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第33話「その村の英雄、容疑者につき…」

 

明け方、山には濃霧が発生。山の峰に伸びる細道を4人の男たちが西へと向かっていた。

トースケとウィンプスは、木箱を背負った行商人と奴隷を挟むようにして護衛している。木箱の中にはお湯を沸かす魔道具・ヒートポットが大量に入っているらしい。


バサッバサッ……。


先ほどから魔物が羽ばたくような音が、何度も頭上を通り過ぎていく。グリフォンの巣があるという情報は本当のようだ。トースケにとっては前世の知識で知ってはいるが見たことがない魔物。一度くらいは見ておきたいと思っていたが、霧に紛れているので、遭遇できるかどうかはわからない。


「こんな道を通るんじゃなかった」

 行商人はしきりに「失敗した」とぼやいていた。他の行商人を出し抜こうとして安全な街道ではなく、危険な山道を選んだらしいが、完全に裏目に出てしまったという。

 羽ばたく音がすれば身を低くして止まらなくてはならないので、思うように進めない。結局、行商人の気持ちが折れて霧が晴れるまで近くの山村で休むことに。

 

「あの峰から来たってか? あの峰は午前中に渡らない方がいいぞ。濃霧で視界もはっきりしねぇし、春先にはグリフォンも出るんだから。おめぇ行商人のくせに、知らんかったんか?」

 畑を耕している農家に行商人が怒られていた。霧は昼頃には晴れるらしい。


 坂道にある東屋のような休憩所で霧が晴れるのを待っていたら、小雨が降ってきた。農家たちも慌てて休憩所に駆け込んできて雨宿りを始めた。農家たちは手拭いで身体を拭いて、乾いた服に着替えている。用意がいい。


「おめぇさん方、今日は村の宿に泊まったほうがいいかもしれんぞ。この雨は長引きそうだ」

「昼になれば晴れるんじゃなかったのか?」

「山の天気は変わりやすい。大雨んなか突っ走ってもいいけど、滑落して死ぬぞ。この村の者でも今日みたいな日は山に入らねぇから」

「はぁ~あ。……あの皆さん、すぐにお湯を沸かせる魔道具って要りませんかね?」

「そったらもん要らね」

 行商人は村人に商品を売ろうとして断られていた。


「あんたらも行商人かい?」

 トースケが農家の一人に話しかけられた。

「いえ、護衛です。グリフォンの巣を通ってきたので」

「食われてないだけ運がいいな。こんな春先に人がこれだけやってくるのも久しぶりだ」

 農家たちは自分の水筒からお茶を飲んでいた。ただの竹づつのようだが、うっすらと魔法陣が描かれて保温機能があるらしい。水筒から湯気が立っている。

「俺たちの他に誰か滞在してるんですか?」

「ああ、憲兵とかいう真っ黒い服着た女二人が来てる。宿に泊まっているはずだ。何をやってるんだか知らねぇけど」

「新兵でも脱走したんですかね?」

 ウィンプスが聞いていた。

「おめぇも荷運びじゃねぇのか?」

「ウィンプスは俺の旅仲間です。奴隷ってわけじゃないんですよ」

 獣人の中でもラット族は奴隷に見られがちだ。

「そうか。いい仲間を持ったな。まぁ、ここに新兵が逃げて来たってこの村に隠れるところなんかねぇ。村に入ったら、すぐに見つかるからな。霧の中に入ってた方がましだろ」

「谷の方を探してるみてぇだけどな」

 他の農家が話に加わってきた。

「あっちはもうなにもねぇだろうよ」

「今さら、氾濫の調査もねぇだろうしなぁ」

「谷に川が流れてるんですか?」

 トースケが何気なく聞いた。

「ああ。3年前の大雨の時、氾濫して、6軒も家が流された」

「運よく有名な魔法学校の先生がグリフォンの調査でたまたま村に来てたから、皆けが程度で済んだけど、あの人がいなかったら誰か死んでたぞ。なぁ」

「ああ、命あっての物種だ」

「そんなすごい人がいるんですね」

「ああ、そりゃあ、すげぇもんだった。土砂崩れで家の下敷きになった婆さんを掘り出して、川の反対側に取り残された子供抱えて救い出して、けが人集めて一瞬で皆治しちまうんだ。あんなのもう一生見れねぇよ」

「なんて名前の人なんです? 町に行ったら本でも出てないですかね?」

「コマ先生っていう方だ。魔物の研究してるみたいだったけど、魔法も魔道具の使い方もとんでもなく上手いんだ」

「コマ? 先生ですか……」

 トースケは探している姉の名が出てきて、少し驚いた。シノアの子供でも立派な人がいるらしい。

「あれから、この村の者はコマ先生には足向けて寝らんねぇ」

「だからな、行商人。俺たちに売るなら、保存のきく回復薬とか、いざという時のための土魔法が付与された杖を持ってきてくれよ。お湯を温めるなんて魔法じゃなくたって出来るんだからよ」

「へ、へい」

 トースケは意外に簡単に姉が見つかるかもしれないと期待した。


 雨宿りしているうちに、本格的に土砂降りになってきた。


「あ~、こりゃ今日はダメだ。おめぇさん方も早いとこ坂上の宿に行った方がいい。春になったとはいえ、ずっとここにいたら凍えて死んじまうぞ。俺たちも家に帰る」

「ああ、無理すんな。今日はあったかい酒でも飲んで寝ちまった方がいい」

 農家たちはそう言うと、手拭いを頭に巻いてとっとと自分の家に帰っていった。

 行商人は自分の奴隷とトースケたちを見てから大きな溜め息を吐いた。1日足止めになり、宿代もかさむ。

「行こう」

雨の中を早足で歩き始めた行商人の後をトースケたちはついて行った。



宿で二部屋を取り、行商人たちとは分かれることに。

「いやぁ、この時期はいつも客が来ないんだけど、今日は大忙しだ。夕飯作るのに時間がかかるかもしれないから部屋で待っててくれ」

 宿の主人は嬉しそうに、行商人から4人分の宿代を貰っていた。

「田舎者は客に対する言葉遣いがなってないな……」

 行商人は小声でそう呟くと、自分の部屋に向かった。

トースケたちも自分たちの部屋で休むことに。


「旦那の姉さん、すぐに見つかりそうでよかったですね」

 着替えながらウィンプスがトースケに声をかけた。

「ああ、居場所がわかって何よりだ。パールに連絡がないのが気がかりだけどね。あ、あの人たちだな」

 トースケが窓から降りしきる雨を眺めていたら、黒い三角帽子と黒い革のコートに身を包んだ二人が宿に入ってくるのが見えた。

「農家が話していた女憲兵ですか?」

「ああ。随分、身体が膨れてる。コートの下に随分武器を隠しているみたいだ」

「逃げた新兵の捜索にしては過剰な装備ですぜ」

「逃げたのは新兵じゃなくてお偉方かもしれないってことだろ。とはいえ、あの憲兵たちはたった2人でこんな山の中まで来てるんだ。よほど腕がたつのか、嫌われているのかのどっちかだな」

「女性だから憲兵の中で気を使われてるのかもしれませんよ」

「ああ、そういうのもあるか」

 トースケとウィンプスは、それぞれ予測を話していたら、いつの間にか眠っていた。旅の疲れが出たのかもしれない。


 夕飯時、トースケとウィンプスは食堂で先に食べていた憲兵たちを見て一目で理解した。

 どちらも美形だ。金髪と黒髪の2人組はどちらもドレスさえ着ていれば、どんな国の社交界に出てもおかしくはないほど顔が整っている。美しい顔というのは誰にでもわかる才能で、周りも他の兵たちとは自然と扱いに差が出てくるだろう。

 危険な目に遭わせて、もしけがでもしたら他の兵の士気にもかかわるかもしれない。

 おそらく女憲兵たちは上司に気を使われて、こんな山奥まで来たのだろう。本人たちからすれば出世にはつながらないが、楽な仕事のはずだ。

 ただ、二人とも不機嫌そうに黙って豚のソテーを口に運んでいる。本人の意思や実績とは別の評価をされていることに不満を持っているのかもしれない。


「雨だというのに、優雅ですね」

 よせばいいのに行商人が話しかけて無視されていた。

 カチャカチャとナイフとフォークの音だけが食堂に鳴り響いている。空気が重い。


「旦那、美味いですね。ここの料理は」

 ウィンプスが空気を変えようと話しかけてきた。今日はグリフォンに注意しながら歩いてきたので、夕飯くらい緊張して食べたくはない。

「ああ、毒みたいな料理を食べていた俺からすればなんでも美味いよ」

「いや、そうじゃなくて……」

「わかってるよ。急に来たのに美味い料理が出てきてありがたいよな。明日は雨が止めばすぐ村を出るから、しっかり食べて備えよう」

「なぁ、あんたらもう一日だけ護衛を延長できないか?」

 空気を重くした行商人がトースケたちに交渉してきた。

「金次第だ。それより荷運びの奴隷にも飯を持って行ってやれよ。腹が減って動けないって言っても置いてくぞ」

「ああ、わかったよ。明日、また話そう」

 行商人は宿の主人から、軽食を受け取って自分の部屋に持って行った。


「お前たちは、護衛依頼を受けた冒険者か?」

 トースケたちが食後のお茶を飲んでいたら、金髪の憲兵から話しかけられた。

「そうです」

「コマ教授について知っているか?」

「カロリーナさん!」

 黒髪の憲兵が、金髪の憲兵を窘めた。

「いいじゃないか。どうせ、数日後には手配書も配られるのだから。それにこの村には隠れてないよ。散々探し回ったんだからライラもわかっているだろ?」

 コマの手配書が出るのだろうか。

「村の人からは、川の氾濫があった時の英雄だって話は聞きましたけど、それだけです」

 カロリーナとライラのコンビが睨み合っていたので、先に答えておいた。

「そうか。ブルーグリフォンの者とは雰囲気が違うので、もしかしたらと思って聞いてみただけだ。すまんな」

「いえ」

「ちなみに、どこから来たのか教えてくれるか?」

「俺はスノウレオパルドからです。ウィンプスはネーショニアから」

「ネーショニアは冬の間に王が変わったと聞いたが、大丈夫なのか?」

「今、まさに復興の最中ですぜ。もしネーショニア産の魔石や革製品を見かけたら、買ってやってください」

「ブルーグリフォンで魔石は売れないぞ。こちらの方が、鉱山は多いからな」

「そうでしたね」

 ウィンプスは愛想笑いをして、お茶を飲んでいた。

「スノウレオパルドからだとしたら、港はノースフィンゲルか?」

 黒髪のライラが俺に聞いてきた。

「ええ、ノースフィンゲルの冒険者で依頼を受けて、すぐここまで来ました」

「一応、聞いておくが道中に犬の獣人を見なかったか。老婆だが、若く見えるはずなんだ」

 コマって犬の獣人だったのか。

「いえ、獣人は荷運びの奴隷しか見ていません」

「オレも見てませんよ。自分も獣人なので、いたら覚えてると思いますが、記憶にはないですね」

「ネーショニアにいた時にコマ教授の話を聞いたことはないか? 魔道具師の知り合いがいるとか……」

 カロリーナがウィンプスに聞いた。2人は、コマがネーショニアに逃げたのではないかと疑っているらしい。

「ネーショニアで魔道具を使い始めたのはここ数年ですし、コマ教授が有名だというのもこの村で知ったくらいで」

「そうか……」

「やっぱり西なんじゃないですか?」

「南の群島という線も捨てきれない……」

 2人が予想し始めた。

「そのコマ教授って何をやらかして逃げてるんです?」

「山を越えれば情報も伝わっているだろうから言ってもいいか。国家機密を持ったまま逃げ出したのだ」

「王都の魔法学校は国の研究機関でもあるのよ。そこでの研究結果を持ってコマ教授が消息不明になってしまったから、学者たちにも被害が出ているの」

「コマ教授はこの村では英雄かもしれんが、王都の方では『闇の魔道士』と呼ばれている。魔法学校では兵器の開発にも携わっていたし、魔道具の専門学校でも危険な実験をしていたらしいからな」

 トースケにとっては次々に姉の情報が入ってきて、少し戸惑っている。

「誰かに攫われたという可能性はないんですか?」

「ないことはないが、魔法にも長けていて、魔道具の扱いも軍人よりも心得ているような人だ。攫うにしても、並みの盗賊団じゃ壊滅させられるだろう」

「それに何百年も生きていないとおかしいくらい功績もあるし、地位も高いから、攫われたとしたら身代金の要求もあると思うのだけれど、半年経ってもそういう要求はないの」

「だから攫われたのではなく、逃げたってことですね。でも、もし新しい兵器の研究結果を持って国外に逃亡されたら、流用されませんか?」

「それがブルーグリフォンにとって一番恐れていることだ。ただ、魔法学校によると、持ち出した研究は他国の魔法レベルでは完成しないものらしい」

「国内のどこかで完成させるはずだ、と?」

「だから国中に憲兵が派遣されている。こんな山奥の村にもな」

 縁のある土地に匿われている可能性もあるから、この2人が派遣されてきたのだろう。

 トースケは、やっぱりシノアの子供はおかしいと再確認した。

「少し喋りすぎた。明日は早いのだろう。付き合わせて悪かったな」

「いえ、大変、ためになるお話でした」

 カロリーナとライラが自室に戻っていくのを見送ってから、トースケは頭を抱えた。憲兵たちより先にコマを見つけないといけない。

「あの2人、あんまり優秀な憲兵じゃないみたいですぜ。あんなにべらべら喋っちまってオレたちが他国の諜報員だったらどうするんでしょうね」

「ウィンプスはネーショニアの諜報員だろう。そんなことはどうでもいいんだ。隠れて逃げ回っている姉を探さないといけない俺の身にもなってくれ」


 雨は夜更け過ぎまで降り続いていた。


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