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第30話「その夜明け、快晴につき…」


 墓地にトースケが辿り着いたとき、ウィンプスは辛うじて生きている状態だった。

仲間のラット族とトード族にボコボコにされ、墓から蘇った王族やかつての英雄たちの間に挟まれ、どうにか死者を出さないように自分が盾になっていたからだ。


「間に合いやしたか。旦那……」

 片目が潰れ、右肩が脱臼しているウィンプスが、月明かりの下でトースケを見た。

「な、何者だ!」

 ファンセーラと思しき女騎士がトースケに向かって叫んだ。

 トースケは囲まれているウィンプスを抱きかかえ、一旦城門の上に避難。城門にいる衛兵はトースケへの闘争心を失っており、寒さに震えているだけ。ウィンプスが寝かされていたとしても、危害を加えるような者はいない。


「あいつらを、仲間を止めてください。死に向かって突っ込む決死隊です」

 ウィンプスはトースケの裾を掴み、顔をゆがめて頼んだ。本当は自分で止めたいのだろう。

「大丈夫だ。問題ない」

 一跳びで墓地へと戻り、未だトースケの登場に驚いているファンセーラの肩を外して、後ろ手を縛った。

「あが……っ!」

 声にならない悲鳴を上げて、雪が積もる地面に倒れたファンセーラをトースケは見下した。

「王はすでに討たれた。ここでの戦闘は不要」

「兄者、サンスベリアはどうした?」

「死んではいない。今のところはな……」

 ファンセーラと会話している間に、決死隊のトード族が斬りかかってきた。トースケは攻撃を躱しもせず、ただ斬られるに任せた。


 ザクッ!


 革の鎧に突き刺さった刃には毒が塗られていたが、トースケの皮膚を傷つけることすらかなわない。鎖が飛んできて四肢に巻き付いても一歩たりとも動かなかった。

「ウィンプスの仲間たちよ。よく聞け。お前らが仕えていた王は傀儡だった。もうすぐ新たな王がやってくる。この王族に力はない。それでも、かかってくるか?」


 ザンッ! ザンッ! ザンッ!


 四方八方からトースケは斬られた。

「オレたちは死ぬまで攻撃の手を止められない!」

「王家に仇なす者よ!」

「オレたちはこの時のために生まれてきたのだ!」

「報いを受けよ!」

「邪魔をするな!」

 決死隊に限らず、骨となった古の亡霊にすら斬りかかってきた。

 トースケは一切防御をせず、身ひとつで受け止めた。革の鎧はボロボロになり、インナーも見えていたが、血も出ず擦り傷すらない。

「死を覚悟した攻撃、死してなお斬りかかってくる気概はあっぱれだが、俺を斬りたければ空間が切れる刀でも持ってきてくれ。なまくらの剣では死ねない」

 トースケは皮膚に食い込んでいる刃を振り払い、曲げて返した。


 古の英雄たちは勢いをなくし、自分たちの墓へと戻っていく。

 決死隊は武器を失い、自分たちの首を絞めようとした。殺せないのならば死ねという教えなのかわからないが、トースケは殺気を込めて魔力を放った。ラット族とトード族の腕は急激に重くなり、足は凍ってしまったように動かなくなった

「やめろ。見苦しい。ほら、新しい王のお出ましだ」


 雪がうっすら積もる道をファングが墓地へと走ってきた。幾人も兵士たちの側を通っているが、呆然と立ち尽くしているだけの置物と化している。

「遅れたか?」

「いや、今、終わったところだ。この姉ちゃんがファンセーラか?」

 地面に転がっているファンセーラを指してトースケが聞いた。

「ああ。姉者よ。この国はたった一人の冒険者に奪われたが、王の首を取ったのは俺だ。俺がキングスレイヤーだ。これより新王を名乗らせてもらう」

 ファンセーラは憎しみを込めて、ただファングを睨んでいた。

「兄者も生きている。二人には責任を取ってもらわねばな。我が同胞よ。城の牢に連れていけ! 勅命である!」

 威厳ある声が墓地に響いた。

ラット族とトード族は武装を解除し、拘束されているファンセーラを立たせ、城へと連れて行った。

「ネーショニアのつわものたちよ! 国王・ファングである! 今はなにも聞かず、その冷えた身体を休めるがいい! 早急に身体を温めよ!」

 ファングの声が広まり、徐々に兵たちが動き始めた。


「さ、正門を開けに行こう」

 トースケはウィンプスを担いで、南にある町の正門を開けに向かった。

 閂を外して門を開け、待機している獣人たちに魔石灯を回して合図を送る。


「行くぞぉおおお!!!」

 合図を見て突撃してきた元山賊の獣人たちだったが、ほとんど争った跡が見えず静寂に包まれた街を見て、立ち止まってしまった。

「敵は!?」

 獣人部隊の先頭がトースケに聞いてきた。

「終わったよ。ウィンプスが怪我したんだ。誰か薬草を持ってない?」

 すぐに医療班が最後尾から出てきて、ウィンプスの傷に薬草を当て包帯で巻いていた。

「旦那は?」

「俺は寒いよ。鎧もボロボロになっちまった。毛皮かなんかあると嬉しいけど」

「待機場所が温まってますから、どうぞ」

「うん、じゃあ頼む。奥にファング王子、いやファング王がいるから指示を受けてくれ」

 医療班に教えてもらい、トースケは町の南側の待機場所で身体を温め始めた。

「そういやぁ、アメリアはどうしたかな」



 ◇


 町の西側では、アメリアたちが誰も来ない道を見て、じっと待機していた。

「暇ですね」

「待っている時は来ないものよ」

 アメリアは狩人相手に知った風な口をきいていた。

「もしかして、もう終わったんじゃないんですか?」

「終わってたら連絡が来るでしょ」

「雪、降らなかったですね」

「むしろ晴れてきたわね。火の用意だけして怠らないように」

「ええ、問題ありません。小さいワインも温めてます。身体冷えてちゃ戦いになりませんから」

「いいわね」

「炙った干し魚も食べます? 漁村で貰っておいたんですけど」

「国が落とされるっていうのに緊張感がないわね」

「いざという時に力が出なかったら、意味ありませんぜ」

「……勝手にして」

 静かに戦いは終わっていたが、西側の部隊に知らされたのは東の空が白み始めた頃だった。



 ◇


 夜明けは風が強かった。昨日、立ち込めていた雲はすっかりどこかへ消え、青い空が広がっていく。

「おつかれさん」

 霊媒師の部隊が王都の町を通り、南側にやってきた。

「終わった?」

「ああ、獣人部隊が要所を抑えた。まったくお前という奴は一人で国を盗っちまって……」

「え? 一人じゃないよ。皆のサポートがあったお陰」

「皮肉にしか聞こえんぞ。トースケよ」

 レッドも言いたいことがあるようだ。

「ワシらを呼ぶ必要があったか?」

「そう言われても、誰もこんなことになるなんて予想してなかったろ? トースケ以外は」

「でも、作戦通り王の首だけ取って誰も死んでないはずだよ」

 トースケは悪びれずにそう言った。

「まぁ、確かにファングの依頼は達成したねぇ」

 その点に関してはパールも文句はない。

「この後どうするつもりじゃ?」

「新しい国王が生まれて、兄と姉の打ち首は免れんだろう」

「ラット族とトード族の奴隷貿易も終いじゃろうし、どうやって他国と関わっていくのか。スノウレオパルドもただ眺めているだけというわけにはいかんじゃろうな」

「え? 帰ろ。帰ろうよ」

 トースケとしては、帰って飯でも食べたい気分だ。

「俺、結構頑張ったと思うんだけどな。鎧もこんなになっちゃったしさ。寒いよ。帰って鍋でもしない?」

 とっとと帰りたいトースケは無視され、王都の四方にいた部隊が一度城に集結することになった。


 城の大広間で各部隊に食事が配られ、トースケはウィンプスと向かい合って座った。

 ファング新王によると、これから先王が崩御し、新王が即位したことをネーショニアの各地方に報せるとのこと。それに伴って、各地の貴族の反乱に備えること。再び、トースケの力を借りることはないということ、などが伝えられた。

元から城を守っていた兵たちはどこか安心したような表情で、スープを飲んでいる。特に処罰されるようなことはないらしい。

「ウィンプスはどうするんだ?」

 トースケは目の前のウィンプスに聞いた。

「オレは仲間の行く末が気になります。どうにか仕事を貰えるように提言してみるつもりですが……」

 売られる予定で生まれてきた奴隷たちだ。しかも、身体は成長しているとはいえ、まだ精神面は幼い。新王の処遇が気になるところだ。

「そうか」

「旦那は?」

「俺か。俺は大陸に帰って姉たちと兄たちに会ってみようかと思って。長女は見つけたけど、他の姉と兄には会ったことがないんだ」

「実は旦那についていくのもいいな、と思ってるんです」

 トースケは意外そうにウィンプスを見た。

「俺についてきても面白いことよりも面倒なことが多そうだぞ」

「そうでしょうね。ですが、このままネーショニアにいても未熟者のままな気がします。春まで待ってもらえませんか?」

「春までここにはいないぞ」

「いえ、旦那はスノウレオパルドにいてください。もし、こちらの方が付いたら、必ず訪ねますから」

 ウィンプスはそう言ってスープをかき込んでいた。

「まぁ、いいけど。俺は一介の冒険者だからな。危険は多いぞ」

「望むところです」

 ウィンプスはスープを平らげて笑っていた。


「なぁに? 仲間が増えたの? だったらパーティーメンバーの私を通してもらわないと困るわよ」

 アメリアが面倒くさい絡みをしてきた。

「アメリア、俺は一度も仲間だとは思ったことはないんだよ。それからあんまり食べると、また、顔が膨らむぞ」

「しょうがないじゃない。西側は寒かったのよ!」

「うえっ、酒臭い。まったく禄でもない魔法使いだ」

「なによ!」

 アメリアが魔法を使おうとしたので、トースケは窓から外にぶん投げた。

「失礼。お騒がせしました。彼女のことは心配ありません。一晩中冬の路上に寝ていても死にはしませんから」

 トースケは周りの兵士や霊媒師たちに伝えて、再びスープを飲んでいた。




 一週間後、ネーショニアの王都が徐々に落ち着き始め、トースケたちは白竜とともにスノウレオパルドに向かっていた。

「しばらく、ネーショニアの周りは騒がしくなるだろうな」

 甲板に出ていたトースケに白竜が話しかけてきた。

「そうですか。あ、そうだ。白竜さん。ゴールドローズのガリ谷に引きこもりの竜がいるんですよ。ロックって言うんですけど」

「知らんぞ。そんな小物は」

「あなたに会いたがっていましたよ。俺はそれを伝えるためにスノウレオパルドに来たんです」

「迷惑な話だ。わかった。暇なときにでも行ってやろう」

 竜のタイムスケールは長い。暇な時がいつになることやらわからない。

 トースケは死ぬ前にロックを訪ねてやろうと決めた。



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