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第36話「その魔道具、若返りにつき…」



「とにかく旦那の姉さんであるコマという方は魔法学校にはいなかったんですね」

「代わりにアメリアがいたけどな」

 ウィンプスと朝飯を食べながら、トースケは昨夜のことを報告していた。

「アメリアの姉御は、元気でしたかい?」

「相変わらず元気だったよ。学生になって張り切ってるんだろう。嘘を真にする魔法使いになるんだそうだ」

「そりゃ、大儀ですね。旦那は、これから魔道具の専門学校に行くんですかい?」

「ああ、ジーナさんと行くよ。ウィンプスも来るだろ?」

「ええ、伺います。売られていったラット族の行方も気になっていますから。おそらく、魔法学校とその魔道具の専門学校に向かったはずなんで」

 ウィンプスのラット族という種族は、故郷であるネーショニアから奴隷として大量に輸出されていた。その最大の取引相手の一つは、このブルーグリフォン。身体が小さく荷運びには向かないが、物覚えがいい種族なので、研究機関などで使われているはずだが、今のところ魔法学校でも見ていない。もしかしたら、魔道具の専門学校で見る可能性は高い。


 朝飯を食べて宿を出たところで、ジーナにばったり出くわした。ジーナはトースケたちの宿を探している最中だったらしい。

「旅の仲間ってのは、ラット族の彼か?」

「ええ、旦那の付き人のようなことをやっております。ウィンプスと申します。ジーナ先生のことは旦那から。以後お見知りおきを」

「別に奴隷というわけではないんです。これを言うと、この国では驚く人が多いんですけどね」

「首輪も手枷もつけていないラット族を見るのは久しぶりだ。冬にネーショニアの奴隷貿易は解体されたと聞いて、慌てている魔法使いたちは多いよ」

「文句があるなら、トースケの旦那に言ってください。何もかもぶっ壊したのは旦那ですから」

「何をやらかしたんだい?」

「成り行き上、そうなったというだけですよ。説明も難しいですし」

「似たもの姉弟というわけか……」

 ジーナは誇るわけでもなく、詫びるつもりもなさそうなトースケを見て呆れた。


「まぁ、いい。その話はいずれ聞くとして、これから行く魔道具の専門学校のことなんだけど、歩きながらで構わないかい?」

「ええ、お願いします」

 ジーナは、トースケとウィンプスの前を歩きながら説明し始めた。

「コマは魔道具の専門学校で、時魔法に関する魔道具を研究していたんだ。自ら実験台になってね」

「奴隷は使わなかったんですかい?」

 ウィンプスが、大きいジーナを見上げながら聞いた。ジーナは片足が義足で、ウィンプスは小柄なので、歩く速度が丁度一緒くらい。トースケは二人に合わせて、後ろからゆっくり町を眺めながら、話を聞いている。

「危険だと思ったんだろうね。実験台は自分一人で十分と言っていたよ。実際、彼女はそれによって若返っていたし」

「え? コマは若返りをしていたんですか?」

 思わず後ろからトースケが声をかけた。

「ああ、短命の獣人には珍しく200年以上は生きているはずだ」

 トースケはなぜコマが次女なのかようやく理解した。

「ただ、もちろん副作用があってね。近年では使ってなかったみたいだけど」

「それって、つまり寿命が延びる他の方法を思いついたということですかい?」

「どうだろうね。死期を察していたかもしれない」

「死ぬために消えた可能性もあるんですか?」

「生にしがみついているよりも、研究に打ち込むことにしがみついていたような女だからね。研究が終わったとすれば、考えられるね」

 トースケは自分の家族の変わり者さ加減に少し辟易し始めていた。

半年も行方をくらましているのだから、他の教師など学校関係者や憲兵がコマの研究を探っているはずだ。それで何も発見できず、山村にまで憲兵を派遣しているのだとしたら、魔道具の専門学校に行っても明確な手掛かりはないだろう。

コマの相棒というジーナも魔法学校では、迷わずコマの研究室を破壊させた。つまり、ジーナも研究室に手掛かりなんかないと思っている。

では、何を手掛かりにコマを探せばいいのか。隠れるのが上手い姉は完璧に自分の痕跡を消している。だが、姉の影響を受けてしまった者たちは痕跡だらけ。魔法学校では身体の一部が欠損している被害が出ていた。山村では救われた人たちがいた。


「魔道具の専門学校で起こっている被害ってなんですか?」

「年老いた教授たちが若返ってしまってね」

「いいじゃないですか」

「それだけならね。ただし、これまでの経験や記憶が失われている。自分が開発した魔道具のことも、ここまで発展した町も、妻や子供のことさえもね。専門学校にある研究室を探った憲兵にも同じ被害が出ている」

「旦那、ノースフィンゲルの倉庫にいた立てこもり事件の犯人も変なことを言っていやしたね?」

「ああ、ヒートボックスのアイディアを盗まれたと言ってたな」

「そんな遠いところまで被害が……。ダンジョン化する前に研究室を片付けないといけないね」

「荷物って俺が引き取るんですか?」

「弟だろ?」

 トースケは心底嫌そうな顔で返した。

「トースケは感情が顔に出るね。まぁ、大丈夫。軍がほとんど持っていくはずだよ」


 魔道具の専門学校は、王都の北にあり城壁のすぐそばにあった。

 敷地は広く魔法学校とは違って四角い建物が並んでいる。建設途中の建物もあり、立ち入り禁止区域もあるらしい。革エプロンをした職人風の学生たちが、工房と思われる建物に笑いながら入っていく姿が見える。若返ってしまうという変わった被害だからか、緊張感はあまりない。

 専門学校の受付で、入校証を貰って中に入る。案内してくれたのは、過去にコマの授業を受けていたという学生で、今は別のコースの助手をしているのだとか。

「獣人族は手先が器用と思われていないみたいで、なかなか入学するのも大変だったのですが、コマ先生が『大した開発をしていない者ほど思い込みで喋ってるのだ』と励ましてくれました」

 助手の彼は、リザード族というトカゲの獣人で、つるつるした頭を撫でながら説明してくれた。

「だから、もしどんな不遇な状況にいたとしても諦めるんじゃないぞ」

 そうウィンプスに教えていた。

「ええ、思ってたほど不遇ではありませんぜ」

「そうか。なら、よかった。ラット族の奴隷たちの中には、実験中に命を落とす者もいる。そうなると他の奴隷たちも一斉に働かなくなってしまうことがあって大変なんだ」

「獣人は仲間意識が強いですからね」

「そうだね。あ、この先にあるドアのない部屋です」


 魔道具の専門学校にあるコマの研究室は、細い木の横板一枚で封鎖されているものの、中の様子は見れるようになっていた。

「『使える物はなんでも持って行っていいよ』というコマ先生の方針で、中にはほとんど何もありません。机と椅子、棚くらいでしょうか」

 確かに外から見るだけでも、なにも手掛かりになりそうなものはない。一応、木の板をくぐって中にも入ったが、空いている窓から入ってくる風が気持ちいいくらいだ。

「棚にあった魔道具の試作品なんかは軍に持っていかれました。設計図なんかもあったのですが、教授陣が持って行って……」

「若返ってしまったか?」

「ええ、捜索に関わっていた方はほぼ全員です。見つかっていなかった教授も、先日、ノースフィンゲルで見つかったとか。定かな情報ではありませんが」

 おそらく倉庫立てこもりの犯人だろう。

「トースケ、なにか手掛かりはあったかい?」

「いえ、新緑の香る風が気持ちいいってことくらいです。ここで手紙を書いていたのなら悪くないなと」

「筆まめだったからね」

 もしかしたら、自分の記憶を確かめるために家族と手紙をやり取りしていた可能性もある。

「この研究室の他にコマが行っていた場所はありますか?」

「お忙しい方でしたから、ここ以外だと食堂くらいですかね。工房にはほとんど行ってません。ドワーフの先生に注文するくらいで」

 

 ◇  ◇


「滅多にワシに注文してくることはなかった。ほとんど鍛冶屋の弟に設計図を送ってやらせていたはずだ」

 食堂で、ドワーフの先生が教えてくれた。たしか、シノアの息子にプラチナランパンドという国にドワーフの鍛冶屋がいたはずだ。

「まぁ、会えば話くらいはしていたがね。興味のないことになると、一向にこちらの話を聞かないからな。コマの奴は」

「姉がご迷惑をかけたみたいで申し訳ございません」

 トースケは素直に身内の非礼を謝った。

「いや、悪気がないのはわかっているから怒りも湧かない。で、弟から今の状況を見て、コマの奴はどこに逃げたと思う?」

 ドワーフの先生は面白そうにトースケに聞いた。

「さあ、手掛かりがさっぱりないんです。王都に興味がなくなったのか、それとももっと興味深いなにかを見つけたのか」

「もう王都には興味がなかっただろうな。軍の仕事も、魔法学校でやってたもの以外はほとんど受け付けてなかったのだろう?」

 ドワーフの先生がジーナを見た。

「退屈そうにしていたのは確かだね。焦りもあったみたいだけど……」

「焦るなにかがあったということですか?」

「母親や他の兄弟たちが成果を上げているのに、自分は何もしていないってよく言っていたよ」

「ハハッ! 若返りの魔道具を作っておいてよく言う。コマの奴だけだろ? 記憶も無くさずに成功させたのは」

 ドワーフの先生はそう言って、昼からワインを頼んでいた。

「トースケはコマみたいには思わなかったか?」

「そもそも他の兄弟がいるのは聞いてましたけど、会ったこともありませんでしたからね。対抗意識もないですよ」

「やっぱり聞いていた話とは、随分違うみたいだね」

 ジーナはぽつりと言った。

「コマは俺のことをなにか言ってました?」

「ああ、母親の最高傑作が生まれてしまったって。きっと自分の強さをひけらかして来るはずだって」

「ひけらかすつもりはないんですけどね。虫も殺せませんし」

「虫も殺さずにどうやってネーショニアの奴隷貿易を破壊したんだい? いや、それもコマが予見した通りか……」

「え? コマが奴隷貿易の破壊を予見してたんですか?」

「そうじゃない。コマの言葉をそのまま言うなら『私の末弟は、この大陸にあるあらゆる常識を覆して回るだろう。そして、私は自分の矮小さを思い知ることになる』ってさ」

「違いねぇ」

 ウィンプスはトースケの隣で肩を震わせて笑った。

 トースケはシノアの最期の言葉を思い出していた。『パラダイムの転換はお前が起こすんだ。お前が世界を変えちまえ……』と。自分の母ながら、随分思い切った遺言だ、と思っていた。

「コマにとっては長生きしたいとか若返りたいなんて欲は常識の範疇なんだろう」

 ドワーフの先生は「悪いな、先にやらせてもらうぜ」とワインをコップに注いで飲み始めた。コマは常識の外側に挑戦しているのかもしれない。

「この国の伝説やありえないような言い伝えはありますか?」

「そりゃあ、いくらでもある。青いグリフォンの伝説に、古代のアーティファクト、群島の遺跡、魔族のミイラ。いや、ワシより元冒険者のジーナの方が詳しいか」

「詳しさだけで言えば、コマも変わらないよ。同じ冒険者のパーティーで魔法使いをしていたんだから」

「コマも冒険者だったんですか?」

「ああ、随分昔の話だけどね。いくつかの伝説も追っていたのは確かだ。でも、私の片足と一緒に諦めてしまったと思ってたけど……。そうか、そう言われると、諦めてなかったのかもね」

 ジーナは義足を見ながら言った。

「ジーナさん、もし嫌でなければ冒険者を辞める直前に旅した場所を教えてもらえませんか?」

「ああ、それならちゃんと覚えてる。南西の群島だ」


 トースケたちの行先が決まった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 戦えないことも含めてのパラダイム転換とか⁉︎ 探偵モノっぽい雰囲気も楽しませてもらってます
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