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第27話「その夜、国盗りにつき…」



「少々荒れるな」

 レッドは霊媒師たちを連れて、トースケたちがいる船に乗り込んできた。全員黒衣である。

「トースケよい。忘れ物だ」

 レッドの手には鞘に入った魔剣と小さな袋。確かに魔剣はノースエンドの宿に忘れたが、魔剣の鞘はスノウレオパルドの王都で頼んでいたが断られていたはずだ。

「鞘は職人たちには断られたんですけどね」

 トースケはそう言って、魔剣を受け取った。

「正統な鞘を王家から預かってきた」

 王家だからと言って装飾が派手なわけではなく、シンプルな革と鉄の鞘だった。

「あと教会のシスターたちが、何かの灰を『トースケ様のもの』と大事に抱えていたから持ってきたぞ」

 小さな袋はパールが横から手を出して奪っていった。

「これは王族の灰だよ。これはなかなか使えるね。スノウレオパルドで留守番じゃなかったのかい?」

「北軍の総督が出張ってるっていうのに、王都のホワイトフォートが何もしなかったら後で何を言われるかわからないからな。心配せずとも戦力は残してあるさ。サポート役程度に使ってくれ」

「道具は持ってきたんだろうね?」

「ある程度はな」

 霊媒師たちは黒衣の下にリュックや肩掛けの鞄を持っているらしく、もっこりしている。

「『蓄魔香炉』があるなら、全部出しな。トースケが魔力入れるから」

「トースケは魔法を使えんのだろ?」

「魔法は使えなくても魔力は無尽蔵にあるんだ。使わない手はない」

 そう言ってパールは蓄魔香炉という、器のようなものを霊媒師たちから回収していた。


「おい、黒衣の霊媒師たちよ。大方、気の小さい王から様子を見てこいと言われているのだろうが、いきなり来ても役には立たん。船の中で大人しくしていろよ」

 白竜が、さっそく霊媒師たちを睨み、威圧している。

「言われなくても大人しくはしているさ。こちらの仕切りは筆頭霊媒師だからな」

 レッドは白竜の視線を躱しながら、「海上は寒いから出番まで茶でも飲んでいよう」と船室に入っていった。


「蓄魔香炉」と呼ばれる魔力を溜めて置ける香炉にトースケが魔力を込めている間に、船団は東へ向け航行。ネーショニア王都に向かった。

 追い風に乗り、昼過ぎには王都近くの漁村に到着。白竜が率いるスノウレオパルドの北軍はものの数分で漁村を制圧し、村人が逃げ出す暇もなかった。

 ファングや他の獣人たちからの説得もあり、村人たちは手かせをつけられずに町の集会場に集められ、明日まで軟禁されることとなった。


 俺たち地上部隊はここで船を降りる。作戦終了まで、帰ることができなくなった。

「もう後戻りはできないよ」

 緊張しているトースケにパールが言った。

「わかってるさ」

「なら、いいけど」

 パールは煙草を我慢している。いざというときになくなると困るからだとトースケに説明していた。

霊媒師たちはパールの命令に従い、トースケたちとともに王都の北へ配置されることが決まった。


「では、我々は先に行って海上から宣戦布告をしてくる」

 白竜がそう言うと、ファングら獣人たちは眉間にしわを寄せた。

「心配するな。少々威嚇するだけだ」

 白竜たち北軍は王都の東海上へと向かった。


 獣人たちは、村人の家から暖房器具のヒートボックスを借りていた。夕方から深夜まで待機するのに、この島の木々には毒があり燃やすのに適していない。待機している間に凍え死ぬことを考えてのことだ。

村人たちが軟禁されている集会場には暖炉もあるので、そこにいる限り問題はない。

 この内戦は寒さとの戦いでもある。城下町には食料も暖もあるが、こちらはほとんどない。もし籠城されたら死人が出る。なにがあろうと今夜、決めなくてはいけない。

「この大魔法使いの私がいる限り、あなたたちを凍えさせることはないわ!」

 周囲を温められるアメリアは自慢げに、狩人たちに向かって勝手な宣言していた。

「霊媒師たちは大丈夫なのか?」

 トースケたちの部隊で唯一の獣人であるファングが心配そうにパールに聞いた。

「問題ない。寒ければ炎を操る霊獣を側に置いとくさ。そのヒートボックスとやらは獣人たちで共有しな」

 スノウレオパルドで集められた獣人部隊は、王都の南に展開するだけで、ほとんど動かない部隊だ。むしろ、下手に動いてはいけない部隊。だからこそ、暖房器具が必要だ。

 スノウレオパルドを荒らしていた山賊出身の獣人部隊なので血の気も多い。何度もファングに「待機だけなのか」と聞いていた。

「王の首を取るまでだ」

 ファングは何度も説明していた。王の首を取り、開門したあと、城下町の統制が取れないことが予測される。衛兵の反乱や強盗などの犯罪に備え、獣人部隊は待機せざるを得ない。

 ただ、漁村の生活水準を見て、怒りがわいてくるのもわかる。自分たちは奴隷に身をやつしスノウレオパルドまで行って山賊になったというのに、ただの漁村の村人がヒートボックスなど魔道具を揃え、何不自由なく暮らしているのを見ると「同じ国の同族なのにこの格差はなんだ」と思うのは無理ない話だ。

 

「すべての責任は俺にある。怒りをぶつけたいなら俺にぶつけろ」

 ファングはそう言って獣人部隊を説得した。

「だったら、俺たちを率いてくれよ! あんたのために、俺たちは……」

 片目の獣人は途中で口を開くのをやめた。ファングが獣人部隊を率いて王都に乗り込めたとしても、被害が大きくなるばかり。

「すまんな、皆。兄弟喧嘩に突き合わせてしまって。俺がけじめをつけに行く。王の首を取ったら、お前らが正規軍だ。それまで怒りにかられ、命を散らすことは許さん。次期王として厳命する」

 ファングの声は、トースケがこれまで聞いた誰よりも威厳に満ちていた。

「お前らの命は、この俺が預かる。明日の朝日を見るまで死ぬな」

「はっ!」

 片目の獣人は頭を垂れ、胸に手を当て敬礼した。見ていた霊媒師たちも、気を引き締めていた。


「統率スキルってこういう時に役に立つのか」

 トースケは一点を見続けているパールに話しかけた。

「どうかな。ファングがスキルを使っているようには見えなかったけどね」

 トースケもわかってはいるが、完全に巻き込まれただけなので嫌味ぐらいは言いたくなる。興奮状態の獣人たちや霊媒師たちの中で、この姉弟だけは妙に冷めていた。

ただ、下を向いて震えているウインプスの姿を見ていただけ。

「それより、朝日が見れるかどうか。夜までに降らなきゃいいけど……」

 茜色になった空には雲が立ち込めていた。



 漁村を出るのは、日が沈んでから。

それまでアメリア・狩人部隊のため周囲の植物を採取。燃やすと麻痺毒の煙が出る枯れ枝を集めていた。

村に残った部隊は腹が減っては戦が出来ぬと、魚と野菜のスープを食べて準備。身体を温めるため辛い味付けだった。


日が沈み、月が雲に隠れた。

全部隊が漁村を出発。街道を北へと向かった。


白竜の宣戦布告があったからか、それとも日が落ちてしまったせいか、街道の先には誰の姿もない。ひたすら進むと、王都の城壁が見えてきた。

全員が立ち止まった。


トースケたちとアメリアたちは街道を逸れて、西へ向かい迂回する。獣人部隊だけそのまま進むため、ファングが一度声をかけた。

「漁村で見たとおりだ。正義は我らにあり! 今宵、この歪んだ国盗る! 同胞よ、あの町で海から昇る日を共に見よう!」

「「「「おおっ!」」」」

 低く短い、決意ある声が周辺に響く。

トースケたちは雪をかき分けて、王都の西へと進んだ。


 王都の西側に細い道が通っている。街道ほど広くはないが、それでも馬車が一台通れるほどの道だ。

 雪にいくつか足跡が残ってはいるが、どれも王都へと向かっていた。

「逃げ出した形跡はないみたいね。風もいい具合に吹いてるし、合図があればいつでもいけるわ」

 アメリアはそう言って、焚火を組んで準備を始めた。コールドフットの狩人たちともここで分かれる。

「お前らには、いつも一番嫌な役割をさせるな」

 ファングは狩人たちに話しかけた。アメリアたちの部隊は王都の西側で、戦いから逃げ出す者たちを捕らえる。追い打ちをかけ、逃がさない。同じ種族をハントするのが役割だ。

「気にするな。狩りは慣れてる」

「信頼しているぞ」

「知ってる。ガキの頃から一緒だろ」

 ファングは狩人たちと肩をぶつけあって分かれた。

 トースケたちは再び、雪をかき分けて王都の北側へ向かう。

「ファング! 風邪ひくなよ!」

 後ろから狩人の一人が声をかけてきた。

 ファングは片腕を上げて返しただけ。

 

 トースケたちが立ち止まったのは、ネーショニア王都の真北。真っすぐ南下すれば、城門に当たる位置だ。城門の上から矢がぎりぎり届かない場所まで近づいて、パールと霊媒師たちが準備を始める。

 トースケは城門の高さを見ていた。だいたい二階建てのマンションくらい。それを越えると城下町だ。東側に貴族街。西側に墓地がある。貴族街の中心に城が建っていて、周りに掘りがあるらしい。

 自分の剣を研いでいるファングにトースケが声をかけた。

「ファング王子。この魔剣を使ってくれ」

 レッドから渡された魔剣をファングに渡した。

「いいのか? 大事なものだから霊媒師たちがわざわざ持ってきたのだろう?」

「スノウレオパルドの王家が持っていた魔剣だ。火が出る。俺には使いこなせないから持ってってくれ」

「使いこなせないって、実力は十分だろ?」

「いや、使いこなせないというか、使うと人が死ぬかもしれないし、最悪の場合、俺が死ぬからさ。持っていても意味がないというか、持っていたくはないんだ。それに、王の首を落とすなら、切れる魔剣の方がいいだろ?」

「そう言うことなら、一時借りるが、姉に怒られないか?」

 ファングが儀式の準備をしているパールの方を見た。

「好きにしな。こっからはトースケ次第だ。うちの末弟の言うことを信じてもらうしかないね。レンタル料は利子付けて返してもらいな」

 パールは煙草を口に咥えて、火をつけた。

「城には大勢、衛兵だっている。どんな攻撃が待ち受けているのかもわからないんだぞ」

 ファングがもう一度、丸腰で行く気かトースケに聞いた。

「斬撃で怪我をしたことはない。水攻めや熱線は、この魔剣でも防げないでしょ。なくても問題ないです」

「そ、そうか。なら、ありがたく使わせてもらう」

 ファングは魔剣を鞘から抜いて、重さを確かめていた。


「レッドさん、紐かなんかありませんか?」

 パールの手伝いをしているレッドにトースケが話しかけた。

「なんでもいいのか? 革ひもとか丈夫なものなら用意しているが」

「あ、それで十分です。人の手首を縛るだけですから」

 レッドは部下の霊媒師に言って、トースケに革ひもを渡した。トースケはそれを腕に巻いて準備完了。あとは周囲に魔力を展開し、結界を作ったり引っ込めたりしていただけ。


 夜も深まり、冷えてきたので霊媒師たちが火の霊獣を呼び、周囲を暖め始めた。

「トースケ、なんか来るよ。あれは白竜の弟だね。騒がしい奴だ」

 王都の方からガナッシュが飛んでくるのが見えた。

「いやぁ、まいった。ようやく船から抜け出せた」

「白竜はどうだった?」

 パールがガナッシュに聞いた。

「首尾は上々。宣戦布告をして、町も城も大騒ぎじゃ。我が姉ながら見事なもんだ。桟橋に停泊していた船が一艘焼けた。それでも死人はなし」

「今、大騒ぎさせたんじゃタイミングが悪いよ」

「いや、それは日が沈む直前、夕方のことじゃ。それから妙に落ち着きを取り戻してな。町人たちは家に篭り、窓に板を打ち付け、衛兵たちは四方の城門に展開。今見てきたところによると、墓地にも多数配置されていた。どうやら、こちらの作戦は筒抜けらしいぞ」

 ガナッシュがトースケの周りを飛びながら状況を説明した。

「ふぅん。そうか」

「よいのか? 作戦の変更をしなくても」

「ええ? なんか問題ある?」

 トースケはパールを見た。

「トースケが問題ないというなら作戦は続行だ。まぁ、どんな罠があろうと、こちらはあまり関係ない。町人がいない方がやりやすいしね」

 ファングに隠れてウインプスはガタガタと震えている。パールはトースケに視線を送ったが、トースケは首を横に振るだけ。パールはそれで納得した。

二人とも、ウインプスに震えている理由を聞かなかった。裏切っているのかもしれないし、ただ武者震いをしているだけなのかもしれない。はたまた寒いだけかもしれない。人それぞれ違う考えで動いている。だからと言って、作戦に関係はなかった。


雲が切れ、月が中天に昇った。

「予想が外れた。月が明るいね」

 パールは白い煙を吐き出した。

「じゃあ、そろそろ行きますか」

 トースケの言葉で、霊媒師たちが一斉に使役している動物霊を放つ。闇夜に白く輝く鳥たちが舞う。

 長い夜が始まった。




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