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第21話「その奴隷、数多のうちの一人につき…」



 アメリアが夕飯を買い出しに行こうと外に出た。

宿の夕飯は少し値が張る。表に出たところで、走ってくる人影が見えた。ボロ布を纏い首に鉄の首輪。獣人奴隷だ。

「あ! アメリア!」

 奥からトースケの声が聞こえてくる。

「トースケ!?」

 走ってくる獣人奴隷を追いかけているのはトースケだった。

「そいつを捕まえてくれ!」

「え!? わかった」

 とっさに前に飛び出して行く手を阻むように両手を広げた。

 獣人奴隷はアメリアの顔面に手をついてそのまま跳び箱を越えるように飛んだ。

「んべ!」

 アメリアの声が漏れる。

「んべ!」

 獣人奴隷に続き、トースケも同じようにアメリアを越えていった。

「いったーい! なんなのよ~!」

「どんくせーなぁー!」

 そう言われて黙っているアメリアではない。鼻血が出てないか確認してトースケと獣人奴隷を追いかける。

「トースケー!」


 アメリアが取った宿は町の端。逃走先は行き止まりだ。

「逃げるな。話を聞きたいだけだ」

 塀の前で立ち止まった獣人奴隷にトースケが声をかけた。

「追い詰められたネズミは猫も噛む!」

 獣人奴隷は振り返ってトースケに飛びかかった。

 トースケは難なく受け止めて、抱えあげる。

「わかったってば。なにも危害を加えるつもりはないから、ああ!」

 かぶっていたニット帽を取られ、奴隷に髪を引っ張られる。

「おい、よせ!」

「お前たち! なにをやってる!?」

 物見櫓から衛兵が、トースケに魔石灯の明かりを向けた。

「まさか、お前たちは人族!? であえ~!!」

 衛兵が大声を上げた。

「まったくトースケはしょうがないんだから」

 後を追ってきたアメリアが、物見櫓に火魔法を放つ。

「人族の襲撃だぁ~!」

 燃える物見櫓にトースケを襲う獣人奴隷の動きが止まった。

「アメリア、オークの洞窟に集合ね!」

「え!? オークの洞窟ってどこよ!?」

 アメリアの声が届く間もなく、トースケは獣人奴隷を抱えて、塀を飛び越えた。

「トースケ!? 嘘でしょ!? ちょっと!?」

「人族の仲間だぁ!」

 衛兵たちが騒ぎ始め、アメリアは逃げ出すしかなかった。

 


 トースケは獣人奴隷を抱えたまま飛んでくる矢から逃げ、森を駆け抜けた。

 野営しているオークたちは未だに、コウモリや蛇を焼いている。生だと腹壊すのか。

「洞窟、借りるよ」

 オークたちに一言声をかけたが、理解はしていないようだ。

「それで、なんで逃げたんだ?」

 洞窟の中に入り、獣人奴隷に聞いてみた。

「なんでって……奴隷が逃げる理由なんて自由以外にあるのかい?」

「そりゃそうか」

「そんなことよりも、あんた人族なのか?」

 逆に獣人奴隷が聞いてきた。

「そうだけど」

「なんでネーショニアに来たんだ?」

「いろいろあんだよ。総督殴っちゃって逃げたりしないといけないとか」

「何やってんだ?」

 そう言われると、自分でもよくはわからない。とりあえず、戦争を止めないといけないってことは決まっている。

「ネーショニアでは奴隷の扱いが酷いのか?」

 話題を変えた。

「奴隷の扱いが酷くないところを知らないよ」

「そうか。どこに逃げようとしてた?」

「わからない。スノウレオパルドまで行けば、どうにかなるかも、とは思ってたけどねぇ」

「獣人奴隷は皆、スノウレオパルドに送られるわけじゃないのか?」

 そう聞くと、獣人奴隷は目を丸くしてトースケを見た。

「ラット族の輸出先はブルーグリフォンと決まっている。トード族はグリーンディアだ。種族によって得意なことが違うんだから当たり前だろ?」

 決まった種族が、特定の国に輸出されているのか。

「スノウレオパルドではもっといろんな種族の獣人奴隷がいたけどな」

「そう……なのか」

「トード族はカエルの獣人か?」

「そうだ。トード族は密林や湿地帯でも病気になりにくい。雑食だし動きも機敏だから、グリーンディアのジャングルで重宝されるんだろ?」

「ラット族は?」

「ラット族は……待てよ。オレ、人族に言っちゃいけないことを言ってないかい?」

「もう遅いぞ。ラット族の奴隷よ。拷問されるかどうかの違いだ。痛くない方がいいだろ?」

「そうか。現実はいつだって厳しいな。わかった。言うよ。その代わり殴らないでくれ」

「ああ、殴らないよ」

 死んだりしたら、自分もレベルが上がって死ぬかもしれないから、とは言わなかった。

「ラット族は多産だ。トード族も多産だけど、魔法の練習台にはラット族がいいらしい。そんなに頭も悪くないし、小間使いとしてもちょうどいいから、ブルーグリフォンに行くんだ」

「多産か。寿命も短い?」

「30歳まで生きるやつは稀だね」

「お前、今、何歳だ?」

「7歳。ラット族もトード族も2歳から教育を受け始める。大体5歳くらいに選別されて出荷される。7歳までネーショニアにいたオレは珍しいよ。こんなこと人族に言っていいのか?」

「おそらく、ダメだろうな」

 ラット族の獣人奴隷は「くそっ」と言いながら、自分の爪を噛んでいた。7歳でも、これだけしっかり話せるし、動きも悪くなかった。薬屋にあったあのブルーグリフォンから来たという魔道具はラット族と交換した品だったのか。

ネーショニアはスノウレオパルドだけではなくブルーグリフォンやグリーンディアとも交易してるってことだよな。町の様子も豊かに見える。すべて第一王子と姫のおかげと薬屋の主人は言っていた。

だったら、あのスノウレオパルドで捕まった王子はいったいなにしにきたんだ。本当に戦争をするつもりで来たのか。

ネーショニアは群島国家だ。島や地域によって経営が違うのかもしれない。だとしても他の島に助けを求めず、スノウレオパルドに乗り込むか。なにかおかしい。

「こ、怖い顔をしているな! オレに何をさせる気だい? な、仲間は売らねぇぞ」

「ああ、そんなことはしなくていい。お前はネーショニアの王都から来たのか?」

「そうだ。ラット族もトード族も王都にしかいない。そう養成所では教わった。他の場所では役に立たないと」

「王都を治めているのは王だろう?」

「うん、まぁ、そうだけど、王は今ご病気だから、ほとんど第一王子のサンスベリア様が治めてるよ。食料はファンセーラ様が調達してくれるし」

「ファンセーラって姫の名前だろ?」

「姫でも勇敢な人だって聞いてる。トード族の中にはファンセーラ様と一緒にクジラ漁の船に乗った奴隷もいるんだって」

 クジラ漁までするのか。

 食糧事情も冬の寒さ対策も解決しているように思える。いよいよ俺が来た意味がないんじゃないか。

「トースケ!」

 白竜の弟であるガナッシュが洞窟に飛んできた。

「ガナッシュさん、どうでした?」

「この島のほとんどの町であの霊が嫌うハーブを育てていたぞ。霊媒師たちは完全に裏をかかれたな。北西部の島にあるコールドフットって町だけはハーブ自体がなかった」

 ガナッシュは地面に地図を描きながら教えてくれた。魂だけだと行動範囲が広いな。

「それから、王都で攻撃された」

「攻撃? 魂しかないガナッシュさんに誰が攻撃するんです?」

「知らんが、蹴散らしておいた」

 霊媒師に知られたくないことが王都にはあるのか。もしかして、ラット族とトード族か。

「トースケ! どこ? ちょっと助けて! オークに殺される!」

 洞窟の外からアメリアの声が聞こえてきた。

 行ってみると、オークに捕まって焚火の中に放り込まれそうになっているアメリアがいた。

「あ、それ、うちのだから。こっち持ってきて」

 そういうと、よだれを垂らしていたオークたちが、不満そうにアメリアを投げてよこした。あとで、食料を盗んで届けようか。

「町から逃げるのが大変だったのに、森の中でもこんな目に遭うなんて」

「アメリアは逞しいよな」

「うれしくない誉め言葉ね。町に戻れなくなっちゃったんだから、トースケがどうにかしてよね」

「どうにかなるかな? まぁ、とにかく情報を共有しよう」

 ラット族の奴隷がしゃべった情報をアメリアとガナッシュに伝えた。


「え、成長しやすくて多産の種族がいるって、それヤバくない?」

「いくらでも軍を増強できるということじゃろう。船が出来次第、侵攻してくるとしたら、スノウレオパルドは終わりじゃな」

 アメリアとガナッシュが言った。

「いや、白竜さんもいるし、スノウレオパルドにも精強な軍があるじゃないですか」

「その白竜をお前さんがぶっ飛ばした。それに、どんなに強くても数の暴力には勝てんぞ」

「正直、あの町はスノウレオパルドの町よりも発展していたよ。暖房も薪じゃなくて魔道具だし、技術でも負けてるんじゃない?」

「スノウレオパルドの獣人奴隷たちが一斉蜂起して、さらにネーショニアからラット族とトード族が大挙して侵攻してきたら……。もしかしてスノウレオパルドってヤバい?」

「もしかしなくてもヤバいぞ」

 ガナッシュは魂しかないなのに青い顔をしていた。

「まぁ、春までは大丈夫だよ」

 ラット族の奴隷が口を開いた。

「なんで、そんなことが言える?」

「トード族は冬に動かない。ほとんど眠っているからね。春にならないと動き出さないんじゃないかな。逆に俺は春まで逃げきれればどうにかなりそうだ」

「期限は春までか」

「トースケ、どうすんの?」

「炭鉱を掘って冬の燃料を確保するのが目的だったんだけど、こうなっちゃうと話が違う。でも、戦争を止めるのだけは変わらないさ」

「止められるの?」

 アメリアが聞いてきた。

「どうして戦争を仕掛けてこなかったと思う?」

「そりゃあ、船が足りなかったのじゃろ?」

 ガナッシュが言った。

「ブルーグリフォンやグリーンディアまで行ける奴隷船はあったんですよ。この国はどこか歪んでいる。たぶん、そこを突けば戦争は止められると思うんだけどなぁ」

「旦那、俺はあんたについていくぜ。どうせ、ここにいてもオークに食われるだけだし、春までは逃げられそうにないからね。だったら、噛り付いてでもあんたについていく。その方が生き残れそうだ」

 ラット族の奴隷が言った。

「そうか。お前、名前は?」

「ない。俺たちは主人ができてから名前をもらうんだ。だから旦那がつけてくれ」

「じゃあ、ウィンプス」

「それで、具体的には何をするのよ」

 アメリアが聞いてきた。

「とりあえず、ガナッシュさんはパールにネーショニアの現状を報告してきてくれますか?」

「嫌じゃ。我が姉に捕まるかもしれんからな」

「大丈夫ですよ。結構、ぶっ飛ばしたんで。それに、報告を聞いたら、目の色を変えると思いますよ」

「面倒じゃ」

「でも、海を渡れて、話が通じるのなんてガナッシュさんしかいないんですよ。白竜さんには会わずに、パールにだけ報告すればいいですから。頼みますよ」

「う~む、仕方ない。パールが一人の時にしか会わんから、時間がかかるぞ」

「構いません」

 ガナッシュは大きく溜め息をはいて、頷いた。

「私たちは?」

「アメリアはコールドフットっていう町に行って、状況を調べてほしい。どうも、この島の町とは違うみたいだからさ」

「一人で!?」

「うん、俺とウィンプスは王都に行って、調べたいことがあるんだ」

「お前たちは一緒に行った方がいい。どうせ二人とも面倒ごとには巻き込まれそうじゃからな。ネーショニアに戻ってきたときには全滅していたではパールにもコールにも合わせる顔がないぞ」

 ガナッシュがトースケの背中を押した。

「俺も王都にはしばらく行きたくはないです」

 ウィンプスもガナッシュの意見に賛成のようだ。

「じゃあ、コールドフットには三人で行くか。でも、あとで王都には行かないといけないぞ?」

「そうですかい。なにか変装できるように考えます」

「顔、焼く?」

 アメリアが怖いことを言って、ウィンプスを脅していた。

「旦那ぁ!」

「アメリア、それは最後の手段にしよう」

「ひでぇ旦那たちに捕まっちまった。ゴーストの旦那、早く帰ってきて下せぇ」

 ウィンプスがガナッシュにお願いしていた。

「ワシはゴーストではない。竜の魂じゃ」

 ガナッシュは「ゴウッ!」と雄たけびを上げると、洞窟から飛び出していった。

「よし、俺たちも行こう! 俺の予測が正しければ、コールドフットは地獄だ」

「地獄なの?」

 俺たち三人は洞窟を出て、ガナッシュが描いた地図の記憶を頼りに北西へ向けて旅立った。

「旦那、島を渡るなら、船が必要ですぜ?」

「大丈夫。アメリアは寝ると温かくなるんだ」

「……それの、なにが大丈夫なんですかい?」

「そうよ、トースケ何が大丈夫なの?」

「大丈夫だろう!」

 


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― 新着の感想 ―
[良い点] みんな飲み込みが早くて話がとんとん進むな [一言] ラット族のウィンプスとか草生える
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