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第20話「その聞き込み、バイトにつき…」


町はオークの集団と人族の化物の襲撃に遭い、警備が厳重になっていた。門は閉じられ兵の数は多く、弓兵も北側に集まっている。

「これは町に入れないかな?」

 トースケは盗賊から奪った黒いコートに身を包み、町の周囲を見て回り侵入ルートを探すことに。町の西側は海に面しており、港がある。再び冬の海に飛び込む勇気は今のところないので、東側に回った。

 東側は丘があり、丘の上から町が一望できた。塀の内側には物見櫓がいくつもあり、弓兵が目を光らせている。丘を迂回して南側へ。

 南にも門兵が数人。門は開かれていたものの通行するときに身体検査をされるらしい。

「門からは入れそうにないな」

 トースケは一度東の丘に登り、町を遠くから観察。南には門兵が少ないものの、いくつも湯気が立っている。

「油かな?」

 人族の化物がまだいるかもしれないので、熱した油で撃退するつもりのようだ。ただ、兵は南門と北門に集中しているようだ。

「南東の塀を飛び越えれば、入れそうだな」

 トースケは難なく町に侵入し、物陰に隠れた。

 町の端で人はいない。物見櫓を見上げると、弓兵が吸っているタバコの煙が窓から出ていた。

 建物の陰から聞き耳を立てていると、町人たちの会話が聞こえてくる。

「今日は定期馬車が来る日だろ?」

「オークたちもそれを見越してやってきたんじゃないか? だけど、人族まで現れるとはねぇ。これじゃあ、定期馬車も来ないんじゃないかい?」

「やんなっちまうよ。誰かが東の農村まで行くのかね?」

「今だって衛兵の数は足りてないっていうのに。船大工の誰かを行かせればいいのさ。クマの獣人たちなら腕っぷしは十分だろうに」

「でも盗賊が人族の化物に一撃でやられたっていうよ」

「もしかしたら、町に侵入してるかもしれないんだろ?」

「怖や怖や。今日は野菜のスープでも作って、外には出ないほうが良さそうだね」

 どうやら定期的にやってくる馬車が来る予定だったらしい。

「なに運んでくるんだろう? 食料かな?」

 考えてみれば、この町の外に畑が広がっているわけではない。港町なので魚は獲れるだろうが、野菜はどこかから運ばれているはずだ。

「船を作ってるくらいだから、船で運べばいいのに」

 なにかルールがあるのかもしれない。

隠れていた建物の裏庭に干してあった古い帽子を拝借して、路地に入る。帽子さえかぶっていれば、そんなに獣人と違和感はない。

歩いていると開いたドアや窓から暖かい空気が流れてくる。隙間から見えるだけだが、暖炉はなさそうだ。どうやって暖を取っているのか。どこか店に入って確認したい。


「いいところに薬屋があるなぁ」

 薬屋はヘビが巻きついた杯のマークが目印なのですぐにわかる。

「こんにちは」

 ドアを開けると、強烈な回復薬の匂いが鼻をついた。

「……いらっしゃい! ちょっと待ってな」

 奥から男の声がした。

「ああ、回復薬作っている最中でしたか。ちょっと店の中を見ていてもいいですか?」

「構わねぇよ!」

棚にある薬品や薬草はどれも品質に対して値段が少し高い。

「薬草自体が育ちにくい地域なのか? いや、毒の木はちゃんと生えてたけどなぁ」

菊の一種で目薬なんかに使う薬草だけは安かった。よく鍛冶屋になんかは売れるんだけど、品質のせいかもしれない。

 店の真ん中に小さなワイン樽ほどの黒い箱があり、そこから熱が出ている。これが暖房器具のようだ。魔法陣のような幾何学模様が施されている。

「魔道具か?」

「いやぁ~、悪いな。ちょうど煮立たせている時だったものだから」

 ヤギの獣人のおじさんが奥から出てきた。

「いえいえ。それより大丈夫ですか? 今、鍋から離れると薬草が焦げ付きません?」

「お前さんも薬師か?」

「田舎から出てきたばっかりですけど、一通り薬草の教育は受けていまして」

「そうか。ちょっと手伝ってもらえないか?」

「へ?」

「いやぁ、親父から譲り受けた薬屋なんだが、慣れてなくて回復薬作りもままならなくて。しかも、今日は衛兵たちから注文もたくさん入っちまって猫の手も借りたいくらいなんだ」 

 ヤギの獣人はあごひげを触りながら言った。

「ああ、そういうことなら構いませんよ」

 おそらくオークと戦って傷を負った衛兵もいるのだろう。

 トースケが引き受けると、ヤギの獣人は奥の部屋に案内した。

 鍋では薬草が煮られている。机には薬研やこね鉢、秤などが置かれていた。

「古い器具ばかりで申し訳ないんだが……」

「いえいえ、これだけ揃っていれば問題ありません。むしろこれ以上の器具を知りませんよ。あれ? 窯を使わなかったんですか?」

 部屋の隅にある竈には薪も石炭も使われていないようだった。

「ああ、加熱の鍋敷きを使っているよ。これはブルーグリフォンから持ってきたやつだ」

 ヤギの獣人が見せてくれた鍋敷きには魔方陣が描かれていて、魔力を込めると鍋が温められるのだとか。パールの家にも魔力を込めると着火する竈があったが、ブルーグリフォンでは魔道具が発達しているらしい。

「これは上澄みだけ掬って回復薬にしていく感じですよね?」

 鍋の中を見ながらトースケが聞いた。

「そうだ。ただ、どうしても不純物が入ってしまうみたいで、品質が悪くなってしまう。ブルーグリフォンにいた頃は奴隷にやらせていたから、回復薬を作るのは久しぶりでやり方を忘れてしまっているようだ」

 ヤギの獣人は言い訳した。

「樽で寝かせたりはしないんですよね?」

「しないな。樽もないし、寸胴もないだろ?」

 シノアは寸胴に大量の薬草を入れて、樽で一晩寝かせ不純物を沈殿させていた。

「だったら、鍋が小さいので管と布さえあればいいと思いますよ」

 トースケは道具箱の中から魔物の腸と布を取り出した。腸の片口に布を被せ、糸で縛る。鍋の中が冷めたら、腸を回復薬の原液につけて両口を指で抑え、腸の片口を瓶に突っ込んで指を離せばサイフォンの法則で原液が瓶に移る。布で濾されるので不純物は少ない。

「この鍋に残っているカスをドロドロになるまで煮たりしないんですか?」

「そんなものどうするんだ?」

「良い塗り薬になるんですよ。焦げないようにかき回し続けないといけないのですけどね」

 ヤギの獣人は「そういえば、親父がそんなこと言ってたなぁ」と頭を掻いていた。

「ブルーグリフォンではなにをしてらっしゃったんですか?」

 気になって聞いてみた。

「回復魔法の魔法陣をずっと研究していた。魔力さえあれば、細胞を再生できると信じてね。獣人でも高度な研究ができることを示したかったのかな。向こうは種族の差別が多いから」

 ヤギの獣人は「結局、失敗したのだがね」と寂しそうにつぶやいた。確かに、回復魔法の魔法陣を見つけられれば、回復薬などいらなくなるかもしれない。

「諦めたんですか?」

 トースケは鍋の液体を瓶に移し替え、鍋敷きに魔力を少しずつ込めてみた。本当に鍋敷きが熱くなっていくので思わず「おおっ」と声が漏れる。

「ああ、親父が研究の支援してくれていたんだけど死んじまったからなぁ」

 留学か。

「ネーショニアではできない研究なんですか?」

 グツグツと煮立ち始めた鍋の中をゆっくりかき回しながら、聞いた。

「魔法書の数が全然違う。古代の文献もね。自分で開発するなら、また別だろうけど……」

「昔は回復薬の魔法陣が使われていたってことですか?」

「いや、研究はされていたみたいだけど、結局、古代人も実用化できなかったみたいなんだ。じゃないと、もっと回復薬の魔法陣が広まっているはずだろ?」

 薬師という職業がなくなっていないのだから、回復薬の魔法陣は実用化されなかったのだろう。

「あると信じて探していたわけですか? まるで冒険者だ」

「ハハハ、そうかもしれん。魔法陣の研究は宝探しみたいなものかもしれない。ただ、火魔法や水魔法の魔法陣だって見つかっているんだから、回復魔法の魔法陣がないっていうほうがおかしいだろ?」

「確かにそうかも知れません。すごいなぁ。俺なんか、あの店にあった箱型の魔道具さえ見たことありませんでしたよ」

「ヒートボックスな。ネーショニアで魔石の鉱山が見つかってから、ブルーグリフォンから輸入するようになったんだ」

 あの黒い箱はヒートボックスというらしい。ネーショニアとブルーグリフォンは頻繁に交易をしているのかな。

「全部、第一王子のサンスベリア様と姫のファンセーラ様のお陰だ」

「そうなんですか?」

「そうだよ。この町だってサンスベリア様の領地だ。魔物の被害が多かった村を一つにして、造船で一気に大きくなったんだ」

 王子の指示で町開発が行われたのか。スノウレオパルドで捕まっている王子は無鉄砲そうで町の開発なんてしなさそうだったが。

「いや、ちょっと待て。お前さん、どっから来たんだ? まさか……」

 人族だとバレたか。さすがになにも知らなすぎたかもしれない。

「コールドフットから来たのか? あっちは末弟のファング様の領地だろ。ひどい有様だと聞く」

 どうやら誤解してくれたようだ。もしかして、捕まえた王子はファングという名前なのか。

「ええ、皆、凍えて死にそうです」

 トースケはとりあえず話を合わせた。

「継承権を争っているとは言え、兄弟で協力できないものかね」

「そうですよね。よし、できました!」

 鍋のペースト状になった塗り薬をヤギの獣人に見せた。

「おおっ、悪いな。話をしていて忘れるところだった。礼をせねばな」

「いえいえ、そんな」

 ヤギの獣人は革袋から銅貨3枚を取り出してトースケに渡した。

「明日もまた来てくれたら、もう少し払うぞ」

「ありがとうございます!」

 トースケは銅貨を受け取り、聞き込み終了。重要そうな情報は聞けたので、もうこの薬屋には用はない。

「宿がなければ、うちの空いている部屋もあるからな!」

 ヤギの獣人は店の外まで見送ってくれた。

 

 僅かだがお金も入ったので、トースケはなにか食べようと広場の方まで行くと、毛皮を着込んだ禿頭の男が「奴隷が逃げた!」と叫んでいた。男の目は爬虫類のようなので、もしかしたらヘビの獣人なのかもしれない。

「奴隷を見なかったか?」

「どんな奴隷だよ!?」

 奴隷商に串焼き屋の主人が聞いていた。

「ラット族だ。耳が丸い、ネズミの獣人だよ! 見なかったか!?」

「見てねぇな。このクソ忙しい時に面倒なことを」

「見かけたら連絡してくれ。港の奴隷商だ」

「わかった。あんまり大声出して、商売の邪魔だけはしないでくれよな」

「くそっ、なんだって言うんだ! 衛兵も協力してくれないし、今日は厄日だぜ!」

 ヘビの獣人は悪態をつきながら広場から去った。

「今日はオークの襲撃に人族の化物まで現れて、衛兵も大忙しみたいだ。門の近くで店出したほうがいいか?」

「その方がいいかもしれんぞ。俺はもう行く」

 広場に出ていた屋台の主人たちは一斉に店じまいを始めた。

「一足遅かったか」

 トースケは広場の噴水の近くに腰掛けて、夕飯をどうやって手に入れるか考え始めた。

 門の近くに行けば安い屋台で済ませられるが、衛兵に見つかる可能性もある。ただ、宿の食堂に行けるほどの金はない。

日も沈み始め、パン屋や八百屋も不安そうに南門の方を見て店を閉めている。定期馬車を心配しているのか。

「とりあえず噴水の水でも飲んで腹を膨らませるか」

「んぐっ……こいつはひでぇ。魔道具の噴水だったか……」

 ボロ布を着て、頭を隠した獣人がトースケよりも先に噴水の水を飲んでいた。

「魔道具の噴水ってよくわかりますね?」

「そりゃ、そうだ。魔道具で作った水は恐ろしくマズいから、一口でわかる。大量に飲んじまったよ」

 そう言った獣人は、ネズミのようなつぶらな瞳でトースケを見た。細い首には鉄の首輪をしており、前歯が大きい。

「まさか逃げ出したラット族の奴隷?」

 トースケが聞くと、獣人は頭を押さえて足早に逃げ出した。




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