第34話「その魔法使い、学生につき…」
早朝、雨が上がるとトースケたちは行商人を起こして、西へと向かった。
「こんな朝早くに出なくても、朝飯を食べてからでもよかったんじゃないか?」
「それでもいいけど、俺たちは今日の午後までしか雇われてないからな。奴隷と2人でグリフォンの巣を乗り越えていけ」
行商人の愚痴をトースケが返す。
「だから、延長料金を払えば……」
「払えるのか? 街道を進んだ商人たちも今日の夕方には町に着くかもしれないっていうのに」
山の近道は2日かかり、街道は3日かかると言われているが、道が空いていれば馬車は今日にも着いてしまうだろう。
「仕方ないか」
「ついでに言うと、グリフォンの羽音が聞こえても止まらないから、そのつもりで」
「え!? どういうことだ……?」
「旦那が弾いていくってことですよ」
ウィンプスが代わりに説明していた。
実際、茶色のグリフォンが荷運びの奴隷に襲い掛かった際、トースケはグリフォンの嘴を掴んで、押し返した。
「ひっ!」
「速く走ってください! 転ばないように足元を見て!」
ウィンプスの誘導もあって、行商人と奴隷は命からがら山道を抜けていった。
「やっぱりグリフォンは茶色なんだな」
トースケはグリフォンとじゃれ合いながらも、致命傷は与えずにグリフォンを巣へと追い返していく。魔法を使ってくるとも思っていたが、ワシ頭の嘴を大きく開けて威嚇してくるくらい。トースケにとっては家猫とあまり変わらなかった。
山の麓まで辿り着き、グリフォンの気配がなくなってようやく休憩。ちょっとしたパンと干し肉程度だったが、汗だくの行商人と奴隷にとっては恵みのようだった。
「ここから町まで、どのくらい?」
「昼まで進めば、着くと思うが……」
「だったら、そこで俺たちは依頼終了だ」
「え? 当初の予定の王都まではまだ距離があるぞ」
「王都までなら、それほど危険な魔物はいないんじゃないか? 冒険者や衛兵の数も多くなっていくだろうし」
「それはそうだが、報酬なら商品を売れば都合がつくのに」
「金にはそれほど困ってないんだ。それより先を急ぎたい」
「だったら俺たちも一緒に……」
行商人がなにか言おうとしたところで、荷運びの奴隷が止めた。
「旦那様、荷がある私たちがこれ以上速く進むのは無理です。見てください。冒険者様たちはまるで汗もかいていないし、水すら飲んでいないんですよ」
「そうか……。そうだな。彼らにこだわる必要もないか。町に行けば優秀な冒険者などいくらでも雇えるもんな」
休憩を終え、再び西へと向かう。
行商人は体力がなくなり、進む速度が遅れている。他の3人が先に行って待っている間、荷運びの奴隷がウィンプスにこっそり話しかけていた。
「いい旦那を持ったな」
「ええ、頼れる旅の仲間です」
「グリフォンを追い返したのに傷も返り血もないなんて、よほど強いのだろう? コロシアムの元剣闘士か、それともどこかの元衛兵隊長か?」
「その程度であれば、なにもオレがついていくことはないんですけどね」
昼過ぎには王都の手前にある町に辿り着いた。
町の冒険者ギルドで依頼達成を報告。報酬は先払いだったので、その場で行商人たちと別れた。
「王都はさらに西のようですね。旦那、どうします?」
「昼飯を食べてから行こう。乗合馬車もあるみたいだけど、ウィンプスは疲れたか?」
「いえ、問題ありません。荷物に気を使わない分、2人の方が楽です」
「じゃあ、屋台で名物でも買って行こう。しかし、魔法使いが多いな」
冒険者ギルドの中には、黒いローブ姿の魔法使いだらけ。僧侶のような白いローブの者もいるが、隅の方で集まり酒を飲んでいる。冒険者らしい革の鎧を装備しているトースケは異物にすら見えた。
「冒険者のパーティーとしてはバランスが悪いと思いますけどね」
「鉄の鎧を着けてたらスカウトされていたかもな。シーフでよかったよ」
2人は冒険者ギルドから出て、町の広場へと向かう。3階建ての大きな建物が並んでいる道を進むと、円形の広場が現れる。
広場にはたくさんの屋台が出店していて、昼を過ぎていても冒険者ギルドの職員や衛兵たちが列を作っていた。トースケたちは串焼きとサンドイッチを買い、その場で食べた。
「すごいな。どの屋台も火を使ってないんじゃないか?」
トースケは広場にある屋台を見て驚いた。
「ほとんど魔道具で調理しているのでしょう」
「食材はあの白い箱に入ってるのかな?」
「コールドボックスですね。オレも初めて見ました。食材を腐らせず冷えたままの状態にしておけるそうです」
「魔道具って便利だなぁ」
トースケも前世では冷蔵庫を見ていたが、持ち運びもできて電気も使わないコールドボックスの利便性の高さに感心した。
「お前たちはどこか外国から来たのか?」
突然、緑色の飲み物を苦そうに飲んでいる衛兵に話しかけられた。
「スノウレオパルドから来ました。すごいですね。こんなに魔道具が発達してるなんて、さすがブルーグリフォンです」
「大陸でもっとも魔道具が発達しているからな。それより東の港町で、あっという間に立てこもり事件を解決した冒険者2人組がいると聞いたんだが、知らないか?」
どうやら情報の伝達も早いらしい。
「いえ、知りません。俺たちも東の港町を通ってきたんで噂になってれば聞いていると思うのですが……」
トースケは素知らぬ顔で平然と嘘をついた。
「いや、聞いてなくて当たり前だ。2日前のことだからな。冒険者ギルドで強そうな奴を見かけなかったか?」
「どうですかねぇ……。酔っ払いと娼婦は見ましたけど、それ以外は普通の冒険者しか……。あ! もしかして普通の冒険者の方が珍しいんですかね? ブルーグリフォンの冒険者は魔法使いしかいませんもんね」
「そうなんだよ。そこら辺が異国とは違うところだな。ブルーグリフォンには仕事で来たのか?」
「ええ、青いグリフォンを探しに。どこにいるか知りませんか?」
トースケがそう聞くと、衛兵は笑っていた。
「知ってたら教えられるんだけどな。もしかしたら、王都にいるかもしれない。乗合馬車も出てるから、ゆっくり観光して行ってくれ」
結局、トースケたちはただの旅人だと思われたらしい。
「オレたちのことが噂になっているみたいですね」
「ああ、でも面倒事は避けよう。あくまで目的は姉探しだ」
町を横断している大きな街道を王都がある西へと向かう。
草原の中の一本道で、行商人や荷馬車が多く、衛兵の部隊も行き交っている。街道脇にはところどころに建物が倒壊した跡があったが、魔物の気配はない。魔物に建物を壊されたというよりもただ人がいなくなって壊れただけのようだ。
馬を休ませる厩舎が併設された宿屋も何軒か見たが、徒歩の冒険者には特に用はない。
空が茜色に染まる頃、トースケたちはブルーグリフォンの王都・ブルーキャピタルに辿り着いた。
「今日中についちゃったな」
「ほとんど休んでませんし、乗合馬車も何台か追い越しましたからね。さすがにオレもくたくたです」
ウィンプスは腰に手を当てて、大きく深呼吸をしていた。トースケの歩く速度に合わせて無理をしていたらしい。
「じゃあ、とっと宿を取って休もう」
王都へと続く門は大きく常時開いているようだ。行き交う人が多すぎて、門兵が一々見分できないのだろう。それほど、王都には人が溢れている。
行商人はもとより、黒いローブの魔法使いに荷運びの奴隷たち、鶯色や芥子色の服を着た貴族一行、籠を頭の上に乗せて運んでいる女性たち、ヤギを抱えている農夫、馬が牽いていないのに動いている馬車。トースケとウィンプスには、得体が知れない者たちが忙しなく目の前を通っていく。
道の左右に並ぶ建物が何屋なのか見当もつかない。わかることと言えば、魔石灯の明かりに照らされて煌びやかであることくらいだ。
「街道を進むより、街中を進む方が疲れますね」
「ブルーキャピタルは大きすぎるし、人が忙しそうだからな」
トースケたちはひとまず冒険者ギルドの場所を衛兵に聞き、連れて行ってもらった。
冒険者ギルドは他の建物と比べると、少し小さい二階建ての古い建物だ。宿屋は併設されているので、寝る分には問題ない。
カウンター横には小さな酒場もあり、ずっと笑い声が聞こえている。依頼を達成して飲んでいる冒険者も多いのだろう。
トースケは宿で一部屋借りて、ウィンプスを先に休ませた。
「旦那は休まないんですかい?」
「別に疲れてないからな。掲示板見てから、夕飯を買ってくるよ」
「疲れすぎて飯のことなどすっかり忘れてました」
「ああ、寝てていいよ」
二階の部屋に向かうウィンプスを見送って、トースケは大きな掲示板を見た。
掲示板は3つもあり、数えきれないくらいの依頼書が重なって貼ってある。引っ越しの手伝いや建築資材の荷運び、地下道の魔物討伐、魔法学校からの実験協力の依頼など体力を使いそうな仕事が多い。
冒険者ギルドにいるのはほとんどが魔法使いなので、力仕事は残ってしまうと、ギルド職員に教えてもらった。
「魔石灯の補充などの依頼はすぐに剥がされてしまうんですけどね。なにか依頼を受けます?」
「鍵開けの依頼とかありませんか?」
「あるにはあるのですが……、冒険者カードを見せてもらっても?」
トースケは自分の冒険者カードをギルド職員に見せた。レベルは1と書いてあるはずだが、ギルド職員は名前の方を見て驚いていた。
「え? トースケって、東のノースフィンゲルで立てこもり事件を解決した冒険者ですよね?」
「ああ、たまたまですよ」
「でも、レベル1というのはどういう……?」
ギルド職員が困惑していたら、酒場の方から笑いながらビキニアーマーの上に黒いローブを羽織っている女冒険者が近づいてきた。褐色の肌で、傷も多く片足は義足だ。顔にはそれまでの経験が現れているのか若くはないが、老けてもいない。鼻が高く、目が大きい美人と言えるだろう。
「魔測計の針が飛んでいるから、間違いないみたいだね」
「ジーナさん、わけのわからない魔道具は持ち込まないでくださいよ」
ジーナと呼ばれた女冒険者は手のひらサイズの針が付いた魔道具を持っていた。なにかしらの能力を計るもののようだ。
「大した魔道具じゃない。これは、そのうち衛兵も使うような計器だよ。それより、トースケって言ったかい?」
「ええ、そう名乗っているかもしれませんね」
トースケは警戒心丸出しで答えた。美人に話しかけられたら運が上がる壺とか何もかもを浄化してしまう浄水器とかを買わされるかもしれないという前世からの教訓だ。
「なに、そんなに警戒することはない。ちょっと耳を貸したまえ」
トースケは恐る恐るジーナという女冒険者に顔を近づけた。
「私はコマの元同僚でね。トースケ、お前さんはコマの弟だろ? 話は聞いてる」
「話を聞いてるってなんの話です? 会ったこともないんですよ」
「コマは筆まめだったからね。おふくろさんにも手紙を書いていたようだ。おふくろさんからの返事もきていたみたいだし」
確かにシノアは時々、誰かに手紙を書いていた気もする。どこかの薬師と薬の件で連絡を取っていると思っていたが、コマと手紙のやり取りをしていたのか。
トースケは自分の話を手紙でやり取りしているシノアとコマを思い浮かべて、ありうる話だと納得した。
「あまり若い冒険者を元冒険者が誑かすのはよくないと思いますよ!」
こそこそ話をしているので、ギルド職員がジーナに注意した。ジーナはすでに冒険者を辞めているらしい。だとしたら、不思議な恰好をしている。
「そう言うなよ。私だって、せっかく報酬のいい依頼を古巣に持ってきたんだからさ」
「それはありがたいですけど、この開かずの部屋って例の魔道士が使っていた部屋なんじゃないんですか?」
鍵開けの依頼はジーナが持ってきた依頼のようだ。
「だとしたら冒険者たちは受けないのか? この冒険者ギルドには腰抜けの魔法使いしかいないと言っているようなものだぞ」
「危険だと言うことです! 何人も犠牲になっているのですから!」
「報酬さえもらえれば、やりますよ」
ジーナとギルド職員の会話に、トースケが割って入った。
「開かずの部屋の鍵を開ければいいんですよね?」
「その通り。やってくれるか?」
「もちろん、冒険者のシーフですから、それが仕事です」
「でも、危ない研究をしていた部屋なんですよ」
「部屋の中に用があるのは依頼人で、俺は鍵を開けたら帰ってきます」
「ん~、そこまで言うなら構いませんが……」
「で、依頼人は誰なんです?」
「魔法学校だ。こう見えて、私はダンジョン学の講師でね。学生にダンジョンのことを教えているジーナだ。よろしく」
ジーナがローブの襟についている紋章を見せながら、自己紹介した。
「トースケです。よろしくお願いします」
こうしてトースケは開錠の依頼を受けることになった。
ギルド職員も本人たちが同意してしまったので、これ以上、文句は言えない。事務処理をしてトースケに依頼書を渡した。
「王都の魔法学校とはいえ、軍の研究をしている場所ですから、重々注意するように」
「はい。魔法学校の場所だけ教えてください」
「日も落ちているが、これからでも大丈夫なら、私が案内するぞ」
ジーナが案内を買って出てくれた。
「お願いします」
トースケとジーナの2人が受付カウンターから離れたところで、冒険者ギルドの扉が勢いよく開いた。ずかずかと大きな足音を立てながら入ってきた、その人物にトースケは見覚えがあった。
「ジーナ先生はいらっしゃいませんか!?」
「アメリア。そんなに大声で呼ばなくても私ならここにいる。なにかあったか?」
「闇の魔道士の部屋周辺がダンジョン化し始めてます!」
「あ~、お前らときたら、怯えるばかりで事態をややこしくするなぁ。まぁ、いい。専門家と一緒に行くから、一時周辺を立ち入り禁止にしてくれ」
「専門家って誰です?」
「俺だよ。アメリア」
トースケを見て、アメリアは腰を抜かすほど驚いていた。
「どうしてトースケがここにいるのよ!」
「それはこっちの台詞だ。どこかに消えたと聞いていたけど、ブルーグリフォンに来ていたとはね。また、太ったろ。顔のパーツが中心に寄ってる」
「なに? 私を追いかけてきたの? でも、ごめんね。私は今、魔法の研究にいそしんでいるんだからそれどころじゃないのよ」
「追うか! ジーナさん、もしかしてこのアメリアは魔法学校の学生なんですか?」
「そうだ。私の教え子だが……。二人は知り合いか?」
「旅の仲間です!」
「いえ、ただの他人です」
アメリアとトースケはそれぞれ違う答えをジーナに返した。
「まぁ、どちらでもいい。緊急事態だろ? 現場に向かうぞ。アメリアは先行して、学生たちを避難させておいてくれ」
「わかりました!」
アメリアは冒険者ギルドを出て、街行く人をかき分けながら消えていった。
「アメリアは悪い奴じゃないんだが、あの情熱は危うい……」
「いえ、思いっきり悪い奴ですよ。あいつは元盗賊ですから」
ジーナとトースケも扉を開けて、夜の王都を歩き出した。




