第26話「その迎え、悲報につき…」
「なにをそんな他力本願なことを言ってるんだい。うちの末弟は」
翌日、迎えに来たパールがトースケの予想を聞いて呆れた。
「違うの?」
「私はブルーグリフォンにいる妹のコマとグリーンディアのジャングルにいるゴンゾに報告したまでだよ。いいかい? この内戦はトースケ、あんたが収めな」
「でも、俺はただの冒険者だよ」
「手伝ってはやるよ。依頼人のファングは王一人を殺す気だ。他に犠牲者は出さないそうだから、しっかり作戦を練るんだね」
「いや、ちょっとそんな……」
「大丈夫、あと一日あるから」
なにが大丈夫なのかさっぱりわからないが、トースケは頭から煙を出しながら作戦を立て始めた。
「ダメだ。何度考えても死んじゃうんだけど……」
そもそも詳細な地図もないのに、どうやって王だけを殺すつもりなのか。
「王都の地図ってありませんか?」
「古いのならあるが……」
獣人の一人が持ってきた王都の地図はかすれていて、しかも最近見てきたガナッシュに聞くと「今の王都はこれの四倍はあるな」とのこと。
「ガナッシュさん、門と城の位置くらいは教えてください。パール、宣戦布告はするの?」
「するだろうな。おそらく軍船が見えている時点で、王都は防衛に回ると考えたほうがいい」
ガナッシュに最新の王都情報を聞きながら、トースケは地図を埋めていく。
「ウィンプス! お前の記憶も頼りにしてるんだからな!」
「へい!」
「私もなんかしようか?」
「我々もファング様と共に戦う!」
アメリアと狩人たちがトースケの周りに集まってきた。
「アメリアは王都から逃げ出す要人を捕らえて。元盗賊なんだから裏道の予想はつくだろ?」
「いや、そんな……」
「アメリアの卑しさと性格の悪さは信頼してる。王都から逃げ出すような要人と同じ思考ができるはずだ! タイミングよく裏道を塞いで。狩人たちも何人かつけるから」
「我々はこの娘につくのか?」
狩人たちが抗議してきた。
「元盗賊ですが、馬車を止める技はありますから、いいように使ってください。とにかく逃げ出す者を止めておくだけでいいですから。アメリア、胸張ってまとめて」
「わかったわ」
アメリアはその大きな胸を張り、「いいこと罠っていうのはね……」と罠作りが本職の狩人たちに向かって話し始めた。
「パール、魔力の実験するからあとで付き合って」
「防衛拠点の城に攻めるんだろう? 魔法でどうにかするつもりか?」
「いや、その前に降霊術で街中を混乱させる」
「混乱に乗じて城に乗り込むつもりか?」
「そう。ファングと一緒にね」
「しかし、王都の兵もいれば、王の近くには近衛兵もいるはずだ」
「だろうね。でも、降霊術は相手が会いたくない者も呼び出せるんでしょう?」
「今からそれを調べるっていうのかい?」
「そんな時間はないよ」
「だったらどうやって?」
「全員蘇らせる」
「全員って、あんたまさか……」
トースケは頷いてパールに返した。
「トースケ、私だって人間なんだ。出来ることと出来ないことがあるよ。魔力だって足りないし、術として完成しないかもしれない」
「魔力は俺を使えばいいし、混乱が目的だから術として完成しなくてもいいんだ」
「私はネクロマンサーじゃないんだよ!」
「でも、やりたくないだけで出来るだろ」
「……まったく」
パールはイライラしながら煙草を思いきり吸って煙を吐き出した。
「後処理はどうするんだい?」
「俺は作戦を実行して事態を収めるだけでしょ。国はファングが治める。その時の状況によってね」
「白竜がなんて言うかわからないよ」
浅瀬に停まっている船が出るのは明日の朝。王都に向かう間にファングや白竜にも説明して納得させないといけない。
「ん~、それはしょうがない。現物見せて納得してもらおう。ファングには……」
「ファングはトースケに一度捕まってるからね。どうとでもなるさ。でも、力技だよ、こんなのは。一度しかできないからね!」
「俺だって二度とやりたくないよ。次は絶対に逃げる」
翌朝、トースケたちはパールに連れられて船に乗り込み、出航した。アメリアは眠り、狩人たちは矢を磨いている。
船は南東へと向かい、白竜が率いるスノウレオパルド及び獣人山賊の船団に合流。トースケとパールはすぐに白竜たちが乗る船に呼ばれた。
「それで? 布陣は決めたか?」
ネーショニア王都と周辺の地図が広げられた大きな机の奥に白竜が立っている。話だけは聞いてやると言うようにトースケに言い放った。左手で腹を擦っている。疼いているのかもしれない。
「ああ、地図があるんだ! 東西南北に出入り口があるとしか聞いてなかったんで、これなら作戦が立てられそうだ」
トースケは白竜からの視線を避けて、地図を見た。
「今から作戦を組む気か?」
「いや、なんとなくは決まっています。そうでしょ? ファング王子」
トースケは壁際にいたファングを見た。
「俺は王を殺すだけだ……」
「パールの森に乗り込んで来たのは生きている者にとって最も被害が少ない方法を考えた結果ですか?」
「他に思いつかなかった。……だが、お前がいた。それまで考えていた戦略、戦術、作戦。なにもかも吹き飛んだ」
ファングはトースケを見返した。
「パルロイの弟、トースケよ。明日は全てお前に任せる。たとえこの身が果てることが作戦の一部なら喜んで差し出す。俺を王の御前に連れて行ってくれ」
ファングは自分の固く拳を握った。
「無駄話はいい。早く作戦を伝えろ」
白竜が眉間にしわを寄せてトースケに迫った。
「白竜さんたちの軍船は東の海で待機です。逃げ出そうとする者を拿捕してください」
「我々を主軸に港から乗り込むのではないのか?」
「違います。犠牲を考えてください」
トースケは白竜に言い捨て、次に集まっていた獣人山賊たちに向き直った。
「獣人さんたちは町の南側から攻めていただきたい。おそらく城門が閉まっているので、無理に破壊しないように。攻めているという姿勢が大事です。矢などに気をつけてしっかり盾の準備をしておいてくださいね」
「では、どうやって町に侵入するのだ?」
山賊の中でもひと際大きな、牛の獣人が困ったようにトースケを見た。
「侵入しなくて結構です。それは別の部隊がやりますので。ファング王子が王を倒し、門が開いた後、町の中にいる兵たちがクーデターを起こすかもしれないので、それを止めていただきたい。自分たちが力を発揮するタイミングを見誤らないように頼みます」
「う……お、おう。わかった」
「俺たちはどうするんだ?」
アメリアと一緒にいる狩人の一人が聞いてきた。
「西側の丘陵地帯に抜け道があるかもしれません。盗賊にとっては仕事場だよな?」
トースケがアメリアに聞いた。
「ええ、大丈夫よ。道中に毒の木がたくさん生えてるから、それを燃やせばいいのよね? 皆、軍手して採取しながら位置に向かいましょう。あとは風だけど……?」
「ウィンプス。この時期に王都に吹く風向きは覚えているか?」
急に振られて驚いたウィンプスだったが、「へい!」と返事をした。
「朝は海から吹いてきやすが、夜中は丘の方から吹いてきますぜ」
「じゃあ、決行は夜中だ」
「夜中って煙見えないじゃない。合図はどうするの?」
アメリアが聞いてきた。
「合図は私の動物霊を向かわせる。それに町の中で騒ぎが起こったら、痺れ薬を燃やし始めていい」
トースケの代わりにパールが答えた。
「騒動とは何をするつもりだ?」
白竜がパールに聞いた。
「王都の北側に墓地がある」
トースケの言葉にウィンプスが頷いた。何度も仲間の死体を投げ捨てに行ったので墓地の場所は覚えているようだ。
「歴代ネーショニア王の霊廟か! 隠し通路でもあるのか?」
「違う。歴代王から、出来損ないの奴隷たちまで全員蘇らせるのさ」
「全員って……!? そんなことできるのか?」
「誰だと思ってるんだい? 私はスノウレオパルドの筆頭霊媒師だよ」
「しかし……」
「魔力はトースケのを使う。問題ない」
パールはそう言って煙草に火をつけた。
「あとは死者たちが町中を歩いている間に、俺がファング王子を背負って城まで突っ走ります」
「町にも城にも衛兵がいるのだぞ! だいたいどうやって城門を越える気だ?」
白竜がトースケを睨みつけた。
「跳んで。屋根伝いに行けば、そんなに衛兵に会うこともないでしょう。ファング王子、縄はしっかり身体に結んでおいてくださいね」
「了解した」
ファングは大きく頷いたが、白竜は納得がいかないらしい。
「そんな適当な作戦があるか!?」
「でも、これが最も犠牲が少なくて済むし、実行可能です。失敗したら城を叩き壊して王権ごとなくしますか?」
「できれば、城は残しておいてもらいたい」
「パルロイ!」
白竜はパールに詰め寄った。
「文句があるならスノウレオパルドの王にいいな」
王からの手紙が来なければトースケもパールも冬の間森で過ごす予定だった。パールは全ての責任をスノウレオパルド王に押し付けるつもりらしい。
「だいたい、うちの家系を動かしたらどうなるかは、竜ならよく知っているだろう? なぁ、ガナッシュ」
パールの音場に部屋の隅で漂っていたガナッシュは「んぐっ」と白い身体をなるべく透明にして気配を殺していた。
「こんな攻城戦は聞いたことがない!」
白竜の額には血管が浮き出て、顔が真っ赤だ。
「だったらやる価値はありますね」
トースケはにこやかに返した。
「大将!」
白竜の部下が部屋に入ってきた。
「なんだ!? 今、作戦会議中だぞ!」
白竜の怒りに怯えながらも部下は敬礼をした。
「後方に不審船です! 漁船のようですが、おそらくノースエンドから来たものと思われます!」
「次から次へと……!?」
白竜は歯を食いしばって、地図が置いてある机を叩いた。
「間に合ったようだね」
パールは煙草の煙を吐き出しながらニヤリと笑った。
「なにが来るの?」
トースケはパールに聞いた。
「援軍さ」
トースケは甲板に出て、こちらに向かってくる漁船を見た。周囲には霧が立ち込めて鳥の霊が群れをなして漁船を守るように旋回している。
「霊媒師たちか……」
「トースケ、あんた忘れ物したね」
隣で同じ方を向いていたパールがトースケも見ずに言った。
「え、忘れ物?」
「ま、なんだっていいか。こっちは準備万端だよ」
パールは火のついたタバコを海に投げ捨てた。
「だそうです」
トースケは振り返って、ファングを見た。
ファングは口元を引き締めて、頷いた。