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第35話「そのダンジョン、未完成につき…」


 魔法学校は王都の西にあり、周囲には商店がいくつも軒を連ねていた。酒場の看板には「安くて美味い」と書かれ、文具店や書店なども多い。

「学生街ですね」

「ああ、ここら辺は魔法学校を中心に経済が回っている。文具店など珍しいだろ?」

「そう言われると、そうですね」

 トースケがこの世界に来てから、初めて見た文具店かもしれない。普通は紙や木炭やインクなどは雑貨屋に一纏めにされている。専門店があるということはそれだけ需要があるということだ。

「学生たちは勉強家が多いんですね」

「貴族や豪商の娘なんかは勉強しているふりをしていると、親から金が送られてくるのだ。安いのが欲しければ、学内の売店で売っている。ここら辺は見栄のための店だよ」

「アメリアが好きそうだ」

「そうか? あの娘は、貴族たちの使い終わった文具を回収して再利用できるようにして売っていたぞ。なかなかの商才だ。そういう学生はいないから、教師の間では噂になっている」

「そういう才能はあるんですね。知らなかった。お、あれですか?」

 トースケの目の前に鉛筆のような塔が幾つも並んだ建物が見えてきた。通常の建物からすれば、塔があまりにも多すぎる。塔から伸びる渡り廊下も曲がりくねり、他の塔と繋がっているため、塔にする必要があるのかよくわからない。

「ダンジョン化してるっていうのはこういうことだったんですね?」

「いや、これは普段と変わらない。コマの研究室はこっちだ」

 ジーナは学校の門から入って、トースケを案内した。学校の中は魔石灯が各所に置かれ、昼のように明るかった。

「そもそも塔や建物ってダンジョンになったりするんですか?」

「するさ、そりゃあ。トースケはダンジョンに入ったことはないのか?」

「いえ、故郷ではよく洞窟状のダンジョンに入ってましたよ。ダンジョンマスターとも知り合いでしたし」

「ほう。それはしっかりとしたダンジョンだな。ダンジョンコアもあったか?」

「見ていませんが、おそらくあったと思います」

「だったら、それは相当古いちゃんとしたダンジョンだな。今から見に行くのはダンジョンになる前の不安定な揺らぎみたいなものだ」

「ダンジョンではないんですか?」

「ああ、人の想念と魔力が結びついて、ある空間を生み出しているだけだ。ほら、あそこだな」

 行く先の塔の周りに人だかりができていた。学生や教師風の黒いローブ姿の者たちのほか、鎧を身に着けた衛兵の姿もある。

 アメリアが学生たちを塔から追い出しているのも見える。

「ジーナ先生!」

 衛兵がジーナを見つけて、いち早く近づいてきた。

「状況は聞いてる。現場はコマの研究室でいいんだね?」

「はい。部屋周辺が歪んでいるらしいです。やはり闇の魔道士が禁術を使った影響でしょうか」

「そんなんじゃないよ。原因はコマを『闇の魔道士』と持ち上げて勝手に怯えているあんたら自身さ。通るよ。トースケ、恐怖と魔力が結びついた姿を見に行こうじゃないか」

 ジーナはトースケとともに、衛兵や学生たちの脇を通り塔の中に入った。


「ジーナ先生! 学生たちも教師たちも塔から避難させました!」

 アメリアが任務完了をジーナに報告。傍らにいるトースケを「どうしているのか?」と睨みつけていた。

「なら、外にいる連中をなるべく塔から離すように言っておいてくれる。塔が崩れたらぺしゃんこになるって」

「え? でも……」

「私とトースケなら大丈夫だから。校長にはあとで謝っておくさ。それよりもダンジョン化した方がまずい」

「わかりました……」

「もし、衛兵がなにか言うようだったら、研究結果がバラまかれるって脅しといて」

「了解です!」

 アメリアは素直に従い、塔の外にいる野次馬や衛兵たちを説得に向かった。


 ジーナはトースケを連れて、4階へと向かった。

「この塔は軍関係の研究が多いから、余計なところに行くと毒や武器が飛び出してくるから気を付けるようにね。と言っても、トースケにはあまり意味ないか?」

「母の食育のせいでほとんどの毒は効きません。刃物で傷つけられた記憶も、ここしばらくありませんね」

「……とんでもない一家だよ。本当に」

「うわっ、なんですか。これは」

 4階に続く階段の真ん中がどろっと溶けていた。石造りの階段なので、溶けるはずもないのだが。

「ああ、もうここまできてるか。あまり触らないようにね。出来る途中のダンジョンに飲み込まれると厄介だよ。最悪、抜け出せなくなってダンジョンの一部になっちゃうからね」

階段の端を上り、4階に辿り着くと状況はさらに悪化していた。

 廊下の床にはドアが付いており、天井からエルフの白骨標本がぶら下がり、壁の魔石灯のガラスの中には人の臓器が収まっている。四角いタンスが壁を一定の速度で移動し、開け放たれたドアがそれを追いかけている。ドアの先の空間が、そのまま動いているらしい。

「何人もの学生や教師が、コマの研究室を『闇の魔道士の部屋』として恐れ、ありもしない噂を流して広めた結果がこれさ。複数の強い思念が、そこに漂う膨大な魔力と結びついて奇々怪々な空間を作り上げる。ダンジョンの卵はこうやって出来上がるのさ」

「コマの部屋は、どこです?」

「一番奥だ。ダンジョンが定着する前に壊しちまおう」


 廊下の一番奥には赤いドア。鍵はかかっているが壊していいらしい。

「コマの研究が散らばったりしないですかね?」

「問題ないよ。必要な研究は持ち出しているだろうし、研究が理解できなかったから被害者が出てるんだからね」

「じゃ、遠慮なく」

 トースケは歪む廊下を駆けだして、思いっきり赤いドアを蹴破った。赤いドアは窓を突き抜け、塔の外へと吹っ飛んでいった。

「見事だね」

 コマの研究室は本棚が倒れ書類が散乱し、魔石が詰まった大きな壺がいくつも机の上に横になって倒れている。すでに誰かが荒らした後のようだ。

「中のものも全部外に放り出してくれる? 面倒だったら、塔が壊れない程度に壁も壊していいから」

トースケは壁を掌底で破壊し、机や棚を外に放り投げていく。


 ドガシャン!


 遥か下の地面に家具や壺がぶちまけられ、盛大な音が周囲に鳴り響いている。塔の下にいる野次馬たちからは悲鳴が上がっているが、被害はなさそうだ。


数分後にはコマの研究室は完全に崩壊。壁も何もない部屋だけが残った。

「ちょっと壊し過ぎましたか?」

「いや、被害は最小限だよ」

廊下の歪みはなくなり、ドアも壁についていて階段も石造りのしっかりした階段に戻っている。

「勝手に想像して怯えていた者たちに正体を見せつければ、あるべきものがあるべき場所に戻るのが道理さ。ほら、依頼達成だよ」

 ジーナは依頼書にサインを書いて、トースケに渡した。


「ジーナさん、聞いてもいいですか?」

「構わないよ」

「コマはここで何の研究をしていたんですか?」

「範囲魔法さ。魔法の効果を広げる魔法や魔法陣の研究をしていた。現状、広範囲の魔法には、大きな魔法陣や大量の魔石が必要なんだけど、小さい魔法陣で魔石の量も少なくて済む広範囲の魔法があったらどうなると思う?」

「どこかの都市に密輸して、爆発させたりできるってことですか」

「その通り。出来た時点で戦争が起こりそうだろ?」

 憲兵たちが言っていた兵器とはこのことだろう。憲兵たちがコマを血眼になって探し回っている理由をトースケは理解した。

「実際、コマは広範囲の回復魔法を使えたんだけど、他の者には無理だったようでね。コマがいなくなった後、研究結果を盗もうとした者たちが寝たきりになっている。身体の一部を失ってね」

「ジーナさんの足のようにですか?」

「これはコマとの冒険で失ったものだ。後悔はないよ」

「それは失礼しました」

「いや、いいさ。それより、改めてトースケに指名依頼をしたい。一緒にコマを探し出してくれないか?」

「依頼されなくてもそのつもりですけど、当てがなにもなくて……。ジーナさんはありますか?」

「あればいいんだけどね。相棒の私にも何も告げずに消えてしまった」

 シノアの次女は、よほど姿を隠すのが上手いらしい。

「旅の仲間に情報を共有したいんですけど、構いませんか?」

「いいよ。ついでに魔道具専門学校にも調査しに行くかい? 向こうもおかしなことになっているから」

「ええ、手掛かりは多い方がいいです」

「じゃあ、明日の朝、宿に迎えに行くよ。私はそれまでに辞表を書いておかなくちゃね」

「魔法学校を辞めてもいいんですか?」

「元々コマに誘われた仕事だ。それに彼女がいないんじゃ、この部屋の責任も取らないといけないだろうからね」

 何もないコマの研究室を見て、ジーナは自嘲気味に笑っていた。

「すみません」

「トースケが謝ることじゃない。こうでもしないと学校ごとダンジョンに飲み込まれていたかもしれないんだから」


 二人が塔を出ると、衛兵に囲まれた。

「説明は私がする。彼は冒険者として、私の依頼を受けただけだから、宿に帰してやってくれないか」

「しかし、そう言うわけには……」

 屈強な衛兵の一人がトースケの前に立ちふさがった。衛兵たちが睨みつけているなかトースケの身体が一瞬沈み、消えた。

「それじゃあ、ジーナさん。また明日!」

 トースケはいつの間にか衛兵の遥か後方、学校の門近くまで移動していて手を振っている。

「ああ、また」

 ジーナも手を振り返した。

「まさか空間魔法か?」

「違うよ。よく地面を見てごらん。一歩踏み出しただけさ」

 慌てる衛兵たちにジーナが説明した。地面にはトースケの足型がくっきりとついている。衛兵たちの顔が見る間に青く変わっていった。

「なんでも怖がるんじゃない! 実力不足のくせに想像力だけは一丁前なんだから。調書取るんだろ? 早く仕事しな」

 ジーナが衛兵たちに声を上げた。



 門前ではアメリアが腕を組んでトースケを待ち構えていた。

「トースケ、あなたが壊した部屋の主が何者かわかってるの?」

「わかってるよ。俺の姉の一人だ」

「この王都・ブルーキャピタルを恐怖に陥れている闇の魔道士よ! え? 姉って言った?」

「ああ、コマは俺の姉だ」

「えっ? 闇の魔道士がトースケのお姉さんなの!?」

「アメリア、せっかく魔法学校に入れたんだから、余計なことはしないで勉強頑張れよ。これからブルーグリフォンの魔法学校を卒業したエリート冒険者になるんだろ?」

「言われなくても頑張るわよ。私はね、嘘を真にする魔法使いなんだから。え? 余計なことってなに?」

「勉強以外のことだよ」

「そう言えば、ジーナ先生と知り合いだったみたいね。私はジーナ先生の一番弟子よ。なにを話していたの?」

 相変わらず、アメリアは都合の悪いことは耳に入らないようになっているらしい。得な性格をしている。

「ジーナ先生は学校を辞めるってさ」

「え!? じゃあ、ダンジョン学は誰が教えるの?」

「一番弟子じゃないか?」

「つまり私ってこと? 私はこれから学生通り越して教師になるの?」

「頑張れよ。嘘を真にする魔法使い」

「えへ、えへえへへへ」

 アメリアがバカみたいに笑っている横を通り過ぎ、トースケは夕飯を買って冒険者ギルドの宿へと戻った。


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