第37話「その回り道、獣道につき…」
群島に行くルートは陸路と海路に分かれているが、海路であればすぐに身元が割れるため、逃亡中のコマは陸路で向かったはず。もしかしたら、目撃情報もあるかもしれないということで王都を出てまず西へと向かい、群島近くまで行って船で向かうことに。
ジーナは部屋を壊した責任をとって辞めたはずだったが、学生たちから引き留められているらしい。後任を選出して、午後には追いつくと朝方、トースケたちの宿に伝えに来た。
「すまん。先に進んでもらって構わないから」
「いえ、俺たちも少し旅の準備をするので、ちょうどよかったです。昼過ぎに西門で落ち合いましょう」
「そうしてくれるとありがたい」
人気者も大変だ。ジーナを大通りまで見送り、トースケたちは屋台で柔らかい肉まんのようなもので朝飯を済ませた。
「でも、旅の準備って何を用意するんです?」
実際のところ、旅の準備などほとんど必要がない。干し肉などの保存食も用意してあるし、2人ともどこででも寝れる。むしろ、準備が必要なのはジーナの方だ。
「少し保存食を買い足すか。あと、コマのために文房具でも買っていこう。それにラット族も探そうぜ。学生街にはいるかもしれないから」
「旦那は気が利きますね」
ウィンプスからすれば売られていった同胞がなにをしているのか気になるはずだ。
トースケたちはのんびり魔道具の専門学校がある学生街を歩いて、旅に持っていくものを探した。 正直、欲しいものはなかったが、報酬もあるので外套や靴を新調し、文具店で木炭と紙束を大量購入。文具店の親父は笑っていた。
「随分、勉強家だね。冒険者を辞めて学校にでも入るつもりかい?」
「いえ、旅の記録でもつけようかと思って。強くはなくてもそれくらいならできるでしょう」
トースケはすらすらと嘘を吐いた。下手に出たほうが情報は引き出しやすい。
「それも冒険者の生き残り方かもな」
「あまり見かけませんけど、この辺りじゃ奴隷は使われてないんですか?」
「いや、客前に奴隷は出さないだけだ。お前さんのみたいに小奇麗じゃないからな」
親父はウィンプスを見て言った。
「ウィンプスはもう奴隷じゃないんですけど、彼と同じラット族の奴隷はどこかにいませんかね?」
「専門学校にもいるんじゃないのか。奴隷が欲しければ奴隷商を探せばいい。それか奴隷から解放されてる獣人に当たってみな。俺たちには獣人の種族なんか区別がつかないからな」
「まぁ、そうですよね。ありがとうございます」
トースケとウィンプスは通りに出て、登校中の獣人学生に話を聞いてみた。
「え? ラット族?」
爬虫類系の獣人であるその学生は目を丸くして驚いていた。
「学校の実験とかで使われてないかい?」
「危ない実験で使われたのはほとんど殺処分になってるんじゃないかな。でも、もう何年もそんなことは起こってないと思うけど。魔法学校の方はどうか知らないけど、奴隷が働かなくなっちゃうと困るだろ?」
「じゃ、今はどこで働いてるんだ?」
「掃除に雑用、図書館や工房で効果測定の手伝いとかをやってるはずだよ。あ、ほら、あそこで馬糞を拾ってるのもラット族なんじゃない?」
学生が指す方には、ほっかむりをした獣人が道端にある馬糞を拾って背中の木桶に入れていた。肥料として農家に売るのだろう。
「ありがとう」
「いや、いいよ。それより、ネーショニアから獣人の奴隷が来なくなったって聞いたけど本当?」
「ああ、政権が変わって、奴隷貿易も崩壊したんだ」
「やっぱりかぁ……」
獣人の学生は頭を抱えていた。
「困るのか?」
「ああ、図書館で資料を探したり、測量の時に人手がいないとどうにもならない時があってね。研究に理解のある奴隷がいなくなるのは、魔道具師にとっては死活問題だ。糞拾いなんかラット族の無駄遣いだよ。学生課に買い戻すよう言わないと……」
貴族の学生なんかは測定の際に自分の思った通りの数字が出ないと手伝っていた奴隷のせいにして売り飛ばすような者もいると愚痴を言っていた。
獣人の学生と別れ、ウィンプスが馬糞を拾っているラット族に声をかけた。
「弱虫毛虫のハカモリか?」
「久しぶりだね、同胞」
ウィンプスはハカモリと呼ばれていたらしい。
「お前、こんなところで何をしてるんだよ?」
「この旦那の付き人だよ」
「旅の仲間だ。もうウィンプスって名前もある」
トースケも声をかけると、ラット族の彼女は手拭いを取って頭を下げた。
「奴隷じゃないのかい?」
「ああ、違うぜ。奴隷の学校も潰れた」
「ハカモリ。ちょっとこっちに……」
ラット族の彼女は周囲を見回してから、ウィンプスを路地裏に連れて行った。トースケは2人に背を向け見張り役となって、通りを見ていた。
「ネーショニアはどうなったの?」
「冬の間にファング様が王に即位した。そこにいる旦那が全部壊しちまったのさ……」
ウィンプスはその後、彼女の質問に答え、冬にあった出来事を語った。
「じゃあ、本当に出来損ないでも生きていていいんだね?」
「ああ、どんなにバカでも、どれだけ汚くても、オレたちは生きていていいんだよ」
出来損ないは毒リンゴを食べて死ぬ。それがネーショニアのラット族とトード族の運命だった。
「コマ先生の言ってた通りだ……」
「同胞、お前はコマ先生にあったのか?」
「うん、私は初めそこの魔道具の専門学校に売られたから、会えたんだ。出来損ないで生まれてくる者なんていないって教えてくれた」
「いい先生だったみたいだな」
「うん。心配しなくていいって獣人たちにも言ってた。弟が来るから心配はいらないって」
「コマ先生はよくわかってるな。そこにいる旦那がコマ先生の弟さんだ」
「そうなんだ!」
ラット族の彼女は、コマが待っていた弟の背中をじっと見た。
「ねぇ、ハカモリ! ネーショニアのことを獣人たちにも教えてあげて。きっと皆、知らないから。冬の間になにかがあったらしいってことだけしか伝わってないの」
ブルーグリフォンでは情報の伝達が早くても、それは限られた界隈だけの話のようだ。ただ、ラット族の奴隷が輸入されていないことだけは広まっているらしい。
「わかった。出会った獣人には知ってることを話すよ」
「なぁ、半年前になにがあったか知らないか? コマの行方を捜してるんだ」
トースケがラット族の彼女に聞いた。
「それは本当に知らないし、たぶん、言えないことです」
「そうか。それはそうだよな」
コマはブルーグリフォンにいる獣人たちに慕われていたようだ。昨日、案内してくれた学生はコマのことを憧れていたようだし、『闇の魔道士』という通り名が広まっていることが不思議なくらいだ。
「同胞、知らないけど言えることはあるかい?」
唐突にウィンプスが彼女に聞いた。
「知らないけど言えること……? ふふふ、嘘じゃなくて当たり前のことなら言えるわね。『獣人は馬車に乗らない』とか、かな」
ラット族の2人は、なぜか笑っていた。
「じゃ、私、そろそろ仕事に戻るわね」
「ああ、助かったよ。そのうち思ってもみないことが起こるぜ」
ラット族の彼女は再びほっかむりをして通りを駆けて行った。
「旦那、西までは山道を行きましょう。おそらく、旦那の姉さんは街道にはいません」
「ああ、それはいいけど、何を話してたんだ?」
「オレたちは言えないことは拷問されても口を割りませんが、誰でも知ってる当たり前のことなら言えるんです。それを誰も聞かないだけでね」
「それが『獣人は馬車に乗らない』か?」
「ええ、荷運び用の獣人奴隷が馬車には乗りません」
「他の獣人たちとも言っていたな?」
「ええ、獣人はどこに行っても集まりたがるんです。木を隠すなら森の中と言いますし、コマ先生は獣人奴隷のフリをして荷運びをしているかもしれませんぜ」
「200歳を超えてる婆ちゃんが荷運びなんて、可哀そうだ。早いところ見つけてあげなくちゃな」
「ええ、旦那を待っているみたいですしね」
トースケとウィンプスは地図を買い、西へ向かうルートを確認。南側は大きな街道が走っているが、北側は山が連なり曲がりくねった険しい道が葉脈のように幾筋も広がっている。ノースフィンゲルから王都までのような近道ではなく、群島まで行くには明らかに遠回り。だが、隠れる場所はいくらでもありそうだ。道すがら、荷を運んでいる獣人たちにネーショニアのことも伝えたい。
「憲兵も各地を探してるんだよな?」
「あの美人さんたちはそう言ってましたね」
トースケはカロリーナとライラの憲兵コンビを思い出した。
「春とはいえ山道はきっと寒い。コートと帽子も買っておくか」
「そうしましょう」
昼過ぎ、トースケたちが西門の馬車駅で待っていると大きなリュックを背負ったジーナがやってきた。
「遅れたか?」
「いえ、今来たところです。ジーナさん、道筋なんですが馬車には乗らず山道を行きませんか?」
「群島に行くのに、時間がかかるぞ」
「ええ、行先は群島だと思うんですけど……」
「何か理由があるようだな」
「コマが獣人だからです」
「ああ、その方が紛れやすいか」
「それに憲兵も捜し回っているみたいですし」
トースケは主要な町にバツ印をつけた地図をジーナに見せた。
「わかりやすいところにはいないと考えるのが普通だな。獣人奴隷が多そうな場所が怪しいと?」
「ええ、そういうことです」
「なるほど。だが、分岐がいくつもある。すべての山道を回るつもりか?」
「いえ。それについてはウィンプスが獣人たちに聞いてみるつもりです」
「彼らは仲間意識が強いから、聞いても口を割らないぞ」
「オレたちは知ってることは言えませんが、知らないことでも当たり前のことなら言ってもいいんですぜ」
二人の会話にウィンプスが口を挟んだ。
「それは、なぞなぞか? 当たり前のことなら誰でも言えるだろ?」
「誰でも言えるけど、誰も聞かないことってあるんですぜ。特に獣人奴隷には」
「そうかもしれんな。私は、あまりなぞなぞは得意じゃない。任せてもいいか?」
「よろしくお願いします」
トースケたちは王都の西門を出て早々に街道から逸れて山道に入った。まだ標高は低く、木々の背も高い。その木々には春の花が咲いている。長い冬から覚めた虫も活動的だ。
花の匂いに交じって、甘い石鹸の香りがしてきた。
「トースケ、春の匂いに交じって憲兵の香りが漂ってこないか?」
「まだ王都を出たばかりですよ。放っておきましょう。いざとなれば革ひもで対処しますから」
「革ひもか……。冗談なのか、なぞなぞなのか。ウィンプスはどっちだと思う?」
「どちらも違います。ノースフィンゲルでの立てこもり事件について話しておきましょうか……」




