第24話「その牙、旗印につき…」
ウィンプスは周囲の獣人たちが寝静まっているのを確認し、喉をゴクリと鳴らして話し始めた。
「オレがいた奴隷の養成所は5歳から出荷されるって話はしましたよね?」
「ああ、聞いた。ウィンプスは落ちこぼれだったから2年も長くいたんだろ?」
「いえいえ、オレは別に落ちこぼれだったわけじゃあ、ありません。出来損ないの奴隷を埋める係だったんでさぁ」
「お前が仲間の奴隷たちを殺していたのか?」
「いえ、出来損ないは自分で自覚してますから毒リンゴを食べて死ぬんでさぁ。オレはそいつらを担いで墓地へ行って、大穴に落としやす。あとは土をかけるだけ。誰でもできる仕事だけど、誰もやりたがらねぇからオレがやっていたんですがね。今年の夏の終わりでしたかね。いつものように土をかけていたら出たんですよ」
「何がだ? 生霊か?」
「そうです。あれは王の生霊です。王の肖像画は養成所にも飾ってあるので、見間違いやしません。あれは間違いなく、この国の王でした」
王の生霊が墓地に現れたとして、なにをしていたのか。トースケは暗い天井を見上げた。
「なんらかの理由で部屋から出られないから、生霊となって現れたのか? だとしたら墓地で何かを探していたのか? 后は死んでいるのか?」
「ええ、何年も前に亡くなっているはずです」
「だとしたら、墓地が近くに?」
「さすがに后の墓地は奴隷と同じ場所にはありませんぜ。王都から離れた山の中にあると聞いたことがありやす」
「だったら、墓地になにか大事なものがあるのか? この前、スノウレオパルドの霊廟に入って剣を見つけたんだけど、そういうお宝があるのかな?」
「お宝ですかい!?」
「もしかしたら、の話だよ。ウィンプス、その墓地って誰でも入れるのか?」
「ええ、気味悪がってあまり町の人はいませんが、葬儀屋さんも泥棒さんも来ますよ」
「泥棒が来るんなら、もうお宝はないかもな」
「ないですかねぇ。王様が生き霊になってまで欲しいお宝って何でしょう?」
ウィンプスにそう言われて、トースケは暗い天井を見上げた。一国の王が、個人的に欲しいのはなにか。「健康な身体か……」とつぶやいた。
「身体ですかい!?」
「でも、墓地には死体しかないもんな。健康な身体なんて……もしかして、自分の身体か?」
トースケの頭の中でピースがハマり始めた。
「え? この国の王は自分の身体を見失ってるってことですかい? 待ってくださいよ、旦那! あんまり物騒なことをいうもんじゃありやせんぜ!」
ウィンプスはトースケを手で制した。大声で、誰かが起きたのか衣擦れの音が聞こえたが、一瞬だった。
「そうか? この国の王は病に臥せってるんだろ?」
静かになったことを確認して、トースケは再び話し始めた。
「だったら、もうすでに死んでるってことだってあり得るんじゃないか?」
「いやいや、新年の挨拶や夏の祖霊祭の時は王様だって、国民に顔を見せます」
「死体くらい、ネクロマンサーや霊媒師なら動かせるさ」
「じゃあ、国王は身体を誰かに殺されて、霊になって墓地で自分の身体を探し彷徨っていたってことですかい? そんなバカな」
「やっぱりバカな考えかなぁ?」
「ええ、いったい誰が王の身体を乗っ取るというのです? それに城には屈強の近衛兵たちや召使たちが大勢いるんですぜ。城にいる全員を騙し続けるなんてことできやしませんぜ。ハハハ」
ウィンプスは乾いた笑いで誤魔化していたが、じっとりとした汗が額に浮かんだ。
「主治医が面会謝絶を言い渡してしまえば、部屋に篭れるだろ? 特定の人物たち以外は顔を合わせることはない。むしろその特定の人物たちが怪しい。王子や姫、宰相が手を組んでいたとしたら?」
「……だけど、いや、だとしても、王様が死んだことを隠してなんの意味があるんですかい?」
「王位継承権さ。王位継承に当たってなにか儀式があるんじゃないか?」
「ある」
トースケたちの話を聞いていたシャーマンのような獣人が後ろから声をかけてきた。
「王が死んだ年の祖霊祭で、王族の祖先たちに認められたものが次の年に王になると決まっている。祖霊祭の最後に王家の墓から煙が上がるのだ。現王が決まった時、わしは金色の煙が上がるのを見た」
「ここ最近の祖霊祭で煙は?」
トースケがウィンプスに聞いた。
「オレが生まれてから煙なんか上がってませんぜ。やっぱり、王様は死んでいないんですよ」
「いや、8年前に白い煙が上がったことがある。王は生きていると思われていたので、ボヤとして片付けられたがな」
シャーマンのような獣人が「そうか……祖霊たちはお決めになっていのだな」と独り言をつぶやいた。
「そんな。オレは8年前、生まれてもいやしません」
ウィンプスは額の汗をぬぐって小さい声でつぶやいた。
「祖霊たちが決めた次の王は誰なんです?」
「白はファング様の色。我々が王都から離された理由がわかったわい。なぁ、皆」
シャーマンのような獣人がそう言うと、寝ていたはずの獣人たちからすすり泣くような声が聞こえてきた。
バンッ!
突然、大きな音が鳴り、入口の扉が開いた。
一方、スノウレオパルドでは獣人の山賊たちが、丘の麓に集まっていた。
丘の上ではファングが白い煙を焚いている。
「本当に集まってきたねぇ」
パールがそう言いながら、煙草に火をつけた。
「お前らがやれといったのだ。後悔するなよ」
ファングは針葉樹林の葉と枝を火にくべながら言った。
「各所には連絡済みさ。今頃、各関所では血の涙を流しながら、獣人の逃亡奴隷を通行させているはず。『国家存亡の危機につき、柔軟な対応をせよ』と王から仰せつかっている」
「その王は現在、大病を患っていると聞いたが?」
「問題ない。あの程度の呪いで傾く国と思うたか? すでに私と弟で治療は済ませてある」
「なら、この煙で王都の獣人たちが一斉蜂起するかもしれんが、その対処も済ませてあるんだろうな?」
勝ち誇ったようにファングは笑った。
「獣人たちの前に、霊媒師たちが一斉蜂起するさ。長年、奴らの目を盗み、弱小国として騙し続けたんだ。霊媒師の怒りに触れてないとでも思ったか? 王都はすでに地獄さ」
青ざめたファングを見て、パールは引き笑いをした。
砦には北部総督の旗と共に、ファングを意味する魔獣の牙の旗も掲げられている。
その砦から衛兵が走ってきて、北部総督である白竜に耳打ち。
「すべての責任は私が取ります!」
白竜はそう言って、衛兵を砦に帰した。
「王都で歴戦の英雄たちが蘇り、獣人奴隷たちを捕まえているそうです。船に乗せて北上させます!」
白竜は後ろを向いたまま、ファングたちに報告した。
「あんたら、狂ってるぜ! 国家存亡の危機なら一般市民の生活はどうでもいいというのか!?」
ファングは薪を力任せに折った。
「驕るなよ。獣風情が」
そう口を開いたのは牢屋の衛兵・ルイスだ。
「獣人奴隷がいなくなったら、スノウレオパルドの生活が成り立たなくなるとでも思ってんのかい? 農家がどれだけ雪の下に食料を隠しているか。氷室の中には10年も前の梅干しだってある。ちょっとやそっとの恐慌じゃ、庶民の生活は潰れんよ。我々は、人のそういう浅ましさを信じているだけだ」
「ルイス。口が過ぎます」
白竜に注意されていた。
「失礼を」
そう言ってルイスは獣人が集まる麓に下りて行った。
「戦える者しか連れていけません。けが人は治療と療養を受けさせます。いいですね!?」
白竜はファングに同意を求めた。
獣人たちの中には腕や足が折れたり、凍傷になっている者もいる。これから吹雪の中やってくる者たちも五体満足で無事という者は少ないかもしれない。
「わかった」
「霊媒師は何人連れていく?」
パールが白竜に聞いた。
「少数のみ」
「なら、コールドフットに寄ってくれるかい? うちの弟を拾っていかなくちゃならない」
「私を殺しかけた男を連れて行くというのですか?」
「ネーショニアの王都を制圧するのに、都合がいいんだ。船にも定員ってものがあるんだろう? 戦力は少数精鋭のほうがいい」
「王子の答えにもよります」
白竜は振り返って、ファングの目を見た。
胸の内を見透かすような白竜の目にファングは一瞬たじろいだが、口を結んで見返した。
「さて、ネーショニアの王子・ファングよ。この戦争で何人殺す?」
パールがファングに問うた。どれくらい被害を出すのか。これは撤退に関しても影響のある話になる。
ファングは指を一本立てて、
「一人」
と答えた。
「それは無理な話です。北部の船団で王都の港に突入します。それだけでもこちらにも被害があるし、衛兵たちもただでは済みません」
白竜が吐き捨てた。
「それでも、たった一人でこの戦争を終わらせてみせる」
「ファングよ。お主が死んでも丸く収まる戦いではないのだぞ?」
パールが諭すように言った。
「俺の命ならとうに捨てている。王だ。王をこの手で殺す」
ファングにとって決定事項だった。
パールは煙草を深く吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。
「ファング、お前さんの話を総合して考えると、王はすでに死んでいるじゃないか? 病で兄と姉の傀儡になったというが、見知らぬ霊媒師が城に潜り込んだ情報もあったのだろう? しかも祖霊祭ではお前さんの白い煙が上がった」
「それでもだ! ネーショニアの国民にとって、王はまだ生きている。霊媒師に操られるような弱い王なら、俺が皆の見ている前でしっかり殺さねばならん! だから、俺は王の首を刎ねる! それが狂ってしまったネーショニア王家の者としての責任だ!」
「狂っていますね」
白竜は大きく溜め息を吐いた。
「ならば責任を取ってもらいましょう! パールよ。船を一隻、あの暴漢のために貸しつけます。必ず、拾ってネーショニアの王都に届けなさい!」
「助かる」
「決行は三日後。それまでにネーショニア南部の海へ集合するように!」
そう言って白竜は丘を下りて「選抜試験を始めます!」と獣人たちの戦闘力を試し始めた。
「三日って!? そりゃまた随分早いな」
ファングは汗を拭いながら、折れた薪を火にくべた。
「長引くと王都の貴族も煩くなる。説明責任を果たす前に、片をつけちまおうって北部総督は相当焦ってるのさ。まったく……」
パールも大きく息を吐いた。
丘の麓からは、獣人たちの怒号や気合を込めた絶叫が聞こえてくる。
「血の気が多いのは獣人ばかりじゃないんだよ。霊媒師の選別はどうするかなぁ……」
パールは足元で煙草を消して、砦に向かった。
ファングは空に立ち上る白い煙をじっと見ていた。