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第31話「その温もり、春の風につき…」



「王を傀儡にしていた一国を落としたことは表彰されるかもしれないが、これからお前への警戒が強まる。国から監視されるということだ。他にもなにかと王都に繋ぎとめようとする輩もでてくるだろうね。どうする?」

 スノウレオパルドに戻ったトースケに、パールが警告した。

「どうするって言ったって、まだなにかやるの?」

「力を示した者の責任というやつさ」

 パールは煙草を口に咥えて、火をつけた。

 二人はノースエンドの宿屋で、身体を休めているところだ。トースケは白竜から「新しい鎧を用意してやる」と言われているが、留まっていたところでやることなんかない。


「春まではスノウレオパルドにいるよ。ウィンプスとの約束だしね。ただ、これ以上、面倒ごとに巻き込まれるのは嫌だな。国とかに関わる気もない。金だけくれればいいのに」

「ネーショニアの獣人たちがどうなるのか気にならないかい?」

 煙を吐き出してお茶を飲みながらパールが聞いた。

「奴隷貿易がなくなっちゃってなにで食べていくんだろう、とは思うけど、直接俺に関係することでもないし、別に」

「王都に行って王に会えば、モテるかもしれないよ」

「ああ、前の世界で、そうやって浮かれてた奴が散々持ち上げられた挙句、不倫や薬物で叩き落とされているのを見ているからなぁ」

「でも、チヤホヤされたら、いい気分じゃないのか?」

「シノアに認められて育ってるから、そんなに承認欲求はないね。ああ、でも、レベル1なのに、これくらいはできるってことは知らしめないといけないのかな」

 パールはトースケを見て、「本当にうちの家系は……」と悪態をついていた。

「まったく、扱い難いと言うかなんというか。好き勝手やってるから放っておいてくれって言うことだろ?」

「おおっ! その通り! パール、よくわかるね!」

「わかるよ。私もそうだからね。じゃなかったら、筆頭霊媒師なのに、あんな誰も来ない森の中に住んじゃいないよ」

 トースケは膝を打って、納得した。

「事務的なことはレッドたちに丸投げして帰っちまおうかね。トースケに関してはスノウレオパルドにいる限り私が監視しておくことにしよう」

「いいね。自分たち用のお土産、たくさん買って帰ろう」

 

 翌日、ノースエンドの宿に二人の姿はなかった。

 新しい鎧を持ってきた白竜たちは、もぬけの殻になっている宿の部屋を見て、大きく溜め息を吐いた。

「あの姉弟は逃げたのか?」

「森に帰られたようですねぇ」

 ルイスはキレイに整えられたベッドを手で触って確認したが、冷え切っていた。

「王都に凱旋しないでいいと思っているのか? 王には何と説明する? 主役不在では我々の話を信じてもらえないぞ」

「別にそれでも構わんのでしょうよ。名誉や地位では、あの姉弟を動かすことはできんのです。聞きましたか? あの悪魔みたいな小僧は、冒険者界隈ではレベル1の盗賊シーフを名乗ってるそうです」

「ふざけた姉弟だ!」

 白竜は大きな足音を立てて、宿から出て行った。


「その竜革の鎧はどうするつもりです?」

「こんな大層な鎧は必要ないだろ。一番安い革の鎧を送ってやれ。レベル1の冒険者にふさわしいやつを!」

「はっ! かしこまりました!」

 ルイスは白い息を吐き出して、空を見上げた。青く澄んだ空には、冬の乾いた風が吹いていた。



 ◆


 

 冬の間、パールの家を増築し自分の部屋を作ったトースケは、森で冒険者の仕事をしていた。木細工に使うヒイラギの枝やブナの木などを採ってくるだけだが、次の旅費さえ貯まればそれでいい。

 近くの女性しかいない教会から、いくつか頼み事があったが、あまり関わらないようにしていた。食事をしていけと引き留められるので、面倒だった。シスターたちの真面目さとは裏腹に、襲われそうな雰囲気がある。教会内部の人間関係も良好には見えなかったので、ほとんどの時間をトースケはパールの家で過ごした。

 

 置いてある霊媒師関係の本を読み、まじないの意味を理解しながら、お守りやアクセサリーなどを作っていた。

「飽きないのかい?」

 ずっとアクセサリーを作っているトースケにしびれを切らし、パールが聞いた。

「年明けに近くの村で祭りがあるって教会で聞いたんだ。それに向けてなにか作業したいなと思ってさ」

「シノアと暮らしていた時の名残かね?」

「そうかもしれない。毎年、回復薬とか作って、年収の半分くらいは稼いでいたから」

「やり手婆だ。それもシノアらしい」

 パールはそう言って、笑った。


「トースケは次、誰に会いに行くつもりなんだい?」

 夕飯を食べていたら、パールが聞いてきた。

「誰って?」

「シノアの息子や娘、兄と姉に会いに行くんだろ?」

「ああ、うん。まだ決めてない」

「だったら、ブルーグリフォンのコマに会いに行きな。魔法学校か魔道具の専門学校にいるはずなんだけど、最近便りがないのさ。マメな女なんだけど、抜けてるところがあるから心配なんだ。ゴンゾはグリーンディアのジャングルの中に入っちゃって、どこにいるのかわからないから後でもいいよ」

 いろいろ姉妹関係もあるらしい。


 コンコン。


 ノックの音がした。

 出てみると、クマのように大きな郵便配達員で、一抱えはある大量の封筒を渡してきてサインを要求された。


「誰だった? 動物霊や面倒ごとなら来春に回してもらおう」

 パールはお茶を飲みながら食後の一服をしている。

「封筒。王都からかな。あと、ネーショニア関係のもあるみたい」

「どれどれ、トースケも開けていって」

 暖炉の前の床でトースケとパールは封筒を開け始めた。

「トースケ、お前、ネーショニアから準男爵を授けられるらしいよ」

「別にいらないけど。パールは王都の霊媒師ギルドに出頭命令が届いているよ」

「別に行かないけど。白竜から鎧が届いたみたいだね。なんか安物っぽいけど、いるのかい?」

「ないよりはいいよ。冒険者として見られるから。最近、近くの村に行っても木こりだと思われてるからね」

 鎧以外は暖炉の火にくべられた。

「ああ、ファングから、『この冬はなんとか越えられそうだ』って」

 奴隷貿易はできなくなったが、ネーショニアは魔石の鉱山があるらしく、徐々に交易も再開し始めているらしい。また、毒草や毒のある木などを伐採して薬に加工するのだとか。

「でも、なんで毒木だけ、育っちゃったんだろう?」

「船にも家にも木材が必要になるからさ。他の木は材料になるから切っちまったんだろ」

「貿易が潤って、需要が高まったってこと?」

「だろうね。急激に貧富の格差も広がって、国が極端に偏っちまったんだ。トースケが潰さなくても、すぐ潰れていたんだろうね」

「傀儡の王権は、脆いのか」

「取り潰したところでしばらくは辛いだろうけど、獣人はよく働くから大丈夫さ。新王は踏ん張りどころだね」

 ファングの手紙にはスノウレオパルドにいた山賊たちが正規軍になったこと、ウィンプスと同じように育てられた奴隷の子たちは教育を受けられるようにしたこと、サンスベリアとファンセーラは、酒造や革製品、鍛冶加工など新しい貿易品の開発や交易ルートの確保のため生かしてあることなどが書かれていた。

「できなきゃ、死ぬんだから必死だろうね」

「商才はあったみたいだから、案外うまくいくかもしれないよ。まぁ、適材適所とはいえ、あの二人は死ぬまで働かされるんだから、どっちがいいかはわからないけどね」

 白竜の部下たちは反乱が起きたときのために春まで逗留しているという。スノウレオパルドはネーショニアに対し、大きな貸しができた。

これ以上、関わってもトースケ個人ができることなどない。ファングからの手紙も暖炉の灰となった。


「そういや、アメリアはどうした?」

「さあ、ネーショニアで酒でも飲んでいるんじゃないか。どこに行くかは聞かなかったけど、一緒には帰って来てないよ」

「生きてりゃ、会えるか」

「会いたくはないけど」

「悪縁というのは、ついて回るから気をつけな」

「縁切りのお守りを作らなくちゃな」

 二人は年明けの祭りの準備に取り掛かった。


 無事に年が明け、辺鄙な村の祭りは雪が残っていたのに大盛況だった。

 衛兵の部隊がパールを連行しようとしていたがトースケにあっさり追い返されたり、武勇伝を聞きにくる冒険者たちが押し寄せたりして、一時は村の住民の何倍もの人が集まり、仮設テントができるほどだった。

 村人からすればいい迷惑だったが、その後、王都から村までの大きな道を通すことが決定したらしい。馬車が通れるようになれば、人も来る。村が大きくなりそうだ。

 また、王都からは霊媒師たちが詰めかけ、どうにかトースケと婚姻を結ぼうと画策する者が現れたが、レベル1の冒険者として振舞っている姿を見て波が引くように去っていった。

「現金な娘たちだ。霊媒師はそうでなくちゃね」

 パールはうまそうに煙草を吸っていた。


 祭りが終わって程なく、森に暖かい風が吹いて木の枝に積もっていた雪を落とした。




 その頃、ネーショニアの城ではウィンプスがファングに呼ばれていた。

「行くのか?」

「ええ、傷もすっかり癒えましたから」

 ウィンプスは豪華とは言えないが、新しい服を身に着けていた。

「仲間とともに教育を受けなおし、ネーショニアで暮らしていく道もあるのだぞ?」

「わかっていますが、あの御仁が大陸で何をしでかすのか、ネーショニアとしても知っておいた方がいいでしょう」

「確かに大陸がどう変わっていくのか見定めなければ、また傀儡が治める国に戻ってしまうだろうな。いつ終わるともわからぬ任務だぞ」

「死ぬまで勤め上げるつもりです。そう育てられましたから」

「不幸な境遇に立たせてしまって、すまぬ」

「いえ、あの御仁は力はあれど、心根はさっぱりしています。そんなにつらくはないかもしれませんぜ」

「そうかもな」

 ファングはウィンプスを特別な騎士に任命し、スノウレオパルドに送りだした。


 ウィンプスが行くネーショニアの街道脇には背の低い花が咲き乱れ、春の風は西へと向いていた。




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