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第28話「その男、獰猛につき…」


「死体が動くまでに多少時間はかかるからね」

 儀式台の前でパールが、トースケに声をかけた。

「了解。その間に、城門の前まで行っちゃいましょう」

 トースケとファングが歩き始めた。

「どうした? ウィンプスも来いよ。お前の案内がないと町に入れない」

 ウィンプスはトースケの言葉に面食らい、一瞬動けなかった。

「ほら、早く。死体が動き出しちまうからさ」

「へい、旦那。王子、この剣、借りやすぜ」

 ウインプスは先ほどまでファングが研いでいた剣を腰に差して、追いかけた。


 月明かりの中、城壁に向かう三人の姿はちっぽけに見える。

「大丈夫か、あいつら」

 パールの後ろにいたレッドがつぶやいた。霊媒師たちも同じことを思っている。

「ほら、いいからあんたたちも地面の中の死体に呼びかけるんだ。まったく、こんな三流の仕事、一人でやってられないよ」

 パールは煙草を吸いながら、呪文を唱え始める。霊媒師たちもその声に合わせ始めた。

 ガナッシュはその声で耳が痛いとトースケの首にかかっている竜の涙へ戻ることに。

 

「はぁ、静かな夜だな」

 トースケは歩きながら、二人に話しかけた。

「霊媒師たちの声が雪に埋もれないか?」

 ファングが聞いた。

「さあ、大丈夫じゃないですか。まぁ、なるようにしかなりませんよ。なぁ、ウィンプス」

「へ、へい……」

「なんだよ元気ないな。これから国を盗るっていうのに」

「い、いや、旦那は不安じゃないんですかい?」

「俺はやること決まってるからね。王子を城に届けるって」

 ファングもこの男ならやるだろうとトースケを信じている。

「でも旦那、城門の上に弓兵がいやしませんか?」

 ウィンプスがトースケの腕を引っ張った。

「ああ、打ってきたら取るから気にしなくていい」

「それは、そうなんでしょうけど……」

 ウィンプスは頭を掻き毟った。

「なんだ? ウィンプス。歯切れが悪いぜ。なんか聞きたいことがあるのか?」

「だって、これは国盗りですぜ。本当にひとりも犠牲者が出ないとお考えですかい?」

「ん~どうだろう。そこまで楽観的じゃないかもな」

 そう言いながら、トースケは飛んできた矢を跳んで掴んで投げ捨てた。

「もう射程距離らしい。少なくとも俺は二人を守るよ」

「俺は誰も犠牲にしないつもりでいるぞ。ラット族の少年よ」

 会話を聞いていたファングが答えた。

「王子。あなたの敵は初めから二人いるのです! 王位継承権があるのは三人。サンスベリア様とファンセーラ様、そしてファング様。そのうち二人は愛し合い、手を組んでいる」

「近親相姦か。そりゃ大変だ」

 トースケは呆れながら、立ち止まった。

すでに城門の前。門の内側で騒ぎが起こるのを待つ。

「二人が同じ場所にいるとは限らない! 違う場所にいる二人を王子は同時に相手できますかい?」

「それは無理だな」

「では、必ず反乱が起きます。どちらか一方が捕らえられたら、もう片方が必ず助けに向かう。たとえ、南に展開している獣人部隊が鎮圧しようとも、王子二人を捕らえようとも、王都の中には死ぬまで戦う部隊がいるのです」

 月明かりの下、ウィンプスは涙をこらえファングに訴えた。

「我々、ラット族とトード族は死ぬために生まれ、死ぬために育てられました。命令に背くことは許されません。俺はこの国に仕える間者。いずれ兄弟とともに死ぬ命。この場で殺していってください!」

「……そうか。知られる前に鎮圧もできないか?」

「はい。王を操るあの獰猛な男の目はどこにでもあります。霊を使役し、死体を人形にしてしまう。あの男にはこの国で起こっていることが、すべて筒抜けなんです。今、この状況も……」

「まるで霊媒師だな」

 トースケはそう言って、ウィンプスが抜こうとした剣を片手で止めた。


「やはり王は死んでいるか……」

 ファングは唇を噛んだ。

「ならば、俺が王だ! 姉の言うことも兄の言うことも聞くな。必ず生き延びろ。国に仕えるというなら俺に仕えろ。今夜死ぬことは許さん! 誰も殺させるな! 誰も死なせるな! 我が同胞よ!」

 ファングはウィンプスを真っすぐ見た。ウィンプスが放っていた殺気は霧散。射殺すという言葉があるが、トースケにはファングが目でウィンプスを射殺したように見えた。それが統率スキルなのかどうかわからなかったが、ウィンプスは憑き物でも落ちたように震えていた身体が止まり、

「勅命、承りました」

と、立膝をついて拝命していた。

「死ねなくなったな。ウィンプス」

 トースケは笑った。

「そうでやすね、旦那。王の命令は誰の命令よりも重いや」

 ウィンプスはいつもの調子に戻った。

「ところで旦那、この城門をどうやって越えるつもりです?」

「王子を背負って跳び越えるかな」

「やっぱり無茶苦茶だ。旦那ならそれもできるんでしょうね。でも、この北門が一番大勢の衛兵が配置されていると思いやす。だから……」

 ウィンプスは逆手に持った剣で、門の隙間を切った。


 ガラン。


 門の内側でなにかが落ちる音がした。

「閂、外しときました。旦那なら押せば開くと思います。そのまま押し通ってください。俺が城門を跳び越えます。上と下、両方から敵が同時に侵入すれば混乱するはずですから」

「なるほど、それが最適解かもな」

 門の内側が騒がしくなってきた。

「よし、行くぞ。二人とも、なにがあっても気を確かに保てよ」

「ああ?」

 ファングが気の抜けた声を発したときには、トースケはファングを肩に担いでいた。

「おわっ!」

「了解っす!」

 ウィンプスは門を駆け上がり、トースケは門を押す。目の前には槍を構えた衛兵がずらりと並んでいた。



 ◇


 町の西側が騒がしくなり、北門に集まった自分が率いている衛兵たちは槍を強く握った。おそらくあの霊媒師が言っていた通り、墓地から死体が蘇ったのだろう。

墓地ではファンセーラがラット族とトード族の決死隊とともに囲んでいる。自分たちは、門の向こう側にいる男たちに集中しなければならない。敵を少しでも足止めできれば、城内にいるあの霊媒師とサンスベリアが術を使い、ファングを捕らえる手はずだ。

 城門上にいる弓兵からの情報では、門前には三人しかいないという。

 どこから入ってこようとも、どんな攻撃を仕掛けてこようとも、対応できるだけの訓練を自分たちはしてきた。魔法も剣術も軍にいる間、どれほど時間をかけてきただろうか。たとえ、スノウレオパルドがどれだけ時間をかけて来た作戦かは知らないが、自分たちの連携が崩されることはあり得ない。


 ガラン。


 閂が外され、石畳の上に落ちた。隊長の自分が何も言わずとも盾部隊が隙間なく展開。騎馬隊が来ようと、魔物が来ようと初撃は防げる。

魔法使いの部隊が後方で呪文を唱え始めた。反撃の準備も整っている。


 門はゆっくりと開く。

 自分は手を上げ、門の両側にいた槍部隊が腰を落とし構えた。


 冒険者のような鎧を着た男が、ファングを担いだまま五人の大人で開ける門を片手で押している。

 自分が手を下ろす瞬間、魔力の波が身体を襲ってきた。

 重い。

 寒い。

 身体の内側がなにかに掴まれている。

 一瞬で、全て同時に感じた。

自分の命が目の前の男の手に握られていることがわかった。


 一歩踏み出そうとした槍部隊の一人が口角に泡を吹いて震えている。魔法使いの一人は白目を剥いて立ったまま意識を保てなくなった。盾を構えた部隊は石のように固まり、ゆっくり後ろに倒れた。

 自分はナイフを太ももに刺し、どうにか意識を保てた。大声を張り上げ部隊を立て直そうとしたが、声が出なかった。これがなんの魔法なのか、まるでわからないが、身体が自分の意思に従わず、目の前の男に従っている。

 いつでも一瞬で全員の命を奪えるのに、ファングを担いだまま、男は城へむけて駆け抜けて行った。



 ◇◇


 ネーショニア王都北側。


「やさしい殺意は、命は獲らずとも人生を奪いかねない。まったく末恐ろしい末弟じゃな。パールよ」

 レッドが立ち上がって、王都を見ているパールに話しかけた。

「トースケめ! 結局、全部自分でやりやがった。あんなことができるなら初めから作戦なんか必要ないじゃないか! 無駄な仕事をさせるね! あんたたちも頃合いを見て、呪文をやめな!」

 後ろで死者を動かす呪文を唱えている霊媒師たちにパールが言った。

「シノアはなんて奴を育てたんだ……」

「王都の北側を魔力で包むなんて聞いたことがない。しかもあれはただの魔力なんだろ?」

「ああ、トースケがちょっとでも魔法を使えたら王都の半分が爆発するか凍り付く。スノウレオパルドに戻っても何も言うなよ。レッド」

「言ったところで誰も信じんさ」

 霊媒師たちの呪文を唱える声が徐々に小さくなっていった。


 ◇◇◇



 ネーショニア王都・東近海。

 

「あれがなんだかわかるか?」

 船上から王都を見ていた白竜は震えながら参謀のルイスに聞いた。

「わかりたくはありませんよ。あれを見てもなにかわからん新兵たちが羨ましいや」

「私には現実が歪んでいるように見える」

「あんな広範囲に渡る禍々しい殺気は見たことがありません。どんな術も魔法も、所詮弱者のためにあると言われているようなもんです。努力でどうにかなるような代物じゃない。あれ、ただの魔力なんでしょ?」

「あ奴が魔法を使えたら、すでに王都は壊滅している」

「そうでしょうねぇ。大将とは長い付き合いですが、もしあいつが敵だったら、軍人辞めますよ」

 白竜は苦虫をかみつぶしたような顔で、大きく息を吐いた。鼻から火炎が出る勢いだ。

「あの家系に関わるな。たとえ母親や王がどんな命令をしても、絶対に手を出すことを禁ずる」

「出しませんよ。いや、出せませんよ、誰もね」

 白竜とルイスがしばらく夜の闇に白い息を吐いていたら、新兵が甲板に走ってきた。

「大将! 反乱鎮圧の装備整いました! 日の出とともに上陸します!」

「ああ、そうだったな……」

 白竜は忘れていたかのように声を出した。

「案ずるな。反乱なんか起きやしねぇよ」

 ルイスは新兵の肩を叩いて、船内に隠してある酒を取りに行った。「飲まなきゃやってられねぇ」と呟いて。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] 戦う経験がある兵士にこれほど影響があれば弱者はショック死事故死等で直接的間接的に経験値が張りレベルアップ縛りが終わるのでは? [一言] レベルが上がらない設定で少し無理やりな展開になっ…
[一言] ずっと、相手を倒せない主人公でストーリーが進んでいくのかが不安で、面白いながらも続くのが想像できなくて☆の評価を付けかねてたんですが‥ こう来るんですか。。。スゴっ
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