりかねないぞ」

 ジーナが憲兵たちを見ていた。

行商人も荷運びの獣人奴隷も手拭いで汗を拭っている。

 春になり暖かい日も増えてきた。木陰だけならまだいいが、道端に木が生えていない山の峰を進むと額にジワリと汗が浮かぶ。

 徐々に他の山道からも行商人と獣人奴隷が合流。一人分の道幅の山道に混雑し始めた。移動速度は遅い。

 

「なんだって今日はこんなに……」

 日差しが強くなってきて行商人が思わず声を漏らしていた。


「まずいな。憲兵が狙われてる……」

 ジーナが前後のトースケとウィンプスに合図を送る。

 振り返ると、獣人奴隷に前後を挟まれ、自分たちのペースで動けていない。険しい峰が続き、一歩でも間違えば滑落していくだろう。事故が起こったとしても仕方がないと処理される。

 もし獣人奴隷の中にコマの仲間がいたとしたら、憲兵を突き落とすタイミングを見計らっているはずだ。

 峰を登る一行に、殺気が満ち始めた。

 

 ただし、固まって移動している人の群れを山に棲む魔物が放っておくわけもない。

 両手と足が鳥の半人半獣のハーピーが、先頭を歩いていた行商人に狙いをつけた。

 上空から真っすぐ行商人に向けて滑空していく。


「ウィンプス、紐」

 トースケの短い指示に、ウィンプスはすぐに革紐を取り出した。

「へい」

 トースケは革紐を受け取って、ジーナに断りを入れる。

「ちょっと跳びます。後ろ気にしてあげてください」

 ジーナの返事も聞かずにトースケは、前方に跳んだ。

 

 行商人はなにも気づかずに足元を確認しながら山道を歩いている。日が照って汗が止まらない。

地面に伸びた自分の影に突然、二つの影が重なった。


ブンッ!


トースケは空中でハーピーの足を捕まえて、そのまま高速で二回転させた。ハーピーの三半規管は異常をきたし、わけのわからぬまま足を紐で縛られてしまった。


 ギャー! ギャー!


「うわぁああっ! 魔物だ!」

 最後尾で歩いていた荷運びの獣人が叫ぶ。

ハーピーの群れが人の群れを襲う。

「身を低くしろ!」

 ジーナの声が山間に響いた。

 ハーピーの鉤爪が大きな荷物を背負った奴隷たちを襲う。憲兵の2人が剣を抜刀し、応戦しているが足元が悪く、まるで攻撃が当たっていない。

 その間にも、さらにハーピーたちが集まってきた。行商人や奴隷たちはなす術もなく地面にしがみつくようにうつ伏せになった。


 トースケはウィンプスと目を合わせて、タイミングを計る。ウィンプスは周囲の一行を確認し、いつでも飛び出せると頷いて返した。

 直後、周辺一帯に魔力を展開し、殺気を放つ。


 重く冷たい空気に、ハーピーも一行も息を吸うことも吐くことも忘れ、自分の死を覚悟した。

 たった一呼吸の間の出来事だが、効果はてきめん。トースケが魔力を切るとハーピーたちは一目散に逃げだした。


 剣を振り上げていた憲兵・ライラが意識を失い、谷底に向かってゆっくり倒れ始めた。ウィンプスが倒れていくライラの腕に飛びつく。そのウィンプスの足をジーナが掴んだ。

 ライラの剣は谷底へと落ちていったが、身体は無事でどうにか峰の山道に引き上げられた。


「皆、無事ですか?」

 トースケは地面にふせている奴隷たちの上を跳び越えながら、聞いて回る。特に大きなけがをしている者はいないようで、いても擦り傷程度。荷物の干し芋が少し落ちてしまったこと以外は、行商人たちに被害はなさそうだ。

「とりあえず先に進んで、足場が確かなところまで移動しましょう」

 トースケの声で一行は再び山道を進み始めた。

 ライラは、息をしているものの未だ気絶しているのでトースケが背負っていくことに。

「私が……!」

「一旦、開けたところまで運びます」

 同行者のカロリーナが背負うつもりだったようだが、後ろから来る行商人たちの邪魔になると断った。


 一行は峰を越え、再び高木の多い山間部へと入った。

 石が積まれた分かれ道があり、休んでいる者もいる。行商人たちはそこで各々の方向へと進んでいった。

トースケはライラを下ろして、気付け薬代わりの薬草の匂いを嗅がせた。

「……なにが!?」

 ライラは起き上がって周囲を確認し、自分の剣がないことに気が付いた。

「剣は谷底に落ちて行きました。ウィンプスとジーナさんがいなければ、あなたも今頃、谷底です」

「申し訳ない。ありがとう」

 ライラは素直に2人にお礼を言った。ただ、腕と足が震えている。トースケの殺気がまだ残ってしまっているようだ。

「行先は同じかもしれませんが、一度山を下りて立て直してはどうです? 山に入る格好じゃない」

「わかった。だが、お前はコマについて我々に嘘を教えたな。まさか弟だったとは……」

 カロリーナがそう言ってトースケを見た。

「別に弟かどうか聞かれなかっただけです。血もつながってないし、会ったこともないんですけどね」

 悪びれる様子もなく言うトースケに、カロリーナは何も言い返さなかった。

 2人の憲兵が山を下りていくのを、トースケたちは見守っていた。


「で、さっきのあれはなんだったんだ? トースケの術だろ?」

 ジーナがトースケに聞いた。

「ただの殺気ですよ」

「バカな……」

「本当なんです。ジーナの姉御。旦那は魔力に殺気を込めただけ。ネーショニアの王都襲撃の際はもっと重くて寒かった」

 ウィンプスが解説してくれた。


「お話し中すみません。ここら辺で犬を見ませんでしたか?」

 手枷をつけられた獣人奴隷がトースケたちに聞いてきた。

「見てないね」

 ジーナが答える。

「どんな犬ですかい?」

 ウィンプスが聞いた。

「小さい年寄なんですが、旦那様の大事な飼い犬なんです。霧に攫われちまったらしくて、見つけないと自分の首が飛んでしまう……」

 猟犬でもないのに、わざわざ山に犬を連れてきたのだろうか。そう言えば、コマは犬の獣人だったはず……。

「どこでいなくなった? 私たちも探してあげよう」

 ジーナはにっこり微笑んだ。

「いいんですか? ありがとうございます。こちらでございます」

 奴隷は機嫌よく、分かれ道の一本に案内してくれた。


「旦那、この獣人さん、奴隷じゃありませんぜ。恰幅が良すぎる」

「手枷の痕もない。最近、つけたんだろう」

 ウィンプスもジーナも前を歩く獣人奴隷を疑っているのに、顔は嬉しそうだ。

「その飼い犬には兄弟がいるかい?」

「ええ、実は会ったことはないんですが、随分、長いこと弟の犬を待っているそうです」

 その答えで、トースケもなんとなく気がついた。

「ここからちょいと悪路になりますが、勘弁してください」

 そう言って奴隷は、藪の中に突っ込んでいった。

 トースケたちも後に続く。獣道を通り、木の上で寝ている見張りに挨拶をして、山の奥へと進む。


 ザアアアアアン。


 波の音と共に磯の香りが漂ってきた。


「ああ、ようやく着いた。こちらです」


 木々が途切れ、一気に見晴らしのいい場所に辿り着いた。

北の海が見下ろせる山間に棚畑が広がっている。

 畑で作業をしているのは獣人ばかり。ウィンプスと同じラット族が多い気がする。

「こりゃ、見つけようったってなかなか見つかるもんじゃないね」

 ジーナは感嘆の声を上げた。


「先生はどこにおられる?」

 案内してきた奴隷が道を歩いていた鍬を持ったラット族に聞いた。

「先生なら山に異常な魔力の反応があったって言って、計測しに行ったよ」

「あの人は本当に……」

 奴隷は頭を抱えていたが、ラット族の彼はウィンプスを見て、目を丸くして鍬を落としていた。


「ハカモリ!?」

「やあ、元気かい?」

 ウィンプスは昔の名前を呼ばれ、気楽に返していた。

「元気だけど……。いや、それどころじゃないよ! みんな~!! ハカモリが来たよー!」

 ラット族の甲高い声が棚畑に響いた。畑で作業をしていた獣人たちは皆、手を止めてウィンプスを見て、集まってきた。

「旦那……」

「ああ、いいよ。ちゃんと説明してあげな」

「へい。同胞、久しぶりだな。オレのことを聞く前に皆がいなくなってからのネーショニアのことを聞いてくれ……」

 ウィンプスは同胞に今のネーショニアについて語って聞かせた。


「犬は?」

「ああ、こちらです」

 その間にトースケとジーナは奴隷に案内されて、村に入った。道は山に沿い蛇行しながら続いている。トースケが畑を見ていると、風の強い土地だが、芋や豆、ハーブ類や薬草は育つと奴隷が説明してくれた。確かに薬草の匂いが村中に漂っている。霊媒師が見つけられないわけだ。

「海の恵みも山の恵みもありますから、これくらいの人数なら賄えるんですよ」

 そう言って奴隷は手枷の位置をずらした。親指の付け根に金具が当たって痛いのだろう。皮膚が赤くなっている。


「もう手枷は外していいよ。こっちも奴隷だなんて思ってないから」

 ジーナがそう言うと、奴隷は手枷を外して頭を掻いた。

「すみませんね。騙すつもりはなかったのですが、どうしてもついてきてほしくて……」

「わかってるよ」

「この村でラット族に畑作りを教えてるモンです。たぶん、魔力の測定なら竹藪の向こうの山に入っていったと思うんですが……」

 モンは竹藪の向こうを指さした。


 ガサガサッ。


 トースケたちが見ていた後ろの竹藪から老婆の獣人と眼鏡をかけたラット族が笹まみれになって現れた。


「いやぁ、一瞬でさっぱりわからなかったね。不思議なことがあるもんだ。ハーピーたちが一斉に逃げていったみたいだけど、行商人たちは何をしたんだろうね? 不思議ね!? 不思議だわぁ。あれ? ジーナじゃないか? あんた、こんなところでなにしてんの? 不思議でも探してんの?」

 垂れた耳を持つ老婆の獣人は、まくし立てるように喋っていたと思ったら、ジーナを見て驚いていた。

「不思議なのはあんたたち姉弟さ。ほら、コマが散々自慢していた弟を連れてきたよ」

「え!? どこに? トースケを連れてきたの!? どこよ、どこ?」

 目の前にいるのに見えていないのか、コマはトースケを探した。

「あ、ここです」

「え? あんたが……!?」

 コマはポケットから眼鏡を取り出して、上から下までトースケを見た。

「随分、普通の見た目なんだね。もっと悪魔みたいに性格の悪い顔をしているかと思ったら、塩面だぁ……」

「先生、その人の魔力、計測不能です。針が振り切れちゃってる」

 後ろにいたラット族の彼女が、ジーナが持っていたような計器を見ながら報告していた。

「ああ、そんな計器じゃ無理だろうね。そうか、でもこれで間違いない。シノアの最終兵器だね」

「いえ、最高傑作と言われましたよ」

「そうとも言うね。よろしく、次女のコマさ」

 コマは泥だらけの右手をローブで拭ってから、トースケに差し出した。

「末弟のトースケです」

 トースケはコマの右手を掴んだ。

 コマの第一印象は変り者。間違いなく、シノアの娘だ。



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