第22話「その町、領主不在につき…」
突き刺すような冷たい風が吹き、海は荒れていた。
「旦那、古いですが小舟がありやしたぜ」
ウィンプスが小舟を見つけてきてくれた。
船底に小さい隙間が開いていて、水が入ってくるようだが桶もあるので、どうにか進めるだろうと、トースケは高をくくっていた。いざとなればアメリアを浮き輪代わりにして、また泳げばいい。
「コールドフットの島はもう見えているから大丈夫だろう。あとはアメリアが寝てくれればいい」
「なんでよ!?」
「いや、防寒対策だよ。さすがに、これだけ寒いと海に落ちたら死んじゃうぞ」
「別に寝てなくても体の周り温めるくらいのことはできるわよ。トースケたちと違ってね」
「あ、そうなの。じゃあ、お願い」
「嫌よ」
「なんで?」
「魔力の消費が激しいでしょ! 海で魔力切れなんて起こしたら遭難しちゃうじゃない」
「大丈夫だよ。この前も遭難したけど辿り着いただろ」
「運が良かっただけ」
「今回も運がいいはずだ」
「そんな都合よくいかないわ。そんなに言うならトースケの魔力を使いなさいよ」
「そんなことできるの? 俺、結界張るくらいしかできないよ」
そういってトースケは周囲に魔力を展開。3人ともトースケの魔力の中に入った。ウィンプスはそれまで降っていた粉雪が止んだことに驚いた。
「旦那、これは魔力の壁というやつですかい?」
「そういう名前なの? 知らないけど」
「トースケはこんな大きい結界魔法を何分保てるの?」
「いや、2日でも3日でも大丈夫だと思うよ」
「「3日……」」
アメリアもウィンプスもちょっと何を言っているのかわからなかった。
「あ、でもその間に寝るから、魔力が回復するな。たぶん、睡眠不足にでもならない限り、ずっと保てるよ」
「そんなバカな……ハハハ」
アメリアは冗談みたいなトースケの魔力に苦笑いしか出なかった。
「で、アメリアの暖房魔法をどうやって俺の魔力に付与するの?」
「それは簡単よ」
アメリアがトースケの背中に触れると、結界の中が温かい空気に包まれた。
「なんか不思議な感じだな」
トースケはアメリアからなにか吸い取られているような気分になった。
「でしょうね。今トースケを魔石代わりにしてるから、あんまり動かないでね」
「これは誰でもできるの?」
「魔法使いなら、誰でもできるんじゃないかな」
「なるほどね。これって経験値はどうなるんだろう? 俺、レベル上げられないんだよね」
「レベルを上げられないんですかい?」
ウィンプスが聞いてきた。
「呪いみたいなもんだよ」
「旦那も大変な運命を背負っていますね」
「それより、アメリアに魔力を吸収されて魔法を使われたら、俺のレベルって上がるの?」
「いえ、おそらく上がりませんぜ。奴隷から奪った魔力で魔物を倒しても上がらないはずですから。魔力タンク代わりに奴隷を買う御仁もいるとか、聞いたことがありやす」
「そうね。だってそれで奴隷のレベル上がったら、逃亡するでしょ?」
「そうか。じゃ、俺って結構いい魔力タンクになりそうだな。これで食っていけるかも」
「旦那、それはすごくもったいない気が……」
「いや、俺は魔法とか覚えられないし、剣術とか武道とかも覚えたところで使ったら、レベル上がっちゃうしさ。だったら魔力タンクでいたほうがよくないか?」
「ああ、もう、頭のおかしいトースケの話を聞いてると、こっちがおかしくなりそうだから、とっととボロ船に乗って海を渡りましょう」
嫌がっていたアメリアがいつの間にかリーダーシップを取り始めた。
ボロ船の底には小さな穴があるため、バケツで水をかき出さなくてはならない。さらに、短いオールで進ませるため、3人とも必死だった。
「波に流されてるわよ!」
「しょうがないだろ! オールが小さいんだから!」
「旦那、そんなに動くと穴が広がっちまいますよ!」
「動かないと船が進まないだろ!」
「ちょっとトースケ、背中向けてなさいよ! 魔力を吸い取れないでしょ!」
3人が騒がしくしていたからか、海の中にいる魔物たちも近づくことはなかった。
北西の島にたどり着いたのは半日後。
「はぁ、疲れた。ちょっと休みましょう」
一番動いていないアメリアがそういうので、トースケもウィンプスも呆れたが、雪も降ってきたので、入江で休むことに。
「海鳥の鳴き声がしないな」
「確かに。雪に音が吸収されているんじゃ……」
ウィンプスも耳を澄ませた。
「焚火をしようにも小枝もないわね!」
アメリアは服が濡れたので乾かしたいらしい。あと、暗くなる前に明かりが欲しいようだ。確かに明かりがないと心細くなる気持ちもわかる。
「暖かいだけで十分ですけどねぇ」
ウィンプスは過酷な状況は慣れているようだ。
「そろそろ行こう。町に行けば明かりもあるだろうから」
十分休んだところで、雪原を進み始めた。トースケの結界とアメリアの魔法で3人の周囲は暖かいため雪が解け、道を見つけるのは簡単だった。
「雪が強くなってきやしたね」
「まぁ、視界は悪いけど道はわかるな」
目の前は吹雪で真っ白。足元のぬかるんだ道を進み続けた。
3時間ほど歩いたところで、周囲はかなり暗くなってきた。
「どこかで野営しますかい?」
「こんなところで野営なんかしたら死んじゃうわよ。お腹もすいてきたし。やっぱり来るんじゃなかった」
「ん? あれ壁じゃないか?」
アメリアが愚痴り始めたところで、目の前に石を積んだ壁が現れた。
壁伝いに進んでいくと、『コールドフット』と書かれた門を発見。ただ、門は凍り付き動きそうにもない。
「よかった。どうにか辿り着いたな」
「でも、こんなに門が凍っていちゃ入れないわよ」
「旦那、ぶち破りますか?」
トースケは何も言わずにアメリアとウィンプスの襟首をつかんで跳んだ。
「よっ」
門の中に着地。
「トースケ、跳ぶなら跳ぶって言ってよね!」
「心臓が飛び出るかと思いましたぜ!」
「そんなことより、町が凍ってる。人を探そう」
辺りは暗く、物音ひとつしない。
3人は明かりを求めて真っ暗な町の中を歩く。アメリアが思い出したかのように魔法で指の先に火を灯した。
見上げた建物はドアも雨戸も凍り付き、春になるまで溶けなさそうだ。
「あそこの建物だけ、氷が少ないですぜ」
ウィンプスが見つけた建物の壁は真っ黒で確かに凍り付いていない。
ゴンゴン。
固い樫の扉を叩いてみた。中から物音がしたが、近づいてくる気配はない。
「ごめんくださーい!」
今度は大声で叫びながら、扉を叩く。庇から垂れ下がっていたつららが落ちてきたが、トースケの魔力にはじかれた。
「ごめんくださーい!! 入りますよー!」
軽く扉を押すと、何かに当たった。おそらく、閂がかかっているのだろう。扉の隙間にナイフを差し込んで、上にスライドさせると、かかっていた閂が外れた。
ゆっくりと扉を開けると、薄暗い室内で獣人たちが暮らしていた。屋内なのに毛皮で作ったテントが両側に並び、真ん中には長細い炉があり石炭が燃えている。炉の側ではプランターが申し訳程度に置かれ、白い豆類を育てているようだ。
「ここがコールドフットですね?」
トースケが聞いても、獣人たちの反応はなく、ギロリとした大きな眼でこちらを見てくるだけ。
扉を閉めて、トースケは魔力を練り上げ、建物全体を覆うように結界を広げた。
「アメリア、部屋を暖めて、少し明るくしてくれる?」
アメリアはトースケの魔力で建物全体を暖め、明るい火の玉を天井近くに打ち上げた。それだけで、獣人たちは怯え、身を寄せ合った。
「これで、いいの?」
アメリアは見たくないものを見たように顔をしかめた。
部屋の隅々まで見えるようになり、ようやく獣人の姿もはっきり見えるようになった。
獣人たちは女と子供、それから年老いて目が見えていないシャーマンのような者だけ。いずれも栄養が足りていないのか、痩せている。
「男たちはどうした?」
「……トナカイを狩りに。あとはスノウレオパルドに売られた」
シャーマンのような獣人が答えた。
「石炭は足りているか?」
「いや、足りん。石炭も食料もなにもかも足りん」
「この島には他に町があるか?」
「昔はな。今はわからん」
「全体が似たような状況だと思うか?」
「おそらく……」
「他の島からの交易船は?」
「領主が兄たちと仲が悪くてな。港の桟橋が壊れてからはなにも」
トースケは短い質問を繰り返し、それにシャーマンのような獣人が答えていった。
「おぬしら、何者だ?」
シャーマンのような獣人が聞いてきた。
「俺は、スノウレオパルドでネーショニアの王子を捕らえた者だ。この島の領主か?」
「ファング様が……。そうか」
シャーマンのような獣人はそこで大きく息を吸って自分の手を握りしめた。
「確かにファング様は冬の初めに南へ消えたと聞いている。おぬしが捕まえた王子で間違いない。上の2人がスノウレオパルドで捕まるような危険なことをする必要もないだろうからな」
シャーマンのような獣人が説明すると、他の獣人たちもなにかをあきらめたように下を向いた。
「炭鉱の場所を教えてくれ。それから、野ウサギが冬眠していそうな場所も」
トースケがそう言うと、下を向いていた獣人たちが一瞬顔を上げた。
「春まで生き延びられれば、どうにかなるかもしれない」
「おぬし、我らを殺すつもりはないのか?」
「今でも死にそうになっている奴らを殺していいことあるのか?」
「でも、この土地で春まで生きたとしてもなにも意味はない!」
話を聞いていた獣人の娘が顔を上げてトースケを目をかっぴらいて睨んだ。
「生きるのに意味なんか求めなくていいんだよ。どうせ人間は頭悪いんだ。余計なこと考えてないで、自分の体に聞いてみろ。心臓は勝手に動くし、寝たら起きるだろ? 糞すりゃ、腹も減る。生まれてからずっと側にいる自分の体の声くらい聞いてやれ」
寒いと体が縮こまる。暗いと気分が荒む。
「まずは掃除でもするか」
「へへへん。いい旦那についてきた」
ウィンプスはそう言ってなぜか笑っていた。
一方そのころ、スノウレオパルドのノースエンドでは、パールがガナッシュから報告を受けていた。宿泊先の宿屋の一室。
「だから、ネーショニアは霊媒師の目を盗んで一大奴隷産業を構築していたようなのじゃ」
「ふ~ん、なるほどね。で、うちの弟はどうするって?」
「さあ、それはわからん。コールドフットに向かうようじゃったがな」
「だとさ。どうするんだい? 白竜」
パールはそう言って、壁を叩いた。
直後、部屋のドアが開いて白いローブ姿の白竜が入ってきた。
「ガナッシュ! なにいいようにこき使われているんですか!? しかもあなたを殺した一族の弟に!」
「姉さん! どうしてここに!?」
「基地のベッドじゃ寝にくいから、患者を宿に連れてきただけさ。それよりも困ったね。いつから霊媒師の目は欺かれていたんだい? いや、そもそもスノウレオパルドの霊媒師がこんなミスを犯すとは思えない。裏切者がいるね」
パールは煙草の煙を吐き出した。
「国家転覆を狙っているのは獣人だけじゃないみたいだよ」
そういってパールは白竜を見た。
「そのようですね。北部は直ちに軍船の用意をします」
「いいのかい? こちらには戦争を仕掛けに行く理由がないよ。ネーショニアはただ奴隷貿易で利益を上げていただけなんだから」
「理由がないのなら、理由がある者を担ぎ上げればいいんです」
「はっ!」
白竜の言葉にパールは大口を開けて笑った。
「大した北部総督だ。あんまりはしゃぐと傷に触るよ」
「余計なお世話です。それより、どうやら私を殴ったおたくの弟はずいぶんいい回復薬を作るようですね。持病の腰痛も治ったくらいですよ」
「あいつはちょっと出来が良すぎてね。うちの最高傑作さ」
「霊媒師の内通者の件は、お任せします。北部は北部でやりますから」
「ああ、もう動物霊の伝令を飛ばした。私も一緒に牢まで行くよ」
そう言って、パールと白竜はドアを開いた。
「ワシは……?」
「ガナッシュはトースケとの連絡係だ。私の側にいな!」
「はい!」
白竜は宿を出ると、お付きの衛兵に指示を出した。
「食料庫と武器庫を開放しなさい! それから獣人の山賊たちを殺さずにつれてくること!」
「はっ!」
総督が傷を負い停まっていたノースエンドが俄かに動き始めた。